ドクターヒラク再び
小鬼との戦いの後、地上へと戻ったヒラク達は事務室へとエンチャント武器等のドロップの換金に向かった。
「速度増加のエンチャント。取っておいても良いかもね」
「じゃぁアンタ買い取る?」
「……いや、遠慮しておくよ」
そして協議の結果、棍棒とレイピアは売却され、ヒラク達の財布には前回の三倍近い報酬が転がり込んだのだった。
◇◆◇◆◇
「……若干の屈辱」
教室へと戻る道すがら、アルフィナが呟く。
いつも通りの無表情だが、その口が若干への字を描いているように、ヒラクには見えた。
報酬を上げる要員の彼女としては、自身の活躍とは関係なく今までで最高額の儲けが出たことに不満があるようだった。
「こ、こういう日もありますよ」
ヒラクの後方ではそれをリスィが慰めている。
そして前方では……。
「ふっふっふ、さぁ、騎乗のギフトを取る! 取るぞぉ!」
甲冑を外し身軽になったフランチェスカが、勝利の雄叫びを上げていた。
彼女は周囲に喧伝するかのように、手を広げ、踊り回っている。
すれ違う生徒達に自分が仲間だと思われないように気をつけて距離をとりながら、ヒラクは彼女の態度に違和感を覚えていた。
そんなに騎乗のスキルが取りたかったのか。それともモズに勝ったのがそんなに嬉しかったのか。
どちらにしろやけに大げさで、いつも以上に演劇的な仕草だ。
なにやら無理にはしゃいでいるようにも見える。
そう思い、ヒラクが隣にいるモズへと視線を向けると――。
「……勝手にしなさいよ」
怒り出すか悔しがるかと思われていた彼女は、少々湿った声音で、ぼそりと呟いた。
その声の調子に、フランチェスカが足を止めて振り向く。
「どうしたのだ? しおらしいではないか」
皮肉るような調子だが、その眉根と口元が彼女を案ずるように引き締められていた。
ちぐはぐなフランチェスカの反応に、モズはぐっと息を詰まらせる。
それで自らの態度に気づいたのか。それとも彼女に心配されたことを恥じたのか。モズは顔を紅潮させ、いつもより大きな声で叫んだ。
「そうやってかっこつけのスキルばっか取って、つっかえない奴になればいいじゃない!」
「な、なんだと!?」
そのセリフには、さすがにフランチェスカも心配そうな表情を消して目を剥く。
「何よ、事実じゃない」
それを見て調子を取り戻した様子のモズが負けずに彼女を睨み、瞬時に周囲は一触即発の空気に包まれる。
そんな二人に、やがてリスィ達も追いついた。
彼女は事態が分からずおろおろとフランチェスカとモズを見比べた後、助けを求めるようにヒラクに視線を送る。
彼女の方を向き笑顔で頷いたヒラクは、その表情のままモズへと呼びかけた。
「ええと、ちょっといいかな?」
急な呼びかけに、モズがうるさそうな視線だけをヒラクに向ける。
しかし彼女の目はフランチェスカと言い争っていたときよりも厳しく、まるで待ちかまえていた獲物がかかったかのような殺気――そう殺気をはらんでいた。
それに怯みながらも、ヒラクは彼女に切り出した。
「……お腹を見せてくれないかな?」
そしてその一言で、白熱しかけていた場が凍りつく。
「くたばれ変態野郎」
モズが底冷えするような声で呟き、周囲を歩く女子もしらっとした視線を彼に向ける。
「往来の場でそういった発言は感心しないな」
「節操なし」
「ヒラク様……」
もちろん近しい女子達も、あまり好意的ではない目でヒラクを見た。
「いや、そういうのじゃないよ! さっき魔物に殴られたでしょ!? 怪我は大丈夫かなと思って! ていうかアルフィナのそれおかしいからね!?」
彼女たちの反応で、自らの発言がただの性癖吐露に聞こえることに気づいたヒラクは、慌てて弁明をする。
そもそも自分は複数の女性に手を出した覚えなど無いので、アルフィナの発言は念入りに否定しておきたかった。
「あぁ、そう言えばそうでしたねぇ」
主人から若干の距離を置いていたリスィだが、その言葉に視線を宙へ向け、かの場面を思い出すような仕草を見せる。
超小鬼との戦いでモズが棍棒の一撃を食らい、ダンジョンの床を車輪のごとくごろごろと転がった場面を、だ。
「忘れなさいあんなの!」
それを打ち消すように、モズが叫ぶ。あの失態は、彼女にとってかなり屈辱的な出来事だったようだ。
しかしそう叫んでから、しまったと彼女は顔をしかめた。
「とにかく、大した傷じゃないわよ」
ヒラクの珍言。そしてリスィの誘導によって、先ほどまでのピリピリとした空気は呆気なく霧散している。
呟いたモズは再びにらみ合いに戻ろうとしたが、フランチェスカのほうはふっと力を抜き、口元に笑みさえ浮かべている。
完全に毒気を抜かれてしまった様子だ。
してやられた。そう感じて、モズは歯噛みした。
あの破廉恥な発言は、彼女の気勢を殺ぐためだったのだ。
「でもやっぱり、内臓が傷ついてるといけないから」
だが、喧嘩の仲裁は果たしたというのに、ヒラクには引き下がる気がないようだ。
彼はコミュニケーションの不得手な父親のようにおどおどとしながらも、モズに対して食い下がる。
「だから! 大丈夫だって言ってるでしょ!」
それに対して思春期の娘のように反発しながら、モズは完全にヒラクへと向き直った。
彼女の強い眼光に、ヒラクが喉の奥で呻きながら一歩下がる。
「でも、変に体調が悪くなって、探索とか準備が滞ったら、効率が落ちるよ?」
そうしながらも、彼はモズに対し「効率」という言葉を使って再度説得を試みにくる。
「うっ……」
そうなると、今度はモズが呻く番だった。
彼女は急所をつかれたかのような声をあげると、一歩、二歩と後退する。
「きゃんっ」
すると後頭部にふよんとした感触が当たり、やたらかわいこぶった悲鳴が聞こえた。
振り返ると、フランチェスカが乳を抑えて「こほん」と取り繕ったような咳をした。
「あーはいはい! 分かったわよ!」
色々と馬鹿らしくなったモズは、自らの黒髪をくしゃくしゃとかくと、やけくそ気味に叫んだ。
「それじゃ、保健室でも借りようか」
そんなモズの様子に苦笑しながら、ヒラクはそう提案した。
自らが掲げた効率という看板が自身の気持ちを裏切るとは、彼女もなかなか難儀な業を背負っているようだ。
あそこは元々人を治療するための場所であり、万が一ヒラクでは治せない怪我を負っていたとしても、棚のポーションを使えば治療できるだろう。
そんな考えがあっての発言である。
「いやらしいことしたら、ひどい目に遭わせるから」
だが、モズはヒラクに邪な意志があるのではないかと勘ぐっているようだ。
もしくは、保健室という場所に対して何か穿ったイメージがあるのだろうか。
「はいはい、しないって」
もはや面倒くさくなってヒラクがあしらうと、モズはそれでも信用できないのか。それともプライドが傷ついたのか、やはり彼を鋭い眼光で睨みつけたのだった。
◇◆◇◆◇
「ここに来たということは、留守番をする意志があるということだ」
フランチェスカ、アルフィナの両名と別れたヒラク達は、早速保健室へと向かった。
その先で保健室教諭、ダスティが言い放った台詞がこれである。
ヒラクに留守番を押しつけた彼はふらりと休憩に行ってしまった。
この間、アルフィナを助けたときに彼を心の中で罵った負い目もあり、なし崩しにそれを了承する羽目になったヒラク。
彼は診察机を横に、モズと向かい合って座ると佇まいを直した。
保健室の中には他の生徒の姿もない。
何を思ってかリスィがカーテンをめくり、ベッドの中も確認してあったので、それは確実だった。
「それじゃ、回復だけしちゃおうか」
口調はあくまでも柔らかく、保険医と知り合いでしかも留守を任されている自分を胡散臭そうに見ているモズを警戒させないように――これ以上は警戒させないようにしながら、ヒラクは言った。
「とっとと済ませなさいよ。私は忙しいんだから」
すると、モズはふんぞり返ってそう言い放つ。
フランチェスカが同じ仕草をすると一部分が大げさに挙動をしたりするのだが、彼女の場合はそういったこともない。
「そうなんですか?」
そんなところに着目したかどうかは分からないが、リスィはモズの胸のラインを上下と見てから彼女に尋ねた。
「この後もギッチリ予定が詰まってるの! 休んでる暇なんて無いのよ!」
リスィの視線を受け、モズが声を荒げる。態度だけを見るとあまり忙しいようには見えないが、手早く済ませてほしいというのは間違っていなそうだ。
「えーと、じゃぁ上着……上げてくれるかな?」
そう判断し、ヒラクは彼女に請うた。
「な、なんでよ!? 着たままでいいでしょ!?」
しかし、モズは一層警戒を強めた様子でヒラクを睨むと、自らの腹を抑えて唸る。
「魔法って想像力が関わるから、負傷した箇所を見ながらのほうがやりやすいんだけど……」
どうにも自分は彼女に良くない――有り体に言えば好色漢的な印象を持たれているようだ。
その事に内心で少し傷つきながらも、ヒラクはモズにそう説明した。
魔力が精神力に依存するように、魔法の効果も精神に依存し、その効果も一定ではない。
攻撃魔法であればその対象を。治癒魔法であれば、その患部を認識することで、より強く効果を発揮するのだ。
「そういうものなんですか?」
難しい顔をして口を噤んでいるモズの代わりに、リスィがヒラクへと問いかける。
「僕の場合は医療のスキルを持ってるから尚更ね。症状を見ながらのほうが早く治療できるんだ」
彼女へと顔を向けながら、ヒラクは決してスケベ心で言っているわけではないとモズにアピールをした。
「……何で両方別々に取るのよ。治癒魔法伸ばせばいいじゃない」
だがモズの疑念は、そもそもヒラクのスキルの取り方にあるようで、彼女は風邪にやられたようなじっとりとした目でヒラクを見る。
「レベルの低い治癒魔法じゃ治療できない人間も、医療を持ってれば応急処置なら施せるから。あとは風邪の診察なんかもできるし」
そんな目で見られると、本当に医者にでもなったような気分になる。などと阿呆なことを考えながら、ヒラクは彼女に答えた。
「……もちろん、どんな傷でも一瞬で癒せるような治癒魔法の使い手になら、あまり必要のないギフトだけどね」
それから、声のトーンを少し落としてそう補足する。
彼の変調に、モズは怪訝そうな顔をしてヒラクを見た。
「じゃ、良いかな? その……」
だが、ヒラクはいつも通りの愛想笑いで誤魔化すと、若干言いにくそうにモズヘ催促をする。
「ったく……脱げばいいんでしょう」
一連のやりとりですっかり気勢を殺がれたモズは、ため息をついて言われるがまま制服を脱ぐことにした。
自分で言い出したくせに軽く目を見開き頷いたヒラクは気に食わないが、それを意識すると自分まで恥ずかしくなってしまいそうだ。
そう考え、無造作にブレザーの前を開けていく。
そして腰を浮かすとスカートの中に手を入れた。更にシャツ、そして、そこからはみ出すスリップを引き出す。
スリップは肌触りの良い絹の素材で、裾には精緻なレースがつけられていた。
それは、下着にそれほど造詣の深くないヒラクにも、一目で高級そうな物だと見受けられる代物だ。
「何よ」
思わずじっと見ていたヒラクを、モズは中腰のまま睨みつける。
しかし脱ぎかけの姿勢と上気した頬のせいで、いつもの迫力はない。
「あ、いや……」
「下着に拘るタイプだったんですねぇ」
言葉に窮したヒラクの耳横で、リスィがのほほんと呟く。
「う、うっさいわね! いいでしょ別に!」
呟いたのはリスィのはずだったが、モズに怒鳴られたのはヒラクであった。
モズは乱暴に椅子へ座り直すと、覚悟を決めかねているようでしばらくシャツの裾を抑えて固まっていた。
「ええと、恥ずかしいならそのままでも大丈夫だよ? 時間はちょっとかかるけど……」
そんな理不尽さにも慣れてきたヒラクは愛想笑いで誤魔化すと、モズに対して助け船を出そうとした。
「い、今脱ぐわよ」
しかし、自分で時間が無いと言った手前、引き下がれないのだろう。
モズはそれを拒むと、やがてゆっくりとスリップとシャツをまくり上げていく。
そうして、高級な下着にも負けないきめ細やかさを持った、彼女の肌が露わになった。
普段発揮している怪力にそぐわず、彼女の腹周りは華奢で、シャツの隙間からは肋骨の線が薄く浮かんでいた。
「うげ」
だがそのモズが、自らの儚げな印象をぶち壊すような声を上げる。
原因は、彼女の臍を通って体を横断するように刻まれた、紫色の帯のせいだった。
「痣になってるね」
先ほどまではどこか緩んだ表情をしていたヒラクだが、それを見て表情を引き締める。
もしや自覚がないだけで重傷なのだろうか。ヒラクの表情を見て不安になったのか。モズとリスィが、大きさの違いはあれ同時に喉をごくりと鳴らす。
「それじゃ、治していくからそのままでいて」
若干の緊張をはらんだヒラクの声。それに対して素直に頷いてしまってから羞恥に顔をまた赤くしたモズは、結局彼の言うとおりじっとしていることにした。
「――神よ我にこの者の傷を治す力を与え給え」
先ほど言った想像力の関係か、ヒラクが普段しない瞑目をし、早口で呪文を唱える。
すると彼の言葉に応えるように、その右手に淡いクリーム色の光が灯った。
それをヒラクは、モズの腹へと近づける。
「ひゃっ」
ヒラクの指先が彼女の肌に触れ、モズが悲鳴を上げる。
「ごめん、痛かった?」
慌てて手を引っ込めたヒラクだが、モズはそれに対して首を横に振った。
幼子のような仕草であり、彼を見つめる目は注射をされた直後の童女のように潤んでいた。
「違うわよ。アンタの手冷た過ぎ。この冷血男」
そうして、彼女は理不尽な理屈でヒラクを罵ってきた。
あるいはそれは、可愛らしい悲鳴を上げてしまったことに対する照れ隠しなのかもしれない。
「て、手が冷たい人は心が温かいんです!」
文句を言うモズに対し、そんなどこで聞きかじってきたか分からない理屈でリスィが反論し始める。
「はいはい。もう一回やるけどいいかな?」
放っておくといつまでも終わらなそうだ。
そんな風に判断し、ヒラクはため息を吐くと二人を仲裁した。
そうして双方が渋々といった感じで矛を収めるのを確認してから、中指と人差し指で再びモズの腹――へそより少し上に触れる。
「ん……」
今度はモズから抑えたような吐息が漏れ、ヒラクは自らの指先が暖かくなるのを感じる。
一方でモズは、不思議な感触を味わっていた。
声が出てしまうような、何かに徐々に入り込まれていくような異物感、不安感。
そして、場所のせいか、母親にヘソの緒で繋がっているような安心感。 相反するそれらは未知の感覚であり、記憶の奥底に残っているかも怪しいような感覚である。
前者は徐々に薄れていくような気もするのだが、これを心地よいと感じれば自らの大事な物が奪われてしまうような気がして、モズは内心で必死で抵抗した。
そして抵抗すればするほど異物感はこそばゆさとなり、彼女は小刻みに腰を揺らした。
「……あのさ」
そんな中、ヒラクが声を発した。
びくり、モズの体が一段と大きく跳ねる。
「だ、大丈夫?」
その反応にヒラクは目を丸くし、彼女を気遣うような視線で見た。
どうやら、体を揺するなという苦情ではないらしい。
「な、何よ?」
内心でほっとしつつ、しかしそれを隠すため、モズは敢えて不機嫌な返事をした。
ただし両腕で上着を上げたままなので、あまり迫力はない。
「もう少し、その、フランチェスカと仲良くできないかな?」
しかし、そんな状態でもヒラクを脅すことぐらいはできたようだ。
彼は気圧された様子を見せながら、モズに尋ねてくる。
「私は、アンタ達みたいに好き勝手スキル取ってる奴らとは違うの。考え方がそもそも合わないのよ」
この男。まだそんなことを考えていたのか。なんたるおせっかいか。
そう思うとなんだかやたらと腹が立ち、モズはいらだちを原因であるヒラクへとぶつけた。
「その、好き勝手って事はないんじゃないかな? 多分、彼女は」
すると、はっきりとしない口調でヒラクはモズにそう返す。
彼が言いよどんだのはモズに気圧されただけではなく、この間この保健室の主に言われたことが頭を過ぎったからである。
ダスティ曰く、自分と同じようにヒラクは不本意なスキルを「取らされた」。
だが、ヒラクの場合は、スキルを取らされたわけではない。ただ、望んでこういう選択をしたのだ。
自分に言い聞かせるように、再度ヒラクはそう考えた。
「その、少なくともモズと渡り合えるぐらいには、戦闘力を確保してるわけだし」
そうして、意地の悪い言葉だと分かっていて、そんな言葉を続けた。
「ぐぬっ」
呻いて、上着を持ったモズの手が、ぎゅっと握りしめられる。
彼女とて、そんなことは分かっているのだ。
だが……。
「将来どうするつもりよ。訳の分からないスキルばっかり取って、後悔するのはアンタ達なんだからね」
今のタイミングで言えば負け惜しみになる。そう分かっていても、モズはこぼさずにはいられなかった。
ただでさえ需要の少ない探索者という職に就こうという人間が、そこですらニッチな方向へ進んでどうするつもりなのだ。
「後悔って、その……」
「いくら実際ちょっとは役立てても、パーティーを組むとき他の人間はそんなところを見てくれないんだから。騎乗なんてスキルを聞いた途端、「こいつは役立つ気がない」と判断されるのがオチなのよ」
口を挟もうとするヒラクの言葉を遮って、彼女は言い連ねる。
本人のいない場所でこんな話をするのは彼女の流儀ではなかったが、それでも口は止まらなかった。
「それは、まぁ、分かるけど……」
一方でヒラクは、興奮しまくし立てるモズの腹から指が離れないよう注意しながら、曖昧に答えた。
ヒラクも様々な職種に対して面接へ行ったが、すべて門前払いだった身である。
だからこそ、スキル至上主義の現代において、ヒラクや、そしてフランチェスカの行く道が茨であることは身に染みていた。
特にスキル至上主義の代表のようなモズにそれを言われると、身につまされる気分になる。
自分が受けた不採用の嵐を思い出し、ヒラクの思考は過去へ過去へと遡っていく。
それに気づかず、モズがため息混じりにつぶやいた。
「よしんば組めたとして、それでお荷物になったらいたたまれないのは自分なのよ。それで、誰か大事な人を失うことになったら……」
モズがそう言った途端、ヒラクの心臓がどくりと脈打つ。
同時に指がすべり――。
「ひょっ」
ずぬっ、とモズのへそにヒラクの指がめり込んだ。
モズが間抜けな声を上げ、上半身を折り曲げる。
「あ、あにすんのよ!?」
次の瞬間、モズはヒラクの指を払いのけ、彼に叫んだ。
「ご、ごめん! 君が――」
「私のせいだっていうの!?」
彼女は歯をガチガチと動かし、ヒラクに噛みつかんとする。
それに対して両手でバリケードを作りながら、ヒラクは慌てて先ほどの言葉の続きを言った。
「君が心配してくれるなんて、ちょっと意外だったから」
瞬間、ヒラクを噛み砕く機械と化していた彼女の動きが、スイッチを切られたかのように停止する。
ヒラクはてっきり、モズは自らの効率を気にしてあんな事を言っているのだと思っていた。
しかし今の言葉を聞く限り、彼女は自らの効率だけでなく、ヒラク達の将来まで気にかけているようだ。
いくら何でも失礼な考えだったか。自らの失言にヒラクが冷や汗を流していると、モズが唐突に立ち上がった。
「ば、うぬぼれんじゃないわよ!」
そして彼女は赤い顔でヒラクに唾を飛ばす。
叫んだ後口をもにょもにょと動かしたモズは、ヒラクに背中を向けると、シャツを上げ自らの腹を見た。
先ほどまでその上を横断していた青い帯は、既に目立たなくなっている。
「もういいでしょ! 私は帰るわよ!」
それを確認すると、モズはスカートの上からシャツとスリップを出したまま、ずんずんと大股で保健室の出口へと向かってしまう。
「え、あ、うん。治療は大体終わったけど……」
自分はそこまで彼女を怒らせるようなことを言ったか。
不安になり言葉を足そうとしたヒラクだが、モズは扉を開けると振り返ることなく出て行ってしまった。
しばしの沈黙。その中で、ぽつりとリスィが口を開く。
「あの、ヒラク様。私、モズさんのことを誤解していたのかもしれません」
「うん……僕も、かな」
ヘソに突っ込んでしまった指を拭いながら、ヒラクは彼女が出て行った扉を複雑な表情で見つめ続けたのであった。
◇◆◇◆◇
「うーん」
その夜、自室内にて、ヒラクはうなり声を上げていた。
ルームメイトのライオは既に二段ベッドの上でいびきを立てている。
ヒラクは彼の睡眠を邪魔しないよう、傘つきのランタンの中に光量を絞ったライトを灯して机に向かっていた。
「あの、普通に直すだけじゃだめなんですか?」
彼の様子を心配そうにのぞき込みながら、机の上に乗ったリスィが首を傾げる。
彼女の隣では、フランチェスカから預かった例の胸甲が鈍い輝きを放っていた。
「いや、それでも良いはず、なんだけど」
リスィにそう答えながらも、ヒラクはどこか納得がいかないようでこめかみに手を当てた。
頭の中には、フランチェスカの行く末を案じるモズの姿が残っている。
彼女のセリフは、フランチェスカにしてみれば余計なおせっかいだろう。
だからこそモズは、自らの効率の為にという側面しかフランチェスカには見せなかったのだ。
しかし、それでも。
「……ちょっとやってみるか」
呟いたヒラクは、机から離れ自らの荷物を漁り始めた。
何故なら要らぬおせっかいというは、彼の得意分野であったからである。
魔法効果と視認性の関係
視界が届かない場所に魔法を投射する場合、精度や威力はかなり減衰する。
同様に治療魔法で対象を治療する場合、傷口が見えていたほうが治療がし易い。
この法則に従うのであれば、最初から肌の露出が大きいほうが治療には便利である。
つまり体の局部のみを覆うビキニ鎧は医学的にも正しい。
と、ビキニ鎧支持論者は語る。




