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僕はスキル振りを間違えた  作者: ごぼふ
地雷少年様々な人間と触れ合う
14/58

闇取引

「うぉーっす……って何してんだお前」


 寮内の部屋へと帰ってきたライオは、扉を開けるなり顔をしかめた。

 それは部屋の青臭さの所為であり、昨日できたばかりの友人、ヒラク=ロッテンブリングが妙に年季の入った(かめ)をかき回していたからである。


「お帰り。あぁごめん。これが終わったら換気するから」


「おはえりなふぁい」


 振り向いた彼は口元に布を巻いており、よく見ればその隣の妖精も同様の装いをしていた。


 妖精――リスィは口布の付け方が悪いのか布の厚さのせいか、声が非常に不明瞭となっている。


「いや、良いけど……何なの? 呪術でもやってるの?」


「ポーションを作ってるんだ」


 ライオの問いかけに、ヒラクは首を横に振りながら答える。


 彼はこの作業を、帰宅してからすでに一時間ほど行っていた。


「ポーション?」


 ポーションという物にあまり馴染みがない様子で、首を傾げるライオ。

 それに対し、ヒラクは頷きだけで応えた。


 今までの経緯を説明しても良かったのだが、長くなる上に信じてもらえるかは疑問だったせいである。


「へー、お前ってそんなのも作れるのね」


 しかしライオはそのあたりを気にすることなく、ヒラクが作っている物にのみ興味を示す。


「低級の物だけね……よしできた」


 そんな彼の性格をありがたく思いながらも、ヒラクは(かめ)の中にある緑色の液体を杓子で一掬いした。


 そうして脇に置いてあった瓶に漏斗を差し込むと、その中に完成した薬を流し込んでいく。


 薬は(かめ)に入っていた時は不透明な緑色をした液体だったが、瓶に移され冷やされると次第に透明度が高くなり、まるでエメラルドのような輝きを放ちだした。


「おぉー、ふぃへーですねぇ」


「リスィ、もう口の取っても大丈夫だよ」


 そのきらめきに、リスィがおそらく感嘆の声を上げた。

 だがやはり彼女の発音は不明瞭なままで、上手く周囲に届かない。

 

 そんなリスィに苦笑しつつ、ヒラクは瓶に蓋をすると自分も口布を下げて見せた。

 要は組成が安定するまで唾等が入らなければ良かったので、これはもう用済みだ。

 青臭い匂いが鮮明になるが、これを吸ったからといって害もない。


「は、はい」


 言われた通りその小さな口をさらけ出したリスィが、部屋の匂いに眉をひそめる。


 それを横目に見ながらヒラクは立ち上がると、(かめ)を蹴らないように注意しながら窓辺へと近づき、それを開いた。


 少し涼しい風が、部屋へと吹き込んでくる。

 今日は猫の姿が刻まれた二番目の月が見える日だ。

 形は綺麗な満月である。


 日が暮れて随分経つ。月を見上げながら急に空腹を感じ、随分集中していたものだとヒラクが自嘲していると。


「なぁ、そのポーションってやつさ」

 

 そんな彼に、ライオが小さく呼びかけた。


「何?」


「ちょっと飲ませてくれよ」

 

 ヒラクが振り返ると、ライオは好奇心いっぱいという表情で彼に頼む。


「んー……」


「俺今疲れてるから効果も分かりやすいぞ」


 難色を示すヒラク。それに対してもう一押しといった感じで、ライオは言葉を付け足した。


「疲れてるって、何してきたの?」


 そう言えば、草刈りをして届け物をし、更にはポーションを作っていたヒラクより、ライオの帰還は遅かった。


 彼の所属する一組も、ヒラク達二組と同様、今日はダンジョン探索の授業はなかったはずである。


 それなのに疲れているとはどういうことか。

 よく見ると、彼の服は土埃のようなもので薄汚れていた。


 疑問に思ってヒラクが問いかけると、ライオは頬をぽりぽりと掻く。


「えーっと……秘密、特訓だ」


 そうして、たどたどしい調子でそう答えた。


「つう訳で、一本。な?」


 それから、ライオはどういう訳だか分からないままそう言って、ヒラクにポーションをねだってくる。


「……まぁ良いけど」


 彼の態度は腑に落ちないが、ヒラクはとりあえず彼の頼みを了承することにした。


 加工前も薬草だけあって毒はない。

 万一加工に失敗していたとしても、おそらく腹を壊すだけだろう。

 そう判断して、ヒラクは瓶に詰めたそれをライオに手渡した。


「サンキュ。どれどれ」


 そして受け取ったライオは、匂い等を確かめることもなく、すぐさまそれを呷る。


 毒味もせずに瓶を渡したヒラクでさえも、思わず目を見開くほどの潔さだ。

 

「う……」


 そして、次の瞬間。

 ライオが胸を押さえて呻いた。


「だ、大丈夫ですか!?」


 それを見て、リスィが彼の元に飛んでいく。


 まさか失敗か?

 青くなったヒラクも急いでライオに駆け寄ろうとすると――。


「ぐっはー! なんだこれ、味は最低だけど体に染み渡る!」


 彼は大きく息を吐いてから、自らの両腕を掲げ力こぶを作って見せた。

 どうやら、体に異常が出たわけではないようだ。


「よ、良かったね」


 心配したぶん、がっくりと力が抜けるヒラク。

 目の前でポーズを取られたリスィはへなへなと床に墜落した。


 今度からは絶対に自分で試してから人に渡そう。

 ヒラクがそう決意していると、ライオは筋肉を誇示するポーズを決めたまま、ヒラクに笑いかけた。


「ポーションってこんなに力が沸くもんなんだな。知らなかったぜ」


「まぁ、本格的に迷宮に潜らない限り、そんなに飲むものじゃないからね」


「おう、初めて飲んだ」


 今回ライオが飲んだのは、魔力を回復するポーションである。


 肉体強化(タフネス)のスキルを持っていれば、肉体への負担は魔力ーーつまり精神力がある程度カバーする。

 要するに高い身体能力を得る代わりに気疲れするようになるということだ。


 そこに魔力を回復するポーションを注げば、精神が高揚し一気に回復した気分になってもおかしくはない。


「でもそれ、体の疲れは取れてないから気をつけて。そのまま運動しに行くと変な怪我するよ」


 ヒラクの言葉にふむふむと頷いていたライオだったが、しばらくしてハッと顔を上げると、ヒラクに詰め寄って彼の両肩をつかんだ。


「おい、そうだヒラク。これ売ってくれよ!」


「う、売る?」


 彼の急変と言葉に戸惑うヒラク。

 それに対して、ライオはがくがくとヒラクの肩を揺すりながら説明をした。


「そうそう、これさえあればミオンちゃんも途中でバテたりしなくなると思うんだ!」


「ミオンちゃんって例の運命の人ですか?」


 揺さぶられるヒラクを余所に、リスィがライオへと問いかける。


「そうそう! その子!」


 言われて、ヒラクは思い出した。

 確かライオのパーティーは、前回魔法使いがダウンし途中で引き返すことを余儀なくされたのだ。

 そのミオンちゃんというのが、ライオが見つけたといった運命の人らしい。


 ならば活力を回復するこのポーションを欲しがっても不思議はない。


「……とにかく落ち着いて」


 しかし、このままだとまともな話もできはしない。

 ヒラクはとにかくライオをを宥めることにした。


「おう、悪い」


 それを受け、ライオが随分とあっさり手を離す。

 

 その切り替えの早さを少し恨むように見てから、ヒラクは軽く首を回した。


「ヒ、ヒラク様、商売のビッグチャンスですよ」


 そんなヒラクの耳元に、リスィが体を寄せてひそひそと囁く。

 彼女の言葉に、ヒラクはむぅと考えた。


 ポーションの販売……。自分で使うことしか考えていなかったヒラクにとってそれは無かった発想である。


 確かに今は金欠だ。

 ポーションの他にも欲しい物はある。換金できるならしたほうがいいだろう。

 ライオはポーションの相場を知らないようだし、少しふっかけても買ってしまいそうだ。


 そこまで考えて、ヒラクはライオに言った。


「とりあえず、10本は上げるよ。それでまだ欲しかったらその時にまたってことで」


「えぇー!?」


 ヒラクの言葉に、リスィが大声を上げる。

 耳元で放たれたその声は、ヒラクの鼓膜を破れる寸前まで激しく叩く。


「い、いいのか!?」


 その衝撃にヒラクが耳をさすっていると、ライオも驚愕した様子で裏返った声を出した。


 日が落ちてからは大声を出さないようにと、寮の規則にあったような……。

 そんな心配をしながらも、リスィの額をつんとつついて、ヒラクはライオに笑いかけた。


「僕も今日、色んな人に物をもらったからね。そういうのは、くれた人と全然関係ない人の両方にちょっとずつお返ししなさいってうちのシスターが言ってたから」


 そうして、過去に教わった事をライオにそのまま伝える。

 今日は自分だけがやたらと得をした気がするので、その後ろめたさを払拭したいという考えもあった。


「へぇー立派な人だな」


 感嘆の声を上げるライオ。


「借りたものは返さなかったけどね」


 しかしヒラクがボソリとそう付け足すと、コメントに困ったのか口をもごもごと動かした。


「えーと、あと、ポーションだけど、僕から貰ったっていうのは伏せてね」


 気まずい空気を感じたヒラクは、とりあえず話題を変えることにした。

 とは言っても、ただの念押しである。


 タダでポーションを渡す男だなどと吹聴されれば、ヒラクの学園生活がかなり大変なことになる。

 が、そんな事はライオも分かっているのだろう。


 そんなヒラクに対し、ライオは「お、おう、もちろん」と力強く頷いた。


 彼がどもったように感じたのは、おそらくヒラクの聞き違いだろう。


「と、ところでよぉ」


 ヒラクがため息を吐いていると、ライオはその頼りなさげな声色のまま、彼に呼びかけた。

 どうしたのだろうとヒラクが視線を向けなおすと、ライオは申し訳なさそうな表情で彼に尋ねる。


「10本ってさっき飲んだのも含めてか?」


「せ、せこいですライオさん」


 若干引いた表情を見せるリスィ。


「俺の恋が実るかどうかの重要なポイントなんだよ!」


 それに対し、ライオは赤面しながらそう言い返した。

 自分でもせこいという自覚はあるらしい。


 だがまぁ、それだけ本気の相手と言うことなのだろう。


「除いてでいいよ。ただし、これは惚れ薬じゃないからね」


 そう自らを納得させると、もう一度ため息をついて、ヒラクはライオに答えた。

 彼の恋を応援することはやぶさかではないが、これがあるからと言って成功すると思われても困る。


「サンキュー。分かってるさ、その、まずは彼女がダンジョン探索を楽しめるようになることだ!」


 するとライオはヒラクに礼を言った後、早口でそう弁解した。


 その言葉に、ヒラクは目を丸くする。


「うん、そうだね」


 それから、彼の言葉を噛みしめるように頷いた。


 ダンジョンを楽しむ。それは、今のヒラクには無い発想だった。

 ライオに下心が無いわけではなかろうが、確かにそれは大切なことだ。


 それに自分が渡した物によって、一人の少女が脱落せずに済むのなら、ヒラクもポーションを渡した甲斐がある。

 これこそが本当に、自分にもできることと言うものであろう。


 ライオの何気ない一言で様々な事が思い浮かび、ヒラクは微笑んだ。


「楽しむ、か」


 自分も明日からまた潜ることになる迷宮を、楽しめる時が来るだろうか?


 考えながらも、ヒラクはもう一度窓際に寄るとそこを閉める。

 匂いの元凶がここにある以上青臭さは消えないが、開けっ放しというわけにもいかないだろう。


「ちなみにポーションって、後何本ぐらい作れるんだ?」


 そんな彼を訝しげに見ながら、ライオがヒラクに尋ねた。


「100本ぐらいかな? しばらくは部屋がこの匂いになるけど我慢してね」


 誤魔化すように笑いつつ、ヒラクはそれに答える。

 今日使う分は倉庫から引き出したが、まだまだ薬草は残っていた。


 それを聞くと、ライオが「うげっ」と呻く。鼻がひくついたのは、先ほどの匂いを思い出したからだろう。


「……もしかしてあの10本、迷惑料も込みだったのか?」


 そうして彼は、ヒラクをじとっと睨んだ。


「……いらない?」


 バレたか。そんなニュアンスを言外に匂わせつつ、ヒラクは首を傾げる。


「いや、いるけど」


 なんだか納得がいかない。といった表情をしながらもそう答えるライオ。

 だが、彼は結局一つ大きなため息を吐くと「いい性格してるよお前」と苦笑した。


「今日会った人たちに比べれば、僕なんて全然だよ」


 それに対し、あの癖のある教師陣を思い出し、ヒラクは首を横に振った。

 

 ポーションの入っている瓶に腰掛けたリスィは「どうでしょう?」と頬に手を当てている。


「その話、興味あるけどとりあえず飯にしようぜ。ポーションって空腹は直してくれないみたいだし」


 二人のリアクションに目を丸くしていたライオだが、そう言うと自らの腹を押さえて空腹を訴えた。


「そうだね、同感」


「私もです!」


 ヒラクが頷くと、リスィが勢いよく同意する。


 こうして、ヒラク達は連れ立って夕食に行くことにした。


 今日のせわしない一日、そして出会いが後にどう影響するか。

 それはまだ、不明である。


 月

 この世界には二つの月がある。

 一番目がねずみの形が刻まれた月。二番目が猫の形が刻まれた月である。

 それぞれトヌとジェニーと言い、この二つの月は永遠に仲良く追いかけっこをしているという。

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