間違えた少年
ギフト。それは人が神に与えられた、邪悪なる者達と戦うための力である。
その力は、与えられると共に自ら選択する事ができる。
無双の力を求めれば、それが与えられ、人智の及ばぬ魔法の力を求めれば、神はそれに応えた。
五十年前。その力を以って、ついに人類は迷宮深くに巣食う魔王を打ち倒す事に成功する。
だがしかし、それでも迷宮は消えない。
そしてギフトもまた、人類には欠かせない存在となっていた。
◇◆◇◆◇
「ライト」
少年が小さく、短く唱えると、仄かに黄色が混じった白い光の球が薄暗い迷宮の天井へと昇った。
迷宮内では光苔によって少量の光源は確保されているが、戦闘をするにあたってその光だけでは心もとない。
よって、戦闘に入る前――もっと言えば戦闘を行うかどうかを判断する為にも、まずはこの魔法を唱える事が必須であった。
「わっ、明るくしちゃって大丈夫なんですか?」
少年の耳の横。彼の顔の半分ほどの大きさをした妖精が、声を絞りながらも驚きの声を上げる。
「……基本的に魔物には視覚が無いからね。ほら」
言いながら、少年は曲がり角から顔と手だけを出した。
そうして彼が人差し指を動かすと、迷宮の奥へと光がふらふらと飛んでいく。
すると、その場所にいる迷宮の主達が姿を現した。
「なるほど……」
それを見て、妖精が納得の声を上げる。
そこに集うのは、一見すると背筋の曲がった人間にも見える生き物であった。
だが、その体は青黒く染まり、頭の代わりに黄金色の正六面体が乗っている。
それが六匹。なるほど、あれでは視覚など無いはずだ。
「あれが魔物。大体は目も耳も無いけど、ある程度近づくと僕らの魔力を察知して攻撃してくるから気をつけて」
少年が言ったとおり、その異形の怪物――魔物は光で照らされているというのに、背を曲げ手に持った棍棒をぶら下げた姿勢のまま動こうとはしない。
その光景を逆に不気味に思ったのか。妖精は小さな喉をこくりと動かした。
「ちんたら話してんじゃないわよ」
だが、そんな彼らに背後から険のある声が浴びせられる。
少年が振り向くと、彼らの背後には黒髪の少女が立っていた。
体格は小柄で、少年の胸ほどまでしかない。
「どきなさい。どれどれ?」
少女は通路を覗き込むと、うげっと容姿に似合わぬ声を上げた。
「……ありゃマズいわね」
「マズいって、そんなに強いんですか?」
妖精が尋ねると、黒髪の少女は妖精へと視線を向け直して彼女を睨んだ。
「GGP効率がよ」
「じ、じぃじぃぴぃ?」
耳慣れない単語と少女から発せられるプレッシャーに、妖精の顔が引きつる。
「ギフトゲットポイント! 限られた時間の中で如何に効率良くGGPを取得するか。それが迷宮探索者の命題なのよ」
そんな彼女に対し、黒髪の少女は熱っぽく語った。
「はぁ……」
妖精が気のない返事をすると、少女はバサリと髪を翻して反対側を向く。
「うわっぷ」
「次のギフトゲットで私は肉体強化を4にするの。そしたら装備を新調してー。そうすれば一時間で200GGPは出るはずよー」
そうして彼女は、両手を組みうっとりと呟いた。
その表情は、まるで白馬の王子に憧れる純真な乙女である。
髪が直撃しへろへろと落ちる妖精を、少年が受け止めた。
「……効率厨」
そんな彼らの背後から、更に別の人間の声が響いた。
いや、それは吐息のようなかすかな囁きであり、洞窟の壁面にも当たらずに虚空に消えてしまいそうな声量であった。
びくりと少年の身体が震え、手に持った妖精を落としかける。
慌てて彼女をキャッチしなおした少年が振り返ると、そこには褐色の肌をした少女が立っていた。
「うっさいわね! その為にこんな学園に入ったんだから当たり前でしょ!」
そう言って、黒髪の少女もまた褐色の少女のほうを向く。
そうして彼女は、自らのスカートをつまんで見せた。
少年も褐色の少女も、多少の差異はあれど同じような白い制服に身を包んでいた。
「ヒラクさま。女の子のふとももを凝視するのは……」
妖精が、自らを持っている少年に言う。
ちらちらと黒髪の少女の下半身の辺りに目を這わせていた少年が、再び飛び上がった。
連動して妖精がポンと跳ね、彼女はそのままふわふわと自力での飛行に戻る。
「いや、凝視まではしてない! してないからね!?」
少年が必死で弁明するが、黒髪の少女は汚いものを見るような目で彼を見るのみである。
その視線に焦燥を深めた様子の少年が、あわあわと弁明を続けようとしていると――。
「何をひそひそと相談しているのだ」
褐色の少女の更に後ろから、制服の上に鉄色の胸当てをつけた少女が声を発した。
彼女は金色の髪を高い位置で結っており、堂々としたその様はどこかの貴族のようにも見える。
「いや、間違いなくひそひそはしてなかったよ今」
黒髪の少女の誤解が解けそうもないことを悟った少年は、肩を落としながら新たに現れた少女に言葉を返す。
「魔物を見つけたからにはやる事は一つだろう!」
だが、彼女は少年の抗議を聞いている様子はない。
金髪の少女は背負っていた斧槍を外し、ぶぅんと構えると颯爽と角から飛び出していった。
「あ、ちょっとバカ!」
黒髪の少女が止めるも、まるで聞いてはいない。
そうして金髪の少女は、斧槍を構えると高らかに宣言した。
「やぁやぁ、我が名は斧槍姫騎士、フランチェスカ=ザビーネ=カエサル! 悪しき魔物どもよ! 我が正義の一撃を受けるがいい!」
その名乗りに、魔物たちは何の反応も返さない。
まだ相手の感知距離に入っていないだけなのだが、少年には洞窟の空気が凍り付いているように思えた。
「……なりきり」
先ほどと同じように、褐色の少女がぽつりと呟く。
そんな小さなつっこみも、聞こえるはずはない。
金髪の少女は相手が動かないことにも構わず、斧槍を振り上げると力強く詠唱を始めた。
「迷宮に住まう雷の精霊よ! 我に力を与えたまえ! 喰らえ! 超秘技! 雷神嘆咆哮!!」
彼女の言葉と共に、その手に持つ斧槍へと雷が集まっていく。
そして咆哮と共に一振り。
すると斧槍を覆っていた雷が一斉に魔物へと襲い掛かり、その内二匹を黒焦げにした。
頭にある金色の立方体がぼろりともげ、地面に落ちると鈍い音を響かせる。
その四角い頭を重そうに動かして、残りの魔物たちが、ようやく金髪の少女のほうを向いた。
「斧槍が4に雷魔法が2……。魔法戦士なんて安定しないスキル振りして……」
彼女の技を見て、黒髪の少女がこぼす。
「まぁ、強いから良いんじゃないかな」
金髪の少女をフォローしようとする少年。
「アンタよりは万倍もマシね」
だが、矛先がすぐさま自分に向き、彼は喉の奥で呻いた。
「ったく、しょうがないわねっ!」
それから効率厨と呼ばれた少女は、再び髪をなびかせながら反転。
なりきりと呼ばれた少女と同じように曲がり角から飛び出した。
「あぶっ。ほ、補助魔法をかけようか?」
妖精と同じく長い髪に打ち据えられた少年が、その背中に声をかける。
「いらないわよ! どうせしょっぱいのでしょ!」
しかし彼女は振り向かずそう言って、背中の大剣を取りはずすと魔物の群れにつっこんで行く。
少年はひとつため息をついた。
「……じゃぁ、僕たちはとりあえず隠れてようか」
そうして、耳横の妖精に告げる。
「えぇ、いいんですかヒラクさま!?」
ぴょんと飛び上がり、驚きを全身で表す妖精。
彼女に対し、少年は妙に疲れた目を向けた。
「僕に何しろって言うの?」
「前に出て攻撃するとか」
「僕、鞭しか使えないし肉体強化も2しかないんだよね」
「後ろから魔法で撃っちゃうとか!」
「攻撃魔法は床を油まみれにする奴しかできない。今の状況だとマズいよ」
「味方を回復するとかっ!」
「……擦り傷ぐらいなら治せるけど」
そこまで聞くと、妖精はがっくりと来たようで肩を落とす。
落胆する彼女を見て、少年は力のない笑みを浮かべた。
ここはイルセリア。ギフト、もしくはスキルと呼ばれる不思議な力が、その人間の役割を決める世界。
その世界で――自らのスキル振りを間違った少年が、ここに一人いた。