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僕はスキル振りを間違えた  作者: ごぼふ
地雷少年様々な人間と触れ合う
15/58

二度目のダンジョンとヒラクの戦法

 太陽の光届かぬダンジョンの中。そこを照らすのは光苔の淡い光のみである。


「ったく、何でこうなるのよ……」


 その中で黒髪に緑色の光を反射させつつ、少女――モズが呟いた。


「なに、クラス仲が良いというのは、喜ぶべき事ではないか」


 その後ろを歩く金髪の少女、フランチェスカはそれに対して快活に笑う。


「私はまたアンタ達と組む羽目になったことについて言ってんの!」


 するとモズは、背後を振り向いてフランチェスカを怒鳴りつけた。


「まぁまぁ……」


 それを黒髪の少年、ヒラクが宥めると、モズは今度は彼のほうを睨みつける。


「まぁまぁじゃないわよ! アンタが一番の不満要素なんだから!」


 そうして彼女は、決まりごとのようにヒラクへ口泡を飛ばした。

 ヒラクとしては苦笑いをするしかない。


 彼の後ろに隠れるようにしながら、首輪をつけた羽のない妖精リスィがあかんべぇとやる。


 三歩後ろの最後尾にいる銀髪の少女アルフィナは、我関せずといった無表情で、彼らに黙々とついてきていた。


 学園に来てから三日目。

 時間割の関係で、ヒラク達は朝からダンジョンに潜ることになった。


 そしてその最初の一時間は、パーティーの再編成――つまり前回組んだメンバーが気に入らなければ他の人間を入れる、もしくは自分が抜けるという時間に割り当てられていた。


 そうしたパーティーメンバーのゴタゴタ、そして移籍やトレードといった事態は、本業の迷宮探索者にもよく起こりうる。


 だが、この学校内のヒラク達のクラスにおいては、それらの行動を取ろうとする者はいなかった。


 ……モズ一人をのぞいて、である。


「安定思考のモラリスト達め。探索者なんだからもっと冒険しなさいよ。パーティーの入れ替えなんて後半になればなるほどやり辛くなるのに……」


 誰も四人組を崩さないのであれば、モズが入り込む隙間も無くなる。


 結果、モズもヒラク達と組まざるをえず、彼らは前回と同じパーティーでダンジョンに潜っているのだった。

 

「言うことは正しいが、あぶれた者が言うともの悲しい気持ちになるな」


「うっさいわね!」


 モズが愚痴り、フランチェスカが意識してかせずにか彼女の怒りを煽り、アルフィナは我関せず。

 

 そんなやりとりが五分も続いたところで、ヒラクは意を決して口を開いた。


「あのさ」


「何よ」


 一言発しただけで、モズの鋭い視線が飛んでくる。

 それに負けないように、しかし本能的に愛想笑いを浮かべながら、ヒラクは彼女たちに伺いをたてた。


「僕、今回はもうちょっと前に出ようかと思うんだけど……良いかな?」


 そうして、少女達の表情を伺う。

 するとモズが足を止め、ヒラクの方を向く。

 しかし彼女は、そのまま言葉を発しようとはしない。


「もう少し、とは?」


 口を開いたのは、同じく足を止めてヒラクの方を見たフランチェスカだった。

 モズはヒラクを睨みつけたまま口を結んでいる。


「二人の後ろでサポートできる位置。背後とか取られないようにさ。それに投擲用のポーションもいくつか用意してあるんだ。あ、自分の身は自分で守るから」


 むしろその反応のほうが恐ろしいなどと思いながら、ヒラクはフランチェスカに説明をした。

 まるで面接のようだ。

 そう心に思い浮かべたせいで、説明は妙に早口になる。


 だが、ヒラクがその為の準備をしてきたのは確かだ。


 大きめの背嚢とは別に、腰には特殊加工をしたポーション瓶をぶら下げてあり、反対側につけてある鞭の手入れもきちんとしてある。


「なるほど。私は異存がない」


 するとフランチェスカはふむ、と頷いてからそう言った。

 それからリスィに視線を向けてニヤリと笑う。


 リスィに良いところを見せてやりたい。そんなヒラクが積極的になった理由の一端を、彼女は見抜いているようだった。


 件のリスィはというと、フランチェスカの視線の意味が分からず首を傾げているのだが。


「えーっと……」


 それから、ヒラクとフランチェスカの視線は自然とモズへと向かった。


 てっきり彼女から足手まといだと猛烈な反対があると予測していたヒラクである。その彼女が沈黙を保っているのは、正直言ってかなり不気味であった。


 回答を求められていると察したのだろう。モズは口をもごもごと動かしたが、結局。


「……好きにしなさいよ」


 と短く言ってヒラク達に背を向けてしまった。

 そして彼女は、スタスタと一人で歩き出す。


「どうしたんでしょう?」


「さぁ……?」


 何があったのかと顔を見合わせるヒラクとリスィ。

 フランチェスカは心当たりが有るのか無いのか、「やれやれ」と首を振って歩き出した。


 とにかく置いていかれては困る。ヒラクが足を踏み出そうとすると――。 

 

「……どうして?」


 と、まるで恋人に裏切られて死んだ幽霊のような、生気のない声がヒラクのすぐ後ろで発せられた。


「うひゃぁ!」


 リスィが悲鳴を上げる。


「な、何がかな?」


 背中に怖気が走ったものの、ヒラクは何とかそれを押さえ込み、後ろを振り向いた。


「どうして、前に出ようと思ったの?」


 そこにはヒラクが予想したとおり、アルフィナが立っている。

 否、彼女以外が立っているはずがない。


 だが、ヒラクはそれが胸の当たりそうな距離だとまでは予測できてはいなかった。


「ご、ごめん」


 自分の顔をのぞきこむアルフィナの瞳と肘に当たった柔らかな感触に、ヒラクは赤面して一歩後ろに引いた。


 が、アルフィナは特に気にした様子もない。

 じっとヒラクの顔を見つめ、自らの問いに対する答えを待っている。

 

 それに対しヒラクは胸に手を当て、動悸を納め、それから一連のヒラクの所作にむくれているリスィに微笑んでから、アルフィナに答えた。


「自分のできることをやってみようって、そう思って……」


 それを聞いて、リスィが唇にぐっと力を込める。

 彼女の顔は、巣立つ我が子を見守るような複雑な表情であった。


 ヒラクはリスィの表情に気づくことはなかったが、アルフィナは彼女にちらりと目線をやった。


 それから、またヒラクの顔を見つめる。


「だ、ダメかな?」


 その視線に気圧されヒラクが尋ねると、アルフィナは首を横に振った。


「賛成が既に2だから、私はそれに従う」


 アルフィナの返事を聞いて、リスィがほっと胸に貯めた息を吐く動作をする。


 しかし、ヒラクの胸はそれと逆にちくりと痛んだ。


「……と、言うことは、君は反対?」


 そういう言い回しをするということは、要するに反対票を投じる意志があったという事だ。


 全員に賛成してもらう必要はない。モズに承諾をもらえたという出来事でさえ、前に出たいと言い出したヒラクにも予想外の出来事だったのだ。


 それが分かっていて、これも無粋な問いだと分かっていながらヒラクが尋ねると、やはり長い沈黙を作った後。


「私は、余計なことはしない方が良いと思う」


 ぼそりと、アルフィナはそう答えた。

 そうして、彼女はヒラクを追い抜き歩いていってしまう。


 彼女の言葉に立ち尽くしつつ、しかし、ヒラクの胸には「なるほど」という納得の気持ちが沸いていた。


 ヒラクが魔力切れでダウンしている間、アルフィナがリスィへとかけた言葉。


 あの時は何も言えなかったが、あの言葉がずっと、ヒラクの頭に残っていたのだ。


「大丈夫ですよヒラク様。きちんと活躍すればアルフィナさんだって分かってくれます」


 そんなヒラクの様子を見て、主人が相当ショックを受けたと思ったのだろう。

 彼の顔の前まで飛んできたリスィが彼を優しく励ます。


「そうだね、やれるだけやってみるよ」


 大丈夫だ。と示すように、ヒラクはリスィの頭を撫でた。


「何ボサッとしてんのよ!」


 モズの罵声がダンジョンに反響して聞こえ、ヒラク達は慌てて彼女らの後を追いかけた。



◇◆◇◆◇



 少女達の前で己の立ち位置を変えると宣言したヒラクだったが、それを実践する機会は中々訪れなかった。


 魔物とも合わずしばし進むこと15分。ついに彼らは、何の戦闘もすることなく三階への階段を見つけてしまった。


「こういうこともあるんですか?」


「こういうこともあるんだ」


 不思議そうに首を傾げるリスィに答えて、モズ、フランチェスカに続き階段を降りるヒラク。


 魔物がダンジョンに発生する仕組みや周期はよく分かっていない。

 が、連日これだけの人数が潜る迷宮というのは珍しい。

 もしかして魔物が「沸く」周期より、生徒達が彼らを刈ってしまう速度のほうが早いのかもしれない。


 となれば自然と探索速度も早くなる。これから生徒達が、この階層の地図を覚えていけば尚更だ。


 つまり二時間でより強い魔物と戦う羽目になるのだ……。

 上手くできているのはこの学校の仕組みか、それともこのダンジョンか。


「でも、良いことばかりじゃない」


「何がです?」


 考えながらヒラクが三階に着くと、先に降りていたモズとフランチェスカが曲がり角に張り付いて様子を伺っていた。


 どうやら何かいるようだ。


 階段の下は一番人間が行き来する。魔物は即座に片づけられる場所だとヒラクは思っていたが、そう単純な物でもないらしい。


「ヒラク様、どうして笑ってるんですか?」


「いや、何でもないよ」


 ダンジョンはまだ、人間に搾取されるだけの場所ではないようだ。

 その事にヒラクは皮肉げな、しかしリスィから見れば嬉しそうな笑みを浮かべた。


 そうして、モズ達の元へと歩いていく。

 彼女たちは相手の数と種類を見分けようとしていたが、あまり上手くはいっていないらしい。


「ちょっとごめんね」


 フランチェスカに声をかけると、彼女が場所を譲ってくれる。

 そこから曲がり角の先を夜目(ナイトヴィジョン)のギフトでちらりと見たヒラクは、お願いの代わりにじっと自分を睨むモズに頷いて、呪文を唱えた。


「ライト」


 ヒラクの手から薄黄色に発光する球体が現れ、辺りを照らす。

 通路の奥に視覚感知を持つ魔物がいないことは、既に確認済だ。


 そうして彼が軽く手を振ると、ライトはふよふよと若干頼りない軌道で通路の奥へと飛んでいった。


「豚型が3に、蝙蝠型が8。この前と同じ構成だね」


「だからオークにバットって呼びなさいよ」


「はは……」


 モズがヒラクの呼び方を訂正しようとするが、ヒラクはそれを曖昧に笑って流した。


 他はともかく、あの豚をオークとは呼べない。ヒラクの中の頑なな何かがそれを主張していた。


「もしかしてここって、一昨日と同じ場所なんでしょうか?」


 一昨日と同じように、階段の脇の通路に同じ数の魔物がいる。同じシチュエーションということで、リスィがヒラクに尋ねる。


「いや、違う……ね」


 しかしその問いを、地図作成(マッピング)のスキルで今までの道順を照らし合わせたヒラクは否定した。


 似た道順、似た魔物の配置を見せておいて思わぬところで裏切る。

 この場所が迷宮と呼ばれる由縁である。


「そんなことは良い。突っ込むぞ。名乗りの準備はできているか?」


 迷宮の恐ろしさを改めて確認しているヒラク達を、フランチェスカがせかす。


 彼女は早く戦いたくて仕方がないようだ。

 その目は爛々と輝いている。


「あ、そうだ。戦端が開いたら豚型がいる辺りにオイルを唱えるから」


 しかしそんな彼女を、ヒラクはそう言って留めた。


 前回、モズが突っ込んで行ってしまったために、取れなくなった戦術である。


 それを思い出したのか、モズが苦い顔になった。


 蝙蝠型は飛んでいるため捉えられないが、逆に足並みを乱すことができれば戦いが楽になるだろう。


 と、思ったのだが、フランチェスカは顎に手を当て、考え込むような仕草を見せる。


「何かまずいんですか?」


 リスィが尋ねると、彼女は顔を上げてヒラクに言った。


「あの足を滑らせる呪文か……卑怯ではないか?」


「ひ、卑怯って……」


 魔物相手に卑怯も何もないだろう。とはヒラクも言い切れないが、オイルとて本来はその為の呪文だ。


 これを否定されると、ヒラクはおろか全国の妨害魔法ジャミングスキルを取っている人間の立つ瀬がない。


 彼女をどう説得しようか、ヒラクが迷っていると。


「相手の数の方が多いです。卑怯じゃないです」


 リスィが体の前で握り拳を作り、そう言いきった。

 その姿はやたらと自信満々で、小さいが有無を言わせぬ勢いがある。


「む、なるほど。ならばタイミングは君に任せる。頼んだぞ」


 するとフランチェスカは、それにあっさりと頷いて背中の斧槍をはずした。

 もしかしたら彼女は、この行為が騎士道に反しないという理由が欲しかっただけかもしれない。


 そんな風に考えながら、ヒラクも背負っていた背嚢を降ろす。


「ちょっと、リーダーは私だっての」


 すると二人で相談をまとめてしまったヒラクとフランチェスカに、モズが抗議の声を上げた。


「えーと、リーダー。詠唱を開始して良いかな?」


 苦笑しながらヒラクが尋ねると、その子供を宥めるような口調に気づいたようで、モズが明らかにむっとする。


「変な場所に設置しないように」


 しかし彼女はそれを堪え、胸を張ってヒラクにそう注意した。


「期待に沿えるようにがんばるよ。アルフィナもいい?」


 そんな彼女の態度にまた沸き出た微笑ましさを堪えつつも、ヒラクはアルフィナを見やる。


 彼女が常に黙っていたとしても、一人だけ確認を取らないというのは遅まきながら不公平に思えたからだ。


 するとアルフィナはわずかに間を置いてから、首を縦に振る。


 それを見届けて、フランチェスカが曲がり角から飛び出した。


「やぁやぁ我こそは斧槍姫の生まれ変わり、フランチェスカ=キルミブランである! いざ尋常に勝負!」


 そして大きく名乗りを上げる。

 聴覚感知を持たない魔物は当然反応しない。それに構わずフランチェスカは斧槍を構えると、大きく振りかぶった。


「迷宮を切り裂く一閃! 虚空雷閃斬(ライトニングブレイド)!」


 膨れ上がった魔力を感知し、機械仕掛けの人形のごとくその場で羽ばたき続けていた蝙蝠型がそれを避けようとする。


 しかしその中の一匹は避けそこね、墜落する。


「あぁいうのは完全に不意打ちだと思うんですけど、フランチェスカさんとしてはOKなんでしょうか?」


「名乗ったんだから良いんでしょ。あいつとしては」


 呟くリスィにアホらしいとばかりに息を吐き、モズも曲がり角から身を晒す。


 同時に、放たれた魔力の軌道を追って魔物達がフランチェスカへと猛突し始めた。


「オイル!」


 そのタイミングで、今度はヒラクの呪文が放たれる。

 フランチェスカと魔物達の間に黒い液体が出現し、それを踏んだ豚型の魔物達は全て転倒した。


「よしっ」


 自らの魔法が成果を上げたことに、ヒラクは小さく声を出した。


 蝙蝠型はもちろん構わず前進するが、むしろ狙い通りである。

 そんなヒラクをちらりと見てから、モズは何も言わずフランチェスカの元へ駆けだしていく。


 それを見て、ヒラクも弛緩しかけた筋肉を再び緊張させた。

 あの呪文だけで仕事をした気になってはならない。

 あれだけでは彼女に認められる事はないだろう。


 そう思い、モズに続いて飛び出そうとしたヒラクだったが、リスィが心配そうに、アルフィナは無感情に自分を見つめていることに気づいてたたらを踏んだ。


 アルフィナが先ほど放った言葉を思いだし、ヒラクは彼女に何か言おうか考える。


「えっと、じゃぁ行ってくるよ」


「が、がんばってください!」


 だが、結局彼は二人にそれだけ言い、背中にリスィの声を聞きながら、ヒラクは戦場へと駆けだした。



◇◆◇◆◇



 蝙蝠との戦闘を既に開始していたフランチェスカとモズ。

 得物の相性が悪いのは変わらないが、前回の戦闘で二人とも小型の魔物に対する武器の振り方を覚えたのか、一匹ずつ確実に蝙蝠を払い落としていく。


 それを見つつ、ヒラクは腰についた鞭をとき立ち位置を整えた。

 蝙蝠は彼女達に任せるとして、彼はその隙間から後方を見る。


 オイルは魔物を転ばせることができるが、落ち着けばその上で立つことも歩くこともできる。


 そして、早速立ち上がろうとしている豚型がいた。

 体を黒く染め上げ、震える膝で巨体を支えようとする姿は涙ぐましいが、そのままにしておくわけにはいかない。

 それを確認したヒラクは、前線で戦うフランチェスカとリスィの間を縫って、鞭を飛ばした。


「ぶふっ」


 中腰まで立ち上がった豚型が、大きな鼻息を吐く。


 しかしヒラクの放った鞭は、狙いを違わずその豚型の足に絡みついていた。


 そしてそれを思い切り引っ張ることで、もう一度相手を転倒させる。

 ヒラクが手首にスナップを利かせると、鞭の先がほどけ、彼の手元へと戻ってきた。


 豚型が前線にやってくる前に蝙蝠型を叩ければ、戦闘はかなり有利に進行するはずだ。

 思いながら、ヒラクはモズ達の邪魔をしないように細かく位置を変えつつ、時には絡め取り、打ち据えて豚型を転倒させることに腐心する。


「や、やはり少々せこくはないだろうか!?」


 ヒラクの戦い方をみたフランチェスカが、そんな声を上げる。

 一瞬気が逸れたのがまずかったのか、彼女の放った斧槍が大きく空を切った。


 それを逃れた蝙蝠型が反転。鋭い牙を見せてフランチェスカに襲いかかる。


 ビュン! とそこへヒラクの鞭が振るわれた。鞭は蝙蝠型に当たることは無かったが、風圧が相手のバランスを崩す。


 フランチェスカにはその僅かな隙で十分だった。

 彼女は振るわれているバーディッシュから片手を離すと、籠手のついた手で蝙蝠型をむんずと掴んだ。


「我が手の中で塵へと還れ! 豪電握撃掌ダイアモンド・アッシュ!」


 フランチェスカが叫ぶと、その手から眩い電撃が迸り、握られた蝙蝠型が光に包まれる。


 それが収まったとき、蝙蝠型の魔核がぼろりと落ちた。

 そしてフランチェスカが手を開くと、魔物の体は黒い炭となって崩れ去った。


「助かった。ありがとう」


 そうして、それを確認したフランチェスカがニコリと微笑んでヒラクに礼を言った。


 それは先ほどの荒々しい所業――背後で観戦しているリスィが自分にされたかのように震えているような行為をした人間とは思えない、本物の姫のような笑みであった。


「あ、いや、どういたしまして」


 一度に様々な面を見せるフランチェスカに、どぎまぎとするヒラク。


「乳繰り合ってないでこっち手伝いなさいよ!」


 そんな彼らに、大剣を振り回しながらモズが叫ぶ。

 とはいえ憤怒のこもったその一撃で、最後の蝙蝠が両断された。


 残るは、オイルからようやく抜け出した豚型である。



 ◇◆◇◆◇



 だがその後、豚型が合流しても戦闘に波乱はなかった。

 接近戦になってしまえば、ヒラクが鞭を出す隙間もない。


 というより、そんな暇もなくあっさりと、フランチェスカとモズの二人は豚型を片づけた。


「すごいですヒラク様!」


 魔核を手に戻ってきたヒラク達を、リスィがはしゃいだ様子で出迎える。


「うごっ」


 飛び出してきた彼女を、ヒラクは鳩尾で受け止めてうずくまった。


「あ、すみません」


 が、リスィにダメージを受けた様子はない。

 彼女につけられているエンチャントは、正しく機能しているようだ。

 ヒラクは涙目でそんな事を確認した。


「ふん、普通のパーティーメンバーなら、このぐらいの仕事はするのよ」


 そんなリスィに、モズがフンと鼻息を吹きながら言う。


 リスィは彼女に対してむっとした顔を向けてから、すぐさまヒラクに向き直り、彼の前を飛び回った。


「鞭をパシンパシンって、動物使いみたいでした!」


 そして体の前で手を振り振り、鞭を振るう真似をしてみせる。


 彼女はまさか、モズやフランチェスカの方を動物扱いしていないだろうか。

 不安になりながらも、ヒラクは立ち上がって「ありがとう」と答えた。


 そうして、アルフィナに魔核を手渡す。


「……」


「……」


 ……彼女からのコメントは、特に無い。


 自分は何かを期待していたのだろうか。

 それに気づくと自己嫌悪になり、ヒラクはふるふると頭を振った。


「ところでヒラク様、ライトに照らされている後ろ姿を見て思ったんですけど」


 そんなヒラクの背後から、リスィが声をかける。


「な、何かな?」


 若干ぎくしゃくした調子になりながら、ヒラクはリスィへと向き直った。


 すると彼女は主人の様子を不思議そうに見てから、若干躊躇いがちに言う。 


「やっぱりその制服、ちょっと灰色です」


 若干顔を地面に向け、上目遣いにヒラクを見るリスィ。


「そっか、やっぱり……」


 呟きながら、ヒラクは指をくいと動かし手元にライトを引き戻した。

 自らの袖を見ると、女子達に比べて幾分黒みがある。


 特に戦闘に加わっていないアルフィナと比べると、彼女の制服は褐色の肌も相まって白く輝いて見えるほどであった。


 オイルの汚れは、学園の洗濯場では落としきれなかったのか。

 もしくはこれは、チュルローヌの嫌がらせか。いや、彼女なりのサービスなのか。


「やっぱり、分かる?」


 試しにアルフィナに尋ねてみると、彼女は大きく首を縦に振った。


 普段自己主張をしない彼女がこうもはっきり答えるということは、この制服は明らかに色が違って見えるということあろう。


「中途半端なアンタらしい色じゃない」


「選ばれし灰色き衣。羨ましいな」


「こ、個性ですよ。個性」


 それを見て、少女達と妖精も各々の感想だかフォローだかを口にした。


「あんまりいらないんだけどなぁ、そういうのは……」


 どう取ろうと、とりあえずこの制服が目立つことには変わりない。


 とにかくダンジョン内で他のパーティーに遭遇したりしませんように。

 ヒラクはため息を吐きながら祈った。

 制服の洗浄

 迷宮探索用制服は、探索を終え倉庫に預けられると、同じ場所に一旦集められ魔法によって洗浄される。

 これはチュルローヌの方針であり、ダンジョンから魔物の毒などを持ち込まないための処置である。

 制服のエンチャントには汚れ落としと自己修復が備わっているので放っておいてもある程度は綺麗になる。

 本来汚れが残ったり色移りすることは無いはずなので、ヒラクの制服の色が変わっている理由は不明である。

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