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僕はスキル振りを間違えた  作者: ごぼふ
地雷少年様々な人間と触れ合う
18/58

饒舌な無口

「とにかく今は逃げよう!」


 彼女の両親を殺した。

 アルフィナから放たれたそれは衝撃的な告白であったが、ヒラクが立ち止まったのはほんの一瞬であった。


 彼は再びアルフィナの手を取ると、強引に彼女を引っ張り走り出す。

 一度手をほどいたアルフィナだったが、今度はそれに抵抗しなかった。


「ひ、ヒラク様、どこへ逃げるんですか!?」


 しばらくして同じく我を取り戻した様子のリスィが、頭の上からヒラクに問いかける。


「とにかく人のいるところ!」


 それに対しヒラクは漠然とした答えを返しながら、今この学校にそんな場所があるかと自問した。


 走りながら見回す休日の校内は閑散としている。

 ほとんどの生徒は迷宮列車で一駅先の街へと散策に出ているか、寮で思い思いの過ごし方をしているからだ。


 となると頼るべきはやはりこの学校の教師か。

 探索者育成の為の学園ともなれば、探索に長けた、要するに強く頼れる人間がいるはずだ。


「いや、どうかな……」


 考えたヒラクだったが、すぐさま自らの立てた道筋を否定する。


 チュルローヌやダスティの存在が頭に浮かんだからだ。

 チュルローヌはエンチャントに偏重したギフトをとっているはずだし、ダスティは自ら荒事が苦手だと言っていた。


 そうだ、ダスティと言えば……。


 そこまで考えたところで、ヒラクはアルフィナに尋ねた。


「そういえば、ダスティ先生に事情は説明した!?」


「……してない。聞かれなかった」


 すると手を引っ張られつつ自らも足を動かすアルフィナは、追われている張本人とは思えないような無表情でそう答える。


 そんな場合ではないと分かっているヒラクでさえも、一瞬唖然とせざるを得なかった。


「あぁもう! あの人は!」


 それから、彼にしては珍しい憤慨の声を出す。


 それはあるいは惚けた自分に渇を入れるためでもあった。

 だが、同時に自らの中にある彼への反発心の現れでもある。


 ヒラクは最初の邂逅以来、ダスティに妙な忌避感を持っていた。

 それはチュルローヌのように理解できない生き物に対する反感はなく、むしろ逆の、近しいものを感じるからこその嫌悪感である。


 生徒の腕が切り裂かれているというのに、何も聞かずに治療だけを施したというのか。


 その事に対して単純な怒りも覚えるが、自らの気持ちがそれだけだと誤魔化せるほどヒラクは鈍くもなかった。


「ヒラクさま、どうどう」


「その位置で言われると、本当に馬になった気分になるよ……」


 ヒラクがもやもやと考え込んでいると、頭上のリスィがそれを宥める。

 彼女のおかげで少々頭が冷えたヒラクは、ともあれと考え直した。


 ともあれそれでは、あの襲撃者に対して捕縛隊が組まれているという事もあるまい。


 となるとやはり、目指すべきはこの学校の職員室である。 


 結論づけたヒラクは、脳内で学園の地図を広げた。

 地図作製(マッピング)のギフトのおかげで、大体の地理は頭に入っている。

 この間おつかいめいた事をしたのも、構造の把握に役立っていた。


「職員室は二階。反対側の校舎……そこまで行くよ」


 目的地は決まった。

 自らの考えを二人に伝えたヒラクだったが、同時に背後から足音が迫っているのも聞こえていた。


 彼が後ろを見ると、短刀を両手に持った少女が、大股で低く跳ねるようにこちらを追ってくる。

 その目はじりりとアルフィナを睨み据え、文字通りヒラクなど眼中にない。

 アルフィナと同じく褐色の肌。長い銀色の髪が金属めいた光沢を放っている。

 平素であればエキゾチックな美人と称すこともできようが、今この状況でその美貌は彼女の迫力を増す役割しかない。


 このままでは追いつかれる。


 それを確認したヒラクは、階段の前で立ち止まった。

 続いて、鞄から煙幕玉をもう一度取り出す。

 今度は指の股に挟むようにして4つである。

 そうしてそれを地面にたたきつけた彼は、先ほどと同じように叫んだ。


「ファイア!」


 玉を投げつけた指先から詠唱破棄(サドンスペル)された炎が舞い、玉に着火。


 それらは音を立てて破裂し、辺りに白煙をまき散らした。

 同時にひゅんひゅんと空を切る音。

 飛んできたナイフを半ば勘で避けたヒラクは、続いて叫んだ。


「サイレント!」


 その途端、軽い耳鳴りを残して周囲の音がかき消える。

 何事かと混乱したリスィが、間髪入れず主人が走り出したので慌てて彼にしがみつく。


 煙幕の中、ヒラクが階段へと手をかざすと、その手から紫色の光が灯った。

 しかし彼はそのまま階段を登らず、少し廊下を直進すると、1ー1と書かれた教室内へと素早く逃げ込む。


 乱暴に開かれた扉だったが、やはり音は立たない。

 そして彼は素早く扉を締め直すと、教卓の下へ自らとアルフィナの体を詰め込んだ。

 

 狭い教卓の下で二人の体が密着する。

 息がかかるような距離でアルフィナが何やらヒラクに向かって呟いたが、その声が空気を震わせることはない。


 彼女は何を言ったのだろう。

 読みとるために、ヒラクは間近でアルフィナの顔を見つめた。

 ――今まで気づかなかったが、彼女の褐色の肌にはうっすらとした汗が浮かんでいる。

 その体温が、彼女を生身の人間だと改めてヒラクに感じさせた。

 

 非常時に何を考えているんだ僕はと呟いたが、やはり声は出ない。

 聞こえないと分かっていて呟いたのだ。自分の姑息さにヒラクはまた密かに落ち込んだ。


 そうして、何となく視線をやり辛くなったのもあり、ヒラクは正面をじっと見て心の中で数字を数え始めた。

 そしてそれが二十に達した辺りで、周囲に空気の流れる音が戻ってくる。


 それでもまだ沈黙を続けていたヒラクだが、心の中で数える数字が百に達した辺りで、彼はようやく口を開いた。


「……やり過ごせたみたいだね」


「な、何だったんですか今の?」

 

 喋っても良いのだと理解したリスィが、声を抑えてヒラクに尋ねる。


「周囲の音を消す魔法。妨害魔法(ジャミング)だよ」


 それに対し、もう声を抑える必要はないとアピールするように普段の声音でヒラクは答えた。


「す、すごい魔法じゃないですか」


「……まぁ、迷宮内じゃ聴覚感知を持つ魔物にしか効果はないんだけどね」


 驚嘆するリスィにため息を返しながら、彼は教卓から這いだす。

 サイレントは周囲の音を消し去ってしまうという一見すると便利な呪文だが、大抵の魔物は魔力感知を持っているため、使い所がない。

 他にも相手の五感に作用する呪文が妨害魔法(ジャミング)には揃っているが、実用に堪えるのはレベル2で覚えられるオイルからというのが定説であった。


 そしてそのオイルを、ヒラクは煙幕の中階段に設置しておいた。相手がこちらに気づかなかったと言うことは、相手はあの煙幕とサイレントを、オイルを置くための布石だと思ってくれたはずだ。


 おそらく今頃は、階段を上がって2階でヒラク達を探していることだろう。


 そう考えながら、ヒラクは鞄から自作のポーションを取り出すと、それを一気に飲み干した。

 詠唱破棄を4回も使った所為で、ヒラクの魔力は底をついている。

 喉が異常に乾くのは、あるいは女子と無言で密着していた事も原因かもしれないが。


「そ、そんなのいつも持ち歩いてたんですかヒラクさま」


 日常生活には不要であろう薬瓶まで取り出す主人に、リスィが半分呆れたような声を出す。


「まぁ、役に立ったでしょ」


 自覚はあるのか彼女に対して苦笑で返しながら、ヒラクは再度鞄を漁る。


「あ、これどうぞ」


 そうして心なしか自分を胡散臭そうに見ているアルフィナに対し、彼はポーションをもう一瓶差し出した。


 躊躇う様子を見せたアルフィナだが、結局はそれを受け取ると、教卓に収まったまま両手で瓶を持ちながら少しずつ飲み始める。


 ひとまずは休憩だ。魔力は回復できても、それが消耗した体力を補填するには少々時間が要るし、ポーション一本では魔力を回復しきれない。


「相手の……えーと、クリナハさんのスキル構成は?」


 そう判断して二本目のポーションに手を伸ばしたヒラクは、アルフィナに尋ねた。

 命を狙われた相手に対してさん付けもどうかと思うが、これはもはやヒラクの性分である。


 ヒラクの質問に対し、アルフィナは視線を逸らし沈黙する。

 

「……気配消去(ステルス)が1。肉体強化(タフネス)が3。短剣(ナイフ)が4。投擲(スロウ)が2……私が知る限りでは」


 だが、しばらくし、結局彼女はそのまま彼の質問に答えた。


 治療されたときダスティに報告しなかったことと言い、今の様子と言い、どうもアルフィナは事を荒立てたくないようだ。


 その原因は、先ほど彼女が言っていた話だろうか。


 幼なじみであるクリナハの、両親を殺したという話。

 彼女は何故それを、あのタイミングでヒラクに明かしたのか。


 おそらくそれは、ヒラクを自分から遠ざけるためだ。

 それに察しがついているヒラクは、彼女に言った。


「君は、地上探索者(ロム・バハスト)だね」


 ヒラクの言葉にアルフィナの肩がぴくりと震える。

 表情に注目しなければ案外分かり易い子なのかもしれない。などとヒラクは心の中で苦笑した。


地上探索者(ロム・バハスト)ってなんです?」


 そんなヒラクに、リスィが持ち前の好奇心を発揮して頭の上から尋ねる。


「地上に残っている魔物を退治して、その報酬で暮らしてる人たちだよ」


 答えを返さないアルフィナは一旦置いておき、ヒラクはリスィかいつまんで説明をした。


 魔物が人間の住処を襲っていた時代が去り、主戦場がダンジョンに移った後でも、地上には少数の魔物が残っていた。

 各地を放浪し、それらを集団で狩り、付近の村やその魔物から報酬を得るのが地上探索者であった。


「……何故分かったの?」


 のろのろと顔を上げたアルフィナが、疑問を乗せてヒラクを見つめる。


「いくらパズラーが探索に必要だからって、ここまで徹底的に取るのは地上探索者じゃなければ、よっぽどがめつい人じゃないとしない構成だから」


 それに対して別に大した推理ではないと手を振りながら、ヒラクはそう答えた。


 地上探索者と迷宮探索者の違いとしては、役割として五人目、六人目の存在がある。


 前衛二人に後衛が二人。それぞれに盾と剣の役割が求められる迷宮探索者と違い、地上探索者は人数が多い分、その他の事……例えば斥候やアルフィナのようなパズラー専門の人員を確保できるのだ。


 ただし地上探索者の集団は大抵厳格な掟と集団で一つの生き物のような連携で縛られており、ヒラクのような存在はどちらにも論外としてである。


「あの、その地上探索者って人が、どうしてこの学園に来たんですか?」


 地上探索者が迷宮に潜ったら、名前に偽りありになってしまうではないか。

 そう言いたげなリスィの質問に、しかしアルフィナは視線を逸らしたまま、とっくに空となったポーション瓶を口の当てて黙り込む。


 ――地上探索者は、この時代において絶滅寸前である。

 それは、彼らの有り様自体に致命的な欠陥があるからだ。

 5人以上で魔物を狩ると、ギフト修得までに必要な魔物の数、モズ風に言えばGGP(ギフトゲットポイント)が激減する。

 地上探索者の活動が活発で、彼らの構造ができたのは、この法則が発見される前であった。

 よって彼らは今になって方向転換をすることができない。

 

 更に、地上に住む魔物がほとんど居なくなったこと。

 大きな街であれば騎士団の活動が安定し、それらの魔物に対して迅速な対処が行えるようになったこと。


 それらの要素も相まって、地上探索者の生活はかなり苦しいものとなっていた。

 その為に集団を離れ、迷宮探索者に転向する者も多い。


 つまりは珍しい事ではない。のだが、どうも彼女の様子を見るに、それらに当てはまらない事情がありそうだった。


「さて、と」


 まずいことを聞いたかしらとおろおろしているリスィの頭を指で撫でてから、ヒラクは立ち上がった。


 聞き出せないものは仕方がない。そう判断した彼は、休憩を終えることにしたのだ。

 このまま職員室に直行するか。それとも保健室に戻ってダスティに連絡を取るか。

 考えながらヒラクが一歩目を踏み出したとき、膝を丸めていたアルフィナがその姿勢のままヒラクの手を掴んだ。


 たたらを踏んだヒラクが何とか転倒を堪えて彼女を見ると、アルフィナは教卓の中から彼を見上げつつ、呟いた。


「どうして?」


 その姿は、あるいは捨てられた子猫のようにも見える。


「どうしてって?」


 そんな単語だけで何を問われているか分かるようなギフトを、ヒラクは所持していない。


 彼が問い返すとアルフィナはやはり少し沈黙して、まるで川を渡るとき足場にする石を選ぶような慎重な調子で、言葉を紡いだ。


「どうして、私を助けようとするの?」


 彼女の瞳が揺れる。助けようとする理由を問いながらも、ヒラクの目にアルフィナの姿はまるでこれから捨てられる子供のようにも見えた。

 

「ダンジョンの時と一緒だよ。やれるだけのことはやろうって、決めたから」


 いや、それはないだろう。

 そんな自らの失礼な妄想を鼻から息を吐いて追い出すと、ヒラクはなるべく力を抜いて彼女に答えた。


「それがおせっかいでも?」


 そんな彼に対して、アルフィナが教卓の中から言葉を投げかける。

 彼女の目には、暗い輝きが灯っていた。


「おせっかいって! ヒラクさまはアルフィナさんの為に……」


 アルフィナに対し、ヒラクの頭から乗り出したリスィが抗議をする。しかしそれをヒラクは手で制した。

 彼女が、更に言葉を続けようとしたからである。


「……私と、一緒だと思ってた」


 そうして続けられた彼女の言葉に、ヒラクはひどく面食らった。


「一緒?」


 リスィがアルフィナの顔と、身を乗り出してヒラクの顔を見比べつつ呟く。


 しかし、彼女が言っているのは顔の造形についてではあるまい。

 ヒラクが黙っていると、アルフィナは顔を俯かせつつも言葉を続けた。


「私と一緒。余計なことはしないし、無理そうなことは諦める。そういう人間だと思ってた」


「それは……」


 ダンジョン探索初日。ヒラクはずっとアルフィナの隣にいた。

 とにかくパーティーの足手まといにならず、邪魔だとは思われないように。


 彼があの時そうしていたのは、ダンジョンよりも、自分の無能さを周囲に、そして自分自身に露呈してしまうことが恐ろしかったからだ。


 アルフィナも、そうなのだろうか。

 ヒラクはじっと彼女を見た。

 すると、アルフィナがぽつり、再び口を開く。


「……6歳の時、私は初めて地上探索者の仕事に就いた」


 それは、彼女の過去についての話だった。 


「目標は大型で、凶悪な魔物だった。村を一つ壊滅させたけれど、辺境であるために王国も兵を出せない」


 普段無口なアルフィナが語り出したことに困惑し、リスィが主人の鼻先を伺う。

 ヒラクもリスィの視線には気づいていたが、しかしアルフィナの話にじっと集中することにした。


 アルフィナの方はヒラクが聞いていようがいまいがお構いなしといった態度で、俯いたまま話を続ける。


「任務と言っても、私は何もする必要は無かった。ただ聴覚感知を持つその魔物に対して、静かに、皆が倒すのを見守っていれば、それで良かった。だけど、一斉に襲いかかろうと隙を窺っているとき……」


 そうして、そこまで言ったところでアルフィナがふっと言葉を切る。

 彼女は目を伏せ、その光景をより鮮明に思い出そうとしているようだった。


「私の足下に、蛇が現れた。小さくて、魔物でもなんでもない、普通の蛇」


 再び目を開けたアルフィナは、いつも以上に無機質な瞳で冷たく地面を見据えた。


「緊張していた私は、びっくりして叫び声をあげてしまった。そしてその結果……魔物は私達に気づいて、私へと向かってきた」


 その後は言わずとも分かる。そう思い、ヒラクは余程アルフィナの言葉を止めようと思った。


 しかし、機械のように喋るアルフィナの態度が、それをさせない。 


「私を庇って、クリナハの両親は命を落とした」


 ヒラクが何も言えないうちに、アルフィナは呟く。

 そこにあったはずの悲哀や怒りなどを置き去りにし、起こった出来事のみを、淡々と。


「……私が、殺した」


 そして彼女は、自らに傷を刻むように、そう締めくくった。


「アルフィナさん……それは、あの」


 おたおたとするリスィに構わず、告白を終えたアルフィナは深く息を吐いた。

 まるで、そこから彼女の魂が抜けていくような、重く長い吐息だ。 


 彼女にとってその出来事は非常に重く、そして、そもそも「声を出す」という行為自体にひどい徒労感を伴うのだろう。


 話を聞き終えた今、ヒラクにはそれが分かるようになっていた。

 

 自らの行いと声のせいで人が死んだ。

 だからこそ彼女は迷宮で自らの仕事以外のことはせず、喋ることも極力控えていたのだ。


 そして、そんな彼女が、何故今そんな話をしたのか。

 それはおそらく、ヒラクへの最後の警告であった。


 余計なことはするな。

 自分と同じように生きてきたお前なら分かるはずだ。

 彼女は、そう訴えている。


 彼女はおそらく気づいていた。

 ヒラクが何故迷宮に対して臆病になったのか。

 その理由が、自分に近しいものであると。


 ぐにゃりと、アルフィナに見つめられている自らの足下が歪むのを、ヒラクは感じた。


「……分かった。職員室には行かない」


 そうしてしばらく、彼女の懺悔、そしてその意味を噛みしめていたヒラクだったが、不意に、俯いたまま呟いた。


「ヒラク様!?」


 リスィがひっくり返った声を出し、そのままヒラクの頭から落ちる。

 それを手のひらで受け止めながら、ヒラクはアルフィナに宣言した。


「僕が、彼女を止める」


 それは普段の頼りない彼にはそぐわない、強い決意を秘めた声音だった。


 彼の言葉を聞き、リスィはもちろんアルフィナも目を見張る。


「君がクリナハさんのことをダスティ先生に言わなかったのは、報告すれば彼女に何らかの処分が下るからだ」


 そんな彼女に対し、ヒラクは早口でそう言い放った。


 そもそも今回の件は、一度は逃げおおせたアルフィナがダスティなり、職員の誰かしらに報告すれば終わっていた話だ。


 しかし、アルフィナはそれを良しと考えてはいない。

 だからこそ彼女はダスティに事情を説明することなく一人で逃げていたのだ。


 ならば、解決方法は一つである。


「僕が彼女を無力化して、君と話せる場を作る」


 腹に力を込め直したヒラクは、改めてそう言い放った。


「……何で、そうなるの?」


 自分の話を聞いていなかったのか? アルフィナの目がそう言いたげに、剣呑な相を帯びる。


「君を見て、まだ僕はやれるだけをやってないって分かった」


 だが、それにも怯まず、ヒラクは言葉を返した。

 話を聞いていたからこそ、こうなるのだ。


 自分は甘かった。彼女を誰か他の、頼れる人間に引き渡せばそれで話は終わると、そう思っていた。

 だが、それは違ったのだ。


「できることを見つけていくっていうのは、リスィとの約束だ」


 考えて、手の上にいるリスィを見る。

 話の推移についていけないのか、きょとんとした表情のリスィは、あの時と同じ暖かさをしていた。


「でも、僕自身が変わりたい。そう思ってもいるんだ。何もできない自分を、できないと思ってる自分を」


 そんなリスィをヒラクは教卓の上へと乗せると、彼女の頭を指で撫でる。


 ヒラクから離れたためか、それとも彼の言葉の所為か。

 リスィは口をすぼめ、複雑な表情をしている。


「どうにもならないと思うこと、手が届かないって諦める時。そういう思いを、人にも味わってほしくない。なるべく……だけど」


 その表情を見ながら、空になったヒラクの手はいつの間にか自らの頭をかいていた。

 こういったことを語るのは、やはり性に合わない。 


「おせっかいでも、僕に、手伝わせてくれない?」


 最後にはいつもの気弱な笑みを浮かべながら、ヒラクは反対の手をアルフィナに伸ばした。

 そんな彼の手を、アルフィナはじっと見つめる。


 ――長い沈黙が訪れた。

 ヒラクにとって、先ほど揃って教卓に隠れた時よりも長く、サイレントを使ったときよりも耳に痛い沈黙が。


 そうして、伸ばした手の先から汗がこぼれ落ちそうになった頃、ようやくアルフィナが口を開く。


「分からない。話が、繋がってない」


 彼女の指摘に、ヒラクは苦笑いをするしかない。

 勢いだけで話しすぎた。この反応も当然だ。


 だが、そんな彼に対し、アルフィナはもう一度口を開いた。


「でも、分かった」


 その表情は変わらない。しかし、彼女はまっすぐにヒラクを見つめ、手を伸ばす。

 それに対しヒラクは満面の笑みを見せて、彼女を教卓の中から引き上げたのだった。



 ◇◆◇◆◇



 間違いに気づいたクリナハが引き返してくるのを廊下で待っていたヒラクは、現れた彼女の姿を見てぎょっとした。


 ヒラク達と階段から降りてくるクリナハの距離は約10メートル。

 そこから見える彼女の顔が、真っ黒に染まっていたからだ。

 制服の全面も黒く染まっている。どうやら彼女は、ヒラクがブラフで仕掛けたオイルにまんまとはまってしまったらしい。


 一瞬緊張が緩みかけたヒラクだが、彼女が全身で放つ殺気に気を引き締め直してアルフィナを庇うように立つ。


「僕が食い止める。君は手はず通りに頼むね」


「えぇアルフィナさん。私たちに任せてください!」


 ガッツポーズをとるリスィ。しかしその体を、ヒラクがひょいとつまみ上げる。


「リスィはアルフィナについていってあげて」


 そうして彼は、自らの相棒をアルフィナへと手渡す。


「で、でもヒラク様……」


 主人はこれから危険なことをしようとしている。

 それが分かっているリスィは戸惑いの表情でヒラクを見た。


「帰ったらわり算、教えてあげるから」


 そんな彼女に対し、ヒラクはなるべく優しげな笑みを浮かべると、そう約束した。


「余計に不安になりますその言葉……」


 だが、リスィはもはや涙目になりながら口をとがらせる。


 そんな彼女を頭上に乗せたアルフィナもまた、疑念の目でヒラクを見る。

 まさか差し違えようとしているわけではあるまいな。そんな種類の疑いだと、ヒラクにも把握はできるようになってきていた。


「正直に言うとね。あんまり見せたくないんだ」


 なので、そんな彼女の目線に答えるべく、ヒラクは言葉を紡ぐ。


「僕が人間と本気で戦うところ」


 呟いたヒラクに、アルフィナが目を見張った。

 彼女の目には、自分はどう映っているのだろう。

 そんな風に考えながらも、早く行けとヒラクはアルフィナの背を軽く押した。


「っ、アルフィナさん、早く!」


 未だ戸惑っている様子の彼女を、更にリスィが叱咤する。

 アルフィナはそれでようやく走り出した。


 リスィも、ヒラクの言いように何かを察してくれたらしい。


「このっ!」


 背中を向けて走り出したアルフィナを、黒い顔のクリナハが追おうとする。

 しかしそんな彼女の手を、ヒラクは無造作に掴んでいた。


「邪魔をするな!」


 ようやく彼の存在に気づいたかのように、襲撃者クリナハが吠え、ヒラクを振り払おうと腕を動かす。


「あいたっ!」


 それで、あっさりとヒラクは尻餅をついた。


「ふん」


 息を吐きその軟弱な男を見下ろすと、クリナハはアルフィナを再度追おうと走り出した。


 だが、振り払ったはずのその手が再び何者かに引っ張られる。

 

 それは、黒色をしたロープであった。

 彼女の手にはいつの間にかそれが巻き付けられており、先端つまりは彼女の袖に絡みついた部分が不気味な紫色の光を放っている。


「お前……!」


「ごめん、ちょっと僕と話をしてくれるかな?」


 怒気を向けるクリナハに対して、男が袖から出したロープを引き絞りながら言う。


 ――それは、この場に相応しくないひどく人なつっこく、しかし気弱そうな笑みだった。


煙幕玉

火に触れると無害な煙を吐き出す玉。

ヒラクのお手製アイテムだが、もちろん魔力感知を持つ魔物には効果が無い。

4つに1つはしっけていて爆発しない。

実は調合の失敗によって出来たアイテム。

失敗は発明の母であるがそこから生まれるのが出来た息子だとは限らない。

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