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僕はスキル振りを間違えた  作者: ごぼふ
地雷少年と過去
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リ・ビルド

 目を開けると、モズが心配そうにヒラクの顔をのぞき込んでいた。


「わ」


 それに吃驚したヒラクが声を上げると、モズの体もびくりと震える。


「ど、どうしたの?」


「アンタが寝過ごさないか見張ってたのよ」


 どもりながらヒラクが尋ねると、モズは彼をぐっと睨みつけながら答える。

 彼女の答えを聞くに、どうやらそれは防げたようだ。


「アンタのほうこそどうなのよ」


「うん、大丈夫だよ」


 自らの手をじっと見ながら、ヒラクは答えた。

 もちろん見た目には変化がないが、今の自分には神語が読める。その確信があった。

 夢の残滓を振り払うように息を吐くと、モズを見据える。


「もう一回無防備になっちゃうかもしれないけど、その時はお願い」


 そうして、彼女に頼んだ。


 神器を使った後、どのように「振り直し」が行われるかは分からない。

 今のようにもう一度、寝る必要があるかも知れない。

 この横穴に戻って説明をじっくり読むのが理想だが、ハクアの状態や守護獣の追撃がそれを許すかは微妙なところである。


「しょうがないわね」


 モズが、微笑みながら頷く。

 呆れたような、それでいて嬉しそうな笑みである。


 彼女を巻き込まない。

 そんな選択肢も浮かびはしたが、ヒラクはそれを投げ捨てた。

 モズはそれを望まないだろうし、先程考えたように、これから行う仕事は一人では成し遂げられない。

 彼女は、信頼できる仲間だ。


 ヒラクとカムイはお互いを労っていたし、多分、愛し合っていた。

 それでも、お互いを真の意味では信頼できていなかった。


 ヒラクは自身の意志を強引に貫くことでカムイが離れていってしまうことを恐れ、カムイはヒラクに好きなスキルを取らせれば、彼が何処かへ行ってしまうと思いこんでいた。

 だから、彼らにはあの結末を変えることができなかった。


「それじゃ、行こうか」


 横穴から抜け出したヒラクは、モズに手を差し出す。

 それをパシっと払って、モズもまた広間へと降り立つ。


 おそらく、彼女となら、彼女達とならそうはならないはずである。


 頷き合い、同時に飛び出すモズとヒラク。

 それに気づいた竜が、虚ろな眼窩をヒラク達に向ける。

 

 その時、竜の背後から電撃が迸った。

 再び首をめぐらせる竜。

 するとそこには、威風堂々仁王立ちをする少女の姿があった。


「我が名はフランチェスカ=ザビーネ=カエサル! 我がバーディッシュの輝きを恐れぬのならばかかってこい!」


 ヒラク達に合わせて横穴から出たらしい。

 フランチェスカは若干不器用に結び直されたポニーテールを揺らし、竜に対して大見得を切る。

 この距離では分からないが、きっと彼女はまた震えているのだろう。

 それでも、恐怖を知ってなお引かないのが、彼女の気高さである。


 賞賛の念を送りながら、ヒラクはただ走る。 


 しばしフランチェスカを見ていた竜だが、お気に召さなかったような態度で再びヒラク達に頭を向ける。


「あ、ちょ、ちょっと待て!」

 

 慌てて竜を追いかけるフランチェスカ。

 時間稼ぎにはなった。

 それでも、ヒラクが神器にたどり着くには距離がある。


「アンタは神器のほう!」


 ヒラクと同様の判断をしたモズは、振り向かず指示を出した。

 自らはまっすぐ竜へと向かう。


「わ、分かった」


 ヒラクは何か言いたげだったが、飲み込んだようだ。

 彼の気配が背後から消えると同時に、モズは姿勢を下げスピードを上げる。


 二手に分かれた人間達の内、竜は守護獣たる習性からか神器へ向かったほうを追いかけようとする。

 だがそれを、猛突してきた小柄な人間が阻もうとしてきた。


「ガァッ!」


 右腕の爪を振るい、それを吹き飛ばそうとする竜。

 しかし、小さき者は更に体を小さくしそれをかわす。


 地面スレスレに飛んだモズは、視界の先にあった鞄を掴んだ。

 ハクアが吹き飛ばされる過程で落とした鞄だ。


 前転しながらそれを抱えるモズ。

 彼女の中には、一つの閃きがあった。

 ハクアは人を信用しない。

 だから、他人との取引材料になりうる貴重品は、常に持ち歩いているのではないか。


 回転の勢いを止め、急いでバッグに腕を突っ込むと、そこに硬い感触。

 やはりあった!


 目論見が当たったことを喜ぶ間もなく、竜が上半身を捻り、モズをかみ砕かんと大口を開け迫ってくる。


「こんのぉ!」


 手探りでそれを装着した彼女は、迫る竜の顎へバッグごと拳を叩きつけた。

 ぐしゃりと腐肉が潰れる音が鳴り、竜の顎が体ごと大きく横へ逸れる。


 ――鞄から腕を引き抜いたモズは、装着した黒い手甲を眺める。

 それは、元々はヒラクの持ち物であるカムイの手甲だった。


 これからは、私がアイツの面倒を見ますから。

 本人に聞かれたら刺されそうな事を、モズは手甲に誓う。


「気を抜くな!」


 そこへ、追いついてきたフランチェスカが鋭い声を投げる。

 気づけば、竜は抉れた頬を晒しながらモズを睨みつけていた。

 いくらカムイの手甲と言えど、格闘術などのスキルをもっていないモズの一撃では竜の攻撃を逸らす程度しか出来なかったようだ。

 

 そんなことをモズが考えた次の瞬間、目の前にあった竜の顔が視界から消える。

 ハッとしたモズは、咄嗟に背後を向き手甲を構えた。


 刹那、身を起こした竜の尻尾が横凪ぎに振るわれモズにぶつかる。

 堪えようとした彼女だが、質量の差はいかんともしがたく吹き飛ばされる。


「ぐえっ!」


 それを、その先にいたフランチェスカが受け止めた。

 というかぶつけられて受け止めざるを得なかった。 


「しゃらくさい……!」


 カムイの手甲とフランチェスカのクッションという二重構造のおかげですぐ立ち上がることができたモズだが、竜との距離は大分開いてしまった。

 視線で釘付けにし背後から尾で攻撃。更にはフランチェスカにぶつけるという巧みな動きである。

 脳まで腐っていると思っていた相手にしてやられたことに、モズの脳は煮立った。


「良いからどけ!」


 座布団となったフランチェスカが抗議の声を上げる。

 そして、彼女らがどうなったかも見届けず、尻尾を振った勢いのまま竜はヒラクの元へと向かっていた。


 一方モズが吹き飛ばされるのとほぼ同時に、ヒラクは神器である白色の杖を拾っていた。

 モズの様子が気になるが、今自分がすべきは彼女を信頼し自らの仕事を果たすことだ。

 持ち手の部分を見ると、確かに図形の集まりのような文字が刻まれている。

 意識を集中し注視すると、普段はただの模様にしか見えないそれが、一つ一つ膨大な意味を持っていることが分かる。

 

 大丈夫。本来の所有者でない為か意味がぱっと流れ込んでくることはないが、読める。

 確認もそこそこに、ヒラクはその一つ一つを読み解いていく。

 だが、そんな中。


「これは……!」


 その中の一文、正確には一文字を見、その意味を理解した途端、ヒラクは驚愕の声を上げた。

 それは奇しくもハクアと同じ反応。そして、そんな彼に竜が迫っているのも一緒だった。

 竜は腐肉をまき散らしながら、凄まじい速度でヒラクへと駆けてくる。

 そして腐敗臭をふんだんに含んだ口を開け、勢いのままヒラクを飲み込もうとした。


「おぅわっ!」


 解読から意識を戻し、慌ててそれをかわすヒラク。

 だが、そんなヒラクの動きを予測していたかのように、竜の爪が彼を追撃する。


 周囲の音が消え、竜の動きが妙にスローに感じられる。

 視界の隅に、突っ伏したまま動かないハクアの姿が映る。


 補助魔法をかけ、エンチャントのかかった制服に身を包んでいたハクアでさえ、あんな状態になったのだ。

 パジャマ姿の自分がこれを食らったら、跡形も残らないだろう。

 妙に冷静になった頭で、ヒラクは考える。

 体は必死で竜の攻撃から逃れようとするが、泥の中にいるかのように遅々として動かない。

 竜の爪が、ひたりとヒラクに触れる。


 ――その瞬間、ヒラクの体から緑色の光が溢れた。 

 あまりの目映さにヒラクは目を瞑る。

 すると彼の肩にかけられた竜の暴虐の感触が消え去り、代わりに背中が柔らかい感触に包まれた。

 慌てて目を開け背後を見るヒラク。

 するとアルフィナがいつの間にかそこに現れ、ヒラクを抱き留めていた。


 それだけではない。

 自分に爪を振るったはずの守護獣が、それを振り下ろした体勢でいつの間にか10メートルほど移動している。


 いや、違う。移動したのは自分だ。


「ごめんなさい。この距離が、限界でした……」


 アボート(引き寄せ)によって魔力を使い果たしたリスィが、アルフィナの頭の上でぐたりと倒れ込む。


 そうか。フランチェスカは二重の意味で囮になっていたのだ。

 その隙に隠れ身(ステルス)を使ったアルフィナがリスィを運び、そのリスィが自分を引き寄せたらしい。

 

 とは言えアルフィナはヒラクが神器を回収するとは思わなかったらしく、疑問の視線を彼に向ける。


 しかしそれに答えている暇はない。

 ヒラクが状況を把握したと共に、一度ピタリと動きを止めた竜が再びこちらを睨む。

 

「ヒラク……!」


 焦るアルフィナの声。ヒラクを抱く彼女の手に力が籠もる。

 彼女を庇うように立つと、ヒラクは神器を構える。

 だが、彼が神器を向けたのは自身ではなく迫ってくる竜へだった。


「何で!?」


 フランチェスカと共に走りながらそれを見たモズは、悲鳴に似た疑問の声を上げる。

 確かに今、振り直しをしている時間は無いように見える。

 だが、敵に向けてそれを使ってどうする。

 相手を脅そうとでもいうのか。


 しかし、そんなモズの予想を裏切り、ヒラクは叫んだ。


「リ・ビルド!」


 ヒラクの叫びと同時に眩い光が迸り、迫る竜を包む。


 すると、崩れかけていた竜の体に変化が訪れた。

 そげ落ちた肉がどこからか新しく生まれ、焦げ付きとなっていたその皮膚から傷が消えていく。

 フランチェスカに叩き折られた翼も根本からズルズルと生え、皮膜が再生していく。


「グガアアアアア!」


 ヒラクへと襲いかかろうとしていた竜が、歓喜するかのように雄叫びを上げる。


 敵を癒してどうするのだ。

 つっこみを入れようかと考えたモズだが頭を振ってそもそも、と考え直す。

 ……そもそも、何故スキル振り直しの神器でこんな事が起きる。


 その答えを示すかのように、竜に更なる変化が訪れた。

 先程生え揃ったはずの竜の翼が、今度はシュルシュルと縮みだしたのだ。

 翼だけではない。竜の体全体が、何かに押しつぶされるように体積を失っていく。


「これは……」


 目を見張る一同。

 そうこうしている内に、竜は小さな雛となり、それがぴぃと鳴いたかと思えばどこからか現れた殻にくるまれた。


 ――後に残ったのは、頭ほどの大きさをした卵のみである。

 予想外の事態に一瞬足を止めてしまうモズ達。

 だが、混乱から立ち直った彼女らは、慌ててヒラクへと駆け寄った。


「いったい、何が起こった……」


 信じられない気持ちで卵を見ながら、フランチェスカはヒラクに尋ねた。


「これは、相手の時間を巻き戻す神器なんだ」


 それに対し、頭を掻いたヒラクは気まずそうな表情で答える。


「巻き、戻す?」


「最初からやり直せばスキルも取り直せるよね」


 それから、周囲の少女たちが固まっているのを見、自身に言い聞かせるように言葉を足した。


「はぁ!? 何よそれ!?」


 そんな彼に詰め寄ったモズが、襟を掴んで揺さぶる。


「い、いや僕に言われても!」


 ガクガクと首を揺らしながら、ヒラクも必死で抗議した。

 一応自分も、今までの人生を無しにするぐらいの覚悟であの神器を使ったのだ。


 おかげで助かったが、釈然としない気持ちは一緒である。

 おまけに手の中にある神器は魔力を使い果たし、先端の宝石からは光が失われている。


「……リンド婆は適当」


 いつの間にかヒラクから離れていたアルフィナが、自分は知らないとばかりに呟く。

 そうして彼女は、サブバックの中にあったポーションを足下にいるハクアへ振りかけた。

 するとぴくり。ハクアの指が微かに震える。

 誰とも知れず、ほっとした息が漏れた。


「って、やっぱり納得いかないわよ!」


「いやだから僕に言われても困るって!」


 が、モズは即座にヒラクを振り回す作業に戻り、ヒラクはそれに抗議する。


 こうしてひとまず全員無事に、彼らは地上へと戻ることとなった。

 戦果は光を失った神器、守護獣の卵。

 それに、おそらくより強固となった彼らの絆である。

 やり直しの杖

 使うことによって対象を誕生時、もしくはその直前まで戻す神器。

 結果として取得しているギフトも0に戻る。再取得をするには前と同じように魔物を倒すしかない。

 一度使うと内部の魔力を全て使い果たし、再チャージまでは一年ほどの時間を要する(満タンまでは使用不可)。

 使用対象として守護獣、神器も明記されているが、魔物にも使用可能。

 ただし保障外ですのであしからず。

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