第6話 詠唱
(この街はどうやら自然に恵まれた、美しい都市。総石造りの建物があちこちにあり、人口は、うーん、15万人はいるだろうかこれは。かなり大きな都市だ)
城の見晴らし場に出ると、壮大な景色が尊を出迎えた。
地球で軽視されていた自然との共有を果たしているような、きちんとした都市計画に沿って街が作られているのを発見した尊はその興味深い都市景観に感嘆した。視界に入るのは深い翠、青い空に浮かぶ白い雲は薄く棚引き、高空を飛ぶ渡り鳥たち、そして…
(はああ!? 空を飛ぶ樽だぁ!? 飛空艇ってやつか。レベル上がらないと手に入らないんだよな。でもあれは…竹内文書の?)
竹内文書。それは神代の文字で書かれたいくつかの文書と、それに伴う石飾り、鉄の剣を総称したものとされている。日本の南北朝時代に、南朝が持ち出したもので、古代からの出来事が記されているというがそれは偽書だという結論が考古学会で判定されていた。それは昭和時代初期に竹内巨麿という人物がそれをかかげて新興宗教のようなものを始めたからだ。
そこに記されているのは、神武天皇が初代天皇として即位する前、遥か前から王位が続いているということ。ずっと遡ると神話にしか出てこないイザナギにまで行き当たる。さらに竹内巨麿はそこに一ひねりを加えた。失われた大陸があるという記述は、ムー大陸のことだと言ったのだ。もう一つ、アトランティス大陸のようなものも記述されているという。
(俺も親父に写本を見せてもらったが、そうともとれるし、そうではなさそうなものともとれる、どっちつかずのものだった。まあ偽書にありがちだ)
世界を統べる王がそこにはいて、天の浮舟で世界中を飛び回ったという。民族は5種類いて赤、青、黄、そして黒と白の民族だという。古代日本の色概念は緑と青を混ぜて語っているので、実際には6色となる。黒、白、黄については肌の色、赤は赤毛とだと考えるべきだが、青と緑については説明しにくかった。瞳の色が青とグリーンということなのかもしれないと、尊の父、蒼然は語っていた。
(あれは天の浮舟そのまんまじゃねぇか…)
「サヤカ殿」
「はっ!? 何でございましょうミコさん!?」
「あれは何だ」
「あれは飛空船でございます」
「ヒクウセン。分かった。どういう原理で飛ぶのか」
「地の加護を使います。ミコさんの世界には無かったのですか?」
「我の世界にはカガク技術を使った舟で、星を飛び回っていた。時には宇宙へも」
「宇宙!? 星を飛び出したのですか。そんなことが可能なのですか!?」
「うむ、可能だ。あれは何年前からある」
「12000年前からです」
「…ありえん」
蒼然の理論はそこからさらに飛ぶ。その世界を統べる王の子孫が現在の日本の皇族で、それはもう12000年も続く王朝なのだという。大和家は、実はその本家であるというのだ。だから大和蒼然、そして大和尊が世界の王だというのだ。それを信じないようなら裏づけとして証人をと自宅に連れてきたのが、例の出来事だった。
12000年という時間の符合に、不思議な感覚が尊の中に湧き上がる。なぜか懐かしい、そういう感じだ。天の浮舟を見ても竹内文書の内容をすべて信じるわけにはいかない。特に蒼然が付け足した理論についてはさらに疑問を投げかけるべきだ。
「サヤカ、姓をなんと言う」
「ヤマトです。サヤカ=ヤマト」
「我と同じではないか」
「そうです。同じヤマト王朝ですから。あちらでもヤマト王朝は続いておられたんでしょう?」
「あちら? 我の世界のことか。何故知っている」
「そういう取り決めがあったので…」
「いつ取り決めをしたのだ」
「12000年前に。2つの王朝は同じものです」
また、12000年前だ。ということは蒼然の説どおりならば、尊とサヤカは遠い親戚だということだった。
(やべえ、親父が言ってたのはどうやらマジだ。でもどこまで信じていいのかわからねえ。でもさ、大和姓なんて日本には腐るほどいるんだけどな。俺はただの凡人だから)
自分はただの平凡な日本人、自分の好きなことをして、なるべく人と関わらず生きて行きたい。そう願っていた尊には、話が大きすぎて逃避せざるを得なかった。だがこちらの世界で人と関わらず生きるには、加護を使いこなして魔獣を倒すしかないと思われた。
「サヤカ、加護の実践的なものを教えてくれ」
「こちらの世界で使われている詠唱を知りたいのですか? それならトレイスさんがいいですよ! うちに戻りましょう!」
「あ、どうもミコト様。サヤカ、城はどうだったんだ?」
「ミコさんが加護で大地を震えさせて、正式に候補者になりましたよ! おそらく地の詠唱、それを無詠唱でやってましたよ!!」
「さきほどのはそのせいか、あれには驚いたぞ! 地も使えるのか、それも超広域詠唱じゃないか。それなのに加護切れを起こしてないってのがまたすごいな! で、何故ここに?」
「詠唱をミコさんに教えてあげてほしいんです。あちらの世界とは違うみたいなので知りたがっておられるようで」
「ああ分かった、そういうことなら任せてくれ! で、なんでミコさんって呼んでるんだ? もう体の契りを交わしたのか」
「えぅ、あぁ、まぁ」
「やるじゃないかサヤカ。背はちっこくてもやるときはやるんだな。見直したぞハハハ。早く子どもができるといいな。これで火王領地も安泰だ」
「あは、あはは…」
「まあその前に大いなる災いを退けないとな。あと2年か」
この、体の引き締まった好青年はトレイスという名前のようだ。しなやかな体つきは戦士のそれを思わせる。だが現地人同士の会話は早口すぎて、尊にはよく聞き取れないでいた。
「トレイス殿、よろしく頼む」
「えっ!? いや、頭を下げてくださることでは…! サヤカ、ミコト様は随分と謙虚なお方なんだな」
「ええ、本当に素晴らしい方…」
「じゃあまず地の加護が使える私が、その中でも得意なものを」
「すまぬが、もう少しゆっくりしゃべってくれぬか」
「あっ、まだこちらの言葉に慣れておられないんでしたっけ。それにしてもたった1日で言葉を覚えるとはさすがです」
「うむ、聞き取りやすくなったぞ」
「はい。では地の詠唱をいくつか。私は詠唱だけは他の加護種の分も覚えていますから、知っている限りすべてお教えします」
「頼むぞ」
「まずこちらの世界では、詠唱をいくつかの次元に分けます」
「次元?」
「言葉を区切るのです。一つ一つ、頭に思い浮かべながら」
その詠唱のやり方なら分かりやすいと、尊は感心した。
「まずは共通項。地の精霊よその力を貸し与え給え、と言います。これで加護流を起動します」
「ふむ。そこで加護種を指定するのだな」
「普通は、自分に使えないはずの別種の詠唱をしても、加護流は起動はしません。一人一種が原則です。ミコト様は別みたいですが…」
「ほう、なんとなく分かった」
「次の項、二次部分は、使う詠唱が『表詠唱』の場合は、そのまま加護によって得られるものを表現します。『裏詠唱』の場合は二次部分に、その力のさらなる深みを我に見せ給え、とやります」
「表と裏?」
「ええ、裏は強大なので」
「ああ、なるほど」
「では試しに、裏詠唱を一つ。ここにある石を軽くします。…地の精霊よその力を貸し与え給え、その力のさらなる深みを我に見せ給え、大地の重みを解き放ち給え、この形あるものを包み給え」
トレイスの詠唱が終わると同時に、彼の右手からは黄色い光が石に向かって放たれる。そして詠唱文どおり、光が石を包み込むと、光はやがて石に吸い込まれて消えていった。
「こういう感じです。さあ、石が軽くなっていますよ」
「ほう、こうやって詠唱するのか。ふむ確かに軽くなっている」
まるで羽のように軽いので、発泡スチロールで作ったイミテーションの石のようになってしまっている。なるほど、この詠唱を使えば巨石であろうと建築に使えるのだと、尊は納得していた。
「ミコト様の方の世界では、これを別の形で?」
「ああ、そうだな。ではあの石を。いや岩か」
「…あのう、あそこまででかいとさすがに無理では…」
そこには高さ15メートルほどの大きな岩があった。重さにして何トン、いや何十トンというものだろう。
「ほれ」
「えっ、何ですかその詠唱!? 2文字!?」
尊が頭の中で描いたのは、いくつかのゲームでよくある重力軽減の魔法だった。イメージはしっかりと頭にあるので、別に詠唱はいらないのだ。強いて言えば頭の中でメニューを開き、魔法を選択するだけだ。
「トレイスさん、軽くなってる!」
「おお~サヤカ。力持ちだな? そんな大きな岩をあんな簡単に軽くできるわけないだろ」
「えっ、ちがっ!? トレイスさんも持ってみて!」
「か、かるい…ということは…」
「裏詠唱を無詠唱化してる?」
「すごいな…」
「問題ないか」(うまくいった?)
「はい! ミコさんすごいですよこれ!」
「お主らは力が足りていないのだ。もっと修行せよ」(レベル不足じゃない? もう少しレベル上げたらできるようになるよ)
「は、はい!」
(この様子なら騎士にもなれそうじゃね? いけるいける、姫様を守る騎士ってのもなんかいいな。でも、俺は平凡に生きられればそれでいいんだけど。努力とか根性とか、きついのはマジ無理っす)
尊は自分の右手を見つめ、一瞬だけ固く握った後、しかし力を抜いてそれを下ろしていた。
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