第4話 加護
「教授、あんな感じでよかったですか!?」
「うんうん山神君。とってもいい演技だったよ~」
「ミコっち、帰ってこれるかな」
「向こうで鍛えられたら戻ってくるよ~。心配しなくても尊なら大丈夫さ~」
「教授が言うと本当にそう聞こえますね…」
「さて、こちらは異変の対処に入っておこうか。あちらとほぼ同時、2012年を乗り越えるにはどうしても失われた加護の力が必要だからね~。あとはあっちに任せようね。それが取り決めだから~」
「はい、すべてミコが戻ってきたときのために。それが因果律によって決められているなら」
「ちゃーんと、ソクラテス君から基礎は引き継いでいるから、加護もあちらで使えるようになっているよ~。さ、入り口を塞ごうか~」
尊の父、大和大務狩野観之介蒼然は、2年後に何かがあることを仄めかしながら徹と江里の肩を叩いて、遺跡の入り口を塞ぐ作業に取り掛かっていった。
彼らは、地球上で暗躍する一つのグループを形成していた。表向きにはそれがフリーメイソンや東方聖堂騎士団など、各国それぞれで違う呼ばれ方をしていたが、それらはすべて彼らの組織の一部分だけが表に出てきたものだった。
2012年の冬至。マヤ文明はそこで彼らのカレンダーを区切った。メキシコ周辺で古代に見られたメソアメリカ文明の長期暦では、そこですべてが区切られている。それがただの区切りなのか、それとも別の意味があるのかというのは、世間でも長い間議論されてきたが、学想院大学・宇宙考古学・民族考古学教授・大和蒼然による学説は、数ある滅亡論の中でもさらに異端視されていた。
その日は地球人類が次のステージに立つ日であるというその説は、一部で熱狂的な信者を育てたが、その説を世間へ広めたのは、別の思惑が潜んでいたからだった。近年、2012年をテーマにした映画によって公開された内容も彼らの情報伝播手段の一つで、その思惑は彼らのグループしか知りようもない真実だった――。
――尊は完全にその世界から帰ることを諦めていた。彼にとって魔法を使える世界というのは、夢物語でしかありえないことだったからだ。地球、そして自分の故郷からあまりにも遠く離れてしまったことに気づいた尊は、最初は興奮こそすれ、次第に意気消沈していった。
(この世界で生き、この世界で死んでいけってことか)
帰るのは無理だと、普通の人間ならそう考えて当然だった。だが尊にはその異世界の住人達と同じ、魔法のようなものが使えたのだ。帰ることはできなくても生活には困らないかもしれないというのは、尊にもすぐに分かった。あとはその力で、どのように生活の糧を得るかが問題だった。
(で、この子は何で一緒に寝ようとするってんだ? もともとこの子の寝室ってえことか)
龍との戦いの後、尊は前日からいた寝室に再度案内されるとサヤカからそこで寝るようにと促されたが、その意味はすぐに伝わり布団へ潜り込んでいった。だが数十分ほどしてサヤカが風呂場から上がってくると、同じ布団へ潜り込もうとする。
「あーあー。NO! NOですよお嬢さん! 俺はNOと言えない日本人じゃない! 君の年齢だとアウト! これ犯罪ね、分かるぅ? 伝わる?」
それでもサヤカは、もう布団へ潜り込んできてしまっていた。尊の言葉は通じていないようだ。
「俺は、悪いけど人が嫌いなんだ。できれば一人で生きて行きたい。だから添い寝だけだとか思ってたとしてもこんなことをされちゃ困るんだよ。OK?」
尊には大きな性格的欠陥があった。特定の親友、家族以外の人間との関係性を希薄に保とうとするということだ。尊は出来る限り一人でいることを好み、自活が出来るようになれば家族とも離れようとしていたぐらいだった。そんな尊の性格には考古学のような孤独な研究はよく合い、次第に傾倒していった。
(なんだ、震えてるじゃねえか)
サヤカは確かに震えていた。体を強張らせ、布団の中で小動物のように縮こまっている。どう考えてもすき好んで男の布団へ入るようなことを、当たり前のようにする人間の反応ではなかった。
「なあ、君は。サヤカ、君は何でここに来た? 体を震えさせてまでやることか? 客人に体を提供するのがこの村、いや村というレベルじゃなかったな、この町の風習なのか?」
実際、そういう風習を持つ村は地球各地にあった。旅人をそこに留まらせ、村人として迎えるための風習で、そうやって血が濃くならないようにしていたのだ。それと同じものなのではないかということが、考古学を学んで2年の尊にもすぐに思いついた。
それでも尊はずいぶんと若く小さく見えるサヤカを、思いのままにしてしまおうなどとは考えなかった。尊が布団から出てどうしたものかと溜息をつくと、サヤカは表情が崩れていく。
「ミコトノカミ、ワエハコノマズノ…?」
「ちょっ!? 待て、泣くな! 泣くなって! ったく、しょうがねえなあ。ちびっ子なのに女の武器使いやがって…」
仕方なく尊が布団に腰掛けてサヤカの頭を撫でてやると、すぐにサヤカは柔らかい表情に戻る。
「そんな笑顔されたらぐっとくるじゃねぇか! …どういう罠だ。まあいいや、妹みたいなもんだと思えばいいってことだろ? 分かったよ。しょうがねえ。ん…なんだこの感覚。胸が…」
尊はいつも、胸にぐっとくる、ということがあってもそこから何も行動を起こすことは無かった。自分自身に強い制限をかけさえすれば、面倒な人付き合いもしなくて済むようになる。ならばどんな衝動が湧き上がってもそれを制限してみせるという、そんな自制心を尊は持っていた。だが、今回はサヤカを妹のようなもの、家族のようなものと認めてしまったのだ。その時、尊の体内で起きた変化に彼自身も気づいた。
「血が沸騰する…。いや沸騰したら死ぬか。なんだこの感覚は」
「カゴ、ナガレノオオクサ…」
「かご?」
「カゴ」
カゴ、という言葉を出しながら、サヤカは布団から起き上がり、右手を尊の前に突き出す。次の瞬間、右手は赤い光に包まれていた。
「おお、魔法の光だな! これはカゴっていうのか。そうだ、言葉を教えてくれよ」
サヤカは喜んで単語を一つ一つ尊に伝えていった。時折説明しづらいものが出てくると、サヤカは部屋の中にあった入れ物から紙とペンを持ち出し、絵を描いて説明する。尊も新しい知識との出会いに夢中になり、気がつけば朝になっていた。
「うげ…。やべえ眠い。もう寝ないかサヤカちゃん? おかげで大分覚えたよ」
「ハイ、ネル、イッショニ」
たった一晩で生活用語のほとんどを尊が理解できるようになったのは、その単語群が古代日本語を元に形成されていたものだったからだ。
一晩中興奮しながら言葉のやりとりをしていたので疲れきっていた2人は、布団に潜り込むと、猛烈な睡魔に襲われていった。
(まあ、一緒に寝るとしてもこの子はいいか…。この世界で一般人として生きていけるようになるまで、しばらく世話になろう…)
尊が半分意識を失いながらもそう心の中で許容すると、なぜかまた尊の中の『カゴ』は膨れ上がっていった。だが今度は尊がそれを自覚することはなく、そのまま深い眠りの淵に落ち込んでいた…。
――ミコト様と閨を供にする。心が躍るような出来事だけれど、そういう経験は私には無い。だからちょびっと怖い。ミコト様はあんな無属性加護を使った後なのに、体がだるくないのかな? でもすぐに布団に入ってしまわれたようだから、きっと疲れているのね。
私が布団へ入ると何故か、ミコト様は嫌がるそぶりをしている。私ではダメなの? 魅力が無いということ? 失格なのだろうか、と考えると泣けてくる。ミコト様は他王家の王女を娶るつもりなのかもしれない。貧乏な火王家では話にならないということか…。
「ミコト様、私は好みではありませんでしたか…?」
「チョッ!? マテ、泣くナ! 泣くナッテ!」
はっ!? ミコト様が頭を撫でてくださった? もしかしたら、ちょっとびっくりしただけだったのかもしれないわ、今は私を許容してくださっている。でもこれは…、ミコト様の加護流が大きくなっている…。先ほどの戦いで感じたよりもさらに大きい加護。素晴らしい力。
「加護の流れが大きくなっています…」
「加護?」
「加護」
ああ、そうか。あちらの世界では加護という単語で呼ばないのかもしれない。ええと、これですミコト様! この光が加護ですよ!
「オオ、マホウノ光ダナ! コレハ加護ッテイウノカ。ソウダ、言葉を教エテクレヨ」
マホウノ光、とおっしゃった。あちらではマホウというのかもしれないわね。でもそれは置いといて! 意思の疎通が不自由ではこの先いろいろと問題があるわ。いろいろ覚えていただかねば!! よーし、がんばるぞー!
そして気づけば朝。この方と一緒にいると、なんて楽しいんだろう。幸せすぎて怖い。
「ウゲ…。ヤベエ眠い。もう寝ナイカサヤカチャン? おかげで大分覚えたヨ」
ああ、この方は本当に頭の良い方だわ。もう意味が伝わる言葉になっている。
「はい寝ましょう。ご一緒します」
一緒に寝るとしてももう、お伽をする体力が無い。ミコト様もそんな感じだから、本当にただ寝るだけになるけれど。でももう、最初に感じていた怖さは無くなってしまった。この方とずっと一緒にいたい。ずっとお側にいられたら…。ああ、眠い…。
翌朝、というか昼過ぎに部屋から出て行くと父上には喜ばれた。すみません父上、2人とも契りを交わすに至らず…。でも父上の喜び方を見ているとそんなことは言えない。しばらくすればきっと契りを交わせるようになるはずだから黙っているしかないわね…。
ちょび~っとお堅い文章もありますが
このぐらいなら読みにくくないでしょうか。
どうでしょう?(´Д`;)