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僕はスキル振りを間違えた  作者: ごぼふ
地雷少年と過去
42/58

君の名の意味

 モズは夢を見ていた。

 それはあの日、カムイに助けられた時の夢だ。


 巨大な魔物を倒し、モズを抱き上げるカムイ。

 そしてモズを安心させるよう撫でてくれるカムイ。


 黒い甲冑に隠され顔は見えない。でも、優しい手つき。


 「それじゃ腕が三本になっちゃうよ」


 唐突にどこからか声が響いて、映像が歪む。

 不安になったモズは、自分を抱き上げるカムイの顔を見上げる。

 するとそこには、鉄仮面ではなく優柔不断そうな、困り気味の笑顔があり……。


「はぐわぁ!」


 その顔を認識した途端、モズは夢うつつから飛び起きた。

 時刻は朝というより昼に近くなっており、モズはいつの間にか自分が二度寝してしまったことに気づいた。


 ルームメイトのミラウは、とっくに何処かへと出かけている。

 そういえば昨日は、彼女が何やらごそごそとやっていた気もするが、モズは呆然としていたのであまり覚えていない。


「何なのかしら……」


 寝すぎを告げるような軽い頭痛に後悔を呼び起こされながら、彼女は先ほど自分が見ていた夢について考えた。


 憧れのカムイ様の顔が、あんな奴とかぶって見えるだなんて……。

 悪夢も甚だしい。あんな出来事あり得ない。

 きっと昨日、あいつに抱き上げられたせいだ。


 ……本当にそうだろうか。

 それしか考えられないはずなのに、モズの心はそれを否定する。


 まさか、まさかあの男は。

 ふと、一つの考えが雷鳴の如くモズの頭に閃いた。


 まさかあの男は、カムイ様の……カムイ=メズハロードの、仮の姿なのではなかろうか。

 奴は紙芝居のヒーローの如く、自らの正体と実力を隠し普段は役立たずのフリをしているのだ。

 あの不必要なスキル群も、カモフラージュだと思えば頷ける。

 頷け……。


「まさかね……」


 そこまで考えて、モズは自らの考えを嘲笑った。

 あいつは演技でそんな表情をできるような奴ではない。

 ……いや、それも何か、あんな奴を信頼しすぎなような。


 いつもより深い皺を眉間に刻みながら、彼女はベッドから抜け出した。

 神器が手に入れられなかったことは痛手だが、いつまでも落ち込んでいられない。

 自分がカムイ様にようになれば、あんな物いくつだって手に入るのだ。

 気合いを入れ直し、とりあえず着替えをしようとしたモズ。


 だが、そのタイミングでコンコンと、部屋の扉が叩かれた。


「誰よ、まったく……」


 出鼻がくじかれたような気分になりながら、彼女は顔も洗わず扉へと向かう。

 そして、それを開けた先には――。



 ◇◆◇◆◇ 



 ヒラクがリスィを発見できたのは、彼女が飛び立って30分ほどしてからだった。

 リスィは校舎裏の壁に向かって座り込み、床にのの字を書いている。

 服の背中側が妙に伸びており、痛々しい羽の跡が覗いていた。


「リスィ!」


 一瞬声をかけることを躊躇ったヒラクだったが、そうしていても何も変わらない。

 意を決して、その背中へと声をかける。


「ヒラク……さま」


 ビクリとその体全体が震え、彼女は恐る恐ると言った調子で振り返る。

 その顔は、鼻水と涙でぐしゃぐしゃであった。

 

「ご、ごめんなさい私。変なわがまま言っちゃって」


 彼女の表情を見てヒラクが言葉を詰まらせている間に、顔を両手でこすったリスィがぺこりと頭を下げる。


「いや! 僕こそごめん。リスィの気持ちも考えないで」


 何故彼女の方が謝らなければならないのか。

 我に返ったヒラクは、慌てて謝り返す。


 が、リスィからの返事はない。

 やはり、怒りが治まらないのだろうか。

 思いながらヒラクがリスィの表情を窺うと、彼女はなぜだかきょとんとした顔をしていた。


「あ、あの。私の気持ちって……私はどうして飛び出したんだと思いました?」


 まさか、本人にそれを聞かれることになろうとは。

 国語の問題のような彼女の問いに、ヒラクは面食らう。

 しかし、ここで見当違いなことを言ってしまえば仲直りなど到底できまい。


「えぇえっと……その、リスィは羽が無いことを気にしてるのに、そんな君の前で僕がネブリカの羽を誉めた、から」


 緊張しながら、ヒラクはそう回答した。

 改めて考えると、自分が彼女の心をきちんと把握できたかは怪しい。

 そもそもそんなことができていたのなら、リスィは飛び出さなかったはずだ。

 

「そう、ですね。多分そういうことなんだと思います」


 それに対して、リスィは己の胸の内を確かめるようにゆっくりと答える。


 やはり自分は、彼女の気持ちを簡単に捉え過ぎていたのではないだろうか。

 などという後悔をしながら、ヒラクはリスィの言葉に耳を傾けた。

 

「私、カムイさんの話を聞いて……改めてヒラク様の役に立ちたいと思ったんです」


 そんな彼の前で、リスィはポツポツと語り始めた。


「でも、私は私なりの範囲でがんばるしかないし……そうじゃないと、前みたいにヒラク様に心配をかけちゃうだけなのも分かるんです」


 リスィが言っているのは、迷宮に初めて入った日、焦って前に出た末押しつぶされそうになった事件のことだろう。

 あの時、ヒラクとリスィは誓ったはずだ。


「うん、だから焦らずゆっくり……」


「でもでも、ヒラク様は私が最初に思ってたよりも、ずっとずっとすごい人で。迷宮で活躍しちゃうし、皆さんの悩みも解決しちゃうし、守護獣だって倒しちゃうし」


 それを再び確認しようと声を出したヒラクだが、それを遮ってリスィはぶるぶると首を振る。

 自分はそんなすごい人間ではない。

 ヒラクは彼女の言葉を否定しようとしたが、その前にリスィががっくりと肩を落としうなだれた。


「怖いんです。このままじゃ私、ヒラク様にどんどん置いてかれちゃうんじゃないかって……そもそも、一緒にいること自体が分不相応なんじゃないかって……」


「そんなことは、絶対にないよ」


 それだけはない。胸を張って答えることができる。

 どんなことがあっても、ヒラクはリスィを置いていったりはしない。


「分かってます。ヒラク様はそんなことする方じゃないって。でも、あの時はそんな気持ちを抑えきれなくて……」


 はっきりと答えるヒラクに、リスィは弱々しい笑みで頷いた。

 自分の思いが被害妄想だと分かっている。だからこそ、辛いこともあるのだ。


 結局これは、解答のない悩みなのだから。

 二人の間に沈黙が落ちる。


「こ、こんな事言われてもヒラク様困っちゃいますよね!? めんどくさいですよね!?」


 しばらくして我に返ったのか。リスィが慌ててヒラクに尋ねてきた。

 それに対し、ヒラクはゆっくりと首を振って答える。


「リスィが言ってくれたんじゃないか。どんなことでも、話してくれた方が嬉しいって」


 あの時の彼女の気持ちが、今のヒラクにはよく分かった。

 彼女はずっと、こんな事を考えていたのだ。

 知らなかったリスィの一面に、面食らったのは事実である。


 だが、知らないでいたよりずっと良い。

 ヒラクは素直にそう思えた。


「まだ話してないことが、一つあったね」


 そして代わりに、というわけではないが、ヒラクは彼女へ打ち明け話をすることにした。


「な、なんでしょう?」


 リスィがその場でざざっと正座をする。

 彼女にいつもの調子が戻ってきたことを嬉しく思いながら、ヒラクはリスィに告げた。


「リスィ。君の名前はね、神語で光って意味なんだ」


「え?」


 それは、リスィという名の由来についてだ。

 伝えられた本人は、自らにそんな物があったとは思わなかったらしくボンヤリヒラクを見上げる。 


「穏やかで、暖かくて、小さいけれど、迷い人を導いてくれる。そんな光」


 そんな彼女に、ヒラクはゆっくりと、愛おしげにその意味を語っていく。

 ネブリカの名前に神語を使ったのも、そもそもリスィという前例があるからだった。

 そして、彼がそう名付けたのにも、もちろん理由がある。


「カムイを失って、人生に何の目標も無くなった僕が今まで生きてこられたのは君のおかげなんだ」


「私の、おかげ……?」


 カムイがいなくなってからのヒラクは、無気力そのものだった。

 動き出さなければならない。

 カムイに助けられた命なのだから、何かを為さねばならない。

 そう考えるのだが、心は一向に奮い立たなかった。


 そんな彼が唯一積極的に動けたのが、リスィの世話という役目だった。

 日常生活もおぼつかなかった彼女の面倒を見ることで、彼自身の生活もゆっくりまともになっていったのだ。


「君の世話をしなくちゃいけない。僕がいなくても生きていけるようにしなくちゃいけない。そう考えることで僕は立ち直ることができたんだ」


 リスィとの生活はまるで、褪せた景色にもう一度色を挿していくようだった。

 それによって輪郭が浮かび上がり、彼女と出会うまでの思い出にすら新鮮さを感じ取れるようになる。

 死という結末で塗りつぶされてしまったカムイとの記憶すらも。


「……傲慢な考えだったって、今は思うよ。そんな必要がないほど、リスィは沢山のことを考えてるんだから」


 リスィが保健室から飛び出したのも、けしてネブリカに嫉妬したからだけではない。

 彼女はヒラクが思うよりずっと、複雑な思いを抱えて生きているのだ。


「そ、そんなこと……私」


 尊敬を込めた眼差しに、リスィがたじたじになる。


「でも、嬉しいです。私、ヒラク様のお役に立ててたんですね」


 しかし彼女は頬を染めると、はにかんでそう呟いた。


「今まで言わなくてごめん。何となく、言いそびれちゃってて」


 本当は、ただ照れていただけだ。

 しかし彼女に告げたことで、リスィという名が今までよりしっくり来るような気がヒラクにはしていた。


「リスィ……」


 その感触を確かめるため、ヒラクはもう一度彼女の名前を呼ぶ。


「ヒラク様……」


 何かを勘違いしたリスィが、目を閉じ唇を突き出す。


 二人の間に、微妙にすれ違った、しかし暖かな空気が流れる。

 そんな時――。


「私の出番はなかったでありますね」


 それをぶちこわしたのは、突然背後からかけられた声であった。

 驚いたヒラクが振り向くと、そこには両手を腰に当てた小さな妖精がいる。


「ネブリカ!? いつの間に……」


「部屋を飛び出すとき背中に取り付かせてもらったのであります。何度も背中にぶつかって潰れかけたでありますよ」


 目を剥いたままヒラクが尋ねると、ネブリカはため息を吐いてそう答える。

 いくら小さいとはいえ、この存在感に気づかないとは相当慌てていたらしい。


 納得するとともに、自らの不注意さに呆れるヒラク。

 大切な探し物をするときこそ冷静にとは、彼を育てたシスターの言葉だ。


「ミ、ミラウさんから離れちゃって良かったんですか?」


 「すごいでありましょう」と胸を張るネブリカに、今度はリスィはそう尋ねた。

 その原因を作り、自身もヒラクの元から飛び出したリスィが言えたことではない。

 しかし、そんな彼女だからこそ、ミラウよりヒラク達を優先したように見えるネブリカの行動が気になったのだ。 


「神器の役割は常に主人と居ることにあらず。主人の願いを叶えることにある。それが記憶の翅翼に刻まれた我らの使命であります」


 すると、ネブリカはぴっぴと指を振ってそう答える。

 ようするにヒラクとリスィが仲直りすることが、ミラウの望みだったということか。


「私には、羽なんてありませんしぃ……」


 本当に良い子だなぁとヒラクが感心する一方で、ふてくされた様子のリスィは顔を逸らす。

 羽を持つネブリカ自身に言われると、やはりコンプレックスが疼くらしい。


 しかしまぁ、それを素直に表してくれるようになっただけでも大きな前進だろう。

 そんなことを考えるヒラクの前で、ネブリカが羽ばたきながらリスィへ近づいていく。


「せいっ」


「あたっ」


 そうして彼女は、こつんとリスィに額をぶつけると彼女へ語った。


「背中の羽はあくまで説明書であります。神業は貴方の内にきちんと宿っている」


 行為自体は乱暴だが、その声音は優しい。


「だから諦めずに主人を想う気持ちを持ち続けていれば、きっと神業は使えるようになるであります」


 発見された時期、魔力の集積具合から考えても彼女の方が若いはずなのに、まるで姉のような立ち振る舞いである。


「ありがとうございます。ネブネブ……」


 頭突きの衝撃か少々涙目になったリスィが、前髪を上げでこを晒しながらネブネブに礼を言う。


「ネブリカでお願いするであります」


 そんな彼女に微笑みながら、訂正だけは忘れない。


 そうして、ネブリカがゆっくり離れると、リスィは握り拳を作って宣言した。


「私、ちゃんと自分にできることを探します! 神業だって探します! 他の誰を見ても、自分がヒラク様のパートナーだって思えるように!」


「無理はしないでね」


 若干心配になり、リスィに釘を刺すヒラク。


「いえ、しちゃうかもしれません!」


 しかしリスィは、そんな彼の親心を真っ正面からはねのけた。

 面食らうヒラク。そこまで勢いよく言われたら、自分はどうすれば良いのか。


「でも、そうする前に必ずヒラク様へ相談しますから……」


 黄昏すら見えてきた彼に、リスィは体をよじりながら言葉を付け足した。


「そんな風に言われたら、ダメだなんて言えないよ」


 苦笑をしながら、ヒラクはそれに答えた。

 この勢いで迫られては、実際に「ムチャします!」と言われても止めることなどできそうにない。


「そうと決まったら、嫉妬も一旦やめです!」


「一旦なのでありますね」


 そして、勢いづいたままリスィは豪語する。

 される側のネブリカは迷惑そうな表情をするが、本人の前でそう言えるのであればある程度健全な関係だろう。

 自分も言動には注意しようと、勝手に納得するヒラク。


「服も貸しますね! 今脱ぐからちょっと待ってください!」


 そうしていると、まだまだ勢いの止まらぬリスィは自らのワンピースに手をかけ勢いよくまくり上げた。 


「リスィ、ストップストップ!」


 ヒラクが慌てて止めると、彼女はたくし上げの姿勢のまま静止する。

 リスィに手で落ち着けと指示してから、ヒラクはネブリカの方を見た。


「服は君用に新しく作るよ。簡単なものなら今日中に作れると思うし」


 そうして、彼女にそう告げる。

 少々荒い作りになってしまうが、二着程度なら外出禁止時間までに仕上げられるはずだ。


「うむ。任せたであります」


 それに対し、裸身を隠そうともしないネブリカが腰に手を当て頷く。

 ……この娘たちには一度、羞恥心という物を勉強してもらう必要があるかもしれない。

 しかしまずは、ミラウの元へ帰ることにしよう。

 そう決めたヒラクが、妖精達と共に保健室へ戻ろうと考えた直後である。


「わぁー、良いの? こんな素敵なもの」


 何やら甘ったるい声が、ヒラク達のいる校舎裏の曲がり角からした。


「なんでありましょう」


 それを聞いたネブリカが、ふらふらとそちらへ向かっていく。


「なんでしょねぇ」


 リスィもまた、無警戒にその後をついていく。


「あ、ちょっと二人とも」


 嫌な予感がして妖精達を引き留めようとするヒラクだが、その頃には彼女たちは曲がり角の先を覗きこみ、一様に「うげっ」とした顔をしていた。


「え、どうしたの?」


 相似形のリアクションが気になり、結局ヒラクも角を覗きに行ってしまう。

 するとそこには――。


「もちろん! その為に奪って……取ってきたんだから!」


 筋骨隆々。制服をその筋肉で今にも破りそうになっている禿頭の男が、一人の少女と向かい合っていた。

 その顔は体と対照的に、とろけそうなほど緩みきっている。


「あぁいうの生理的にダメであります」


 ネブリカが嫌そうな顔をした理由は男の姿と表情のギャップにあったようだ。

 しかしリスィの見ている先は違う。


 彼女が見ているのは、向かい合う少女のほう。

 さらりとした髪を揺らし、甘ったるい笑顔を見せる少女。

 ハクア=リカミリアであった。


「事件の香りですな」


 ハクアのことなど知らないはずのネブリカがつぶやく。

 失礼だと思いながら、ヒラクも内心で同意した。

 何故なら彼がハクアを目撃するときには、常に事件が起こってきたからである。

 国語

 義務教育で行われる授業の一課程。

 国王イルセリアスはこの教科にかなり注力しており、国内の識字率は魔王存命時に比べ20%上昇したと言われている。

 学生を悩ませる「この時の作者の心情を当てよ」という問題は語り草。

 これを攻略するために残留思念察知のギフトを取り、テストを作った人間自体の思念を読み取ってしまった生徒もいるとかいないとか。

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