焦り女とビビり男
「カモ狩りじゃーーー!!」
十代のうら若き乙女としては失格な台詞を吐きながら、モズが大剣を振るう。
その度に、迷宮内に白い羽が舞った。
「まったく、貴公は品格という物が持てないの、かっ!」
斧槍で魔物を刺し貫きながら、フランチェスカが愚痴る。
彼女たちが戦っているのは、大きく白い翼と鋭い鉤爪を持つ鳥型の魔物であった。
数は5体。頭は他の魔物と同様に黄金の魔核。
羽を使って低空を羽ばたこうとするが、狭い迷宮内ではその機動力も発揮できない。
「何だかちょっと可哀想ですね」
次々に屠られていく魔物を眺めながら、リスィが同情的な言葉を呟いた。
「そうだね。迷宮の外まで魔物が溢れていた時代には、脅威だったんだろうけど」
彼女の主人、ヒラクが苦笑しながらそれに同意する。
「……あの鉤爪は侮れない」
彼らを諫めるように、アルフィナがぽつりと呟く。
彼女は迷宮外に残る魔物退治をしてまわる部族に属していたので、大空を飛ぶあの魔物――ヒラク風に言えば鳥型の勇姿を見たことがあるのかもしれない。
「そうだね。油断しないでおこう」
アルフィナに応えながら、ヒラクは自らの道具を確かめた。
ヒラク達が迷宮に進入したのは一時間前。
彼の背中にじっとりと汗が滲んでいるのは、迷宮に入った途端モズが走り出したからだ。
「この! この、この!」
「ま、周りを見ろ馬鹿者!」
矢鱈に振り回したモズの大剣がフランチェスカを掠め、彼女が抗議の声を出す。
それにもかまわない。いや、耳にすら入っていない様子で、モズは一心不乱にカモ狩りを続けていた。
戦闘に集中しているのなら良いが、おそらくその逆だ。
彼女は焦っている。そうヒラクは考えていた。いや、考察するまでもなく、彼女は焦って周りが見えなくなっている。
原因はもちろん、報酬としてぶら下げられたカムイ=メズハロード愛用の大剣だろう。
あの報酬内容を見てからの彼女はやたらに興奮し、準備に時間がかかるヒラクを更衣室の外から怒鳴りつけるなどということまでしていた。
それだけ、カムイ=メズハロードへの思い入れが強いということだろうか……。
「邪魔よ!」
思考に埋没しかけたヒラクを、モズの叫びが引き戻した。
低空で突っ込んできた鳥型を、彼女は長大な大剣を持っているとは思えないような身軽な跳躍でかわす。
そして自らの足下にきた魔物の首を、足で思い切り踏み抜いた。
ごきゃり。
骨と肉が砕ける音がし、鳥型が羽をまき散らしながら翼を広げ、そのままぐたりと地面に横たわる。
「うひゃぁ」
その光景に、リスィが小さく声を上げた。
哀れな魔物をちらりと見下ろしたモズは、次なる獲物へと向かっていく。
だが、そこでヒラクは気づいた。
モズの体重によって絶命したかに思えた魔物が、茎の折れた花のように曲がった首のまま、羽を使って素早く立ち上がるのを。
そしてそれが飛び上がり、モズの背後から鋭い鉤爪を向けるのを。
「モズ、まだだ!」
ヒラクは声を上げたが、彼女はまさに大剣を振り切った後である。
フランチェスカは手前で別の鳥を相手にしている。
その魔物が広げた翼のせいで主武器である鞭は途中で引っかかるおそれがあり、相手が飛んでいるのでオイルの魔法も効果がない。
一瞬でそこまで正確に判断できたかは怪しい。あるいは、この機会を心の底で待っていたのかもしれない。
ともかくヒラクはポーションホルダーがついている方とは逆側。腰に付いた小さなバッグに手をかけ、その蓋を開いた。
腰を落とし角度を調整し、叫ぶ。
「解放!」
その声とともに、バッグから蛇のような物が勢いよく飛び出した。
それはフランチェスカの脇を通り抜けモズに飛びかからんとした魔物の足へと噛みつく。
「たっ!」
それを確認するやいなや、ヒラクがバッグから伸びたそれ――鉤爪のついた縄を引っ張ると、魔物が引き倒され再び地面へと落ちた。
「モズ、フランチェスカ!」
ヒラクが鋭く声を発すると、我に返った様子の二人がそれぞれの相手に武器を振るった。
同時に二体の魔物が屠られ、後には数個の魔核と魔物の足を引っ張った鉤爪が残った。
「……ぬ」
モズが何かを言いたげに、ヒラクを睨む。
「え、ええと?」
視線に射すくめられたヒラクが、冬のナマズのように硬直する。
「さぁ次よ次!」
だが、結局モズは何事もなかったかのようにヒラクから背を向けると、再び走り出そうとした。
「待て、礼ぐらいきちんと言え」
その首根っこを背後から掴んだのは、斧槍をしまい終えたフランチェスカである。
「ううううっさいわね! あれぐらい振り返ってパァンだったわよ!」
彼女のはめた手甲の冷たさに肩を振るわせながら、モズが言い返す。
「そもそも敵の生死を確認せず焦るから、足下を掬われるのだろうが」
「だから掬われてないわよ! 足引っ張られたのはあのカモのほうでしょ!」
「まぁまぁ。開錠もしなきゃいけないし」
言い争いに突入しそうになった二人を、射出した縄を回収しながらヒラクはなだめた。
モズがはっとした様子を見せ、慌てて周囲を見回す。
どうやら完全に忘れていたらしい。
「……もうやってる」
そんな中、アルフィナは既に魔核を拾い上げ、その解体に着手していた。
「……で、何よこれ」
それを見てほっと息を吐いたモズは、魔核の代わりに足下に落ちていた鉤爪を拾い上げてヒラクに尋ねた。
「この間の、植物型の魔核から見つけたんだ。説明しそびれてごめん」
縄をたぐり寄せながらモズに近づくと、ヒラクは彼女へと謝罪した。
「アンタって奴は……!」
「まぁどこぞの暴走娘おかげでそんな暇は無かったからな。仕方あるまい」
モズが文句を重ねようと口を開きかけたところに、フランチェスカの言葉が被る。
「誰が暴走娘よ!」
「それは魔法道具か?」
つけられた愛称に抗議をするモズを無視すると、フランチェスカはヒラクの鞄をのぞき込む。
「永続化された魔核だよ。収納スペースはちょっと小さいけど」
彼女たちのやりとりに頬を緩めながら、ヒラクは鞄の中から手のひらサイズの箱を取り出して見せた。
それは正にアルフィナが解体している物と同じ魔核だが、色が少々くすんでおり、上部に開いた口からは緑色の光が漏れ、さらにはモズの持つ鉤爪に繋がる縄が飛び出していた。
「永続化のギフトか。なるほど」
それを見たフランチェスカは、目を軽く見開いてほうと息を漏らした。
本来魔核というものは、魔物を倒して一定時間以内に開錠しなければアイテムを保管してある場所――宝物庫への繋がりを失ってしまう。
しかしその宝物庫への繋がりを維持したままにできるのが、永続化というギフトである。
ヒラク達が学園から迷宮の地下二階へとワープすることができるのもこのギフトの応用なのだが、繋げる先の宝物庫が大きいほどパーマネントは難しくなる。
「これを開けると詰められた縄が解放されて、前方に飛び出すようになってるんだ」
そしてパーマネントの失敗には、宝物庫への入り口が狭くなる、中の物が腐敗しやすくなる等の副作用がある。
今回の場合は、中に入った物が勢い良く飛び出す、だ。
「キーワードが分かりやすくて助かったよ」
「キーワード?」
「永続化された魔核を開く場合、それをかけた人間の作った合い言葉が必要になるんだ。今回の場合は魔核に触れたまま解放」
「あぁ、だから昨日は箱の前で開けゴマとか冥界より来たれ! とか言ってたんですね」
説明するヒラクに、リスィが納得の声を上げた。
昨日の夜、主人が箱を相手に語りかけていた謎がようやく分かったのである。
「ほう……!」
「いや、目を輝かせないでねフランチェスカ」
妙に嬉しそうな呟きを発するフランチェスカに、自分は同類ではないとアピールするヒラク。
冥界のなんたらは、あくまでキーワードを推察するために呟いた言葉だ。
決して自らのセンスの発露ではない。もっと恥ずかしい単語も言った気がするが、昨夜はリスィがボンヤリとしていたので助かった。
「……で、高いのこれ」
ヒラクが内心で胸をなで下ろしていると、そんなことはどうでも良いと言いたげにモズが口を挟む。
「んー容量は見た目の五倍ぐらいあるんだけど、開けると中の物が全部飛び出しちゃうっていうのは普通に考えて査定マイナスだろうね。この間のエンチャント棍棒ぐらいかな?」
不機嫌そうな彼女に言葉を選びながら、ヒラクはそう答えた。
荷物がかさばらなくなるというだけでも、パーマネント化された魔核には探索者のみならず需要がある。
安定した永続化を行える職人は数が少なく、必然的に価格も上がるが、ヒラクが持つような大切な荷物の保存にはまず適さない物は、大分査定が厳しいことになるのが常であった。
「なんだ……」
ヒラクの答えに、モズがあからさまにがっかりした声を出す。
高額であれば、今日拾ったのだと偽ってランキング用に提出する気だったのだろうか。
エンチャントした棍棒も十分高額だったのだが、今のモズはせっぱ詰まっていてそれも頭から抜け落ちているらしい。
「そんなわけで、売るよりも買い取りたいんだけどどうかな?」
色々と不安になりながらヒラクが尋ねると、モズは持っていた鉤爪を地面に落とした。
「あの、モズ?」
そうして彼女は、ヒラクから背を向けるとひらひらと手を振る。
勝手にしろということらしい。
フランチェスカに視線を向けると、彼女もまた頷く。
最後にアルフィナへ目を向けると、彼女は茫洋とした顔と裏腹に凄まじい速度で魔核を開錠していた。
その足下には細剣と薬瓶が既に置かれている。
「これもこれもね!」
そんな彼女に、モズから追加で二つの魔核が飛んでき、アルフィナは解体途中の魔核を宙に放り出した。
「いっぺんには無理」
そうしてもう二つの魔核を交えてジャグリングをしながら、口を尖らせる。
「……あの、ヒラク様」
彼女の曲芸を眺めながら、リスィが自らの主人に呼びかける。
「どうしたのリスィ」
すると鉤爪をしまい終えたヒラクが、微笑みながらそれに答えた。
カムイの剣。その名を聞いたとき、ヒラクは確かに死人のような真っ白い顔をさらした。
だが、今はいつも通りニコニコと笑顔を浮かべている。
上の空と言うこともなく、むしろ普段よりも愛想が良いぐらいだ。
先ほどの動きで見て取れるとおり、戦闘でも後れをとる様子はない。
「いえ、何でも……」
それでも、リスィは不安であった。
ヒラクは何か無理をしている。
しかもそれを、誰にも、己にすら悟らせまいとするかのように気を張っている。
リスィには、それが分かっていた。
「これ、持ってて」
ジャグリングをしていたアルフィナが、ヒラクへと魔核を二つ投げ返す。
「あ、うん」
そつなくそれを受け取ったヒラクの顔を少し長めに見てから、彼女は解体作業へと戻った。
おそらく、ヒラクの無理に気づいているのはリスィだけではない。
気が向いたら打ち明けてと、アルフィナはヒラクに言っていた。
だから待つつもりなのだろう。
彼女の視線で、リスィはそう悟った。
自分は、彼に対して何もできないのだろうか。
「オラそこ! ぼぉっとしてんじゃないわよ!」
なんだか寂しい気持ちになってきたリスィへと、モズの罵声が飛ぶ。
「僕が開錠してもいいの?」
いや、それは彼女の主人への言葉であった。
両手に持った魔核を掲げたヒラクが、苦笑いをしながら尋ねる。
「んなわけないでしょ! アンタもなんかできること探せって言ってんの!」
すると彼女は地団駄を踏みながら、ヒラクに指を突きつけた。
「できること、か……」
それは奇しくも今リスィが考えていたことであり、ヒラクにとっての命題である。
ヒラクのにこやかな顔に、若干の陰が射す。
「そうだな。アルフィナ嬢が開錠をしている間、君が抱き上げて運べば良いのではないか?」
「いやそれは……」
それを見てとってか。フランチェスカがことさら明るい調子でそんな事を言った。
彼女もまた、ヒラクの変調に気づいているのだろう。
「それよ!」
「……冗談に決まっているだろう。よくもそんなに自分を見失えるな」
が、モズの方が思いの外食いついてき、彼女はげんなりした調子でため息を吐いた。
「常に架空の人物になりきってる奴に言われたくないわ」
そう言い返すモズ。しかし自分でも多少自覚があるのか、彼女は拗ねた様子で言葉を足した。
「……しょうがないじゃない。だって、カムイ様の剣なのよ」
彼女がその話題を出した瞬間、ピキリ、と空気が軋むのをリスィは感じた。
「まぁ、その、憧れの人の剣、ですもんね」
その緊張感は自らの主人が発したものか、それともこの話題に「何かある」と気づいている他の人間が発したものか。
分からないまま、リスィはひとまずモズの言葉に応える。
「それだけじゃないわ。カムイ様の剣は高度なエンチャントがお互いを阻害しないように何重にもかかっていて、この辺の雑魚なんか一撃で全部葬りされるような力を持っているのよ」
すると彼女は胸を張り、まだ手に入れていない武器について自慢を始めた。
それだけ強力な武器ならば、効率を重んじるモズにとっては二重に欲しい武器だろう。
しかし、主人にとってはそうではないらしい。
リスィが窺うと、魔核を握るヒラクの手には力が籠もっていた。
「かかってるエンチャントとしては切れ味上昇ブレス低減幸運増大健康増進……」
「終わった」
羅列するモズを遮るように、ぽつりと、アルフィナが呟く。
その手には光を失った魔核と、一振りの短剣が握られていた。
「あ、お疲れさま」
「ん」
ヒラクが両手に魔核を持って駆け寄ると、彼女は両手を掲げてヒラクを見た。
ヒラクはその手に魔核を渡そうとするのだが、彼女の両手はすでにふさがっている。
どうすれば良いのかとヒラクが惑っていると、アルフィナは少し背伸びをして呟いた。
「抱っこ」
「しないよ!」
思わず魔核を取り落としつつヒラクがツッコミを入れると、彼女は若干満足そうな顔をして、ヒラクに短剣を渡した。
「冗談」
そうして、彼が落とした魔核を拾うと再び解体に戻る。
相変わらず、彼女のすることはよく分からない。
それでも知らない内に、ヒラクの肩からはずいぶん力が抜けていた。
「エンチャント付きかしら」
そんなヒラクが手にした短剣に、モズが顔を寄せる。
「どうだろう。そう簡単には出ないものだと思うけど」
皮布を即席のカバーにして短剣を包みながら、ヒラクは彼女に答えた。
「あーてふぁくとでもポロっと出ないかしら」
見つめていればただの短剣が神器へと変ずると信じているかのように、モズはヒラクの手を熱心に見つめながら呟く。
効率主義が行き過ぎ、もはや夢想家と化している。
「それは、もっと難しいと思うよ……」
「伝説の武器がぽろりと出ては威厳も無いしな」
どうしたものかとヒラクが考えていると、比較的日常との折り合いをつけている方のロマン主義であるフランチェスカが、自らのセリフにうんうんと頷いた。
「どっからポロリしようが強けりゃ良いわよ。って、そうよあーてふぁくと!」
それを見て多少熱が冷めた様子のモズが、再びヒートアップし大きな声をあげる。
「え?」
ヒラクが戸惑っていると、彼女はヒラク、ではなくその頭にとまるリスィを指さして言った。
「そいつが場所知ってんでしょ! すっかり忘れてたわ!」
「あ、あの声のことですか?」
当事者であるにも関わらず、神器同士の共鳴と言われる声についてすっかり忘れていたリスィが、きょとんとしてモズに問う。
彼女にモズが鼻息荒く頷くと、そのやりとりを見ていたヒラクはリスィが滑り落ちるほど頭を垂れて考え込み、それからモズに提案した。
「それなんだけど……神器を目指すのはやめない?」
「はぁ!?」
彼の提案に、モズはもちろん低い声を出す。
ヒラクの頭から滑り落ちたリスィは、空中でくるりと体を翻すと、眉根を寄せてヒラクを見た。
モズをまぁまぁと宥めたヒラクは困ったように笑ってから、一転まじめな顔になって言葉を紡いだ。
「神器は迷宮内に種を落とされた後、その魔力を吸収して成長する。そして、その側には同じく魔力で成長した守護獣がいるんだ」
「それぐらいは、知ってるわよ」
彼の変化に戸惑った様子を見せながら、モズが答える。
彼女にとってはこの学園での退屈な授業と同じような、今更で、当たり前の話だ。
「守護獣は、強い。ここにいる魔物なんて比べものにならないぐらい」
だが、そんなモズへと珍しく挑みかかるように、ヒラクの言葉に力が篭もる。
先ほど戦った魔物はまさしくただのカモだったので普段なら説得力も威厳も無いところだ。
しかしそれを語るヒラクの目は暗く澱んでおり、モズは思わず言葉に詰まった。
「我々が負けるということか」
「……誰かが、犠牲になるかもしれない」
だが、横からフランチェスカが口を挟むと、彼は一転弱気な態度に戻り、彼女やモズから目を逸らすと胸をぎゅっと押さえる。
まるで自分だけが大層な何かを知っていて、それを押し隠している。そう主張するような仕草である。
少なくとも、モズにはそう見えた。
「リスクを恐れて何が探索者よ! 迷宮が怖いなら羊飼いでもやってなさい!」
一度やりこめかけられた分、激しい怒りが体を巡り、モズはそれを口から吐き出した。
そして吐き出されたその語気は、自分が想定していた物よりも強くなる。
「そ、そうじゃないよ。ただ、危険すぎるって話で……」
彼女の剣幕に、すっかりいつもの調子に戻ったヒラクが慌ててモズを宥める。
それを受けながらも、モズは睨むことをやめなかった。
自分が何故こんなにも怒っているのか、自分でも分からない。
ヒラクのせいで神器が手に入らないかもしれないからなのか。彼があからさまに隠し事をしているからなのか。それとも彼の怖じ気た言動が気に入らないからなのか。
何故この男が弱腰になると心がささくれ立つのか。それは自分でも分からない。
だが、とりあえずこの男が苛立ちの原因なのは間違いがない。
「ふぅ……」
顔に穴が空くほどにモズがヒラクを睨んでいると、フランチェスカが深いため息を吐いた。
「近くにそんな危険な魔物が巣くっているのなら、他の生徒にも注意を促さねばならない。取りにいけない程に下層ならば、そもそも取り越し苦労になるだろう」
そうして彼女はモズとヒラクの間に入ると、つらつらとそう話した。
「とりあえず場所を確かめねば議論のし損だ。そうではないか?」
そうして、二人の顔を交互に見ながら自分が間違っているかと目で尋ねる。
「そ、そうよ」
顔を引きながら、モズが頷いた。
表情がひきつっているのは、フランチェスカに同意するのが癪だからか。
「それは、そう、だね」
ヒラクもまた、完全には納得していない様子ながらもそれに同意する。
「うむ。ならばさっそく神器の大まかな場所だけでも調べてもらうとしよう」
身を引いたフランチェスカは、ヒラク――もといリスィへと向き直った。
「い、良いんですかヒラク様」
一瞬呆然とした後、リスィが主人の顔を伺う。
しばらく俯いて考え込んだ後、ことさらにいつも通りの笑顔を作ったヒラクは彼女に答えた。
「うん。頼んだよリスィ」
そんな顔を見ると、やはりやり辛くなる。
しかしモズの方から発せられる無形のプレッシャーには耐えられず、リスィは自らの耳を持つと頭蓋から放すように引っ張った。
すると頭と耳の間から、再びかすかな声が聞こえはじめる。
『ここ わたしは ここ』
ざぁざぁという雨のような音に混じりだが、外にいたときよりはっきりと聞こえる。
内容は曖昧そのものだが、今のリスィには何故か、その声がどこから聞こえてくるのか分かった。
「ここから、3階ほど下だそうです」
そしてその結果を、彼女は主人とその仲間達に伝えた。
「7階……」
「また厄介な」
「……回避推奨」
「じょ、冗談でしょ」
すると彼らは口々に難色を示し、普段は鉄面皮のアルフィナまでが一様に口をへの字に曲げた。
「え、なになに、なんなんですか!?」
その反応の意味が分からず、慌てて彼らに尋ねるリスィ。
『くらい たにのそこに いる』
そんな彼女の頭の中では、かすかな声が変わらず響き続けていた。
鳥型
かつては大空を飛び回り人間達を苦しめていた魔物。
だが、その大半が迷宮の中に押し込まれてからは、機動性が活かせず退治するのはある程度容易となり、その上GGP効率が高いということで絶好のカモとなっている。
モズもカモと呼称するが、翼は白く、本来のカモ種を模した姿ではない。




