第8話 産業が無いんじゃ貧乏ですね
「うむ、少しずつだが体は動くな」
「あ、あのう、ミコさん!?」
「どうかしたか」
「ど、どうしてそんなに早く加護が戻るんですか!? こんなに早く動けるようになるなんて!」
そんなの、俺にも分からねーって。前に一度きついのをやってたからかな?
「これ以上の環境があったからだ」
「加護切れ以上の…。想像を絶しますね…」
この世界に来て、いろいろと分かったことを整理していかなきゃなあ。まず俺はどうやら、この世界では客人のようだ。言葉が分からない客人でも世話をするという、かなり道徳観の進んだ世界だというのがよく分かる。
そしてこの、どこかぽわーっとしたちびっ子は将来すごい美人、いや今でもかなり可愛いのだが、この子が王族の姫だということだ。王族は5つあって、中央王家ってのが一番偉いらしい。
で、俺がどうしてサヤカちゃんの寝室で寝かせられていたのかをよーく考えてみると、確実に俺は下僕とか教育係とか、家庭教師のようなものとして当てられたということだ。江戸時代後期などにはよく、異国の者を文化を学ぶ為と称して後継者に教育係につけたりということもあったから、似たようなことが今ここで起きているってぇことだ。
俺がある程度礼儀正しくしていたから、父親のマーズさんが俺を気に入ってくれたのだろう。つまり俺は、地球の文化をサヤカちゃんに教えていくのが主な仕事なのだ。まあ、向こうも俺のことを信用して娘に若い男をつけるなんていう冒険をしているのだから、それに報いないといけない。でもさすがに俺だって、中学生みたいな子を襲おうとか考えるほど馬鹿じゃねえ。
…でもそれを維持し続けられるかちょっと自信が無ぇ。だって可愛いんだもん。いやまて! 俺はロリコン趣味はねえええ! 無いと思いたい。まあ、いつもの通り、心を無にするだけだ。どんなに江里が萌えるようなことを言っても、俺は心を無にして耐え続けた。大丈夫、できるできる。
同じヤマト姓だったってのもでかいだろう。まあ多分偶然なんだろうが、遠い親戚という扱いをしてくれているってことだな。
それからこの家、俺がアイデアを出したらすぐに空き家を見つけてきてくれたようだが、どうもこの家に住むのは俺じゃなくてサヤカちゃんがメインのようだ。俺は小さい家で、俺一人だけ住めればいいんだけどな。まあ、体が動くなら家事は俺がしていかないといけねえな。上司というか、ご主人様はサヤカちゃんなんだからな。まあ、ある意味で妹的な。
「ミコさん!? 何をしているの!?」
「何か食材は無いか。料理を作る」
「えっ、そっそんな…!? あっ、そうか! 失礼しました! ミコさんの料理、是非食べたいです…ちょっと食材を取りに父上の家に行きます! すぐ戻ってきますからね!」
うんうん。やはり俺が作るべきだな。でも料理はそんなにうまくないんだが。できるとしてもチャーハンぐらいか。調味料とかは…ああ。町の人たちが持ち込んできてくれてたのか。やっぱり食材だけが無かったんだな。
でもさすが姫様だなー。姫様の号令であっという間に家財道具が集まっちまった。調理器具までしっかりといろんな種類が揃ってる。この惑星ヴェガルでも、鉄を使っているようだなあ。ヴェガルってなんだっけか。ヴェガなら知ってるけどな。琴座のアルファ星、織女星、おりひめ星ってやつだ。彦星のアルタイルと、白鳥座のデネブ、それとヴェガの3つが夏の大三角形とか言われてたっけな。そういえばここの世界の太陽は、随分と青っぽかった。ヴェガとよく似た色だったな。
「ミコさんー! いっぱい持ってきました! 今日はこれだけしかありませんが、明日は市場に買いに行きましょうね!」
おお、これだけあればチャーハンは作れる。炊飯器はと…これだな。でもこれ、お釜のような感じか。おこげができるな。まあおこげはうまいからいいか。だが米研ぎなら任せろー! うん、上水道はきちんと通っているな。水は綺麗だ。トイレもしっかりしてたから下水道網もかなりできているんだろう。
「ミコさん、私も手伝います! 何を作るんですか!?」
「チャーハンという料理だ」
米研ぎはパワーが重要! ん、なんだ? なんでぼーっとしてるんだこの子は? ああ、地球の米研ぎの仕方は初めて見たのか。フハハハー、日本の米文化をなめるなよ! だが炊飯器があるならその間、せいぜい食材を少し切っておくぐらいで、時間が空いてしまう。そうだ、その間に風呂を炊くべきだな。
「後で風呂を沸かそう」
「あっ、それなら水を張れば、加護ですぐにお湯にできますよ! 私は火の加護を持ってますから」
なるほど、便利だな加護ってのは。さて、コンロに火を…。なんじゃこりゃ。コンロに水晶が置いてあるぞ。どうやって使うんだこれは!?
「この水晶は何だ。使い方が分からぬ」
「あっ! すいません、まだ火の加護を入れてませんでした…」
手から赤い光をかざして、水晶に光を入れていくのか。で? まさかこれが熱になるとでも? 水晶は、赤く色づきながら発光しはじめている。
「はい、入れました。あ、それでここをひねると水晶に衝撃を加えますので、そうすると熱が出ます。これはヴェガルでは力石と言っていますが、ミコさんの世界では無かったのですか?」
パワーストーンってのはあったが、ここまで直接的じゃなかったな。このヴェガルという文明、これはどうも12000年前に地球から俺と同じように飛ばされちゃった人たちの末裔が作り上げた世界なんだろう。つまり、地球上の12000年前の文明が生きた化石のようになってそのまま残っている。こちらだけで発展した技術もあるようだが、どうやら魔法に頼りすぎて機械が発展しなかったようだ。魔法を使えば不便なことも特に無く、こちらの人類は科学技術を進歩させなかったってことだ。
――ミコさんは急に料理を作ると言い出したことに、私は少し驚いたけれども嬉しかった。ヴェガルでは男が料理するというのは妻への愛情表現しか存在しない。それはミコさんの世界でも同じだったのね。つまり、既に私を妻として認めているということ。真面目に言われるとこっちが恥ずかしくなっちゃうよぉ…。
いやだ、こんなに胸が高鳴ることなんてなかったのに。ミコさんの真っ直ぐな求愛行為に、もう真っ直ぐ立っていることすらできない感じ。どうしてこの方はここまで、真っ直ぐな目でいられるの? 引き込まれてしまいそう。後ろめたいことが何も無い人なのね。この人の言うことはすべて正しいのね。
私は信じるわ。12000年前から決まっている、この捻じれた運命を変えるのはミコさん。私たちは12000年前から出会うことが決まっていた。いいえ、ミコさんは決まっていたけどこっちの王女が誰なのかは決まっていなかった。でも私がそこに選ばれた。ミコさんが選んでくれた。織姫ヴェガルは、彦星アマテラスを待ち続け、アマテラスは12000年前から、ヴェガルを愛していてくれていた。それが私たちの間に流れる血の伝説。
「おいしいです!」
「そうであろう。特製である」
「こんな料理初めて食べました! 料理の可能性が広がりましたね」
残念だけど寝室は分けられちゃった。でもその心遣いが、逆に私には嬉しい。すごく大事にされているというのが伝わってきて、とても暖かい…。でも寂しくなったらミコさんの布団に潜りこんじゃえばいいもんね。
――翌朝、尊はサヤカとともに街へ出た。サヤカの目的は食材の確保だったが、尊は12000年間保存されていた文明に、考古学を志す者としての滾りが噴き出していたのだった。
「ふむ、経済はほぼ自給自足。旅館はまったく無いに等しい。会社組織のようなものは鍛冶屋と運送屋、それと八百屋程度か。それも個人運営だ」
「はい…火王家の領地は貧乏なので…」
「ふむ…困っていることといえばそのくらいか。税収は?」
「あまり上がりはありません…」
尊は恩返しするためのネタ探しにも来ていたつもりだったが、人々の生活には不満そうな点は何も見当たらず、それなりに不自由の無い状態に見えた。
「鍛冶屋に入ろう。武器を見たい」
「はいっ! ご自分の専用武器を作られますか!?」
「中を見てからだな」
2人が鍛冶屋の工房を覗くと、加護を使って鉄を打っている男達がいた。すぐに気づいた鍛冶師はサヤカに声をかける。
「サヤカ様、らっしゃい! 今日はどうしたんで?」
「今度の候補者の方です。中を見たいとおっしゃっていて…」
「へぇ! こんなとこに何も面白いもんはありませんぜ! 見るなら店の方ですぜ」
龍騒動の際に住民達が持っていた武器は、ほぼ全てロングソードのようなものだった。数人ほど槍のようなものを持っていたが、この世界では刀が無いのだ。つまり製鉄技術が日本と比べて低いということだった。
「いや待て」
「へい、なんでしょ?」
「鉄はどうやって製鉄しているのだ」
「鉄鉱石や砂鉄から鉄分だけを地の加護で取り出して、固めていくんですぜ」
「それで剣を作るのか。折れやすく無いか」
「へい。剣は折れるのが当たり前ですぜ」
どうやら炭素鋼の概念が無いようだ。日本刀を作る技術は考古学でもある程度研究されていたが、実は現在の製鉄技術よりも鎌倉時代などの方が、より強い日本刀を造りだしていたという事実がある。その秘密は鉄内に含まれる炭素率と、不純物の量にあった。
「木を燃やして炭を作り、僅かに鉄に混ぜよ。また、剣体の中央付近にはその炭を混ぜた鉄を使い、外側は通常の鉄で覆うのだ。2種類の鉄を合わせてみよ」
「炭を…?」
「うむ、炭を混ぜると粘りが出るであろう。それを、硬い通常の鉄で覆うから折れなくなっていく。含有率は試行錯誤せよ。そうそう、このような形の片刃剣を作ってくれぬか。炭を混ぜる、芯になるほうの鉄は、こういう断面だ」
尊は工房の地面に日本刀の形を指で描き出した。その横には心金の構造を断面図にして示す。これまでの製鉄技術でそんな形のものを作れば、すぐに折れてしまうことは自明の理だったが、炭素鋼を使えばそんなことは無い。
「曲がった剣? ははは、なんだそりゃ」
「良いものができたら、火王領地特産とし、全国へ高値で販売せよ。製法は機密情報だ」
「…まさか、本気でおっしゃられてるんですかね?」
「騙されたと思ってやってみよ」
「よおし! そこまで言うならやってやろうじゃねえか! 今すぐやるからな、ちょっとそこで待ってろよ! おいおめーら。何か飲み物を出してやれ!」
鍛冶師たちは尊と受け答えをしていた頭領の指示に従って外へ駆け出して行く。おそらく炭を仕入れに行ったのだろう。その間に頭領は二つの鉄の棒を加護で造りだしていた。どちらか一つを炭素鋼にするのだろう。
「ミコさん、鉄に詳しいのですか?」
「我の世界で最高峰だった武器の製法だ。最強の武器、カタナだ」
「カタナ…」
「同じ製法で包丁も作れる。よく切れるぞ」
「じゃあ、うまく行けば料理が楽になりますね!? ミコさん、鍛冶師たちはミコさんの力を知らないみたいだから不躾ですけど、根は良い人たちなんで怒らないでくださいね」
「うむ、分かっている。職人はこうあるべきだ。作法は全て鉄を打つことに費やせ」
「あんちゃん良いこと言うじゃねえか! お偉いさんは普通、俺たちのことをそんな風に言わねえからなあ。あんちゃん良い奴だな。おっ、炭が来たな。てめえ、おせえぞ!」
「すいやせん!」
頭領はすぐに部下から炭をぶっきらぼうに奪うと、心金となる方の鉄に炭を混ぜ始めた。
「炭はほんの少しで良い」
「へえ、こんなもので?」
見る見るうちに炭は心金に吸い込まれ、同化していることが分かる。加護の力を使えば地球の鍛冶師が数日間かけて行うような均等化も、一瞬で終わるのだろう。
「んで周りを普通の鉄で囲むと。こんなもんか?」
「剣体が太すぎる。もっと細くて良い」
「これ以上細くするんで? さすがに細すぎじゃあねえかい」
「うむ、それぐらいで良い」
「これで出来上がりですかい」
「いいや、まだだ。水を用意せよ」
「はああ? なんで水を?」
「焼き入れをして、水で瞬時に冷やすのだ」
「じゃあ剣体が全部入る水槽が必要だな。おい、なんか適当に持ってこい!」
「へい、分かりやした!」
部下が樽に水を入れたものを持ってきたところで、尊はサヤカへ火の加護を促した。サヤカは言われるままに鉄を赤く熱し、尊はすぐにそれを樽の中へ漬け込む。ジュウウと派手な音がして、刃は冷えていった。
「この後、刃の部分を石で研ぐのだがとりあえず今日はここまでで良い。研ぐための石は目の細かい、泥岩を使うと良いだろう」
「ほー。鉄を泥岩で整えるのかい。おもしれえことを言うな」
「既にこの状態で高い強度が出ているはずだ。試しにそなたの作った剣で打ち据えてみよ」
「おおよ! やったろうじゃねえか! おめーら! 店から一番強い剣を持ってこい!」
「へい、頭領!」
数分後、鍛冶師たちは腰を抜かすことになった。
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