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僕はスキル振りを間違えた  作者: ごぼふ
地雷少年と過去
44/58

情報整理と情報錯綜

 翌日、モズは学園を休んだ。

 彼女を追いかけたリスィだったが、途中で見失ってしまったらしい。


 騒ぎにはなっていないようなので、おそらく寮には帰ったはずなのだが……。


「はぁ……」


「だ、大丈夫ですよヒラク様。きっとモズさんも分かってくれます」


 最悪の形で彼女にカムイの死を知られてしまった。

 ため息を吐くヒラク。そしてそれを慰めるリスィの前に、さっと影が差した。


「おはよう。憂鬱そうだな」


 長身の美少女。フランチェスカである。

 彼女は姫の威厳を以て、ヒラクを見下ろし尋ねた。


「あの空席のことだが、何か関係あるのか?」


 フランチェスカが目をやるのは、教室の真ん中にあるモズの席である。

 気づけば、隣に座るアルフィナもこちらをじっと見ていた。


「うん……。あの、長い話になるけど、聞いてくれるかな?」


 どうせなら三人娘一緒に……それが無理ならまずはモズから話そうと考えていたヒラクだったが、こうなったらそうもいくまい。


 幸いと言うべきか、次の時間は長い時間が取れる迷宮探索である。

 どうせモズ無しでは、深い階層まで潜ることはできまい。

 ヒラク自身、今のままでは探索に集中する事が難しそうだ。


 覚悟を決め、ヒラクはフランチェスカとアルフィナ切り出した。


「無論だ」 


「……付き合う」


 それに対し、二人も力強く頷いてくれる。

 ついにやってきたこの瞬間に、リスィも握り拳を作る。

 

 こうして、その日の迷宮探索はヒラクの過去、そしてそれに関連して起きた出来事の説明に費やされる運びとなったのである。



 ◇◆◇◆◇



「なるほど。そんな経緯だったか」


 迷宮内。光苔に照らされたフランチェスカが、やや上の位置で腕組みをしながら呟く。

 入り口であるポータルの前で、ヒラク達は車座になっていた。

 尻の下には敷物。飲み物も用意してあり、完全に探索を放棄し話し合う体勢である。


 そこでヒラクは、自らの過去について全てを話した。

 そして、それをモズに聞かれてしまったことも。


 一時間以上に及ぶ長い説明となったが、彼女とアルフィナの二人は辛抱強く聞いてくれていた。

 だが、それ以上に……。


「二人とも、あんまり驚かないね」


 ヒラクの来歴を聞いても、二人が大して驚いた様子を見せなかったことを、ヒラクは疑問に思っていた。

 かつてヒラクが助けた少女がモズであったことの方が、よほどびっくりされたぐらいだ。

 ちなみに彼女の持病については伏せてある。


「……むしろ納得」


「そうだな。君の不可思議な動きにようやく合点がいった」


 ヒラクの疑問に対し、二人は顔を見合わせるとすぐにそう答えた。

 ……不可思議な動きなどしていただろうか。

 その評価に少々納得がいかないヒラクだが、彼の横ではリスィがうんうんと頷いている。


 それはともかく、もう一つ言わねばならない事がある。

 少女たちの前で、ヒラクはおずおずと口を開いた。


「あの、今回の件でパーティーを解散したくなったらいつでも……」


 ぱし。

 だが、言いかけたヒラクの頭を、身を乗り出したアルフィナが叩く。


「ア、アルフィナ?」


 ぱし、ぱしぱしぱしぱし。

 困惑するヒラクの頭に、連続でアルフィナの平手が飛ぶ。


「何するの!?」


 叩き方のおかげで痛くはないが、意図がまるで分からない。

 怒るより怖くなってヒラクが尋ねると、彼女はヒラクをじぃっと見て言った。


「……私に、何か言わせる気?」


 その瞳には、珍しくはっきりとした怒りが宿っている。

 潤んでさえきた彼女の目を見て、ヒラクはようやく思い出した。


 アルフィナは、自分が上げた声のせいで部族の者達が死んだと後悔していた。

 彼女はヒラクに言ったのだ。「自分が殺した」のだと。

 そしてその言葉で、ヒラクを突き放そうとした。


 それを、ヒラクはおせっかいと言い張って庇ったのだ。


 そんな彼が似た状況になってこんな事を言い出したのが、彼女は許せなかったのだろう。


「ごめん、僕が馬鹿だった」


 ようやく察して、ヒラクはアルフィナの頭に手を乗せた。


「ん……」


 軽く頷いた後、腰を浮かしたままの彼女はそれを嫌がるでもなく受け入れた。

 お互いがお互いの頭に手を置きあう奇妙な空間が、そこに誕生した。


「えー、コホン」


 しばらくの沈黙の後、フランチェスカが咳払いをした。

 我に返り、手をどけると彼女の方へ視線を向けるヒラク。


「見くびってくれるな。というのは既にアルフィナが示してくれたようなので私は割愛するとしよう」

 

 するとフランチェスカは鼻から息を抜き、少々残念そうに告げる。

 ヒラクとアルフィナのやりとりを複雑な表情で見守っていたリスィも、彼女の言葉に「ね、大丈夫でしょう?」とでもいう風にヒラクへ視線を寄越した。


「だが」


 しかし、直後にフランチェスカの言葉が降ってき、彼女はびくりと飛び上がる羽目になる。


「君は私に……モズに言ってくれたはずだ。人によって必要なスキルは違って良いと」


 別の不満ごとを言うかと思われたフランチェスカだが、その口調は優しい。

 彼女が口にしたのは、ヒラクが保健室でフランチェスカのスキル構成について話した内容であった。


「私はそれを信じることにした。君が、自分のスキルに後悔があるのも分かる」


 ヒラクは、自らの後悔に関してフランチェスカへ打ち明けた訳ではない。

 それでも同じくスキルの履歴に迷いがあるフランチェスカは、自力で察することが出来たのだろう。


「それが、近しい者の死に関連しているなら尚更だ」


 彼女は声の調子を落とし、悼むように囁く。

 ヒラクとフランチェスカには、もう一つ共通点があった。

 それは、いまだに死者への思いに囚われている、という点だ。


 囁くフランチェスカは、おそらく死んでしまった親友――ムゥちゃんのことを思いだしているのだろう。

 それでも、彼女は前へ進もうとしている。 


「だが……不謹慎と言われようと、私は君が今の君でいてくれて良かった」


 その証拠を示すように、フランチェスカは晴れやかに笑ってみせた。


「そうでなければ私は悩みを抱えたままだったし、そもそも我々は出会えなかっただろうからな」


 彼女はその笑顔のまま、ヒラクに告げる。

 ヒラクの気持ちをすべて飲み込んでなお、フランチェスカは今の彼を肯定するというのだ。

 フランチェスカの心は、確実に一回り大きくなっていた。


 もしかしたらそれに、ヒラクは関われているのかもしれない。

 そう思えば、自らを全肯定はできなくとも大分救われた気持ちになることがヒラクにはできた。


 誰も言葉を返さないのを不安に思ったのか。それとも一人で話し過ぎたのを恥じたのか。

 フランチェスカがそわそわとし出す。


「……ありがとう」


 成長した彼女の心がべろりと剥けてしまう前に、ヒラクは彼女へと礼を言った。

 短い礼だがそれ以上の言葉は見つからず、また、他の言葉を足すのは無粋に思えた。


「あ、あぁ!」


 フランチェスカにも感謝の念は伝わったようで、今度は童女のような笑顔をして彼女は頷いた。


 成り行きを見守っていたリスィがほっと息を吐き、周囲に穏やかな空気が流れる。


「……で」


 そんな時、先ほどまで黙っていたアルフィナが一言、というか一文字発した。

 ヒラクの方へ身を乗り出したままであった彼女は女豹のポーズで伸びをし、元の位置に戻ると一同を見やる。

 とりあえずヒラクのセラピーは終わったが、それ「で」これからどうするのか。

 という意味の視線であることは、ヒラクにとって明白であった。

 先ほどとはまるで逆の光景である。


「さて、となれば問題は、例の引き籠もりだな……」


 アルフィナの一文字の意味を察したのだろう。

 それを受けたフランチェスカが再びコホンと息を整え、話題を戻す。

 一日休んだだけで引き籠もり扱いは酷だと思うが、照れ隠しだろうと察してヒラクは口を挟まないことにした。

 ヒラクセラピーの名残かもしれないが、そこも無視である。


「神器の件は完全に奴の誤解だ。それを解いて冷静にさせよう」


 そんなヒラクを余所に、フランチェスカはそう言うと自ら頷いた。

 確かにその件に関しては、ミラウに証言さえもらえば訂正可能である。


「あ、でも僕……彼女の連絡先を知らないや」


 なるほどと同じく頷いたヒラクであったが、途中でふと気づいてそれをフランチェスカに告げた。


「うっ、そうなのか」


「モズさんのことがあって、てんやわんやになってしまったんです。ネブネブも裸のままですし」


 自らの計画が潰えたことに呻くフランチェスカ。

 彼女に対し、リスィが主人を庇うよう言葉を足す。


 情けないことにモズに逃げられた後のヒラクは呆然としてしまい、ミラウに事情を説明したりネブリカの服を作るどころではなくなってしまっていた。

 彼女たちとどのように別れたかも覚えていない。


 おそらくミラウは女子寮に住んでいるのだろうが、その部屋も分からないままだ。


「あぁいう時こそしっかりするべきだったね」


「わ、私もすっかり忘れていました!」


 彼女に悪いことをしてしまった。

 反省するヒラクとそれをフォローしようとするリスィ。


「……ミラウ=ラウリカの連絡先なら分かるかもしれない」


 途方に暮れた彼ら達を救ったのは、意外にもアルフィナの言葉だった。


「そうなの?」


 何故彼女がミラウのフルネームをと疑問に思ったヒラクだが、そう言えば彼女は以前、保健室でヒラクとミラウの会話を聞いていたのだと思い出す。

 その関連で、仲良くなったのだろうか。


「クリナハの、探索仲間だから……」


 ぼんやりと考えていたヒラクだったが、答えはもっと意外なものであった。


「そうなの!?」


 思わず同じ言葉をより高いテンションで繰り返してしまう。

 クリナハとは彼女と同じ部族出身の、アルフィナの幼なじみである。

 その彼女がミラウと一緒に迷宮に潜っているとは、世間は狭いにも程がある。


「……相変わらず空回り気味のクリナハを、助けてくれているらしい」


「相変わらず扱いなんですね、それって」


 確かに彼女がアルフィナを襲った理由も完全に勇み足だったが、それは以前から、そして今も変わらないらしい。


 考えると、自然とヒラクの顔に笑顔が浮かんだ。


「……どうしたの?」


「いや、クリナハと仲良くしてるみたいで良かった」


 尋ねられ、ヒラクはアルフィナにそう答える。

 様々な因縁があった彼女達だが、今はなんだか上手くやれているようだ。


「毎回手土産をくれるから面倒くさい」


 アルフィナがぷいと視線を逸らす。

 褐色の肌に少々赤みが増えているところを見ると、照れているらしい。


「うぅ……ぼっち」


 などとヒラクが考えていると、先ほどから急に静かになった一角からそんなうめき声が出た。


 そちらに視線を向けると、すっかりいじけた様子のフランチェスカが「の」の字を書いている。

 どうやらクリナハはおろかミラウに関しても伝聞でしか知らない彼女は、会話に混じれずすっかり置いてきぼりを食らったようだ。


「だ、大丈夫ですよぉフランチェスカ姫。みんな友達ですから!」


 リスィが慌ててフランチェスカの方へ飛ぶと、彼女を慰める。

 あちらを立てればこちらが立たず。まるでシーソーゲームのような案配である。

 なるほど。こういうときに無理矢理会話に入ってこられるモズは、とてもありがたい存在だったのだ。

 彼女の不在時に、その必要性を再認識するヒラク。


 一方視線で「本当?」と尋ねるフランチェスカに「本当です」とリスィが頷き返すと、彼女は意気を取り戻して咳払いをした。


「コホン。話は見えないが、つまりそのミラウとやらを抑えることは出来るのだな」


 そして発せられたフランチェスカの問いに、アルフィナが頷く。


「モズの部屋は分かる。以前物を借りようとして喧嘩になったからな」


 頷き返して、フランチェスカは競うようにして胸を張った。

 内容としては、まるで自慢できることではない。 


「奴は女子寮の角部屋でルームメイトと暮らしているはずだ。喧嘩の仲裁のため、彼女には世話になった」


 彼女は彼女で、ヒラクの知らない交流があるようだ。

 一度その辺りも聞いてみたいが、今はそんな場合でもない。


「カムイ=メズハロードのことを含め、私から事情を説明することもできる……が、どうする?」


 フランチェスカがヒラクに問いかける。

 どうするとは尋ねるが、彼女はヒラクの答えが予測できているようだった。


「……できれば、自分の口で伝えたい」


 少々逡巡したヒラクだが、おそらく彼女が思っているとおりの答えを、フランチェスカへと返す。


「ならば答えは一つだな」


 満足そうに頷くと、フランチェスカは人差し指を立てた。


「……女子寮に侵入」


 だが、そんな彼女の台詞を、アルフィナが横から奪う。

 意気揚々と告げようとしたフランチェスカの指が、へにゃりとしおれる。


 ――女子寮への男子の出入りは、緊急事態でない限り禁止されている。

 今回の件もヒラク達にとってはそれに当たるのだが、この緊急性は学園側に理解してもらえないだろう。

 

「侵入って、どうやるんですか?」


 おっかなびっくり。リスィが誰にともなく尋ねる。

 ヒラクは女子寮に詳しくないので何とも言えないが、あの非凡なるエンチャンター・チュルローヌがデザインしている建物である。

 どんな仕掛けがあるか分からない。


 逆に、それを利用した侵入経路でも二人は知っているのだろうか。

 ヒラクが視線を向けると、フランチェスカは真剣な表情で彼に尋ねた。


「君は女装をしたことがあるか?」


 思わず唖然となるヒラク。

 ……質問の意図は分かる。

 要するに彼女はヒラクに女子のフリをさせ、正面から堂々と侵入させようとしているのだ。

 息を吐いて、ヒラクは答えた。


「…………何度か」


 カムイを影ながらサポートするという役割を果たす上で、やむを得ず変装……もしくは女装をする機会がヒラクには幾度かあった。

 とはいえそれは本当に仕方なく……主にカムイが妙に熱の篭もった目で強制するので仕方なくで、けして趣味でやったわけではない。

 そもそもあれは、まだローティーンの頃の話だし……。


「だろうな」


 その辺りを弁明しようとしたヒラクであったが、フランチェスカは彼の女装遍歴をあっさりと受け入れた。


 自分はいったい、彼女にどう思われているのだろう。

 改めて不安になるヒラク。


 そうしていると、アルフィナがすっくと立ち上がった。


「どうしたの?」


 ヒラクが尋ねると、彼女は懐から剃刀を取り出す。


「な、何それ」


 対面の相手が刃物を取り出した、という以上の無形の重圧を感じながら、ヒラクは更に問いかけた。


「魔核解体用の剃刀」


 すると、簡素な答えが返ってくる。

 魔核を解体するのに剃刀が必要な理由が分からない。

 そして、自分が聞きたいことはそれではない。


「それで何する気?」


 気づいてヒラクが三度目の問いかけをすると、アルフィナの持つ剃刀がキラリと光を反射した。


「まずは全身の無駄毛を剃る」


 誰の、と聞く必要はなかった。


「そこまで本格的にしなくていいよ!」


 というか今剃るつもりか。

 おののいてヒラクは後ずさる。


「うむ。名前はヒラコ=ロッケンブリリアン。偉大なる白の魔術師に師事し、物理魔術を極めたという感じで行こう」


「設定とかもいらないから!」


 フランチェスカに助けを求めようとするが、彼女の心は別の可能性軸へと旅立ってしまっている。


「ヒラク様がどんな姿になろうと、私の忠誠は変わりませんから!」


 そしてリスィはと言えば、自らの手を組んで成り行きを見守っていた。


「何覚悟決めちゃってるの!? た、助け……!」


 洞窟内にヒラクの悲鳴が木霊する。

 こうして、ヒラクの(女装)潜入作戦は開始されたのである。

フランチェスカの借り物

 寮での洗濯を終えた後、フランチェスカはふと気づいた。

 しまった。明日身につける下着がない。

 どうしよう。そういえばモズの奴は、ダンジョン探索前の着替え時に高級そうなスリップを身につけていた。

 あぁいう姫っぽいのを自分も一度――もとい久しぶりに着てみたい。

 よし、借りにいこう!

 実行した彼女が、「伸びるでしょうが!」を皮切りにものすごく罵倒されたのは言うまでもない。


 魔核解体用剃刀

 実は毛の生えた魔核という物が、世の中には存在する。

 それを剃り、解体を容易にするのがこの剃刀である。

 ただし毛生え魔核の出現率は神器以上にレアであり、ヘタな財宝よりも高額で取引されるので剃るかどうかは悩み所。

 ちなみにこの剃刀は特注ではなく、人間用の量産品である。

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