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僕はスキル振りを間違えた  作者: ごぼふ
地雷少年と過去
51/58

たんさくっ!

「貴公はもう少し、加減と慎みというものをだな……」


 早朝の教室内。椅子に座ってブスッとした顔をしたモズに、フランチェスカが呆れ顔でこぼした。

 モズが座っているのはヒラクの席であり、今日の彼は風邪で欠席となっている。

 フランチェスカが説教をしているのも、モズが彼に対してした仕打ちについてだった。


「……今回は慎みが暴走した結果」


 モズの隣に座るアルフィナが、ため息のようなトーンでつぶやく。


「ど、どういう意味よ!?」


 何もかも見透かしたようなそのセリフを、モズは動揺しながら問いただす。


 自分でも、何故あの男に触れられると奴を殴りたくなるのか分からないのだ。

 度を超えた嫌悪からだろうか。多分おそらくそうだとは思うのだが、何か違う気もする。

 原因を教えてもらえるのなら、是非そうしてもらいたい。


「……どうせ他人に指摘されても認めない」


 が、それに対しアルフィナはぷいと横を向き、彼女の疑問に答えようとはしない。


「本当に言うようになったわねアンタ……」


 この前までずっと黙り込んでいて、いるかいないかも判然としなかったくせに。

 これもあの男の悪影響だ。


「まぁ、水没だけが風邪の原因でもないだろうな」


 風邪が治ったらどうとっちめてやろうと考えるモズの前で、フランチェスカが腕を組み呟く。

 大きな胸を邪魔そうにする彼女の仕草は、いつもモズの神経を逆撫でる。


「タコ風邪でも移されたとか?」


「だったら奴を一緒に食った私たちも感染しているだろうが」


「……美味しかった」


 とりあえず軽くからかってやると、フランチェスカの単細胞は思い通りムッとして、アルフィナの奴はじゅるりと涎をすすった。

 あのタコという生物、確かに旨かったがあの外見の不気味さは何とかならないものか。


「そうではなく、このところ心労が溜まっていただろうからな。それが一段落ついたことで疲労が吹き出したのだろう」


 モズも回想してよだれていると、フランチェスカがはぁと息を吐いて語った。


「じゃぁアタシのせいじゃないのね」


 お前は医者かと思いつつも、責任は回避できそうな流れなのでそれに乗るモズ。


「貴公も間違いなく心労の一端だアホめ」


「あ、アホとは何よ!?」


 だがすげなく一蹴され、彼女は机を叩き立ち上がった。

 こういった時になだめる人間が普段はいるのだが、喧嘩の原因でもある彼はあいにく休みである。


「……人材の不足を感じる」


 その役割を担う気もないアルフィナは、窓を見てぼそり呟く。

 ちなみに彼の相棒である妖精は、今頃小さな体で看病に精を出している頃だ。


「その脂肪の塊もぎ取っちゃる!」


「脂肪の塊ではない! ここにはその……聖と邪の力が内包されているのだ!」


「邪はいらないでしょ! 寄越しなさいよ偽騎士!」


「だ、誰が偽か!? この胸は天然物で……」


「偽チチじゃないわよアホ!」


「あ、アホとは何だ!?」


「わぁ、楽しそうだねぇ」


「……それにしてもうるさい」


「ちょっと待て、今何か……」


 三人娘が姦しく騒いでいると、いつの間にかその中に、一際華やいだ声が混じっていた。

 フランチェスカがモズを制止し、そちらを見る。


「……アンタ」


 遅蒔きながらモズもそれに気づき、冷えた声を出す。

 他の二人も同様に、警戒を露わにした。


「何か、嫌われちゃったなぁ」


 が、口調と裏腹に相手は気にした様子もなく、のほほんと笑う。

 声をかけてきたのは、おそらくヒラク最大の心労であるハクアだった。


「何の用よ」


「今日はね、お願いがあってきたの」


 そんな彼女を睨んだままモズが問いかけると、ハクアは指を組んだ手を振りながら、モズ達へと媚びを売る。


「……お断り」


 だが、内容も聞かずアルフィナがそれを拒否した。


「あのね。私と迷宮に潜ってほしいの」


 しかし、ハクアもまたアルフィナの言葉を無視して言い放つ。

 その態度、発言の厚顔さに、三人娘は揃って固まる。


「悪いがそういうことなら余所へ……」


 そんな中、一番早く硬直が解けたフランチェスカが、極めて常識的な対応をした。

 探索するメンバーなど選び放題の彼女が、何故爪弾き者のこの三人へ声をかけるのか。

 

 そんな疑問も沸いたが、そもそもこの女に関わっても良いことはない。

 それは三人娘の共通見解だった。


 だが、そこ言葉を受け流すかのようにターンを決めたハクアは、両の指を顎の前で組んだまま語り出す。


「私ね、男の子の友達は多いんだけど、女の子は一緒にお花摘みに行ってくれる子もいなくて……」


「自業自得でしょうが」


 ザ・悲劇のヒロインといった様相の彼女に、モズがぽつりとつっこむ。


「その上、この前の騒動がこのクラスにも広がっちゃったみたいで、男の子達からも避けられてるの」


「だから自業自得……」


 モズは根気強く繰り返すが、ハクアはやはり聞く耳をもたない。

 この女、いつもより2、3本多く頭のネジがはずれている。

 

 モズが少々恐ろしく感じてきたところで、ハクアがもう一度ターンを決めた。

 彼女が正面を向き直すと、ハクアの手にはいつの間にか黒い筒が握られている。


「一緒に来てくれたら、このカムイ=メズハロードの籠手も上げちゃうよ」


 どこから取り出したのか。それは平和な教室には似合わない無骨な籠手である。

 それはこの間ヒラクがハクアーー正確にはギジリに渡した、カムイ=メズハロードの装備品に相違なかった。


「な、何出してんのよ!? 早くしまいなさい!」


 いきなり出てきたとんでもない物に、モズが裏返った声を出す。

 それを避けるようにハクアがひらひらと舞う。 


 ハクア嬢が突然隠すべき何かをさらけ出した。その情報は教室内を駆け巡り、教室中特に男子の注目を一気に集める。


 それに気づいたモズが周囲を睨むと、ハクアは籠手を後ろ手にペロリと舌を出した。

 悔しいが、完全にペースを握られた感がある。


「……何故そこまでして我々と組みたがる」


 認めたくはないが認めざるをえず、ため息を吐きながらフランチェスカは尋ねた。

 この会話をとっとと切り上げたい。

 そんな意図もある。


「実は、学園長から極秘任務を請け負っちゃったの」


 するとハクアは殊更嬉しそうに、しかし、学園長と発音するときは少し固めに語った。


「極秘任務?」


 その態度に少々引っかかりを持ちつつも、モズはよりインパクトのあるセリフのほうに反応した。


「極秘だから、ここだと都合が悪いかな? ちょっと場所を移そうか」


 すると、ハクアが口の端を小さく上げて提案する。

 始業までは、あと15分ほどあった。


 三対一で怖じ気づく訳にも行くまい。

 乗せられていると分かっていながらも、三人はハクアについていくことにしたのだった。



 ◇◆◇◆◇



 二階建ての校舎には、いくつか使われていない教室がある。

 この学園は新設されたものであり、来年度に下級生、もしくはモズ達が使うはずの教室がまるまる残っているのだ。

 その中の一つに入ったモズ達は、そこで極秘任務とやらについて尋ねることにした。


「予言ってギフトを知ってる?」


 窓際に立ったハクアが、モズ達を試すように微笑む。

 舞い上がった埃ですら、彼女を輝かせるよう陽に照らされていた。


「神の啓示を賜るギフトだな」


「狙った事も予測できない非効率なギフト」


 フランチェスカとモズがそれぞれらしい私見を述べると、ハクアはよくできましたとでも言うように頷く。


 予言とは、未来の出来事について神ーーもしくは別の高次の存在から報せが届くギフトである。


 とはいえ余程のレベルにならなければ、予言の精度も頻度も高くはならない。

 本人の意思や触媒を用いる事で、占う内容に指向性を持たせることも可能だが、それを為すには本人の資質が重要となる。


 例え高レベルを取得しても結局は才能という身も蓋もない結果が待っているので、まともな人間ならばこんなギフトを取得したりはしない。


 「今日偶然予言したのだが、貴方は少し後で大変なことになる!」といった口上で巧みに壷を売りつける詐欺も横行しており、所持を公言すると胡散臭がられるギフトの一つだ。


「で、その予言のギフトが、どうかしたの?」


 多分に漏れず警戒を露わにしたモズが尋ねると、ハクアはニコニコとした表情を崩さず彼女たちに告げた。


「学園長には、お抱えの予言者がいるの」


「へぇ……」


「ほう……」


 貴族の中には、予言のギフトを磨いた占い師を抱え込む者もいる。

 しかし、占い師が都合良く危険や好機を予言してくれることは少なく、基本的には金持ちの余興相手と考えられている存在だ。


 あの学園長、存外道楽者なのか。


 そんな空気を相手方が発したのを見てとってか。ハクアが彼女らのーー特にアルフィナの顔を見ながら腰を曲げる。


「アルフィナちゃんと同じ所からスカウトされたんだよ?」


 媚びるような、もしくは相手の反応を伺うような上目遣いだ。


「リンド婆……?」


 予言の話が出てから黙っていたアルフィナが、思わずといった調子で言葉を漏らした。

 それから、苦い顔をして口をつぐむ。

 恐らくハクアに促される形で喋らされたのが屈辱だったのだろう。


 その反対に、ハクアは満足げに頷いた。


「誰よそれ」


「私の部族にいた予言師」


 二人のやりとりを難しい顔で眺めていたモズがアルフィナに尋ねると、彼女は視線をちらりと向けて説明した。


「……腕は確かなのか?」


 私の部族、という言葉も気にかかったフランチェスカだが、そこは尋ねず別のことを聞く。


「まぁ、それなりに」


 するとアルフィナからは、彼女にしては歯切れの悪い言葉が返ってきた。


「的確な予言で部族の危機を何度も救ったんだよね」


 代わりに、ハクアがそう答える。

 気乗りはしない様子だったが、しかしそのリンド婆とやらに敬意を払ったのかアルフィナはちょいと首を縦に動かす。 


「本物の予言者(フォーチュンテラー)、か」


 そのやりとりを見て、フランチェスカは得心する。

 なるほど。だから自分の疑問にアルフィナは言葉を濁したのだ。


 的中率の高い予言者の話ともなれば、ある程度真剣に聞かざるを得なくなる。

 虎の威を借る何とかも甚だしいが、ハクアに会話の主導権を握られることは避けられないだろう。

 こういうときこそ、慎重に会話を進めねば。

 決意するフランチェスカだったが。

 

「本物か。本物かぁ……」


 高レベルの予言ギフトを所持し、しかもその扱いに長けた本物の予言者。

 そんな存在が身近にいたと知り、彼女の心はトキメキを隠せずにいた。


「で、何? 魔王でも復活すんの?」


 そんな彼女を呆れた様子で見やり、こりゃダメだと判断したモズは会話を引き継いだ。

 魔王。その言葉に反応し、フランチェスカがくわっと目を開く。


「これがその予言書」


 それを相手にする様子も見せず、ハクアは彼女たちに予言書というには薄い一枚の紙切れを渡した。


 三人娘が段々に頭を突き合わせ覗き込むと、そこにはこう書いてあった。


『学徒の乙女迷宮に集いし時、神の恩寵再び賜る機会を与えし神器を手に入れる機会に巡り会わん』


 一読した三人は、眉間に皺を寄せ互いの顔を見る。


「うむ……さすが予言書だけあって複雑な記述だな」


「ていうか明らかに文章力の問題でしょ。機会って重複してるわよ」


「……この不自由な文章は、確かにリンド婆らしい」


 それぞれが自らの意見を述べ、アルフィナの言葉には「マジで?」と彼女の顔を見やる。


「とにかく前半は、女学生四人が迷宮に潜ったときという解釈で良いのか?」


 気を取り直したフランチェスカは、愉しそうに彼女らの様子を見ていたハクアに尋ねた。


「うん。予言範囲もこの学園の周囲に絞ったそうだから、この学園の生徒って限定しても良いと思うよ」


 すると彼女は、頷きながらそう答える。

 簡単に言っているが、予言の範囲を限定するというのも高等な技術のはずである。


「そういう所は器用なのね……。で、アタシらを誘ったって訳?」


 呆れ混じりに呟きながら、今度はモズが聞く。


「うん。他の組にも女子だけのパーティーって実はないんだよね」


 それに対し、何やら楽しそうにモズは手のひらを打ち合わせた。

 確かに女子の方が少ないとは言え、意外な情報である。

 もしや、迷宮に出会いを求める女子は多いのだろうか。


 モズが考え込んでいると、ハクアがいつの間にかモズ達をじっと見ていた。


「何よ」


「……ところで皆、乙女だよね?」


「当たり前でしょ。他の何に見えるってのよ」


 自分達が男に見えるのか。意図の分からない彼女の質問を不思議に思いながら答えるモズ。


「いや、この場合の乙女と言うのはだな……」


 何やら察したフランチェスカが説明しようとして、やはり口をつぐんだ。


「……どちらにしろ問題なし」


 アルフィナも意味は分かっているようで、ぼそりと呟く。

 一体何だというのか。


「そうだな。問題は、この神器とやらだ……」


 首を捻るモズを余所に、コホンと咳を吐いたフランチェスカが話題を変える。

 

「学園長がリンドさんからニュアンスを問いただして訳してみた感じねー」


 先ほど質問したハクアも微笑ましげにモズを見てから、彼女に答える。


 予言を実際に書という形にするのも予言者の役目だが、お告げはちょうどリスィ達の使う神語のようなもので、形にする際意味が抜け落ちたり解釈が変わってしまう物も多い。

 例の予言書を書いたリンド婆という人物なら尚更だ。


 彼女が口にしているのは、その事だろう。

 当たりをつけながら、モズはハクアの言葉を待った。 


「スキルを振り直せるもの、らしいよ」


「はぁ!?」


 だが、続いた突拍子もないハクアの言葉に、モズは思わず大きな声を上げてしまう。

 ほかの二人ーー普段無表情なアルフィナまでもが、軽く目を見開いていた。


 神の恩寵を再び賜る。確かにこの文面を解釈するなら、その表現が合う。

 しかし、本当にそんな物が……世界の常識をひっくり返してしまう物が存在するというのだろうか。


「学園長はそれが欲しいんだって。実は、この前の騒動が学園長の耳に入っちゃってみたいなの。それで私、あらぬ疑いをかけられちゃってて……」


 モズ達のリアクションを見て満足げに頷いたハクアは、自らの事情を語り出した。


 ある程度ギフトに関わっている者ならば、自らのギフトに関して不安や後悔があるのは当然だろう。

 フランチェスカやアルフィナは言うに及ばず、自分の道を決めたモズでさえもっと効率的なスキル振りがあったのではと計算をし直すことがある。

 複数回使えるのならば、一度狩用の構成にしてからギフトを稼いで強敵用にチェンジするという夢のような使い方までできるのだ。

 欲しがらない人間がいるわけがない。


 だがそれより、三人娘の頭に共通して浮かんだのは、一人の少年の困り顔だった。


「信用を回復するには、その神器の場所を突き止めるしかないの」


 そんな彼女たちの前で、語り終えたハクアは少しも困ってなどいなそうな表情で笑う。


「アンタが悪用する気じゃないの?」


 頭上に浮かんだヒラク像を振り払ったモズは、じろりとハクアを睨みつけた。


「スキルを振り直せるっていうのには興味があるけど、今は首根っこが押さえられちゃってるから」


 しかしハクアは、実際に掴まれているかのように肩をすくめてそれを否定する。


「そうでなければ悪用するのか」


「あはっ、ちょっと言い間違えちゃった」


 そしてフランチェスカが鋭く指摘すると、てへぺろっと舌を出した。


 ともかくハクアの話しぶりを聞くに、神器盗難騒動は学園長の耳にも届いていたらしい。

 あれだけの大立ち回りだ。無理もない。


 娘のしでかした事でも学園長はそれを快く思ってはおらず、罰としてハクアに神器探索を命じた。

 経緯としてはそんなところだろうと、モズは考察した。


「それを手に入れてどうするかは分からないけどぉ、もしかしたらこの前みたいな賞品にする気かも」


 モズ達が事情を把握したか確かめるように、ハクアは語る。

 

「それか、お気に入りの子にプレゼントするのかもね」


 そうしてモズ達が神器を欲しがること、そして、それを誰に使って欲しいか。

 そんな事は分かっていると言いたげに彼女は可能性を並べた。


「ふむ……」


 考え込むように例の腕組みをするフランチェスカ。

 しかしモズはそこまで冷静ではいられない。


 こんなあからさまな餌に、自分達は食いつくと思われている。

 ヒラクのためならば、見え見えの罠にだって飛び込んでくると考えられているのだ。


「アンタ、何か勘違いしてるわね……」


 自分はあの男の恋人でも愛人でもハーレム要員でもない。 

 ギシリ、モズが怒りを込めて踏みしめたボロ校舎が音を立てる。


「とにかく、それを探すためのお友達が欲しいの」


 切り替えるように、ハクアはパンと手を叩いた。

 そんなもんで誤魔化されるかとモズが一歩前に出たところで、再び彼女はまたしても黒光りする籠手を取り出した。


「今日ついてきてくれるだけで、予言が外れでも籠手は上げちゃう」


 すると、まるで籠手の魔力に逆らえなくなったかのように、モズが動きを止める。

 大事なのは籠手ではなく中身と言われただろう。

 そんな意味を込めている……と思われるフランチェスカの視線が刺さるが、だってあれはカムイの籠手なのだ。

 カムイが女性だということは聞いたが、そんな事は元より関係ない。

 あの籠手の持ち主は、変わらずモズの憧れなのだ。


「……大盤振舞」


「これ、私には重すぎるし。モズちゃんなら似合うと思うよ」


 アルフィナが揶揄するも、ハクアは愉しそうにモズを見ながら語る。

 そんな事はハクアに言われずとも分かっている。

 カムイの籠手をただの取引材料としか思っていないハクアより、自分が持っていた方が喜ぶはずである。

 きっと、あの男も……。


「あ、ヒラク君には内緒ね。風邪なのに余計な心配させたらいけないし。……ちょっとしたサプライズになるかもしれないしね」


 そんなモズの心境に……おそらくは気づいていないのだろう。

 ハクアは彼の名を出して含み笑いを漏らした。


 この女はこの女で、ヒラクが絡むとやけに楽しそうである。

 結局お前は何を企んでいるのか。

 しびれを切らしたモズが真っ向から問いただそうとしたその時。


 ゴーン。ゴーン。


 始業を告げる鐘が鳴った。


「あ、戻らなきゃ。それじゃぁ、考えておいてね」


 一方的にそう告げると、髪をなびかせながらハクアは教室を出ていく。

 呼び止める暇もない。

 あまりの素早さに、モズ達は埃が舞い上がる部屋の中立ち尽くした。


「どうする?」


 ハクアの出て行った先を見ながら、フランチェスカが問いかける。


「どうするって……そりゃ」


 同じ方向を見ながら、モズは腕を組んだ。


 無視した方が良い。理性はそう告げている。


 何せあのハクアが仕掛けてきたことだ。

 罠があるに決まっている。間違いない。

 

 だが、その罠さえやりこめてしまえば、カムイの籠手が取り戻せ、上手く行けばスキルを振り直せるなどという機会に恵まれるチャンスだ。

 

 しかしそれにしても、話が美味すぎるし都合も良すぎる。


「うううむ」


「悩みすぎて煙が出ているぞ」


 腕を組みうなり声を上げるモズの頭上で、フランチェスカがハタハタと手を振る。


「アンタも考えなさいよ!」


 それをはねのけ、モズは彼女に叫んだ。

 普段偉ぶっているくせに、どうしてこんな時ばかり自分に振るのか。


「私の考えは決まっている」


 モズが睨むと、フランチェスカはしれっとそう答えた。

 

「ほぉ、じゃぁその考えってのを……」


 決まっているなら何故こちらに問いかけ、あまつさえ頭から煙など出させようとするのだ。

 

「私が、リンド婆に確かめてくる」


 モズが姫騎士様の素敵な考えを拝聴しようとした時、アルフィナが小さく、しかし凛とした声で呟いた。

 驚いてモズがそちらを見ると、彼女の瞳には固い決意が満ちている。


 しかし、予言を確かめるという事はハクアの仕掛けに対して一歩踏む込むということで……。

 その婆さんが予言を肯定してしまったら、自分達は結局ハクアと組む事になってしまうのではないか。


「何か、どんどん後戻り出来なくなってる気がするわ」


 自らも風邪をひいたような悪寒を感じ、モズは体を震わせた。  

 予言者詐欺

 基本的には「この先貴方に不幸がありますがこれを買えば大丈夫」と高額な商品を売りつける詐欺の手口。

 こんな物に引っかかる人間はいない。と思われがちだが、案外成功率は高い。

 理由の一つは「本物の予言者」がこの世界には存在する事。

 そしてそんな「本物の予言者」の忠告を詐欺だと決めつけ破滅する人間のお伽話が各地に残っていることが主な原因。

 このお伽話も詐欺師によって意図的に広められたとの説もあるが、真偽は定かでない。

 他のギフトを組み合わせた魅了予言詐欺やはったり予言詐欺、肉体強化(タフネス)予言詐欺など手口も複雑化しており、王国は対策に頭を悩ませている。


肉体強化(タフネス)予言詐欺

 お前に予言をしてやるから金を出せと脅す詐欺。

 カツアゲ。

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肉体強化予言詐欺 どっちなんだい?筋肉ルーレット!
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