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僕はスキル振りを間違えた  作者: ごぼふ
地雷少年と過去
29/58

色々な始まり

「精神抵抗のスキルを取ることにした」


 フランチェスカがヒラクへと告げたのは、植物型と戦った翌日のことだった。


 朝の教室である。

 ヒラクの隣に座るモズは、興味が無さそうに窓へと顔を向けている。

 だが、彼女の神経が耳に集まっているのを、ヒラクは感じ取っていた。


「そっか、良いと思うよ。これからああいう搦め手を使う魔物は増えていくし」


 勝手にしなさいと言ったものの、やはり気になるのだろう。

 差し込む日差しのせいでひどく渋くなっているであろうモズの顔を想像しながら、ヒラクはそう答えた。


「うむうむ。ちなみに私の中に眠る高貴な魂が、邪悪なる者の侵略をはねのけるというせっ……仕組みだ」


 一方フランチェスカはヒラクの返事に気を良くし、自らのスキルについて説明しだす。


「今設定って言いかけたわね」


 ヒラクは聞かなかったことにしたのだが、隣でそっぽを向いていたモズは我慢できなかったようだ。

 

 彼女は渋柿のようなへちゃむくれた顔をフランチェスカへ向ける。


「何を馬鹿な。同じサ行だから間違えただけだ」


 肩をすくめながら、フランチェスカがモズの机の前へと歩んでいく。


「あーそう。器用な間違いね」


「なんだと」


「あによ」


 そうして、二人はシームレスに言い争いを開始した。


 この二人が分かり合うには、もう少し時間がかかりそうである。

 嘆息して、ヒラクは二人と反対側を見た。


「……」


 すると彼の隣に座るアルフィナが、じっとヒラクを見ていた。


「ど、どうしたの?」


 何度かこういうことはあったが、未だに慣れない。

 ヒラクがどもりながら尋ねると、彼女は片手を差し出してヒラクに言った。


「ひまわりの魔核」


「ひ、ひまわり? あぁ、あの魔物ね」


 何のことかと一瞬考えたが、彼女が言っているのはおそらくあの魔物――昨日相対した植物型の事だ。

 察したヒラクだが、彼はアルフィナの手の上に乗せるものなど持ってはいなかった。


 何故なら。


「あの中身なら、倉庫に預けておいたよ」


 何故なら昨日の時点で、ヒラクが倉庫へと保管してしまったからだ。

 

 ヒラクの返事を聞いて、アルフィナが手を引っ込める。

 しかし彼女は、ヒラクをじとっとした目で見ることはやめなかった。

 

「……解体、したんだ」


「え、あぁ、まぁ……僕も開錠(パズラー)は持ってるから」


 先程よりしどろもどろになりながら、ヒラクは答えた。

 トボケてはみたが、彼女がなぜこんな目で見ているかも察しはついている。


「女の子が三人倒れてる横で、悠長に開錠を……」


 冷や汗を流すヒラクを、彼女にしては珍しく、恨みがましい口調でアルフィナは責め立てた。


「まぁ……その、勿体ないなって思って」


 このパーティーで発見した中で、一番大型の魔核である。

 貧乏性のヒラクの心が動いても仕方があるまい。

 

 とは言え背中を丸めせこせこと開錠する主人に、リスィが少々呆れた目を向けていたのも事実であった。


「こいつはそういう奴よ」


「物を大事にするのは良いことだろう。……若干、騎士道にもとる気はするが」


 喧嘩していたはずのモズとフランチェスカが、交互にそんなコメントを発する。

 二人の意見はヒラクへの理解という点で共通していたが、ヒラクにとってあまり嬉しいものではなかった。


「それで……」


 一通り放置された仕返しを出来て満足したのか。アルフィナが話題を切り替えようとする。

 

「あぁ、魔核の中身? それなら……」


 いや、戻そうとしているのか。そう察して、ヒラクは魔核の中身について説明しようとした。


「……私、何か言ってた?」


 だが、アルフィナの質問はヒラクの想定していたものではなかった。


「何かって?」


 戸惑いながらヒラクが聞き返すと、アルフィナは体を揺すり、視線を下に向けた。

 おそらく、照れている。


「倒れてる最中、何か恥ずかしいことを……」


 いつもより密やかな声で、アルフィナが言葉を紡ぐ。

 それに被さるように、背後でガタッ、という音が響いた。


 見ればモズが体をこちらへと乗り出し、フランチェスカも机に手をついている。

 二人にとっても、これは聞き逃せない話題だったらしい。


「あ、いや……」


 確かに戦いが終わった後アルフィナに近づいてみると、彼女はおじさんおばさん――おそらく クリナハの父母への謝罪をずっと、繰り返していた。

 ヒラクが魔核を解体しながら、アルフィナが魔力切れで気絶するのを待つまでの間ずっとである。


 恥ずかしい事など言っていない。彼女の重大なトラウマである。

 しかし、この内容を衆目の前で話す訳にもいかず、ヒラクは言いよどんだ。


「わ、私はどうだ!?」


 そうしていると今度は、フランチェスカがヒラクの背後から、彼の両肩に手を置き尋ねてくる。

 ヒラクが頭を上げると、甲冑から解放されたフランチェスカの、中々に迫力のある景色が目に入った。 


「……え、あ、大丈夫だよ。うん」


 その山越にフランチェスカの顔を見ながら、ヒラクはなるべく平静に答えた。


 フランチェスカが見ていたのは、おそらく虐められていた頃の記憶だ。

 口調も退行していたが、あれ自体は普段からよく見るので今更だろう。

 これも恥ずかしい記憶などではない。

 それよりもこの体勢の方が恥ずかしい。


「良かった。場合によっては君に責任を取ってもらうところだった」


 そんなヒラクの気も知らず、フランチェスカは彼の頭上でふぅと息を吐く。


「責任って何!?」


 責任を取らされるような恥ずかしい秘密とは何だ。

 そしてどんな事をさせられるのか。


 思いのほか自分の肩を掴むフランチェスカの握力が強いことに気づき、ヒラクはおののいた。


「……ついでにうちも」


「ついで!?」


 そんな彼の正面では、アルフィナが軽く挙手をしている。


 うちと言うからには、自分というよりもこの前ヒラクが魅了の魔法をかけたクリナハのことを指しているのかもしれない。


 どちらにせよ、ヒラクにとっては理不尽に思える話である。


「けっ、仲のよろしいことで」


 一見ラブコメディーめいた光景に、やっていられないとでも言うようにモズが鼻息を吐く。


 ヒラク達に関わりたくないだけのようにも見える。

 だが、その横顔は孤独を感じさせるようにも思えてはこないだろうか。


 同じパーティーの人間が、三人ではしゃいでいたら確かに寂しい物があるのかもしれない。

 

 勝手にそう考えたヒラクは、彼女にも報告しておくことにした。


「あ、ちなみにモズは気絶してるとき……」


「言わんでよろしい!」


 ちなみにモズは、うめき声ばかりで何を言っているか判別がつかなかった。

 ヒラクはそう言おうとしたのだが、顔を真っ赤にしたモズがそれを遮ってしまう。


 ……しかしまぁ、彼女も巻き込んで色々と誤魔化そうとしたヒラクの意図は成功したようである。


「ま、まぁ、みんな別に恥ずかしいことは言ってないよ。……ね、リスィ?」


 場の緊張が多少和らいだと感じたヒラクは、先程からずっと黙りこくっている相棒へと意見を求めた。


「……」


 しかし彼女は、ぼんやりとした顔で中空を漂っておりヒラクの呼びかけにも答えようとしない。


「……どうしたの、この浮遊物体は?」


 普段は騒がしいリスィの変調に、さすがのモズも気味悪がって彼女をつつく。


「あぶっ!」


 頬をつつかれたリスィは風船のように遊泳すると、ヒラクにぶつかってよろよろと落ちた。


「ええと、昨日の夜からこうなんだ。いつの間にか保健室にもいなかったし」


 そんな彼女を受け止めたヒラクは、リスィを目の前に持ってきてそう説明する。


 いつの間にか保健室から消えたリスィをヒラクが発見したのは、転送室の前だった。

 以来彼女は目を離すとボンヤリとし続けており、寮に置いてこようかとヒラクも思ったほどだ。


「……風邪?」


「い、いえ、私は大丈夫です! 平気へっちゃらですよ!」


 首を傾げるアルフィナに、ようやく意識が戻ってきたのかリスィは慌ててそれを否定する。

 あぁてふぁくとが風邪をひくかはともかく、一度こちら側に注意が戻れば受け答えはしっかりしているし、狭い額に指をつけても熱があるようには感じられない。


 原因を尋ねても曖昧な返事しか寄越さないので、ヒラクも困っているところだった。


「じゃぁ、あたしらが何話してたか言ってみなさいよ」


 あくまでも自分は変わりないと主張するリスィ。

 彼女をじとりと睨めつけながら、モズは出来の悪い生徒に対する教師のような態度でリスィに尋ねた。

 もしかしたら、彼女なりに心配しているのかもしれない。

 などと、ヒラクはまたも勝手な夢想をする。


「ええとぉ……」


 尋ねられ、リスィがこめかみに手を当てて悩み出した。

 どうやら完全に聞いていなかったわけではなく、断片らしき物は頭に残っているらしい。


 しばらくの煩悶の後、ようやく何か思いついたようで、彼女は顔を上げ、手を打ち合わせて言った。


「あ、ヒラク様が気絶してる皆さんに、恥ずかしい姿をさせたとかさせないとか」


「違うよ!」


 導き出された答えは、断片は合っているものの組み合わせ方を完全に間違えた代物だった。

 

 ヒラクが周囲を見ると、女子達が「もしや本当に……」という疑いの視線で彼を見ている。


「あのねリスィ。聞いてなかったら聞いてなかったで良いから、変な誤解を生むような発言はやめて、ね?」


 彼女の肩を掴む……事はできないので指で摘みながら、ヒラクはリスィに言い聞かせた。

 彼にしては迫力の篭もった口調であり、リスィは人形のようにこくこくと頷く。


「……させたの?」


「させてないよ!」


 まるで他人事のように、アルフィナがぼんやりと問う。

 自分を何だと思っているのか。ヒラクはリスィの頭上で言い返した。


 全員で帰還するために、散らばった三人娘を運搬し一ヶ所に集めはしたが、自らの趣味でおかしなポーズを取らせたりはしていない。


「それでどうした? 悩み事があるならこの姫騎士たる私が相談に乗るが」


 ヒラクがそんなことをするはずがないと信じているのか。

 それとも単に彼で遊び飽きたのか。

 フランチェスカがヒラクから視線をはずし、リスィに尋ねる。


「あ、いえ、そうじゃないんです。その……」


 彼女を見上げながら、リスィは言葉を濁した。

 だがそれは、おそらくフランチェスカが自らの胸を叩いたせいで、そこが波打ったからではない。


「話してみると良い。私はどんな話でも君を疑いはしない」


 リスィを安心させるように、柔らかな声音でフランチェスカは彼女を促す。


「……私、呼ばれてるみたいなんです」


 ヒラクの顔をちらりと伺ってから、リスィは口を開いた。


「呼ばれるぅ?」


 その視線の意味が分からずヒラクが怪訝に思っている間に、フランチェスカの約束など知ったことかとばかりに、モズがうさんくさげな声を出す。

 彼女をひと睨みしてから、フランチェスカが頷いて話の続きを促した。


「迷宮の地下から、そんな声がして……」


 再び口を開いたものの、リスィの態度はおどおどとしていた。


「クラゲの繁殖期って今だったかしら」


「クラゲじゃないです!」


 それでもモズに茶化されれば、クラゲと言うよりタコのように真っ赤になって彼女の言葉を否定する。


 疑われるのが怖い訳ではないらしい。

 ついでに深い迷宮にはクラゲやタコのような魔物もいた気がするが、それと今回の件は関係ないはずだ。


 となれば……。


「もしかしたら、あぁてふぁくと同士が共鳴してるのかもしれないね」


 ふと思いついて、ヒラクはリスィにそう告げた。

 びくり。リスィの体が震える。


「共鳴?」


 ぼんやりとした目をしたアルフィナが首を傾げる。

 まるで寝起きのような様子だが、言葉の意味が分からない訳ではないだろう。


「あぁ、聞いたことがある。波長の合うあぁてふぁくとは、お互いを呼び合うことがあるらしいな」


 ヒラクの言葉を補足したのは、フランチェスカだった。


「かの聖盾プラスネクスも、聖剣マイナプレードへと持ち主を誘ったらしい。これは聖典月刊ムゥに書いてあり……」


 彼女は歌うように語りながら、怪しげな本の名前を口にする。

 聖典と名はついてはいるが、その殆どが眉唾物の噂で構成された信憑性の薄い雑誌である。


「じゃ、じゃぁこいつに案内させれば、あぁてふぁくとにたどり着くって事!?」


 俄然色めき立ったのはモズである。

 強いあぁてふぁくとが手に入れば探索も容易になり、効率も増す。

 彼女が興奮するのも道理であった。 


「……へ、ふぁ、ふぁい」


 しかし、それに対するリスィの返事は頼りないにもほどがある。

 どうやらまたしても、地下の何者かの声を聞いていたらしい。


「大丈夫なんでしょうね、本当に……」


 これでは案内どころか迷宮内での行動も覚束ない。

 モズが一気にげんなりとした顔になる。


「確かに、ずっとこの調子では心配だな」


 眉をひそめたのはフランチェスカも同じである。

 彼女の場合は純粋にリスィが心配なようで、気持ちとしてはヒラクも同様であった。


「はっ! だ、大丈夫です」


 我に返った様子のリスィが、びしりと姿勢を正す。

 その動作が既に大丈夫ではないことの証左である。


 周囲の不安そうな視線を見、リスィもまた悲しげな顔になった。


「呼んでる方には悪いですけど、しばらく聞こえないようにしましょうか」


 しょんぼりとした様子のまま、彼女はそう呟く。


「できるの?」


 ヒラクが聞き返すと、リスィは「はい」と頷いて鼻を押さえた。


「ほめんなはい。待っててくださひね」


 声を聞くのは耳だろう。ヒラクがそうつっこもうか迷っていると、彼女は口を閉じ、頬を膨らませ、いわゆる耳抜きのような動作をした。


 ぷぴっという小さな声が、リスィから漏れる。


「……まさか」


「はい。聞こえなくなりました」


 そうして、モズが信じられないような口調で尋ねると、彼女は非常に晴れやかな様子でそう答えた。


「ほ、本当に?」


 そんなもので神の遺産どうしの共鳴が収まるものなのか。

 ヒラクには納得がいかないのだが、しかし当のリスィは元気に伸びまでしている。


「……どうなってんの、こいつの体」


「僕も分からない……」


 それはモズも同じようで、ヒラクに尋ねてくる。

 しかし、神ならぬヒラクには、神の子たるあぁてぃふぁくとの構造など推し量りようがなかった。


「それで、また聞こえるようにもできるのか?」


「あ、その時は耳を……」


「もう良いわ。聞いてると頭痛くなってくる」


 実演しようとしたリスィを遮って、モズが額を押さえる。

 

 ともかく、リスィはいつもの調子に戻ったようだ。


「そうだ。今気づいたのだが」


 ヒラク達がひと心地ついたところで、フランチェスカがふと声を漏らした。


 彼女の目線は、頬杖をつくモズへと向いている。


「あによ」


「貴殿は何故彼の隣に座っているのだ?」


 不機嫌そうなモズにも構わず、フランチェスカは腰に手をあて彼女に尋ねた。


 「彼の隣に座るのは私なのに」などという恋愛沙汰のセリフではない。

 本来モズの席は、教室の真ん中辺りなのである。

 

 その彼女が、ヒラクの隣に座っていることが単純に疑問なのだ。 


「……あたしの席を見りゃ分かるでしょ」


 それに対し、モズは面倒くさそうに目線を自らの席へとやった。


 釣られてヒラクがそちらを見ると、本来彼女の席だった場所はたくさんの人間に囲まれ、座れるような状態ではなくなっていた。


「何だあれは」


「姫とその取り巻きよ」


「姫?」


 その言葉を斧槍姫騎士バーディッシュプリンセスとしては見過ごせないのか。

 フランチェスカが背伸びをして輪の中央を見ようとする。

 

 ヒラクもそこに目を凝らしてみると、彼らの中心では一人の女子が、笑みを浮かべて座っていた。


 鼻顎のラインは絵画に描かれる理想の淑女のようだが、幼さを残す頬が彼女を親しみやすくしている。

 すべらかな栗色の髪は、編み込まれているだけで一流の装飾品に見えるほどに美しい。

 幸福そうなその笑顔は、たっぷりと愛を受けていることを示すかのような可愛らしさである。

 同年代の男子なら大抵は「この笑顔を自分だけに向けてくれたら」と夢想するような美少女だった。


「あー、確かにお姫様みたいだね」


「わ、私よりもか!?」


 ヒラクが正直な感想を言うと、フランチェスカが慌てて尋ねてきた。

 どうやら彼女からは中心が見えないらしく、必死で飛んだり跳ねたりしている。


「えーと、フランチェスカとは別のタイプだよ」


 屈めば良いのにと思いながら、ヒラクは苦笑して答えた。


 フランチェスカの場合、本人が言うように前線で戦う勇ましい姫のイメージだ。

 対してあちらは、城の中で花よ蝶よと育てられる深窓の美姫のような趣である。


 囚われて助けを待つのなら、あちらのほうが似合っているだろう。


「そ、そうか」


 ヒラクの答えに、何らかの安心を得たのかフランチェスカがほっと息を吐く。


「アンタら、あんな目立つ女に今までよく気づかなかったわね」


 そんな彼らを呆れたような目で見ながら、モズが呟いた。

 

「いや、その……正直他のクラスメイトを覚える余裕もなかったから」


 若干バツが悪くなりながらも、ヒラクはそう答えた。


 教師の手伝いに自らの内職。フランチェスカの鎧でお節介を焼いた分の睡眠時間確保等、この学園に入学してからのヒラクは自業自得で抱え込んだ案件が立て込んでおり、とても周囲に目を向ける余裕がなかったのだ。


「私も風紀活動に忙しかったからな」


「アルフィナは?」


「……興味がない」


 フランチェスカ、アルフィナも、理由は違えど「姫」とやらには注意を払っていなかったらしい。


「わ、私はヒラク様に仕えることが第一ですから」


 リスィも慌てた様子でそう答える。

 そんな面々を見、モズは大きくため息を吐いた。


「あの、彼女が何か問題なの?」


 迷宮探索をする人間達が、教室内とはいえ周囲に注意を払っていないというのは、確かに問題かもしれない。

 モズが不安になるのも分かる。


 考えながらも、しかしそれだけではない気がし、ヒラクは尋ねた。


「見りゃ分かるでしょ。あの女はね……」


 するとモズはますます呆れた顔をして、姫と呼んだ少女と今度は「あの女」呼ばわりして詳細を語ろうとする。


 ゴーン。ゴーン。


 だがそこへ、朝礼開始の鐘が鳴り響いた。

 ほとんど同時に担任であるキルシュが教室へと入ってくる。


「……あの男が鳴らしてんじゃないでしょうね」


 あまりのタイミングの良さに、思わず教師を「あの男」呼ばわりしながらモズが腰を浮かせる。

 話は一旦中止ということだろう。


 同時に、姫の取り巻き達も自分の席へと戻っていく。


 モズの席を占領していた男子もそうすると思われたが、なんと彼はそのままモズの席に居座り、そこが自らの席かのように堂々と前を向いた。

 

 キルシュも姫も、それを咎めようとはしない。


「えー、皆さん席についてください」

 

 それどころかキルシュは、モズやフランチェスカの方を見てやんわりとそんな注意をする。


 唖然とした顔を数秒晒した後、モズは黙って腰を下ろした。


「良いのか?」


「めんどくさいからもう良いわ……」


 目を丸くしたままフランチェスカが尋ねるが、モズは阿呆らしいとでも言いたげに頬杖をつく。

 とりあえずこの時間は、自分の席に戻ることを諦めたらしい。


「ふむ。私だけ戻るのも寂しいものがあるが、月の出る晩にまた会おう」


 ヒラクの隣にはアルフィナも座っている。

 フランチェスカは本当に少々寂しげな顔をしながらも、自らの席へと戻っていった。


「いや、今日は午前中から迷宮探索だから……」


 その背中にツッコミを入れつつ、ヒラクはとりあえずホームルームに集中することにした。


 キルシュが出欠を確認するが、彼は空席だけを見て生徒の数を把握しているようで、やはり席の入れ替わりには気づかない。


 姫の隣に座った男子は、なにやら熱心に彼女へと話しかけている。


 結局今日の話は、全て半端に終わってしまった。

 なんとなしに姫を眺めながら、ヒラクはぼんやりと考えた。


 あそこにいる姫とやらの話。

 ひまわり――植物型から出た道具の話。


 そして、リスィと共鳴しているらしいあぁてふぁくとの話。


 最後の件だけはきちんと話して、そして探索は断念させるべきだとヒラクは考えていた。

 リスィが反応したとはいえ、あぁてふぁくとが低層にあるとは限らず、そして、あぁてふぁくとには大抵それを護る守護獣がつき従っているのだ。

 守護獣の力は、強大である。

 熟練の探索者ですら、勝つことは難しい。


「……どうかした?」


 発せられた声にヒラクが我に返ると、アルフィナが茫洋とした瞳で自分を見ていた。

 モズも頬杖をつきながら、視線だけはこちらに向けている。


「あの、ヒラク様……」

 

 リスィは、主人を心配そうに見上げていた。


 彼女は、自分が何を考えていたのか分かっていたのかもしれない。

 根拠もなく、ヒラクはそう考えた。


 リスィはおそらく、あぁてふぁくとが自分を呼んでいることには気づいていたのだろう。

 そして、それを聞いたヒラクがこんな状態になることにも。

 だからこそ、彼女は自分に様子を尋ねられても平気なフリを続けていたのだ。


 リスィの頭を指で撫でてから、ヒラクはモズとアルフィナを順に見た。


「うん、あの……」


「えー、今日は重要なお知らせがあります。キヒヒ」


 だが、彼が自らの意見を話そうとしたところで、キルシュがそんな事を言い出した。


 そんな笑い声を出しながら告げる重大事とは何事か。

 生徒達の意識が彼へと向く。


「ごめん、後で」


 またしてもぶつ切りだ。思いながら、ヒラクもひとまずキルシュの話を聞くことにした。


 自らに十分注目が集まるのを待ってから、キルシュが口を開く。


「えー、明日からの二週間。校内対抗獲得金ランキングを開催いたします。キヒヒヒ」


 彼が最後に漏らした笑いは、今までより一層邪悪なものとして生徒達に映ったという。

 聖典月刊ムゥ

 魔王との戦いの記録を現代に伝えるため、様々な逸話を収集し、発信する為に作られた雑誌。

 広域に頒布される雑誌という情報媒体。その第一号であり、高名な司祭バンデルセンが編集長のポストについているため、聖典の名を冠する。

 初期は真面目かつ信憑性の高い噂を調査し、記事にしていた。

 だが、時が経ち同趣旨の雑誌が増え、副編集長のバンデルセン2世が台頭するにつれ、トンデモ話を中心に掲載するようになる(裏魔王は実在した! 女性にモテるあぁてふぁくと100選。主人に隷属する美少女魔物etc)。


 なお、フランチェスカの友人である故人ムゥ女子とは無関係。

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