カムイ=メズハロード
胸焼けがするように盛り沢山だった朝の時間が終わり、一時間目の授業が始まった。
ハクアの隣にいた男子もさすがに元の席へと戻り、モズはハクアの隣に座っている。
モズの話を全面的に信じるわけではないが、ハクアという少女は確かにヒラクを警戒させる。
だが、今ヒラクの頭を占めているのは、彼女の事ではなかった。
彼が思い起こしていたのは、授業が始まる直前、フランチェスカが引用した言葉――。
「汗くさいシャツ……か」
呟いた瞬間、隣にいるアルフィナが嫌そうな顔で彼を見た。
「まさか臭いフェ……」
「いや違うから」
彼女が不適切な言葉を使う前に、ヒラクはそれを小声で制する。
前にリスィが同じ言葉を使っていた気がするが、ヒラクにそんな趣味はない。
「じゃぁ、何?」
リスィが不思議そうに見つめる中、アルフィナが改めて問いかけてくる。
「それは、その……」
すると、先ほどはっきりと否定したはずのヒラクが、今度はもごもごと言い淀んだ。
アルフィナから目を逸らし、口の中に出来物があるかのように顔を歪める。
「ヒラクさ……」
「……またトラウマ発動?」
その様を見て、アルフィナがまっすぐに彼を見たまま呟いた。
少々不機嫌そうな彼女の口調に、ヒラクを心配しかけたリスィまでがそちらに視線を移す。
「ま、またって何?」
自分がそのような行為をおこなったことがあっただろうか。
いやそもそもそれは行為なのだろうか。
困惑しながらヒラクが尋ねると、アルフィナはふっと鼻から息をぬいて呟いた。
「ヒラクは特定の言葉に反応して、そういう表情をする事がある。多々ある」
彼女にしては早口で、そして多弁な物言いである。
「そ、そう?」
ついでにアルフィナが自分の名前を呼ぶと、妙にどきりとさせられる。
それに圧され、ヒラクはリスィに助けを求めるように尋ねた。
「えーと、あの、まぁ」
すると彼女は、誤魔化すように笑いながら、しかし誤魔化しきれずにそう答える。
普段はあまり空気を読む方ではない彼女がこんな反応を返すとは、自分は思った以上に重症なようだ。
「そっか……」
ショックであり、そして申し訳ない気分である。
これがいけないのだと分かっていながらヒラクが俯いていると、アルフィナが前を向いたままぽつりと呟いた。
「……約束通り。もう少し人と関わってみようと思う」
「約束?」
「フランチェスカの件。ヒラクが解決したらそうするって、約束した」
何の話か分からずにヒラクが首を傾げると、彼女は横目でヒラクを見ながらそう答えた。
思い返せば、確かにそんな約束……というか宣言を聞いた覚えがある。
「い、良いことなんじゃないかな? ……うん、良いと思う」
唐突で理解が及ばなかったが、よくよく考えればそれは素晴らしいことだとヒラクには思えた。
机の上ではリスィもうんうんと頷いている。
今まで人と接することができなかった、そして接しようとしなかったアルフィナが、自分から誰かと関わろうというのだ。
非常に大きな。そして勇気ある決断である。
「私は、今まで他人と関わってこなかった。だから、適切な距離の取り方と言うものが分からない」
そんな彼の返事に構わず、アルフィナはつらつらと言葉を重ねる。
自分も人付き合いなど得意ではないが、仲介ぐらいはしてみようか。
そう口を挟みかけたヒラクだが、アルフィナが再び話しだしたのでそれを飲み込んだ。
「問題の解決もおそらくできない。でも、ただ聞くことならできるから」
そうして、彼女の言葉にはっとなる。
「……だから、気が向いたら、話してみて」
「……僕?」
アルフィナが関わろうと試みているのは、隣にいるヒラクその人だったのだ。
「私の、付き合いの……練習に」
唖然とするヒラクに、アルフィナはぼそりとそう付け足した。
褐色をした彼女の肌に、そっと赤みが混じる。
「そっか、ありがとう」
彼女は、ヒラクに負担をかけないようにしている。
ようやくそれに思い当たって、ヒラクは微笑んだ。
アルフィナには、自分よりよほど人付き合いの才能がある。
「私も、私もがんばります!」
そう考え、ヒラクが何やら微笑ましい気持ちになっていると、突然リスィが叫んだ。
その音量に、教室中の目が彼女へ向く。
「ど、どうしたのリスィ」
すっかり彼女を意識から外していたヒラクがびっくりして尋ねると、リスィはハッと我に返った様子でヒラクを見上げた。
「いえ、あの、私も役に立ちたいなって……」
……要するに、アルフィナと張り合ったらしい。
いじらしい、とは思うが少し大げさではないだろうか。
何せ、今は授業中なのだ。
「そこの男子」
「はい」
そう考えながらヒラクがそろそろと壇上を窺うと、そこにいた教師とばっちり目があった。
初老の男性で、ギフトの種類について講義をしていた、はずだ。
「授業中はえー、あーてふぁくとを大人しくさせておくように」
彼は困ったように言葉を選びながら、結局ヒラクへやんわりとそんな注意だけをした。
非常に穏やかな男性である。授業を聞き流していたことも含め、ヒラクは申し訳ない気分になる。
教室のあちこちからクスクスという笑い声。
ヒラクはリスィの両肩をつまんで教師の方を向かせた。
「「すみません」」
そうして二人で頭を下げる。
ヒラクとリスィが謝罪する声が、ぴたりと重なった。
その横で、ある意味元凶であるアルフィナは、隠れ身のギフトを最大限に使って知らん顔をしていたのであった。
◇◆◇◆◇
「カムイ様はあんな事言わない」
一時間目が終わり、休み時間である。
またしてもハクアの取り巻きに自らの席から追い出され、ヒラクの隣へと席を移していたモズが急にそんな言葉を吐いた。
「は?」
思わず口を開けてしまったのはヒラクである。
窓際に陣取ったフランチェスカも、目を開き訳が分からないと言う顔をしている。
「ていうかカムイ様は汗なんかかかない! かいても花の香りしかしないの!」
そんな彼らに構わず、モズは腰を浮かすと更に無茶苦茶なことを言い出した。
「臭いフェチ派の否定……」
「絶滅してしまえそんな性癖!」
アルフィナがぽつりと呟くと、切れ味鋭くそう返す。
「いや落ち着いてモズ」
「何よ臭気フェチ!」
「だから違うって!?」
ヒラクがなだめようとするも、彼女はばっさりと斬り捨てて歯を剥き出した。
そうして、席を立って彼から距離を取る。
……自分には何か、そういった性癖を思わせるような言動、オーラが備わっているのだろうか。
思わず自分の匂いを嗅ぎそうになってから思いとどまり、ヒラクはモズへと尋ねた。
「あの、カムイ様っていうのはカムイ……カムイ=メズハロードのことで良いの?」
「そうよ、そのカムイ様よ」
するとモズは「お前なんかがその名を口にするな」とでも言いたげにヒラクを睨みながら、彼の言葉を肯定する。
もにょり。ヒラクの口が何が言いたげに動いた後、苦笑いに変わるのをリスィは見た。
「ほう、貴公が彼のファンだとはな」
しかし、彼女がどうしようか迷っている間に、二人のやり取りを眺めていたフランチェスカが愉しそうに呟く。
「なんか文句ある?」
即座に鋭い視線を、フランチェスカへと向けなおすモズ。
「いや、私もかつては聖剣のダリアや黒衣のミランダなどに憧れていた」
フランチェスカは首を横に振ると、腕組みをして懐かしむようにそう語った。
「えっと、今は違うんですか?」
「残念ながら前世の記憶に目覚めた今となっては、彼らは私の後輩だからな。もちろん同士として尊敬はしているが」
主人への言葉を諦めたリスィが問いかけると、彼女は大げさに首を振ってそう答える。
「……複雑」
「とりあえず一緒にしないでちょうだい」
アルフィナがぽつりと呟き、モズがげんなりとした顔をした。
理解できたのかできなかったのか。リスィは「ほぅぇー」と非常にぼんやりとした相づちを打つ。
「あの、それでカムイ様ってどなたなんですか?」
それから彼女は、上目遣いでおそるおそるといった感じでヒラクにそう尋ねた。
「あ、え? どなたって言うと……」
しかし、ヒラクはまたぼんやりとしていたようだ。
アルフィナの何か言いたげな視線に狼狽しながら、彼はリスィの質問に答えようとする。
「単独迷宮踏破階数100の記録を持つ孤高の探索者。ギフト所持数50を越える現代最強の人間よ」
だが、それよりもモズの宣伝広告のような言葉の方が早かった。
「単独迷宮……なんですって?」
「単独迷宮踏破かいひゅう100! 一人で迷宮の奥まで潜ったってこと!」
首を傾げるリスィに、舌っ足らずな発音でそう答えるモズ。
「貴公、今噛んだな」
「うるひゃい!」
茶々を入れるフランチェスカに怒鳴った彼女は、「ごほん」わざとらしく咳払いをした。
「100階……」
一方想像もできない世界に、リスィはぽけっと口を開ける。
ヒラク達が力を合わせて4階まで潜るのにも、これだけ時間がかかったのだ。
それを一人で100階までとは、どんな人間なら成し遂げられるというのか。
「それだけじゃないわ。カムイ様は一人で20を越える神器を集め、未踏破の階層の地図を作製し、地上に残った魔物を討伐なんかもする、今世最強の探索者なのよ」
リスィの反応に気を良くすると、モズはヒラクの机の前へと移動して更に説明をしだした。
「ひ、一人でそんなにですか!?」
まるで自分のことのように自慢げなモズ。
しかし仰天させられることばかりで、リスィにはそれにツッコむ余裕すらない。
そんな人間が、今この世に存在するとは。
「確かに彼の業績を疑う奴は多いけど……」
驚きのあまり固まるリスィに、モズは人差し指をふりふり更に講釈を続けようとする。
「あーいや、そこまではやってなかったんじゃないかな」
だが、それに被せるように、ヒラクが控えめな否定を口にした。
「こーいう心ない奴がね!」
「ほぐっ!」
即座に、モズの手刀が机越しにヒラクの頭へと炸裂した。
机の上にいたリスィから見れば、天が割れたかと思うようなダイナミックなチョップであった。
「だ、大丈夫ですかヒラク様!?」
主人の頭が裂けたりしていないか。リスィは慌てて飛び上がるとモズの手をヒラクの頭からどかそうとする。
「いたた……。いや、別に疑うとかそういう訳じゃなくてね」
そんなリスィに「大丈夫」と小さく言って、ヒラクは頭をさすった。
「じゃぁなんなのよ!?」
そんな彼に容赦せず、モズが今度は両手を手刀の形にして天に掲げた。
ダブルチョップの構えである。
思わずリスィも両手をチョキにして構えた。
いざとなれば、振り下ろされた両手を指で挟んでやる気概である。
平和な休み時間に、緊迫の空気が流れた。
「落ち着け。何故そんなにムキになる」
それを打ち破ったのは、フランチェスカである。
彼女はモズの両手首を後ろから持つと、その体を持ち上げて尋ねた。
キッとフランチェスカを睨むモズ。しかし彼女はぶら下げられた効果か急にしゅんとなり、呟いた。
「私は、あの方に憧れて探索者になったのよ……」
フランチェスカに抱えられていることもあり、その姿はまるで小さな子供のようだ。
そんな彼女を、ヒラク達は一様に驚いた表情で見つめていた。
「何よ」
それに気づいたモズが、口を尖らせながら一同を睨む。
その顔は若干赤くなっていた。
「いや、貴公がそんな態度を取るとは思わなかったからな」
「……今宵は雪になるでしょう」
「悪い!? ええ悪かったわね似合わないこと言って!」
フランチェスカとアルフィナの二人にそう言われ、ついに我慢できなくなったのか、モズが声を荒げる。
彼女は体を揺さぶると、フランチェスカの拘束から逃れた。
「い、良いことだと思うよ。うん、そ、そう思うよ」
「心が篭もってないのよアンタのセリフは!」
そうして彼女は、口の端をひくつかせるヒラクの脳天に再び手刀をお見舞いした。
「いだっ! ……そ、そうかなぁ」
ヒラクが頭を押さえ、俯く。
「またしても! ひ、ヒラク様!」
机に着地したリスィは、チョキで応戦するよりも主人の安否を優先した。
机の上を走ると、彼女はヒラクの顔を覗きこむ。
すると――。
そこには、眉根を寄せ、口を真横に引き絞った主人の顔があった。
涙こそ浮かんでいないものの、リスィにはそれが、泣きそうになっているように見えた。
「あ、あの……」
彼の涙に備え、リスィが自らのスカートを持って声をかけると、ヒラクはそれに気づいて誤魔化すように笑う。
「何ニヤついてんのよ!」
「あだっ!」
それに気づいたモズがまたしてもヒラクを攻撃し、リスィが口を開く機会を逸しさせる。
そうして、午前中の休み時間は終了したのだった。
◇◆◇◆◇
昼休み。
「何であんた等がついてくんのよ」
大股で廊下を歩くモズが、背後にいるヒラク、フランチェスカ、そしてアルフィナといういつもの面子へ振り返り低い声を出す。
「ついてくるって言うか、目的は同じだし」
「そうですよぉ。意識しすぎです」
そんな彼女にヒラクが苦笑し、頭の上にいるリスィが口を尖らせた。
彼らの目的は、昼休みに張り出されると告知されていたドロップ賞金ランキングの上位報酬の内容である。
「良いではないか。旅は道連れと言うしな」
「……減るもんじゃなし」
目的地は校内正面口の巨大掲示板。ヒラク達の他にも幾人もの生徒がそわそわした様子でそちらへ向かっていた。
「あんた等の相手してると色々すり減りそうだわ」
呟くと、モズは再び前を向いて歩き出す。
「報酬って何が貰えるんでしょうねー」
その後をついていくヒラクの頭上で、リスィが脳天気な声を上げた。
「迷宮探索学校の品だからな。伝説の武器や防具の可能性が高いな、うん」
「おぉー!」
それに対しフランチェスカが訳知り顔で頷くと、リスィはうれしそうに声を上げる。
「はん。どうせ大した物じゃないわよ」
そんな彼女らのやりとりを肩越しに見たモズが、鼻から息を吐いてそんな意地の悪い言葉を口にする。
「えぇ!? そうなんですか!?」
それを聞いたリスィが、ヒラクの頭から身を乗り出して彼の顔をのぞき込んだ。
先ほど一位を取ると息巻いていたのは誰だったのか。
ついでに相手をしないと決めたのではなかったのか。
「うーん。一位を取れるぐらい優秀な生徒に凄い武器なんて渡したら、どんどん差が開いちゃうからね」
モズの天の邪鬼さには苦笑しながら、ヒラクは彼女の意見自体には賛成であった。
と言うより、こんな初期に高額な物品で差をつけられても困るという気持ちが強い。
「そ、そうですか……」
だが、その言葉を聞いて空気が抜けたようにリスィが落ち込む。
彼女も密かに賞品を楽しみにしていたようだ。
「ま、まぁ行ってみないと分からないよ」
おかげでヒラクは、ついフォローめいた言葉を口にしてしまった。
ただ、あの学園長が認可している限りは、何が起こるか分かったものではないのも確かだ。
などと考えながらヒラクが歩いていくと、その内黒山の人だかりが目に入った。
「うげ……」
「……遅かった」
おそらく目的は、ヒラク達と一緒だろう。
彼らは一様に同じ方向を向き、正面口の掲示板に貼ってある何かを見ようとしている。
人だかりの背後に回り込み、それを見ようとするヒラク達。
しかし探索者養成学校らしさを誇示するように、体格の良い生徒達が巨木のようにそびえ立ち、目的の掲示物への視界を遮る。
「あぁもう、邪魔よ邪魔!」
先ほどはどうせ大した物ではないと言っていたはずのモズが、彼らを押し退け輪の中に入ろうとする。
しかし、その体格は大人と子供のようであり、いくらモズが肉体強化を持っていようと周囲の生徒も同じギフトを持っている。
「わぶっ」
結果、彼女は弾き出され、可愛らしい悲鳴を上げる羽目になった。
「肩車でもしようか?」
「いらんわ!」
見かねてヒラクが提案するも、牙をむき出しにして拒否される。
「どれ、私が見てみよう」
代わりに女性としては背の高いフランチェスカがかかとを上げるが、どうも芳しくないようで彼女は頭を左右に振った。
「上位賞品の部分が光っていて見えない。おそらく宝石か何かだろう」
「陽が当たってるだけでしょ」
どうやら天窓から入り込んだ陽光が反射し、賞品リストを見づらくしているらしい。
小ボケを律儀に拾うなぁと感心しながらヒラクも賞品を人々の群れから盗み見ようとするが、いくつか断片的な文字が拾えるだけで上手く行かない。
「私が飛んで見てきましょうか?」
そんな風にヒラク達が難儀している様子を見て、リスィがそう提案した。
「アンタ、字なんて読めるの?」
輪の中に入ろうとして再び弾き出されたモズが、彼女を疑わしげに見る。
「ば、バカにしないでください! 読み書き……読むのはヒラク様に習ったんですから!」
「……難しい字以外はね」
顔を赤くするリスィの言葉を、ヒラクはぼそりと補足した。
「とにかく行ってきます!」
誤魔化すように大声で宣言すると、リスィはふよふよと危なっかしい調子で飛んでいった。
「大丈夫なのか、彼女は?」
「まぁ途中で落ちても、首輪の効果もあるし平気だと思う」
羽がない影響か、高高度の飛行をリスィは得意としていない。
心配そうに尋ねるフランチェスカに、ヒラクはそう答えた。
先ほどヒラクの役に立つと大声で叫んだリスィである。
なるべくなら、彼女の気持ちを汲んでやりたい。
「……やっぱ自分で見てくるわ」
彼女の後をしばらく目で追っていたモズだが、やはり信頼できないと判断したのか再び人垣の間に入り込む作業に戻る。
そして、しばらくして再び列から弾き出された彼女は声を上げた。
「ノルマ達成者全員には単位1とポーション詰め合わせ! やっぱり禄な物じゃないわね!」
その声量に、周囲の生徒が鬱陶しげにモズを見る。
「僕は助かるけどね。あ、でも上位8位の簡易魔法札詰め合わせもいいな」
フォローと本音の半々でヒラクはそう返事をし、掲示物の下側を指した。
モズが奮闘している間に、人々の隙間から地道に一文字ずつ賞品の文字を読みとったのだ。
「使い切りじゃない」
賞品の内容に納得が行かないのか。それとも自分の努力を無駄にされたように感じたのか。モズが口を尖らせる。
それから彼女は背伸びをし、ヒラクに顔を近づけるが、文字は見えないようでよけい不満そうな顔になった。
魔法札は名前の通り、付与のギフトによって魔法の効果を封じ込められた札である。
札をちぎって効果を発生させる特性上、使い切りであり有効活用できる魔法の種類も限られている。
それでも、高額であることは間違いない。
ついでに使い切りのアイテムであるならば、緊急時に自らの命を救うことはあっても迷宮攻略において他の生徒と差をつけるという使い方はし難いだろう。
なるほど。あの学園長もそういったことはきちんと考えているのだなと失礼にもヒラクは感心してしまった。
「ったく、あんなもん必死に見に行く必要無いわ」
負け惜しみにしか聞こえないような事を呟いて、モズが人の輪から離れる。
苦笑しながらヒラクもそれ以上の文字判別を諦めた辺りで、リスィが戻ってきた。
「も、戻りました……」
彼女の顔は、疲労――いや、ひどく狼狽しているように見える。
「……無事?」
隅でじっとしていたアルフィナが問いかけると、彼女は口を横に結んだままこくこくと頷く。
「どーせ読めなかったんでしょ」
「違います! ちゃんと読めました、けど……」
モズが煽るとリスィは即座に言い返したが、しかしまた煮え切らない態度に戻ってしまう。
「じゃぁ一位は何だったのよ」
「一位、一位は……」
苛ついた様子のモズに急かされ、リスィの視線がモズと、そしてヒラクの顔を行ったり来たりする。
モズはともかく何故自分の顔を窺うのか。
ヒラクが内心で首を捻っていると、やがてリスィはヒラクに視点を定める。
ごくり。ヒラクとリスィの喉が同時に動き、そしてリスィは口を開いた。
「カムイ=メズハロード愛用の大剣……だそうです」
「はぁ!?」
聞いた途端、雷に撃たれたかのように叫び、モズの動きが止まる。
そしてヒラクはと言えば、その名を聞いた途端、色が抜けたように血の気を引かせた。
事態に気づいたフランチェスカが気遣わしげな視線を送り、アルフィナが彼を無言で見る。
「カムイ……」
呟いたヒラクの声は、学生達のざわめきにかき消された。
カムイ=メズハロード
数年前から、迷宮探索において目覚ましい成果を上げている人物。
全身が黒い鎧に包まれており、迷宮探索者百選にも詳細は書かれていない。
多数の本に様々な名言が記されており、真偽はさだかではない。
そのスキル構成は魔物を倒すことのみに特化している。その他のギフトは一切持っていない。
現在活動休止中。




