表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕はスキル振りを間違えた  作者: ごぼふ
地雷少年様々な人間と触れ合う
25/58

打ち明け話

 ヒラク達の視界の先では、やけに上背の高い男達二人が、彼らの胸ほどまでの大きさしかない少年を脅しつけていた。


「リスィ、ちょっとごめんね」


 リスィに声をかけ、立ち上がろうとしたヒラクだが、それをフランチェスカが制した。


 彼女もまた目線の先にある諍い。もしくは恫喝の現場を厳しい目で睨んでいる。


「君のおせっかいは重々承知だが、この場合は私が行くべきだろう」


 ヒラクのほうを向かないまま、フランチェスカはそう呟いた。


「でも……」


「私は校内の風紀を取り仕切る騎士候補生だ。……もちろん、今世での仮の職業だが」


 逡巡したヒラクに対し、フランチェスカは笑顔を見せると立ち上がった。

 そうして、ベルトで繋がった胸鎧を広げ、頭からすっぽりと被る。


「ん、む」


 胸の上で一旦乗っかった胸鎧だが、更にベルトを広げると彼女の胸下に収まり、絞れば手を離してもきっちりと固定された。

 ベルトの脇からヒラクお手製の紋章が、きらりとのぞく。


「なるほど。良い仕事だな」


 鎧の間に挟まっていた髪をフランチェスカがかきあげると、金色の髪が光をまき散らした。


「では行ってくる」


 その光景に見とれたヒラクをくすりと笑うと、フランチェスカは優雅な足取りで歩いていってしまう。


「フランチェスカさん。あの甲冑をつけてくれたんですねぇ」


 欠伸をしながら、リスィが呟く。彼女もヒラクに付き合い、昨日からずっと徹夜をしてくれたのだ。


「うん、つけてくれた……」


 そんな彼女の頭を指でなでて労いながら、ヒラクはぼんやりと呟いた。

 彼女があの甲冑をつけてくれるか。そしてそもそもスキルを取らずにいてくれるかは、かなり分の悪い賭だった。


 徹夜した甲斐はあったのだろうか。そう考えると、ヒラクはそのままベンチに沈み込みそうになる。


「って、あのまま行かせて良いんですか?」


 ともに再び眠りの世界へと落ちかけたリスィだが、はっと思い直したようで目を見開く。


「まぁ、このぐらいは彼女の意志を尊重すべきじゃないかな」


 それを安心させるようになで続けながら、ヒラクは呟いた。

 彼女は騎士候補生――自分から入園したヒラクとは違い、王都から騎士になる修練の一環として、この学園へと派遣された人間である。

 なので騎士候補生には、ああいったもめ事を処理する役目も期待されているらしい。


 そもそも、今日――正確には昨日から自分は要らぬおせっかいを焼きすぎた。

 これからダンジョン探索も控えているのだ。

 寝不足でろくに動けませんでしたでは本末転倒だろう。 


 そう考えながらも、ヒラクは小さく呪文の準備をした。

 それを見て、リスィが嬉しそうに顔をほころばせる。


「君たち。やめたまえ」


 そうこうしているうちに、フランチェスカは騒動の原因である集団に声をかけていた。


「あん?」


 禿頭に筋骨隆々。体が制服に収まっているのが不思議なほどの巨体が、フランチェスカへ振り向いた。


「騎士候補生か。俺達は今交渉してるんだから口をはさまんでくれ」


 そして同じく、フランチェスカとは別の意味で制服が弾け飛びそうな体をした男が、彼女を見て鼻白んだ表情をする。

 こちらは髪を短く刈り込んいるだけだが、どちらにせよヒラク達とは同年代と思えない風貌だ。


 フランチェスカを一瞬で騎士候補生と見抜いたのは彼女の鎧のおかげか、それともこんな場面に首を突っ込むのは騎士候補生ぐらいだと判断したためか。


「そうそう。報酬の交渉はパーティー間で。だろ? 口を挟まれる義理はねぇはずだ」


 それに乗じ、禿頭のほうが横柄に言い募った。

 彼らはつまり、迷宮で得た報酬の取り分に関して「交渉」をしていたらしい。


 そう判断したフランチェスカは、一理あると示すように頷く。しかし、それから縋るように自分を見ている少年に目をやった。


「だが校内での暴力、恐喝行為は禁止されている。そして、騎士……候補生にはそれを防ぐ義務がある」


 フランチェスカは再び男達に視線を戻すと、一点を除いて淀みなくそう述べた。


「それに、今の内からそうやって自らの評判を落としてどうする? 暴力で卑しく報酬をかすめ取るなどという噂が広まれば、君たちと組んで潜ろうなどという人間はいなくなるぞ。浅薄な行為をして後悔するのは君たちの方だ」


 そうして、すぐさま相手を説得――もしくは挑発しにかかった。

 

「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!」


 禿頭の男はそれを後者として取ったようだ。


 彼は頭まで真っ赤にし、フランチェスカへと手を伸ばす。

 その手首を、彼女は素早く掴んだ。


「もちろん、私への暴力行為も違反となる。しかしだ……」


 自らに伸ばされた男の手を止めながら、フランチェスカはどこか楽しげに話す。

 その謡うような言葉が詠唱になり、彼女の白い指にパチパチとはぜる音を響かせながら紫電が宿った。


「我が名は斧槍姫騎士バーディッシュプリンセスフランチェスカ=ザビーネ=カエサル。最果ての最前線を守りし最後の姫が生まれ変わりである。私に敵対したことを来世来々世でも後悔しない自信があるというのなら、かかってくるが良い」


 一息に口上を述べると、フランチェスカは犬歯をむき出しにして笑う。


 それは姫というには獰猛すぎる笑顔であった。


「な、こいつヤバいぞ」


「けっ、は、離せよイカレ女!」


 怖じけた様子の男が手を振ると、彼女はあっさりと彼を解放した。 

 しかし、その手には威嚇するように雷が踊っている。


「くそ、騎士候補生なんかがいつまでもデカい顔できると思うなよ! あの方にかかれば……」


 そのまま一歩下がった禿頭の男が、フランチェスカに対してどこかで聞いたような悪態をつく。


「お、おい、行くぞ」


 それを丸刈りの男が遮ると、彼らはそそくさと去っていった。


「ふん」


 鼻から息を吐いてから、フランチェスカが恫喝されていた少年に目を向けると、彼は既にフランチェスカから三歩引いた位置で顔をひきつらせていた。


「大丈夫か?」


「あ、ありがとうございましたー!」


 そしてフランチェスカが声をかけた刹那。直角に礼をすると彼は逃げ去ってしまう。


「……まったく」


 その後ろ姿に、今度はため息を吐くフランチェスカ。彼女が腕を一振りすると、纏っていた雷が消え去った。


 彼女は踵を返しベンチまで戻ってくると、ヒラクに笑顔を向けながら隣に座り直した。


「助けようとしてくれたのだな。ありがとう」


 ヒラクは彼女が振り向く前に魔法の維持をやめていたのだが、しっかりと悟られていたらしい。


 彼女の笑顔を直視できる自信が無く、ヒラクは目線を下に下げた。


 すると、先ほどまで紫電を纏っていた彼女の白い手が目に入る。


 ――フランチェスカの手は、震えていた。


「あぁ、すまないな。無様なところを見せてしまって」


 ヒラクの目線で、自身の震えにようやく気づいたらしい。

 微笑みを照れくさそうなものに変え、フランチェスカは指を組んで震えを抑えようとした。


「あの、大丈夫ですか?」


 彼女を心配したリスィが、ヒラクからフランチェスカの膝上へと移動する。


「ありがとう。……魔物は平気なのだが、人間はいまだに怖くてな」


 リスィに礼を言って息を吐くと、ようやくフランチェスカの震えが止まる。

 そうして、彼女はそう呟いた。


「人間が、怖い?」


 先ほどの勇ましさにそぐわない彼女の言葉に、ヒラクが思わず聞き直す。


「こう見えても、幼少期は苛められっ子でな」


 すると自覚はあるらしく、フランチェスカは自虐的に笑いながらそう返した。


「苛められっ子って……やっぱりお姫様だからですか?」


 そんな彼女を見上げながら、リスィが首を傾げた。


 ニュアンスは違うが、ヒラクも同じような連想をしていた。

 つまり、あまりにも前世前世と言い続けていたので煙たがられていたのではないかという危惧である。


 しかしそれに対し、フランチェスカはゆっくりと首を横に振った。


「前世での出自をやっかまれたからではない。そのころの私はまだ、自らの使命に覚醒していなかった。自分を、寂れた田舎町に生まれた平凡な田舎娘だと思っていたのだ」


 つまり、なりきりを始めてはいなかったのか。彼女の言葉を心中でそう訳しながら、ヒラクは改めてフランチェスカの表情を盗み見る。


「両親の……今世での両親の仕事を手伝いたくて、肉体強化(タフネス)を早めに二つ取ったのが悪かったのか。同年代より発育が良くてな」


「発育……」


 リスィの目が、今は甲冑に包まれたフランチェスカの双球へ注がれた。


 義務教育で二つ目のギフトを取る頃と言えば十歳程度だ。

 そういうことではないだろうと思いながら、ヒラクの視線もついと下がってしまい、彼は慌てて目を逸らした。


「しかも気弱であったので、よく男子にからかわれていた」


 しかし幸いなことにフランチェスカはヒラクの視線に気づかなかったようで、そのまま思い出話を続ける。


「きっとフランチェスカさんが綺麗だから、意地悪しちゃったんですよ」


 リスィはと言えば、背伸びをして手を振り、フランチェスカを慰めようとしていた。


「ありがとう。お世辞でも嬉しいものだな」


 しかしフランチェスカは、それを本気とは取らず、笑って流す。


「お、お世辞じゃないですってばー!」


 不満げなリスィが抗議するように、確かにフランチェスカの容姿は、本人が言うような寂れた田舎町において特別目立つものだったろう。

 発育が良ければなおさら。などという言葉が頭に浮かび、ヒラクは必死でそれを胸の奥へしまい込んだ。


「私が村外れにある大樹の根本で泣いていたとき、声をかけてくれたのがムゥちゃんだった」


 そして、ヒラクがそんな不埒な事を考えている間にも、フランチェスカの話は先へと進んでいる。


「ムゥちゃん?」


 フランチェスカの口から出た、見た目だけは騎士然としている彼女にそぐわない愛称に、ヒラクは首を捻った。


「ムゥナ・イサラ。彼女は村外れの大工の娘だったが、いつも病気がちでそれ故孤立していた」


 すると、フランチェスカは頷いてから、懐かしむように視線を遠くへやった。


「私も面識はあったが、特別親しいわけではなかった。そんな彼女が、べそをかいている私に優しく言ってくれたのだ」


 それを見てヒラクも、彼女となるべく同じものを見ようとし、その光景を想像する。


 大木の元で泣いている幼い少女。彼女へと病弱な、儚げな少女がそっと声をかけるのだ。


「あなたの前世は姫騎士だった、と」


「……しょ、衝撃的だね」


 儚げな少女のイメージがその一言で別方向に病んだものへと変化し、ヒラクは思わず呟いた。


「衝撃的ですね」


 フランチェスカの膝上にいるリスィは、自分がそのセリフを言われたかのように目を丸くしている。


「あぁ、最初は衝撃だった。彼女を怖いとすら思った。しかし、自らは前世で参謀として私に仕えていたと話すムゥちゃんの、前世での私の活躍を聞く内に、こう、わくわくしてだな」


 その様子に微笑みながら、フランチェスカは少々声のトーンを落として話を続ける。


「いつの間にか、私は彼女とともに前世を思い出す遊びに夢中になっていた。彼女が一の思い出を出せば、私はそれに三つの思い出で返す。こうして、このノートは作られてきたのだ」


 そして、フランチェスカは何処からか、いつも持ち歩いているらしいボロボロの紙束を取り出し、広げてみせた。

 ヒラクがよく見れば、それは確かに幼い少女の物と思わしき字である。

 片方は妙に不揃い、そしてもう片方は小さく整った字をしていた。


 いじめからの逃避の意味もあっただろう。しかしそこまでハマってしまうとは、おそらく彼女にも相当の素養があったに違いない。


 考えるヒラクを余所に、フランチェスカはその字をなぞることで、思い出を蘇らせていくかのようだった。


「彼女のおかげで私は前世での使命を思い出し、姫騎士として自覚を持つようになった。まぁ気味が悪いと言われて苛められる事もあったが、自らが堂々としていればそんなものは気にならなくなる」


 彼女は微笑みを浮かべたまま、そんな風に呟いた。


 身体のことをからかわれるより、趣味を気味悪がられる方が辛いようにヒラクには思えたが、彼女の表情を見るとそんなことはないらしい。 


「ご、ご両親はなんと?」


 リスィも似たようなことを思ったのか。フランチェスカを見上げながらそう問いかける。


「前世に関しては信じてもらえなかったが、まぁ明るくなったから良しとしたようだ。私が世界を守るため騎士になると言ったときも、心配はしたがこのように餞別もくれた」


 それに対しては微苦笑と言った表情で、フランチェスカは胸鎧をこつんと叩いてみせた。


 確かにその鎧は付与こそかかっていなかったが、娘に対する愛情が感じられる、丁寧な作りをしていた。

 自分が一晩でそれを加工できたのも、元の作りが良かったからだろう。


 彼女の鎧を見ながら、ヒラクもそれに納得して頷いた。 

 若干おかしな性格にはなったが、ムゥちゃんという少女との出会いは、両親から見ても彼女に良い影響を与えたということだ。

 

 しかし……。


 ヒラクの口数が先ほどから少なかったのは、どうしても「その事」が頭から離れないせいであった。


 だが、予想はついている。そして、それを聞かなければならないという義務感のようなものがヒラクにはあった。


「あの、そのムゥちゃんって人は……」


「三年前に。持病が悪化してしまってな」


 ヒラクが意を決して尋ねると、フランチェスカは殊の外あっさりとそう答えた。


「……そう、なんだ」


 そう言ったきり、ヒラクもまた口を開けなくなる。

 中庭に沈黙が落ち、鳥のさえずる音だけが響いた。


 リスィが両者の顔を不安そうに見比べる中、フランチェスカが握りしめた紙束がくしゃりと音を立て、彼女はようやく我に返ったようだった。


「だから、私は来世で彼女に胸を張れるよう、立派な姫騎士とならねばいけないのだ」


 そして、自らに言い聞かせるように呟く。


 こんな風に震えていてはいけない。ということだろう。

 それを見ると、彼女に何か言わなければならないという気持ちが、ヒラクの中で強くなる。


「長話をしてしまったな」


 だが、ヒラクの中でそれがきちんと形になる前に、フランチェスカはいつもの調子に戻ると立ち上がってしまった。


「あ、いや……」


「また迷宮で会おう。鎧のことは、感謝する」


 そうして彼女は話を締めくくると歩き出していってしまう。

 ヒラクはその背中を、見送ることしかできなかった。


「あの、ヒラク様。大丈夫ですか?」


 リスィが、フランチェスカではなくヒラクへの心配を口にする。


「うん、ちょっとだけ眠いかな」


 言って、ヒラクは両手で自らの目を覆った。


 おそらく今の自分はひどい顔をしている。

 そしてそれは、眠気のせいではない。 

 分かっていながらも、ヒラクはリスィと、自身に対してそれを誤魔化した。


 そうして、心の目をフランチェスカの方へ向ける。

 ……どうやら自分は、彼女が纏うもう一つの、心の鎧を剥がすところまでは至らなかったらしい。


「いや、そもそも……」


 あれを剥がして良いものなのだろうか。自分にできるのは、改造した鎧のように隙間を少し開けるぐらいではないのだろうか。

 考えながら指の隙間を開けると、リスィの心配する顔が目に入る。


 それを避けるようにヒラクはベンチに身体を預け、深く息を吐いた。



 騎士候補生

 兵卒となるべく王国に志願し、その中で成績が優秀なものが騎士候補生となる。

 彼らの任務は、騎士から命じられる炊事洗濯などの雑用、王国から命じられる税の徴収などの雑用等多岐に渡り、そういった未来の見えない雑多な仕事に揉まれる内、いつの間にか騎士になっているのが常である。

 今回の「迷宮探索者養成学園に所属し風紀を律しろ」という任務は珍しく将来への足がかりとして実感が湧きやすいものであり、道を見失いかけた多くの候補生から立候補があった。

 選考に漏れた候補生達は、いまも先輩の下着を洗いながら怨唆の念を学園の候補生達に送り続けている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ