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僕はスキル振りを間違えた  作者: ごぼふ
地雷少年と過去
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 この学園の長、オクタ=リカミリアに引き取られたアルフィナ。


 彼女は入学するまでの間、その学園長の屋敷に住まわされていた。

 そこは学園の校舎よりも大きな家であり、急に付き人をつけられ、フリフリのドレスを着せられたアルフィナは大変困惑したという。


「……フリフリのドレスに関しては、追求を拒否する」


 などと言う彼女を宥めながらヒラクが聞き出したところ、アルフィナがいた時期には何故か同居していなかったが、確かに学園長には一人娘がいるといるらしい。


 それがあの姫――ハクア=リカミリアだ。

 家を開けがちな学園長と娘にはあまり交流が無く、彼女の母親が死んでからそれは顕著になったそうだ。


 とはいえ、学園長が嫌われているということはないらしい。

 ハクア様が迷宮探索者になったのもアールズ迷宮探索学園に入ったのも、ご自分の意志なのですよ。きっとお父様の仕事に憧れてですね。

 などとお喋りな給仕がアルフィナへ語ったそうだ。


「よく分かりませんが、フクザツな親子関係なんですねぇ」


 それを聞いたリスィは、非常にぼんやりとしたコメントを漏らした。

 だが、ヒラクとてその話で何が分かったわけではない。


 父親に憧れて探索者を目指しているというのなら、あのようにお嬢様然としているハクアがこの学校に来た理由も頷ける。


 しかしそうなると、今度はモズ流に言うところの彼女が「つまみ食い」をしている理由が分からない。

 まさかそれも父親を真似して、ではないだろう。


 こうなると、疑問はもう一つ出てくる。

 そんなハクアと友達(本人は否定しているが)のモズとは、一体何者なのだろうか。

 

 学園に来る前からの友達とハクアが言ってたので、ルームメイトなどではない。

 

 ふとヒラクは、以前モズを治療したときのことを回想した。

 思い出すのはさらけ出されたモズの白い腹……ではなく、彼女が着用していた高級そうな肌着である。


「モズってもしかして、お嬢様?」


 思いついたが、本人に尋ねられるような勇気はない。根拠が肌着ではなおさらだ。

 考えていても埒が明かないので、ヒラクはそれらの疑問を一旦脇に置いておくことにしたのだった。



 ◇◆◇◆◇



 さて、アールズ探索者養成学園の端辺り、その場所には運搬連絡用の馬や食材用の家畜を飼育する牧場がある。

 とはいえ迷宮列車が運行している今、それらの役割は主に非常用に限られるのだが……。


「こけーっこっこっこっこっこ」


 牧場の真ん中で雄々しく立ちながら、ブラックシャークサンダーはじっと考えていた。

 彼は赤黒く染まった巨大なトサカを持つ、一匹の雄鳥である。

 

 現在彼とその妻である雌鳥達は、人間が彼らの住居を掃除するため外に出されていた。

 

 端の砂場では妻達が嬉しそうに砂浴びをしている。周囲の柵は低く、シャークならば簡単に乗り越えられるのだが、彼はそうしようとは思わなかった。


 この場所では、自分は王だ。

 牧場には自分以外の雄はいない。

 他の場所より潤沢な地下迷宮の魔力のおかげか。シャークの体は平均的な雄鳥の二倍は大きく、また精力に満ち溢れているため一匹で雌鳥二十匹を全て満足させることができるのだ。


 人間という生き物は彼の世話係であり、彼がその鋭い爪を構えれば逃げ出す臆病な存在だ。


 だが、今日の世話係は少し違った。


「あ、と、そろそろ掃除が終わる時間か……おーい」


 黒髪の少年である。一見なよなよとしており、彼のようなハーレムの主にはなれそうにない。


 しかし新人だというのに妙に鶏の扱いに長けており、砂浴びを終えた雌鳥達は、彼の誘導に気持ちよく従って小屋へと戻っていく。


 自分はこの牧場の王だ。その程度で嫉妬をしたりはしない。

 しかし、シャークにはどうしても許せないことがあった。

 

「ヒラク様、お疲れさまです」


 少年の頭の上には、虫が乗っている。

 かなり大ぶりで、しかもキラキラとしている。

 

 どう見ても、自分用の特別な餌である。

 それなのに少年は、シャークがいくら熱い視線を注ごうとも、決してそれを渡そうとしないのだ。


 温厚なシャークも、これには腹が立った。


「さて、と。あとはあの雄鳥だけか」


 妻達を手際よくマイホームへと誘導した少年が、近づいてくる。


「ですね。おーい、そこの鳥さーん」


 餌がその頭を離れ、こちらに飛んでくる。

 そして、彼の口先へきた瞬間。


 ばくり。


「ぎゃー!」


 シャークはその餌を、口の中へと納めた。


「リ、リスィ――!」


 少年が悲鳴を上げる。

 後で自分が食うつもりだったのだろうか。


 構うものか。この餌は自分の物だ。

 シャークは冠を上げ、餌を飲み込もうとする。


「あわわ、チャ、チャーム!」


 その時少年が叫び、シャークへと手のひらを向けた。

 彼の手の中からピンク色の光線が迸り、それがシャークの視界を覆い尽くす。


 そして……。



 ◇◆◇◆◇



「こけっこっこけー」


 ドロップ賞金ランキングが開催されてから三日後のことである。

 ヒラクは牧場内で、奇声を上げながら首を前後に動かし、後ろ歩きをしていた。


「こっここっこけー」


 その頭上には羽のない妖精リスィ。

 彼女は謎の粘液に塗れ、少々やさぐれた表情をしている。

 リスィもヒラクと同様の声を出し、彼以上に慎重な顔で頭を前後させていた。


 そ彼らの視線の先には、ヒラクの胸ほどまでの大きさがある雄鶏。

 その額には大きな傷。家畜とは思えない鋭い爪は赤く染まっている。

 だがその顔は妙に締まりがなく、夢心地のような表情でヒラク達を追っていた。


「こっこっこっこっけー」


 しかし、対するヒラク達の顔は真剣そのもの。彼らは後ろ歩きのまま、雄鳥を飼育小屋へと誘導する。

 そしてその中へと雄鶏と共に入ったヒラクは、しばらくすると逃げるように小屋から飛び出しその扉を閉め、リスィと共に額の汗を拭った。


「「ふぃ~」」


 一仕事を終え、同じ深さの息を吐いた彼ら。


「何をしてるのかな?」


 そんなヒラク達に、背後からいきなり声がかけられた。


「うひゃっ! わ、わ、わっ!」


「わっ、リ、リスィ!」


 驚きのあまり頭から転げ落ちそうになるリスィを、慌ててヒラクがキャッチ。

 丸い目のまま、彼らは声をかけられた方を見た。


「大丈夫?」


 するとそこには、柔らかな笑みをした清楚な姿形をした少女、ハクア=リカミリアが立っている。


「え、あ、あぁ、うん」


 あまりの唐突さに、ヒラクとしては唖然となるしかない。


「どうかした?」

 

 そんな彼の顔を、ハクアが小首を傾げてのぞき込んだ。


 ぴんぴんぴんぴんぴん。


 即座に精神抵抗感知が盛大な反応を示し、ヒラクの心を警戒モードへと移行させる。


 今までで一番強い抵抗だ。まさか自分の隙をついた意図的なものか。


「え、あ、いや、何でこんな所にいるのかなって」


 冷や汗をたらしながら、ヒラクは彼女に応対した。


「ふふっ、それを聞いたのは私が先だよ」


 しかしそんなヒラクにはお構いなしとばかりに、ハクアが口元に手を当てながら柔らかく笑う。 

 そしてその度に、ぴんぴんとヒラクの精神抵抗感知が引かれる感触がする。


 手のひらの上にいるリスィが不満そうな顔をしていることもあり、ヒラクはますます落ち着かない気持ちになった。


「ええと、僕はここに馬を借りに来たんだ。そうしたら掃除を手伝うことになって」


 そのせいで妙に早口になりながら、ヒラクは彼女にそう説明をする。

 そして、むくれているリスィを撫でて頭の上に戻した。


「馬?」


「ちょっと事情があってね」


 ヒラクがこの場所を訪れたのは、フランチェスカとの約束の為。

 彼女に乗馬を教えるための馬と場所を借りる為であった。


 しかし姫騎士を名乗っている彼女が、馬に乗れないことを吹聴するのは気の毒だ。

 適当に誤魔化して、ヒラクは飼育小屋の中を見た。


「コケー……」


 するとその中から、先ほど誘導した巨大な雄鶏が妙に熱っぽい視線で見返してくる。


「あの鶏さんはどうしたの?」


 見つめ合うヒラクと雄鶏を見て、ハクアが首を傾げた。


「あの雄鶏がリスィを食べようとしたんで、魅了魔法(チャーム)をかけたんだ……」


 雄鳥を見ながらもどこか遠くを見つめ、ヒラクは思い返す。


 小屋の掃除のため鶏達を放牧し、彼らが牧場の外へ出ないよう監視するのがヒラクの役目であった。


 掃除を終えると雌鳥達はむしろ我先にと飼育小屋へ帰っていったのだが、足を揃え挑むように残っていたのがあの雄鳥――ブラックシャークサンダーである。


「と、とんでもない奴ですよ奴は!」


 危うく食われかけたリスィが、憤慨の声を上げる。

 鶏の胃液にまみれた彼女の体は、ヒラクの頭を今もじっとりと濡らしているのだが、彼女を不憫に思ったヒラクは指摘できないでいた。

 

 魅了魔法(チャーム)の効果は長くて一日程度しか持続しない。

 明日には元に戻っているはずだ。

 

 トサカをふらふらと揺らす鶏を見ながら、ヒラクは自らに言い聞かすようにそう考えた。


「へぇー、ヒラクくんって魅了魔法(チャーム)なんて使えるんだ」


 と、そんな彼の願いを断ち切るように、ハクアが声を出す。


 普通は畜産業以外の人間が魅了魔法(チャーム)を持っていると白眼視される。

 それが迷宮探索者ならなおさらだ。


 だが、ハクアの表情は悪戯っぽく、「ヒラクをからかっている」という意図が見え見えである。

 もしくは、そう見えるような表情を彼女は作意的に作っていた。


 それにつられ、ヒラクはつい思い浮かべてしまった。

 自分とて魅惑(チャーミング)のスキルを取っているではないか、と。


「ハ、ハクアさんだって魅惑(チャーミング)のスキルを取ってるじゃないですか!」


 そして、リスィはそれを口に出していた。

 慌てたヒラクが彼女の顔の前でバッテンを作るがもう遅い。


「そう、私は魅惑(チャーミング)のスキルを取ってるよ」


 ハクアはそれを見て、口の端を幾分大きくし、先ほどより意地悪く笑う。


 今まで見せなかった、捕食者の笑みだ。


 先ほどの発言は、自分が彼女のスキルを知っているか確かめるためのカマかけだったのだ。

 遅まきながらそれに気づき、ヒラクは苦い気持ちになった。


「私ね、人付き合いが苦手なの」


 しかしそんな彼の前で、一転してハクアはしゅんと肩を落とす。


「え? とてもそうは見えないけど」


 その意外過ぎる告白にヒラクがつい正直な感想を口にすると、ハクアは眩しそうに笑って言葉を足した。


「本当だよ。だから、ちょっとでも皆と仲良くなりたくて、魅惑(チャーミング)を取ったんだ」


 ……そんな人間が、他のパーティーを崩壊させるような立ち振る舞いをするだろうか。


 到底信じられなかったが、ヒラクは黙っておくことにした。

 それを指摘したところで、はぐらかされるだけだろう。


「でも、困るなぁ。これを皆に知られたら、友達が減っちゃう」


 そんなヒラクの目の前で、ハクアはまたも俯く。

 しかし、すぐに顔を上げると。 


「あ、そうだ」


 と言って、自らの手のひらを打ち合わせた。

 それからヒラクの目を覗きこむ。


 桃色の唇が小さく動き、言葉を紡いだ。


「カムイ=メズハロード」


 ぞくり。

 その名前を聞いた途端、ヒラクの背筋が凍る。

 

 それは、不意にその名前を聞かされたからというだけではない。

 宝石のように煌めくハクアの瞳が一瞬だけ色を変え、その奥に深い虚が見えたからだ。


「あの人の事、モズちゃんに秘密にしてるでしょ?」


 彼のそんな反応すら楽しむように、ハクアは口を歪める。

 その様はまるで蛇のようである。


「なんで、それを知って……」


 喉元に噛みつかれた。その感覚は幻であるはずなのに、ヒラクの喉はひどく動きが悪くなる。


「父の資料で見たの。だから、入学したときからヒラク君のことは気になってたんだよ」


 言うと、ハクアは恋する乙女のような仕草で身をよじらせた。

 表情もすっかり、年相応の少女の物に戻っている。

 ここまでの流れがなければ、ヒラクでもうっかり騙されてしまいそうな可愛らしさだ。


「今日はね、ヒラク君を探しに来たんだ」


 その上彼女は、とろけそうな表情でそんな言葉を口にする。

 

「僕を……何で?」


 しかし、今のヒラクの頭には警戒心しかない。

 そんな彼をあざ笑うかのように、ハクアは鼻から息を抜くと、ことさらゆっくりと言葉を紡いだ。


「ヒラクくん、私のパーティーに入ってくれない?」


「え?」


 その気遣い自体は、ありがたい。

 何故ならヒラクが彼女の言葉を理解するには、少々時間がかかったからだ。


「何で、僕を……?」


「そうだなぁ。ヒラクくんが神器の情報を知ってる人だから。とかどうかな?」


 ようやくヒラクが尋ねると、彼女ははぐらかすようにそう答えた。


「何でそのことを知ってるんですか!?」


「だってヒラク君達、大声で話してたじゃない」


 ヒラクの頭上でリスィが声をあげるが、ハクアの言うとおりそこは不思議ではない。


 あれだけ騒いでいたのだ(大半はモズだが)。その情報はクラス中に知れ渡っていてもおかしくない。


「別の理由が、あるの?」


 しかし、彼女の言いようではそれが理由ではないようだ。

 ヒラクの追求に、ハクアは唇へ指を当て「うーん」と悩む仕草を見せた。


 そしてくるりと反転し、彼から背を向けて呟く。


「ヒラク君は、私と同じタイプ人間だと思ってたから」


「同じタイプって、どういうこと?」


 フランチェスカが「彼女は姫騎士たる私とキャラが被っているな」などと漏らした覚えはある。


 だがハクアと自分では、共通点がまるで無いはずだ。

 謎かけめいた彼女の言葉に頭を悩ませているヒラク。


 しばらく黙っていたハクアだが、やがて時間切れを告げるようにその答えを言った。


「人を後ろから操って、美味しい汁だけを啜って生きるタイプ」


「ヒ、ヒラク様は、そんな人じゃありません!」


 それを聞き、真っ先に言い返したのはリスィだった。

 主人を黒幕もしくは寄生虫扱いされたのだ。

 それも当たり前だろう。


「でもヒラク君は、そうやって生きてきたよね?」


 だが、ハクアは臆するつもりも、訂正するつもりもないようだ。

 彼女は再びターンを決めると、ヒラクの顔をのぞき込んだ。

 その髪が頬へとかかり、彼女に妖しい雰囲気をまとわせている。


 そうしてハクアは、詩でも詠うような声音で言った。


「ね、最強の冒険者カムイ=メズハロードの付き人、シャドウサーバントのヒラク=ロッテンブリングくん」


 その呼びかけに、ヒラクの思考が今度こそ完全に停止する。


「え」


 ハクアの言っている事の意味が分からず、リスィは頭上からヒラクの顔をのぞき込む。

 だが、彼の顔は卵の殻のようにつるんとした無表情だった。


「カムイ=メズハロードのことと、ヒラクくんの正体。私のギフトのことと、私のパーティーに入ってもらうこと」


 そんなヒラク達を尻目に、ハクアが指を使わずともできるような計算を指折り数えて並べる。


「やだ。ちょうど釣り合うね。すごい偶然」


 そうして彼女は、華やいだ笑顔をヒラクへと向けた。

 だが、普段ならばつっこみを入れて然るべき彼女の行為にも、ヒラクは無反応なままである。


 そんな彼に一瞬つまらなそうな顔を晒してから、ハクアは笑顔の仮面を被り直してヒラクへ告げる。


「ね、この条件で交換しようよヒラクくん。もちろん強制はしないけど」


 それは間違いなく、誰がどう見ても脅迫であった。


 目の前の女が主人を困らせている。

 それはリスィにも分かったが、主人が何を以て脅されているのかは、見当がつかない。


「僕は……」


 ヒラクが何か答えようとする。


「考えておいてね。それじゃ」


 だがしかし、ハクアは彼の言葉を拒否するように身を翻すと、ゆっくりりと歩き出していってしまった。


 ヒラクの言葉も途切れたまま、宙を漂い消える。


「コケコッコー!」


 飼育小屋にいる雄鳥が、せつなげな鳴き声を上げる。

 そうしてから、ようやくヒラクが大きな息をついた。


「あの、ヒラク様……」


 リスィが何か聞きたげな声を出す。しかし彼女も主人と同様、途中で口をつぐんでしまった。

 そんな彼女の頭を、ヒラクが指で優しくなぞる。


「大丈夫。リスィには、全部話すから……彼女のこと」


 呟いた彼は、ハクアとは反対。飼育小屋へと歩き出した。

 魔力による動物の変異


 植物が地下迷宮の影響でポーションの材料に変異するように、家畜などもまた魔力の影響を受ける。

 これにより乳の出が良くなったり、通常より大きな個体になったり、強い子孫を生んだりする事があるのだ。

 動物にも迷宮が影響を及ぼすのなら、人間も然りではないか。

 そう考えられ研究が進められているが、はっきりとした成果は出ていない。

 ダンジョンに長期潜ることによって、異常に勘や動きが鋭くなる人間もいるが、それが訓練の成果か迷宮の魔力のおかげか、それともギフトの使い方を体が覚えたのか判然としないのだ。

 ギフトを一切所持させないまま迷宮で人間を育成するという計画が行われているという噂もあるが、公にはなっていない。

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