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僕はスキル振りを間違えた  作者: ごぼふ
地雷少年ダンジョンへ潜る
5/58

お茶(ポーション)の時間

 それから更に歩くと、またしても前方に広い空間が見えた。

 その先に、蠢く影が見える。

 モズが歩調を緩め、ヒラクがそれを追い越した。


 誰かに先を歩かれるという行為自体が気に入らないのか、モズがむっとヒラクを睨む。


 そんな彼女に苦笑しつつも、ヒラクは夜目(ナイトヴィジョン)で通路の先を見た。


「魔物がいる。数は三体。ライトをつけるけど良いかな?」


 そして、その結果をパーティーメンバーに告げる。更に確認。


「あぁ、頼む」


 返事をするのはフランチェスカのみである。

 モズはそっぽを向いている。

 アルフィナも無言。

 別にヒラクを嫌っているわけではないと思うが……ないといいなと思いつつ、そんな祈りを込めてヒラクは詠唱を開始した。


「ライト」


 そうして、魔法を起動。

 ヒラクがライトを飛ばすと、広間の主、その姿が露になった。


 先ほどと同じ人型。しかしその腹はでっぷりと肥えており、人より筋肉が盛り上がった腕には棍棒が握られている。

 そして頭代わりの箱……魔核には、ドーナツ(王都を中心に最近話題の菓子。真ん中に穴が開いている)を二つくっつけたような物が付属していた。


「豚型だね」


「豚って何よ……あぁオークね。しぶといけど二階に出る奴としてはウマい敵じゃない」


 ヒラクが俗称を漏らすと、モズが正式な分類名に訂正する。

 とはいえこの分類名も、王都の一部でしか使われていないのだが。


 美味しそうなブタさんということでリスィも期待してその姿を見たのだが、あまり食用に適しているようには見えない。

 ゲテモノ食いなのかしらん。などと首をひねった後で、リスィはモズの言葉にもう一つ気になる箇所を発見した。


「二階?」


「そう、迷宮の地下二階。さっきのポータルを使って、僕たち生徒は6グループそれぞれ地下二階の別々の場所に飛ばされてるんだ」


 リスィが呟くと、ヒラクがそれに対して説明する。説明をするときの彼は妙に嬉しそうで、リスィも色々なことを尋ねたくなる。


「だから他の人と会わなかったんですね」


 そんな風に思いながら、なるほどと納得の声を上げるリスィ。

 と、そんな彼女の横をモズがすっと通った。

 モスは顎でフランチェスカを促し、更にはヒラクを睨む。

 それから顎を反対側に動かした。


 そんな講義には付き合ってはいられない。邪魔だから隠れてなさい。

 と態度で示したのだろう。


「せめて口で言ってくださいよー!」


 リスィが抗議の声を上げる。

 ジェスチャーは彼女にもばっちり伝わったようなので、心情を無視すれば言葉は要らなかったとも言える。


「まぁ、僕達は隠れてようか」


 苦笑して、ヒラクはリスィを促した。

 アルフィナは既に通路の影に座り込み、まるで置物のようにじっとしている。

 あるいは自縛霊のようであった。


「うー……」


 同じく影に隠れて座り込んだヒラク達だったが、リスィはやはり不満げである。


 それでヒラクは、先ほど彼女に言われてことを思い出した。

 戦闘での活躍云々の話である。

 リスィが自分にしているのは、過剰な期待だ。

 しかし、彼女が自分に期待するのもある程度は分かるので、ヒラクは応えてやりたかった。


「……じゃぁちょっと奮発しようか」


 そこで、ヒラクは一つ手を打ってみることにした。

 豚型は耐久力は高いが、そう危険でもないはずだ。

 飛ばしたライトを微調整してから、鞄の中を漁りだす。


「つ、ついに秘密兵器が登場するんですね!」


 目を輝かせるリスィ。

 そんな彼女を前にヒラクが取り出したのは、一本の筒だった。

 彼は更に鉄製の注ぎ口のついた容器を取り出すと、筒を開け、その中に入った緑色の粉末を容器の中に注ぐ。


「あ、あの、ヒラク様?」


 何をしているのか。リスィが尋ねようとするが、その前に筒をしまったヒラクが口の中で何事か唱えだした。


「……天におわす神よ我に祝福の水を」


 断片的に聞こえる部分から察するに、それは神への祈りのようであった。

 だが、唱えている本人はひどく事務的な口調である。

 そうして彼は何かを乗せるかのように、空いているほうの手のひらを上へと向けた。

 乗れということかしらん。そう解釈したリスィがふよふよと飛んでいくと。


「ウォーター」


 ヒラクが、小さく、少しだけ強く呟いた。

 同時に、ヒラクの手の上に青い光が収束。

 それが収まると、彼の手の上に水の塊がふよふよと浮いていた。


「わわっ」


 ふよふよどうしで危うく衝突しそうになり、リスィは慌てて身を引く。


「す、すごい。油しか出せないんじゃないですか!?」


「攻撃魔法はあれだけだよ。これはただの水の固まりだから」


 言いながら、ヒラクは仰向けにしていた手のひらをくるりと返した。

 中空に浮いていた水の塊が、ポトンと言う音と共に容器の中に入る。


「あの、それって一体なにを……」


 尋ねようとするリスィだが、その前にヒラクの詠唱が再び始まってしまった。


「神よ我にともし火を……ファイア」


 先ほどより幾分雑に思える詠唱と共に、今度は指先からポッと火が灯る。

 指二本分ほどの大きさをしたそれは、中空で煌々と燃え続けていた。


「火が出ました! 今度こそ攻撃魔法でしょう!?」


 それを見て、またも目を輝かせるリスィ。

 炎の熱気も手伝い、頬は上気している。


「いや、これも大した温度じゃないし、そもそも遠くへ飛ばないんだよね」


 が、ヒラクがそう説明すると、リスィの瞳に灯ったほうの炎は早々に消え去ることになった。


「……水と合わせたら純粋なる破壊の力が顕現したりとか」


「蒸気なら出るけど……なんかフランチェスカに影響受けてない?」


 なおも未練がましく呟くリスィが少々心配になりつつも、ヒラクは容器を下から魔法の火であぶる。


「結局なにをしてるんですか?」


「お茶を淹れてる」


「お茶、ですか?」


 ヒラクのあっさりとした答えに、リスィの顔があからさまに曇る。


「ごめん、冗談。これはポーションなんだ」


 それを見て取って、ヒラクは微笑みながら自らの発言を訂正した。


「ポーション?」


「魔法の薬の総称だね。ポーション作成(クリエイトポーション)レベル1の人間が作るにしては、結構魔力が回復するんだよ」


 火を当てる位置を調整しながら、ヒラクが説明する。ただ温めているように見えて、温度調節をしくじると即座に薬がダメになる作業である。


「魔力……でも、魔法ってヒラク様とフランチェスカ姫しか使ってないんじゃ……?」


 魔力と言うからには魔法を使う力だろう。そう察してリスィが尋ねると、ヒラクは奥で戦闘をしているモズ達に視線をやる。


 戦闘はやはり彼女達が優勢のようだ。確認してから、口を開く。


「小さな体格のモズがあんな大きな剣を軽く振り回せるのも、魔力のおかげなんだ。正確には肉体強化(タフネス)を取ると体に魔力が流れるようになるんだけど……」


「えーっとぉ……」


「要するに戦士でも魔力は消費するって話」


 リスィが話にイマイチついていけていないことを察して、ヒラクは多少ざっくばらんに説明する。


「なるほど」


 ふむふむと頷くリスィ。どの程度理解したかは彼女の理解力に任せることにし、ヒラクはポーションの作成に集中することにした。

 そして、少し経ち――。


「よし、大丈夫かな?」


 呟くと、ヒラクは一旦容器を置き、鞄の中から布敷きと碗を取り出した。

 碗の中には一回り小さい碗が入っており、分解していくとそれが4つに分かれる。


「ご主人様の鞄って色々入ってるんですね」


「二時間あったら喉ぐらいは渇くかなと思って」


 リスィも迷宮に入って初めて分かったのだが、こんな暗くて狭い場所に二時間も篭るのは、思った以上に疲労する。

 体の小さな彼女でさえそう感じるのだから、人間にとってはもっと辛いことだろう。

 しかし、ヒラクも自信がなさそうな顔をしているので、リスィは自身の推察にイマイチ確信が持てずにいた。


 彼女が煩悶している間に、ヒラクは碗の中へ緑色をしたポーションを注いでいく。


「緑ぃですね」


 碗の中を覗き込んだリスィが呟く。それはリスィの知っているお茶ではなく、緑色の飲むのにちょっと勇気が要りそうな液体であった。

 なるほど、これは確かに薬……。


「あぁ、緑茶っていうんだ」


 納得しかけた彼女に対し、ヒラクがそう答える。


 ――その言葉に、二人の間に沈黙が落ちた。


「……やっぱりお茶じゃないですか」


「い、いや、通称だよ通称! 普通にお茶としても飲めるからね! スキルが無くても作れる程度の作成難易度だけど、冷えると魔力回復効果が無くなるからあんまりポーションとして使われないだけで!」


 ジト目で睨むリスィに、ヒラクは必死で弁明した。

 だが、それが彼女の疑惑を更に深める結果となっている。

 次第に突きでていくリスィの唇で、ヒラクはそれを感じ取ることが出来た。

 こうなったら実際に体験してもらうしかない。


「じゃぁリスィ、試しに飲んで……ってダメか」


 そう思って碗をリスィに薦めるヒラク。だったが、途中でそれを引っ込めた。

 別に彼女が碗に溺れそうだと気づいたとか、むしろ風呂として使えそうだと気づいたからと言うわけではない。


「やっぱり私にはないんですか? 魔力」


 それに対して、リスィが尋ねる。リスィの視線が一瞬彼女自身の背中へと流れたことに、ヒラクは気づいていた。


「そんなことないよ。魔力自体はあるけど、組成が違うんだ。このダンジョンに流れてる空気に近いかな? だから魔力感知には引っかからないんだけど……」


 気づいていながらもそ知らぬふりをして、彼女の言葉を否定する。


「そ、そうなんですか。……えーと、じゃぁ私って魔物に狙われないんですね」


 ヒラクの言葉に、リスィはほっと息を吐いた。それを悟らせないようにするためか、彼女は少々考えてから話題を変える。


「他の感知系統を持ってる魔物を除けばね。あと魔法とか投げられると巻き込まれたりするから注意して」


 察して、ヒラクもその話題に乗った。はずなのだが――。


「はーい、分かりましたー! ……ってそうじゃないですよ」


「いや別に誤魔化そうとしたわけじゃ……」


 だというのに、元気よく返事をした後、まるで騙されまいとしているかのようにリスィが口を引き締めた。

 親の心子知らずといった心境で、ヒラクはもごもごと弁明する。


「じゃぁアルフィナさんに飲んでもらってください。さっきからずっと欲しそうにしてましたから」


 するとリスィの視線が、ヒラクの後ろについっと向いた。


 それを追ってヒラクが背後を見ると、彼にぴったり寄り添うようにアルフィナが立っている。


「わぁ!」


 思わず声を上げてしまうヒラク。彼女に出す為にポーションを用意していたはずであったのに、彼女自身の存在をすっかり忘れていたのだ。


 危うくポーションを落としそうになった彼は何とかその危機を乗り越えると、「ごめん」とアルフィナに謝った。


 それから、彼女に改めて問いかける。


「えーと、欲しそうに見てたって、本当?」


 問いかける。が、アルフィナは答えない。

 なんとなく彼女の表情がNOと言っている気もするが、ヒラクは読心術(リーディングマインド)のスキルなど持っていないので判別はつかない。


「飲んでみる?」


 とにかく彼は、そう尋ねてみることにした。まるで自分が勘違い男のようで、沈黙に耐え切れなかったという理由もある。


「ほら、開錠にも魔力を使うでしょう? 高レベルならなおさら」


 高ランクの宝物庫にアクセスする場合は、魔力をある程度消耗する。

 自身は開錠がレベル1なので聞きかじりの知識だったが、ともかくヒラクはそれを盾に彼女が茶を飲む理由を作ってみた。


 が、彼女は答えない。碗を手に取ることもない。


 なんとも言えない沈黙が作られた。それほど離れていない戦闘の音が、妙に遠くに聞こえる。


 やはり得体の知れない男が淹れたお茶など飲む気がしないか。

 落胆を隠しつつ、ヒラクが碗を引こうとするヒラク。

 その刹那、アルフィナが碗をスッと取った。


「あっ」


 手が触れ、ヒラクが声を漏らすが彼女は気にした様子も無い。


 そうして茶を受け取ったアルフィナは、やけに優雅な仕草で碗をあおり、中身をこくこくと飲んでいく。


「ど、どうですか、回復しました?」


 固唾を呑んで見守るリスィ。

 一方ヒラクも、心臓が早鐘を打っていた。

 触れた手が冷たくてやわらかかった所為も多分にある。

 

 やがて、碗を置いたアルフィナが口を開く。


「苦い」


 彼女呟いて、舌をぺろりと出した。


「……ごめん、味について注意を忘れてた」


 淡白な反応である。それでも今までで最大のリアクションだ。

 彼女は感情を表すのが苦手なだけで、今回も叫びだしたいほど苦かったのかもしれない。

 そんなことまで考えてしまい、ヒラクはアルフィナに謝った。


「ヒラク様。指からお砂糖とか出ないんですか?」


「出ないよ! 僕のことなんだと思ってるの!?」


 そんな風に反省した彼であったが、横からなされたリスィの言葉には即顔を上げざるを得なくなる。

 確かに火や水や光をその手から出したヒラクであったが、さすがに調味料は出ない。


「そう……なんですか。ええと、結局、魔力は回復したんでしょうか?」


 やはり落胆した様子を見せた後、今までで一番落胆した様子を見せた後、リスィがアルフィナに尋ねる。


「…………うん」


 すると、しばらくの沈黙の後、アルフィナから大分頼りない答えが返ってきた。

 口数が少ないので確信は無いが、おべっかの類は言わない娘であるとヒラクは感じている。


 ということは……多分回復したんじゃないかと思うのですがどうでしょう。

 ヒラクがリスィにお伺いの視線を向けると、彼女は腕を組んで唸っていた。


 あぁ、やっぱりこれじゃ信用してくれないか。


 本来は人間の道具でしかないあーてふぁくとのリスィだが、ヒラクには様々な事情があり、どうも彼女に強く出られないのだ。


 どうしたものかとヒラクが悩んでいると――。


「疑ったりしてごめんなさいヒラク様!」


「へ?」


 リスィが、突然その小さな頭を下げた。


「アルフィナさんがこう言ってくれるまで信じなかったなんて、私はヒラク様のモノ失格です!」


 そうして彼女は、聞きかたによっては誤解を招きかねない言葉を交えつつヒラクに謝罪した。


「いや、分かってくれたなら良いんだ、うん。あと僕のモノって言い方はやめてね」


 そんなリスィをなだめつつ、ヒラクはアルフィナの顔を窺った。

 しかし別段彼女の表情に変化は無い。


 それにしても、アルフィナの鶴の一声で疑惑が晴れるとは。

 もしかして自分よりアルフィナのほうが信用があるんじゃ……そんな考えに行き着きかけ、ヒラクがぶるぶると頭を振った。

 そんな時――。


「たああああ!」


 一際大きく、聞くものをはっとさせる声が洞窟内に響いた。


 ヒラク達がそちらに視線を向けると、フランチェスカの持つバーディッシュが、オークを刺し貫いている。


「邪悪なる者よ、虚無となり虚無への供物となれ! 電子分解光ヴァルヴァラ・スパーク!!」

 

 そして彼女が叫んだ瞬間。斧槍が光に包まれた。

 それはオークへと伝播し、迷宮内が光に包まれる。

 

 ――そして光が収まった時、既にオークの姿はそこになかった。

 代わりにフランチェスカの足元には、かつてオークであっただろう魔核が転がっている。

 フランチェスカは斧槍を一振りすると、腰を屈めてそれを掴みあげた。


「なんだかご主人様とは大分雰囲気の違う魔法ですねぇ」


「詠唱は人それぞれだからね。僕はシスターに習った詠唱そのままだし」


 彼女のほうを向いたまま、リスィが呟く。

 それが良い意味でか悪い意味でか判断が付きかね、ヒラクはとりあえず共通の知り合いの名前を出した。


「おぉ、そういえばシスターさんにお手紙書きませんとね」


 リスィがその名前に、パンと両手を打ち合わせる。彼女の声を聞いて、ヒラクは若干憂鬱になった。

 シスターは……怒っていないだろうか。


 そんな風にヒラクが悩んでいると、戦闘を終えたモズとフランチェスカが、魔核を手に持ち戻ってくる。


「無駄に魔法使いすぎ! 魔力切れになったらどうすんのよ!?」


「その時はその時だ!」


 二人は先ほどの戦闘について言い争いをしており、ヒラクとしては気後れして仕方が無い。


「おー、潔いですねー」


「いらないわよそんな潔さ!」


 そんな中でも臆せず会話に入っていけるリスィの無邪気さを、ヒラクは頼もしく思った。


「でも大丈夫です! ヒラク様が作ってくれたこのお茶を飲めば、魔力完全回復しちゃいますから!」


「あ、あのリスィ。そこまでの効果は無いからね……」


 ただし、若干頼もしすぎる感もある。


 どこぞの宣伝のようなリスィの文言を否定するヒラクだが、リスィもフランチェスカも聞いている様子が無い。


「おお、気が利くな!」


 リスィの言葉を受けて、フランチェスカがヒラクに近づき手を差し出す。

 横ではモズが胡散臭げな表情をしながら、アルフィナへと魔核を渡している。


「本当に、そこまでのお茶……ポーションじゃないから」


 もう一度、今度は面と向かってフランチェスカに言いながら、ヒラクはポーションを彼女に手渡した。


「あと、ちょっと苦いから気をつけ……」


「なるほど変わった色のお茶だな!」


 先ほどの失敗を踏まえて注意するも、やはりフランチェスカは聞いていないようだ。


 彼女は何の迷いもなく碗をあおると、そのままぐびぐびと飲みだした。


「ぷはーっ!」


 一気飲みである。


 やがて、碗を空にした彼女は、鼻の下に緑色のヒゲをつけながら息を吐いた。


 姫としても騎士としても失格めいた仕草である。


「ええと、苦くなかった?」


 しかしその辺りへのツッコミは避け、ヒラクは彼女に味についてだけ尋ねることにする。


「おう! ぷ、ぶ……」


 すると一旦は元気をよく返事をしたフランチェスカだったが、次の瞬間その顔が青く染まる。


 そして彼女は、口を両手で押さえて背中を向けた。


「だ、大丈夫!?」


 慌ててヒラクが問いかけると、フランチェスカは背中を向けたままばっと彼を制止する手を出す。

 その動作にはキレがあり、威厳があった。


「……ぱ、パパに食べ物は粗末にするでねぇって……言われてるから」


「いや素に戻ってるから! え、それが素!?」


 が、彼女の発言には、そんな物は微塵も存在しない。


「す……素ではなく、少し取り乱しただけだ。尽きかけていた魔力の泉に急に水が沸いたのでな」


 ヒラクがはらはらとフランチェスカの背中を眺めていると、やがて彼女はそう言って立ち上がった。


 顔はまだ青いが、声には力が戻っている。


「尽きかけてたんだ……節約しようね」


 問題発言があった気もするが、とりあえずは大丈夫なようだ。

 彼女につっこむことは諦めて、ヒラクは次のお茶を手に取った。

 そうして、アルフィナの解体作業を見守りつつもチラチラとこちらを窺っていたモズのほうを向く。


「はい。ちょっと…いや、結構苦いけど効果はあるよ。多分」


 そう言って、ヒラクは彼女へと碗を差し出した。

 今までの経緯から色んなものへの自信が若干くじけている為、物言いは曖昧である。


「変なものとか入ってないでしょうね」


 そんな態度が悪かったのか。モズが疑わしげな目でヒラクを睨む。


「……へ、変なものって?」


 拒否されるまでは想定していたものの、そんな疑いまでかけられてヒラクは狼狽した声を出した。


 すると、彼女は自分で言った割にその変なものについて具体例が無かったらしく、口をもごもごと動かす。

 それからようやく口を開いた。


「こう、しびれ薬とか、媚薬とかを、指先から……」


「本当に、君達は僕をなんだと思ってるの!?」


 リスィと同じ……いや、彼女より大分悪質なヒラクへの印象をぶちまけるモズに、ヒラクは裏返った声で抗議した。


 薬を仕込むにしても何故指先からなのか。

 自らの印象について見つめなおしたくなるヒラク。

 リスィが媚薬ってなんですか? という視線を向けている気がするが、それはスルーした。


 ともかく、これでは埒が明かない。

 そもそも飲むことを強制するつもりでもなかったので、ヒラクは手に持った碗を自分で飲んでしまうことにした。


「まぁ、味も苦いから、しょうがないよね……」


 そう言って、碗をあおる。


「は?」


 叫びすぎた喉に、その温さが心地よかった。

 苦さも確かにあるが、良薬口に苦しの範疇である。

 さて、残ったお茶はどうしようか。

 などとヒラクが考えていると――。


「わ、私は苦いのなんて平気よ!」


 突然モズが叫んだ。

 ヒラクにしてみれば媚薬――毒の類だと疑って口につけないのでは彼女の印象が悪くなると思って言ったのだが、完全に裏目に出たようだ。


「えーと、じゃぁどうぞ」


 唖然としながらもそう言って、ヒラクは残った碗を彼女に差し出す。

 ぐぬっと唸りながらも、碗をひったくるように受け取るモズ。

 そして彼女は、そろそろと碗の中身に口をつけた。


「うっ」


 そして、予定調和のように呻くと、端整な顔を幼児のようにしかめて口をうにょうにょと動かす。


「……全員苦いのはダメなのね」


 視界の端では、ヒラクの碗に残った茶を舐めようとしたリスィが中へと転げ落ち「うぺぺぺぺ」と泣いている。


 本気で調味料を持ってこようか。考慮し始めたヒラクであった。

水魔法(ウォーター)

1レベル取るごとにその系統の魔法が使えるようになるギフト。

レベル1では飲料として使える水を生み出すことが出来るウォーター(クリエイトウォーター)を習得できる。

呪文名に関しては中央国家や公立機関で定めた公称があるが、あまり浸透しておらずフランチェスカに至っては大分ぶっちぎっている。


炎魔法(ファイア)

1レベル取るごとにその系統の魔法が使えるようになるギフト。

レベル1では明かりや小さい物を燃やせる火を生み出すことが出来るファイア(クリエイトファイア)を習得できる。

レベル1で習得できる魔法は大抵魔物との戦いより便利グッズの側面が強く、どの系統であれレベル1しか魔法を取っていない魔法使いはパーティーから忌避される。

ヒラクはそれ以前の問題。

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