表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕はスキル振りを間違えた  作者: ごぼふ
地雷少年様々な人間と触れ合う
10/58

改めまして三少女

 朝。ヒラクが目を覚ますと、彼の目の前には小さな鎖骨と可愛らしい唇があった。

 まどろみの中、彼はその少し上にある彼女の髪を二、三度指で撫でて、ハッと飛び起きる。


 時計を見ると、予定の起床時間より一時間ほど早かった。

 そして、薄い枕の端っこには、小さな妖精が丸くなってすやすやと眠っている。

 彼女用に持ってきた鳥かごのベッドは扉が開き、その中はもぬけの殻であった。


「まったくもう」


 呟いて、ヒラクはそっとベッドから抜け出る。

 二段ベッドの上の階では、ライオが大きなイビキを立てていた。



◇◆◇◆◇



「だって、その、やっぱり閉じこめられている気がして」


 顔を洗い、着替えを終えたヒラクに、リスィが指で押し相撲を取りながら言い訳をする。


 昨晩ヒラク達が風呂に行っている間に彼女は椀で作った湯船に使っており、服も簡単な構造のキャミソールとなっていた。


「だからって僕の顔の前は危ないでしょ。潰しちゃったら怖いからやめてって」


「あれはその、半分寝ぼけてまして……」


 ヒラクに指摘されると、リスィは気まずそうにそう答えた。


「一週間に一回は、その寝ぼけかたをしてると思うんだけど……」


 二人で暮らし始めた頃から、彼女が自らの寝床を抜け出し、ヒラクの顔の前で寝るくせは直らない。

 というか、近頃更にひどくなっていた。


「ヒラクに潰されるなら本望的な?」


 同じく着替えを終えたライオが、二人のやりとりをそんな風に茶化す。


「もう、やめてよ」


 呆れながらヒラクは呟くが。


「それもちょっとだけ……」


 リスィがそんなことを呟くので目を剥いた。


「じょ、冗談ですよ!」


 リスィは慌てて自らの発言を訂正するが、ヒラクは最近相棒のことがちょっと分からなくなってきていた。


 とはいえ、朝食をとる時間もあり、あまりのんびりもしていられない。

 ヒラクの早起きは、学校案内を改めて眺めることに消費されていた。


「ほら、リスィも着替えて」


「で、でも……」


 そう思ってヒラクが未だに寝間着のリスィを促すも、彼女はちらちらとライオの方を見て躊躇っている。


 なるほど。事情を悟ったヒラクは、ライオに尋ねた。


「えーと、ライオって小さい子の着替えに欲情するタイプ?」


「体調によっては」


 すると彼からは、非常に正直な答えが返ってくる。


「……鳥かごにカーテンかけようかリスィ」


「はい……」


 とりあえずヒラクがそう提案すると、リスィは若干後ずさりながらそう答えた。


「なんか今の質問、答えた俺がやたら損してね?」


 ライオは呟くが、とりあえずリスィの着替えは布団の中で行われることになった。


 そして――。


 そんなライオの愚痴を朝食をとりつつ聞き、寮を出るとヒラク達は校舎へと向かった。

 校舎は三階建て。上から見るとコの字型をしている。あのチュルローヌがデザインしたという割には派手な装飾も無く、煉瓦作りの赤茶けた壁が新品の匂いを発している。


「んじゃま」


「うん、それじゃ」


 軽く挨拶をし、ヒラクは己が教室の前でライオと分かれた。

 リスィはヒラクの頭の上で、ライオに手を振っている。


 そうして教室に入り、教室の真ん中辺りの自らの席を見つけると、そこに鞄を置く。

 今日の時間割は、座学が4時間に屋内訓練が2時間であり、迷宮探索は他のクラスの順番であった。


 周囲を見回すと、早くも何人かの学生達はグループになり、楽しそうに話している。

 一緒に迷宮へ潜ったメンバーだろうか。そんな風に思いながら、ヒラクが見知った顔を探していると、目の前にさっと影が差した。


「おはよう。気持ちの良い朝だな」


 ヒラクが正面を向くと、ボリュームのある双丘が目にはいる。

 彼が慌てて顔を更に上げると、そこには金髪を頭の上でくくった少女、フランチェスカが立っていた。


「ヒラク様のえっち」


 ヒラクが急に頭を動かしたことで振り落とされたリスィが、不満げに呟く。


「いや、本当にえっちだったら君落とされてないからね」


 耳元で飛行するリスィにそう囁き返して、ヒラクは改めてフランチェスカを見た。


「おはよう。えーと、フランチェスカ」


「おはようございますフランチェスカ姫!」


「うむ、おはよう! 世界には闇が迫っているが、今はこの穏やかな日々を楽しもうではないか!」


 ヒラク達のやりとりは聞こえなかったらしく、フランチェスカは快活に笑った。


 そんな彼女の不可思議な言葉に、リスィが首をひねる。


「世界に闇ってどういうことですか?」


「うむ。実は今世界の端では、魔王の障気による黒い霧がだな……」


「えぇ!? 大変じゃないですか!」


 それに対してフランチェスカはヒラクが聞いたことのない単語を並べた解説を始め、リスィはそれを聞き震えおののいた。


「あぁ、大変な事態だ。だが大丈夫。我が神器、破障のネックレスにより、その進行は今のところ抑えられている」


 大変な事態だと言っておきながら、フランチェスカはなにやら嬉しそうだ。彼女はそう言うと、胸元から若干でこぼこな紫色の水晶を取り出す。

 紐でぶら下げられたそれを取り出すとき、フランチェスカの胸が振動したが、ヒラクはなるべく見ない振りをした。


「よ、良かった……」


 安堵の息を吐くリスィ。彼女に近年の研究で世界は丸いことが証明されたと伝えるべきか迷いつつも、ヒラクはフランチェスカに尋ねる。


「ええと、精算の件かな?」


「おお、そうであった」


 するとフランチェスカはポンと手を打って、手に持っていた鞄から数枚の書類を取り出した。


「今回拾った物の鑑定書。それらを売った領収書。一時預かりの金庫から金を引き出すための証書だ」


「あ、ありがとう」


 次々に置かれる書類に混乱しながらも、ヒラクはそれらを手に取る。


「あの、指輪は?」


 その間にリスィがそろそろと尋ねると、フランチェスカはうむと大きく頷いた。


「鑑定書を参考にしてもらうと分かるが、40ギタだそうだ。これも預かり所にあるので、買い取るならば一時預かり金庫に30ギタ入れておいてくれ」


「値引きしてくれるんですか?」


「いや、指輪の分も僕らの報酬だから」


 ヒラクはそう説明したが、リスィにはよく分からなかったようで彼女はまたも首をひねった。


 今回の報酬は33ギタ。指輪はギリギリで買うことができる金額だ。

 しかし、ただの指輪にしては若干高い。

 ヒラクが鑑定結果について目を通していると。


「エンチャントは防御強化。普通ならこの十倍は値が付くが……」


「何か問題があったの?」


 フランチェスカが先に、指輪についての説明を始めた。しかし彼女は、途中で言葉を濁す。


 それを不審に思い、ヒラクはフランチェスカに問いかけた。


 鑑定書には確かに、フランチェスカの説明通りのことが書いてある。

 防御強化とは、要するにヒラク達が迷宮探索時に着ている服と同じである。

 身につけるだけで薄い膜が体を覆い、衝撃等から守ってくれるエンチャントだ。

 エンチャントの定番であり、重要な効果でもあるのだが……。


「バット程度が所有していたことから分かるとおり、効果が微弱……いや、それは正確ではないな。狭いらしい」


「狭い?」


 ヒラクが更に問うと、フランチェスカは己が手を開閉してみせた。


「範囲が、人間の手ほどの大きさしかない」


 なるほど、それでは安いはずだ。

 おそらく素手で戦うような拳士が使っていたか、ただ単に失敗作だったのであろう。

 ヒラクはそう納得してから、思いついた。


「あ、でもそれなら」


「そう、リスィの強化になら使えるな」


 フランチェスカも同じ事を考えていたようで、彼女はヒラクが言葉を紡ぐ前にその先を言い当てる。


「わ、私ですか!?」


 驚いたのはリスィである。彼女はその指輪に関して、裁縫や料理の時指を守れて便利かしらぐらいにしか思っていなかった。

 なので、急に自分に話を振られ、彼女は戸惑った。


「分かったありがとう。買い取るよ」


 なるほど。リスィが取ってきた物が彼女自身の為に使えるならば、買い取らない道理はない。


 ヒラクがそう思い、答えると、フランチェスカは笑顔で頷く。

 その時、ちょうどチャイムが鳴った。


「では金は指定通りに頼む。また話そう、それまでに世界が闇に呑まれなければ」


 そう言って、彼女は口調だけは爽やかに去っていった。

 席は廊下側の端のようだ。


「……防御力強化かぁ」


 リスィが何やら感慨深げに呟く。


「うん、強さに依るけど豚型の体重ぐらいでは潰されなくなるね」


 そんな彼女に、ヒラクは昨日の件を引用し、分かりやすく解説した。

 勢い次第では油断できないが、低級のエンチャントでも人間用ならばその程度の硬度はあるはずだ。


「おぉー」


 感嘆の声を上げるリスィ。

 しかししばらくすると、彼女はモジモジと体を揺すり始めた。


「じゃ、じゃぁヒラク様と一緒に寝ても……」


 そうして彼女は、そんなズレたことを言い出す。


「……窒息の可能性もあるから却下かな」


 何故この子はそんな所に発想が行くのだろう。ある意味感心しながらも、ヒラクはため息を吐いた。



◇◆◇◆◇



 それから教師がやってきて、ホームルームが始まった。


 ヒラク達の担任教師は二十代中盤。柔らかな物腰の好青年と表現して良い男性だったが、何故か笑うときは「キヒヒ」と音を漏らした。

 聞き違いかと思い、ヒラクも何回か注意して聞いたが間違いない。

 今も「それでは皆さんよろしく。キヒヒ」と言っている。

 名はキリシュ=アンドナイトと言うようだ。


 彼は出席簿を手に、生徒達が揃っているかを確認する。


「おや、アルフィナ=ネンジュくんは二日目から遅刻かな? キヒヒ」


 そんな中、キリシュは生徒が一人足りないと教室中を見回した。


 同時に周囲に視線を配るクラスメイト達。あまり目立つことは避けたかったが、このままでは埒が明かないと判断してヒラクは手を挙げた。


「先生。僕の隣にいます」


「ひぇ!」


 裏がえった声を上げたのはリスィである。

 よく見ればヒラクの右隣の席にアルフィナは座っていた。


「い、何時から居たんですか?」


「……貴方達より前から」


 リスィの問いに、ぼそりと答えるアルフィナ。

 遠くに座るフランチェスカも目を剥いていることを察するに、彼女もアルフィナの存在に気づいていなかったのだろう。


 ヒラクにしても、アルフィナの存在に気づいたのはホームルームが始まってからだったため、声をかけられずにいたのだが。


「おわっ、ごめんよ」


 彼女を信じられないように二度見した後、謝罪する教師。

 それに対しアルフィナは首を左右に振り、その後は滞りなくホームルームは終わった。

 そしてーー。


「えーと、さっきは挨拶しそびれたけど、おはようアルフィナ」


 一時間目が始まる前の休み時間に、ヒラクはアルフィナへと話しかけた。


「……おはよう」


 ヒラクが挨拶をすると、アルフィナは茫洋とした瞳を彼に向けて挨拶を返した。


「おはようございます! びっくりしちゃってすいみませんでした!」


 そんな彼女にリスィが深々と頭を下げる。

 するとアルフィナは、ゆっくりと頭を左右に振った。


「大丈夫だって、リスィ」


 深くお辞儀をしているため、リスィにはそのジェスチャーは見えない。

 代わりにヒラクが翻訳すると、リスィはようやく頭を上げた。


「……それで?」


 そんなリスィの顔を一瞥してから、アルフィナがヒラクに問いかける。


 いや、ただ単に挨拶したかっただけだけど。

 そう言いかけて、しかし途中で思いついたことがあり、ヒラクは彼女に言った。


「ええと、フランチェスカとの話は聞いてたかな? 指輪の代金は一時預かり金庫だっけ? そこに入れておくから」


 指輪を買い取る件についてだ。ヒラクより先に着席していたというなら聞いていた可能性が高いが、何せあのときは彼女を認識できていなかった。

 なので念押しもこめて彼女にそう伝える。


「……聞いてた」


 それに対し、アルフィナはいつも通り短く答え、二人ーーリスィを含めた三人の中に沈黙が落ちる。


 もう話すことが無いからなのかと考えたヒラクだが、アルフィナはそのままヒラクから視線を外さない。


 主人と少女の間にある謎の緊張感に、リスィが視線をせわしなく動かしていると。


「……指輪」


 アルフィナが、ぽつりと呟いた。


「うん、指輪がどうかした?」


 そんな彼女に、まるで幼子を促すように尋ねるヒラク。


「……何で、買い取ったの?」


 すると彼女は、若干躊躇った様子でヒラクにそう問いかけてきた。

 いや、アルフィナの表情は相変わらずの鉄面皮であり、彼女がそのようなニュアンスを見せたというのもヒラクの考え過ぎかもしれない。


「んー」


 それでも、それが彼女にとって大事な問いだと感じられ、ヒラクは腕を組んで唸った。


「……戒め?」 


 すると焦れたのか、アルフィナは少し身じろぎをして、もう一度質問した。

 戒め、とは要するに、リスィがあのような事を二度としないように縛りつけるために指輪を買い取ったのかと聞きたいのだろう。


 それに対して、ヒラクはようやく、ゆっくりと口を開いた。


「そうじゃないよ。いや、それもちょっとだけ……あるけど」


 ヒラクがそう答えると、リスィが身を縮こまらせる。

 そんな彼女を安心させるため、ヒラクはリスィの頭を指で軽くなでた。


 リスィに二度とあのような無茶をして欲しくないのは、本当である。

 だがそれはもう、彼女には伝えたことだ。


「それでもあれは……それも含めて、リスィが初めて獲得した報酬だから」


 アルフィナに答えるというよりは、リスィに言い聞かせるように、ヒラクは小さな相棒の方を見て言った。

 

 失敗も成功も、すべてをひっくるめて経験であり、思い出である。

 自分が初めて獲得したそれを、苦い記憶だけにはして欲しくはない。


 ヒラクは、そう考えていた。


「ヒラク様……」


「だから手元に置いておきたいと思ったんだよ。それだけ」 


 自分を見上げるリスィに頷いてから、ヒラクは改めてアルフィナを見た。

 彼女の表情は動かない。それでも、彼女はたぶん分かってくれるはずだとヒラクは思っていた。


「君だって、そう思ったからリスィに指輪を預けてくれたんじゃないの?」


 何故なら彼女も、リスィに一旦指輪を渡してくれたからである。

 普段ならああいった物を、彼女に渡す義理はない。


「……考えすぎ」


 するとアルフィナはついっとヒラクから目を逸らし、そう呟いた。

 それが彼の思いこみに辟易したからか、それとも照れているのかは判別がつかない。


「うん、最近思い知ってるよ」


 苦笑して、ヒラクはそう答えた。

 自覚はしているが、性質という物は中々変え辛い。


「あと、クサい」


「クサい!?」


 それからもう一言足され、ヒラクは裏がえった声を上げる。

 リスィを見ると、彼女は「ちょっとだけ……」と苦笑した。


 愕然としているヒラクを余所に、鐘が鳴り響く。

 確かに、ちょっとクサかったかもと思い返しながら、ヒラクは初めての座学の準備をした。



◇◆◇◆◇



 一時間目の授業は、この世界の基礎とダンジョンの話。

 つまりはこの場所にいる人間ならば知っていて然るべきこと。それを知らなかったリスィにも、大体はヒラクが説明したことであった。


 それでも最初の授業だったからか。自分の命に関わる話が出るかもしれないからかは分からなかったが、学生達はまじめに話を聞いていた。

 迷宮探索者などという、収入の安定しないヤクザな職業に就こうとしている少年少女達だが、意外にも彼らは大人しい。


 男女比は7対3。ギフトの存在がある以上、男女に大きな力の差はないが、世の中にいる女性探索者の比率を考えると、やはり多めである。


 ヒラクがそんなことをぼんやりと考えているうちに、二時間目三時間目と比較的常識的な話が続いた。

 その中で何人かの生徒が眠りに落ち、やがて昼休みとなった。


 その鐘が聞こえた途端、ヒラクは席を立ち、リスィを促す。

 そうして彼が向かった先は、窓際中央。モズ=ハイナシオの座る席であった。

 パーティーの中で彼女とだけ話していない。

 そんなバランス感覚もあったが、ヒラクには彼女といくつか話したいこともあった。


「こんにちは。今良いかな?」


「何よ」


 ヒラクが問いかけると、モズからは鋭い眼光が返ってくる。

 それだけで心が挫けそうになるヒラクだったが、迷宮で彼女の視線をさんざん浴びたことが幸いして何とか踏みとどまる。


「えーと、昨日の指輪。買い取ったからお金は金庫に預けておくよ」


 そして、ヒラクはまず他の二人には話した指輪の処遇から話題に上げた。


「勝手にすればって言ったでしょ」


 しかし彼女はぷいとヒラクから目を逸らし、そう呟く。

 とりつく島もないとはこの事で、他の世間話でもしようものなら彼女は即座に牙を剥くだろう。


 そもそもこんな時間に引き留めるのも悪い。

 そう考えて、ヒラクはモズに提案した。


「じゃぁ、一緒にお昼どうかな?」


「はぁ!?」


「え!?」


 すると二ヶ所からそんな声が上がり、ヒラクはその両方を見て困惑した声を上げた。


「嫌、かな? ていうかリスィも?」


「私は嫌っていうか、その、純粋にびっくりして」

 

 するとリスィは、若干気まずそうにそんな返答をする。

 しかし彼女がちらちらとモズの顔を見ている様子から、けして率先して食卓を囲みたい相手ではない察せられる。


 そんなリスィを脅すようにぐぃっと顔を寄せ、ねめつけてから、モズは再度ヒラクを睨んで呟いた。


「何で私がアンタなんかと食事しなきゃいけないのよ」


「ええと、ほら、次にダンジョンに潜った時の相談とかさ」


 それに対し、ヒラクは若干目を泳がしながらそう答えた。


 彼のその言葉に、モズの目がぎょろりと動く。


「アタシは、二度とアンタなんかと組まない!」


 そして、ばん! と大きな音を立て、モズが机を叩いた。

 その音に、教室中の視線が集まる。


「そっか……」


 彼女の剣幕に一瞬目を丸くしたヒラクだが、その表情が次第に寂しげなものに変わっていき、消え入りそうな声でそう呟いた。


 流石に気まずく思い、モズは視線を逸らす。

 するとそこにはモズを睨むでもなく、主人を心配する妖精の顔があり、また彼女を追いつめた。


「その……」

 

 ちょっとは言い方を変えようか。そう思ったモズが口を開きかける。


「……じゃぁクラスメイトとして親睦を深める為ってことで、どう?」


 その前に、ケロっとした様子のヒラクが、改めて彼女に提案した。

 彼のめげなさに、モズはもちろん、リスィや、成り行きを見守っていた教室中の生徒が唖然となる。


 その中で一番早く立ち直ったのはモズであった。


「親睦も深めない! あぁもう!」


 その美しい黒髪を左右に振って怒りを表現すると、彼女はヒラクの顎に頭突きする勢いで立ち上がった。


 それを避けたヒラクが一歩引く。


「アンタとはパーティーも組まないし、ナンパにも応じない!」


 そんな彼に指をつきつけ宣言すると、モズはふんと鼻から息を吐きながら身を翻す。

 そうして彼女は、歩調も荒く教室を出ていってしまった。


「ナンパじゃ、ないんだけどなぁ」


 静まり返った教室の中、ヒラクがぽつりと呟く。


「……そんなにあの人とお昼を食べたかったんですか?」


 モズを呆気にとられた様子で見送ってから、遅まきにリスィの頬は膨れた。

 原因はモズの態度と、それにめげない主人の態度にある。


「気になる子だっていうのは、本当だよ」


 それに対し、ヒラクは言い訳のような口調でそう呟いた。


 探索者学校へ来た人間なら――もっと言えばこの時代に生きるなら、誰しもが効率を追い求める面を持つ。

 ヒラクにもそれを否定する気はないが、それにしても彼女のそれは頑なであり、不器用だ。


 効率を追い求める為に妥協せず他者を見下す態度は、逆に彼女の求める物を自ら遠ざけているように感じる。

 実際彼女は教室に入ってきて以来、誰とも口を利いておらず、孤立し始めているのだ。


 彼女がそんな態度をとってまで、自らに言い聞かすように「効率」と口にするその理由が、ヒラクはどうしても気になっていた。


 気になる理由は単なる野次馬根性か。もしくは彼女の容姿に惹かれてしまったのか。それは自分でも分からない。


 もしくは、自分がただお節介なせいかもしれない。

 考えすぎだと先ほどアルフィナに叱られたばかりだ。

 ヒラクは自嘲し口を歪めた。


「むぅ……」


 だが、そんなヒラクの自分自身でも整理し切れていない心情を、リスィに汲み取れというのが無理がある。


 含みのあるヒラクの口調に、リスィの頬は更に膨らんだ。


「おーっすヒラクー……って、あれ?」


 そして二人を昼食を誘いにきたライオに、まるで風船魚のようだとリスィはからかわれたのであった。


 風船魚


 魔物の一種。風船のような頭の中に、魔核を収納している。

 魚とあるが、中空を漂っている。

 頭自体は非常に柔く、針でつつかれても割れる。動けば内部の魔核が転がり割れる。たまには風で割れる。

 迷宮地下一階で特別に保護されており、義務教育で生徒がスキルを拾得する場合は、大半がこの儚い魔物に頼る。



 時間割


 アールズ探索学園において、授業は六時間割の三時間が終わった時点で昼休みとなる。

 迷宮の探索は一時間がパーティー決めと相談、準備。

 後の二時間が実際の探索となる(初回のみパーティー決めが一時間。後の二時間で準備と探索)。

 その日に探索授業がある生徒は、朝食、もしくは昼食を食べ過ぎないように注意される

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ