第26話 お菓子は世界を救うんです
俺は実際のところ、あることが気になって仕方がなかった。それは、このモーシェという領主がその気になれば自分の首など簡単に刎ねてしまうことができるということなんだよね。地球の歴史を学ぶとそこには、欧州の貴族たちの権力を用いた政治だけでなく、一部には専横ぶりが目に付くわけ。
領地内である程度なら好き勝手にやっても、あまりにひどければ王族が調査に入ることもあったが、咎める者がいないという身分でもあったからね。
だから勝手に領地の改造をしながらもノコノコと目の前に現れた男を、無礼だと言って斬り捨てないという保証は無いわけで。そもそも、彼らはポーカーフェイスなどお手の物だろう。目の前の敵に対してにこやかな笑顔を見せつつ、指パッチン一つで後ろからゾロゾロと兵士たちが出てきてハイ斬首刑、なんてこともあり得る。
だから俺はある一つの論理に従って行動した。それは、相手に利益のある行動を起こし、かつその報酬を求めないというもの。
俺が考古学を学んだ限りでは、どのような時代でも莫大な報酬を希望した者はそれを求められた者にやがて命を狙われることになったし、報酬が微々たるものであってもそれが元で後に新たな問題が発生するのが常だった。そのような事態は故事を物語にしたものにはつきもの。
所詮誰かの下僕でしかない男が貴族から報酬を得ようとするなど、無粋の極みだと俺は考えたわけだ。
それが功を奏し始めていることは領主の反応からも窺える。ニコニコした笑顔が、表面だけではなく体全体の動きになって表れているからだ。立ち上がろうとしたり、座りなおそうとしたり、これは明らかに俺の提案を肯定していて、さらにそれが実行されることに居ても立っても居られないという文字通りの状態になっているからだ。つまり、俺の首は刎ねられない可能性が限りなく高いということだ。
この領主がどれだけ民想いなのかはなんとなく分かる。だからこそ報酬を求めるようなことをしては、おそらくそのために民から新たに税を徴収することになる。そうなれば、この領主の行動原理からすると、それを外圧と感じて一刀のもとに斬り捨てるかもしれないのだ、という考えが成り立つわけ。
領主モーシェがそういう考えに至らないうちに話を進めれば良い。さすがに王家の下僕とはいえ、やはりただの下僕であるのだから報酬など求めたら首がいくつあっても足りないはずだ。
ただし、領主がいつまでも返答をせず、口を開けたままでまごついていることに俺は肝を冷やしていた。ならば、攻勢あるのみだ。
火王領で微量だけれども製品化することに成功したアイスクリームも、交渉の材料に加えてしまえばいい。問題は糖分をどうするかだが、それはヘブライで作ってしまえばいいじゃないか。大雑把でもいいから気変わりしないうちに一気にたたみかけてしまえば、あとは火王領の人たちがなんとかしてくれる。
「モーシェ殿。この土地では乳牛、それから家禽の飼育は可能か」
「……は、どちらもいくらかはおりますが……」
「では、アソノウチで採取できるトウキビを加工し、そこから糖を作る。この糖と乳、それから家禽の卵を使い、ある菓子を作ってもらいたい。これは作成から日を置かずにムサシで販売をすることができる位置にあるヘブライでしかできぬこと」
「……菓子?」
「アソノウチでも作ることはできるのだが、出来立ての方がうまいのでな。これによりヘブライの名声が向上しよう。さらにムサシも大いに賑わうはずだ。フェルナ殿、アソノウチとの間で物資のやりとりをすることは問題ないだろうか」
「火王様がなんとかしてくれるだろう? しかしどうやって物資を運ぶ?」
それだ。もともと馬車でしか物流が起きていなかったこの世界で、つい先日生まれた旅客のための高速鉄道を使おうとは、誰も思わないだろう。でも物流が盛んな地球では、貨物鉄道や貨物トラックのようなラインが必要になり、まさに貨物こそが経済の本命と言える状況だ。
極論を言ってしまえば人を運ぶのも、一種の物流でしかない。ビジネスで移動を頻繁にするという行為が、交渉者という荷物を物流によって運んでいるだけなんだから。観光客などはまさに、歩く財布と言ってもいいだろう。だから物流経済の行き着くところは消費分散と観光産業なのだ。
「ここから東へ行ったところに、鉄道が通っていたな。ヘブライ領地の外だと思うが」
「そうか、鉄道を使って物資を運ぶのか! だが駅舎が無いぞ」
「物流用の引き込み線と駅を造ればいいのだ。大消費地であるムサシの近くで製造すれば、鮮度の心配も薄くなる。民はそれに従事し、生まれた利益を税がわりとすれば良いであろう。ヘブライの民はまた、無税に戻るのだ。これぞモーシェ殿が望むことではないか?」
「ミコト様! やっと今理解いたしました! このモーシェ、感服いたしましたぞ! しかしその菓子というのはそこまでの利益を生むものなのでしょうか?」
お菓子がかなり大きな消費を生み出すのは分からないか。
まあ、疑問に思うのも無理はない。ただ、一度食べればその魅力は分かってくれるはず。老若男女すべてが好むお菓子のできあがりだ。材料は鶏卵と牛乳があれば、火の加護で冷やせばできる。あとは糖分がもともと無ければすぐに作るのは難しい。ハチミツぐらいでもあればいいけども。バニラみたいな香料もアソノウチにいっぱいあるから、それを使えばいい。
「試しに作るので食べてみれば良い。糖は多少なりともあれば良いのだが」
「少しならございますが、贅沢品ですので……」
やはり糖分は贅沢品なのか、と聞いて俺は成功を確信した。南方にあるアソノウチならばトウキビは良く育つ。現に栽培している人がかなりいたけれども、近所同士で物々交換に使ってしまい、アソノウチの外へは農作物が出て行かなかった。
栽培は水の加護と豊富な太陽光付きで超高速だ。畑の栄養素が足りなくなるのも、地の加護を使って木くずや排泄物を土に混ぜることで解決していたから、肥料となる窒素やリンの補給をうまくやれば完璧だ。さらにここの恒星は青色光がやや多いから、植物には最適だ。
そしてヘブライでは人々を治癒すれば人手があり、さらに平坦で広い土地と、大消費地への近さがある。アソノウチとヘブライ、どちらかひとつだけでは成しえないが、それを物流によって結び付ければ巨大な経済が生まれるはずだ。その経済を国家事業で賄い、利益を税金代わりにすれば……。スローライフタウンのできあがりだ。ただし、国防費もその利益から生み出さなければならないだろうけどね。
これで試験後も俺の首はつながり、フェルナさんも面目を保てて、さらにここに立ち会ってくれた水王家の王女様も政治の勉強になっただろうし、火王様もさらに利益が生まれて領地運営が楽になる。消費地のムサシは中央領だから当代様も税収が上がって大喜び、ヘブライの人たちも防衛力が上がって税金が無くなるから誰も困らない。いや、アグシルだけは人口が増えなくなって困るだろうけど放置だな。アグシルについてもよく調べて行けば、どうすれば利益が出るのか提示できて紛争が消えるだろう。
恩を返すというのはこうやってやらなきゃならんよなあ。まあ、単に考古学から導き出される数々の歴史上の政策をパクってるだけなんだけどな。パクりすぎて怒られることもないだろうけど。
俺のやるべき事柄がだんだん分かってきたぞ。俺は火王様から、この世界に平穏をもたらす方法を提示するように、サヤカちゃんの教育係として、下僕としてつけられたんだ。それが王家の下僕としての使命。いかに知恵を絞って王家の名声を上げ、民の平安を生み出し、紛争を消していくか。それこそが俺の、この世界での、そして俺の人生の意味なんだな。これが俺の居場所なのか。ただ単に親父の研究室に入っただけでは得られないことを、今まで多くの人から学んでいて助かった。俺には、それを実現するための知識があるんだからな。
消費を行う人々のもとへ物を運び、消費を行う人々自体も移動する。それが網の目のように張り巡らされれば経済は極端に落ち込むこともなく常にまわり続けるし、消費が行き渡れば人々はスローライフを謳歌するようになる。
地球でそれが阻害されているのは、発展途上国に人々が移動しやすい要素を作らなかったからだ。語弊かと思うかもしれないが、作れなかったのではなく、意図的に作らなかった。それは先進国が発展途上国に追いつかれることを意味するからだ。だから生産だけは発展途上国で行うが、観光には行かないようにしているのだ。それは富を奪う行為に他ならない。
くだらない既得権益意識は、この世界には存在していない。アソノウチ、ムサシ、ヘブライとここまで見た限り、経済は地球に比べてほぼ一様だ。おまけに、この世界は既に風伝という名のIT革命が起きて情報伝達速度が最大限になっている。俺がアソノウチで火王家のためにやったことが噂になっていて、みんな知っているのはどうやらこの風伝を利用しているからだ。
この情報網は今は、あまり経済に寄与していないように見える。有能な商人がどういう動きをしているかを探ればそれも分かるはずで、そういう商人は中央領のさらに中心地へ向かえば見えてくるはずだ。あまり情報を使っていないようなら、新たに情報利用経済を勃興させればいい。
そうすれば人々はより豊かになり、王家はより潤う。そこまでいけばやっと俺の恩返しは終了だ。少々長い道のりかもしれないが、王家の下僕としてはやりがいのある仕事だろう。王女たちも地球型経済のおいしいところを吸収できて、彼女たちがどこかの貴族に嫁ぐ頃には王家の統治力が向上しているはずだ。
でも教育係を罷免されたらそこで終了ですよ。そうなったらモンスターハントした元手で商売でもやればいい。そうなっても、きっとこの世界の役に立つはずだ。それが俺の存在意義なんじゃないか。よし、この世界のために人生を賭けてみよう。この太陽に恵まれた世界のために。それを成す力があるなら、使わなければならない。ただしマイペースで。
なんだ? また胸が締め付けられる感じがするな……。肺が苦しいのか心臓がおかしいのか。変な病気じゃないといいんだが……。
――ヘブライ領地内にあった原料でなんとか作られた試作品を食べたモーシェは、その味に驚いていた。糖は甘みがあるものの、料理に使うことはあまりなかった。だから菓子に使うのだが、北方ではあまりトウキビは育たず高価であり、糖を菓子に使うよりも果物を使った方がよほど安価だった。しかし目の前にいる男は、南方でトウキビを大量生産してから運んでくればいいと言う。それも、新開発の高速鉄道を使うと言う。
アイスクリームという名の新しい菓子は火の加護で冷却されてとても冷たかったが、その味は斬新だった。乳と卵の滑らかさが優しく舌を包み込み、モーシェを極楽の境地へと導いたのだ。食べ終わった後には、それがムサシで飛ぶように売れる未来を容易に想像できていた。
そうこうしているうちにヘブライ領地内からは手や足を失った者たちが集められている。確実に手足が不自由な者だけではない。中には腱を切られ、外見では分からないが実質的に働くことができなくなった者もいる。それがあまりにも多かったので兵士たちが数えると、実に1700人もいたのだ。領地内のことをしっかりと把握していなかったことに恥じらいを覚えつつも、モーシェは目の前にいる、人々の手足を次々と治していく男に、ヴェガル全土がやがて熱狂するだろう男に、目を奪われていた。
もともと、ヘブライが無税だったのは12000年前に三代目太陽王に与えられた慈悲によるもので、4000年前に無税期間が終了しても続けていたのは、その慈悲に応えるためでもあった。しかしヘブライは困窮し、成す術もなく滅びようとしていた。それを救ったのは、新たに慈悲を与えてくれたのは、またしても太陽王だったのだ。
風王家の王子と思しき騎士は、何やら風伝を続けている。時折尊にトウキビの生産区画や高速鉄道の引き込み支線について話しかけては風伝を打っているので、どうやら火王領とやりとりしている。水王家の王女と思しき少女は付き人と共に、足の不自由な領民たちに手を貸している。彼らは気まぐれでやっているのかもしれない。だが、それにしても嬉しい気まぐれだ。
「ミコト様、鉄はどうする?」
「鉄鉱石がアソノウチ周辺で採れることが分かっていただろう? あのあたりから鉄道に載せて近くまで運んで、そこでおろす。しばらくは駅が無いところで荷下しの作業が必要だな」
「なるほど。砂利はこのあたりで砕石して使えばいいか?」
「それでいいだろう。人工石はヘブライにいる地の加護が使える者を使ってもいい。鉄でなくて軽銀や地銀を使ってもいいぞ」
「工事の監督はどうする?」
「高速鉄道や観光塔の建築で経験のある、シディウス殿のところから弟子を何人か借りてくればいい。鍛冶工房をヘブライに新設するのもいいな。アフラ殿の娘が弟子入りしたがっていたしな」
「それはいいな。ではシディウス殿にはそう伝えておこう。火王様は資金を出し切れると思うか?」
「これは当たりが確実な事業だ。火王様に債権を発行してもらおう。次の債権担保は高速鉄道の、火王領地内事業権だ。それで5億ムーくらい集まるであろう。これならはずれても痛くはないだろうからすぐに発行されるだろう。それも、すぐに返済されるだろうがな」
「途方もない金額だな……」
「そのくらいは安いと思うのだが。こういうものは下手すると1000億ムーぐらいはかかるだろうが、加護を使うことで安く仕上げるのだ」
「5億で安いのか……。オレはもう金銭感覚がよく分からなくなってきたぞ」
何やら、とてつもない金額の話をしている。そのような額はたとえ中央王家と言えども、簡単に出せる金額ではないことは、モーシェにも分かっていた。それを随分と簡単に集めてしまおうとしている尊を見ていると、モーシェは体中に震えが来る思いだった。いや、実際に震えていた。アドレナリンが極限まで分泌され、武者震いが起きていた。経済は、防衛になるのだ。そして、民を守るものとなるのだということを、目の前にいる次世代の王から直に教えられている気がしたからだ。
「モーシェ殿」
5人ほど同時に治療を施しながら、尊がモーシェの方へ振り返る。
「なんでしょう、ミコト様」
「人数が思ったより多かった。これは他の品目も作ってもらわねばならぬ。相当忙しくなると思うが、領民の指揮を適切に行える者がいれば可能なのだが……。モーシェ殿にお願いできるであろうか」
そしてこの男は、使える者はすべて使おうとする。今日初めて会ったような自分にすべてを任せようとしている。そのことがモーシェには、王家からのお墨付きという絶大な力を惜しみなく与えられるという僥倖であると感じられるとともに、失敗してはならないという、かつてない圧力のようにも感じられた。これまで王家から税を免除されてきた報いを見せよ、ということなのだ。
これは恩寵事業だ。三代目の無税の恩に報い、次世代の王の恩にもヘブライ総出で報いなければならない。これが、王家に伝わるイデアの恩なのだ。巡り巡って恩の力は次元を超えて精霊を励起し、精霊は恩の源である王家へ、そして太陽王へと還る。次世代の王が誇る果てしない加護量の秘密は、これを続けてきたからなのだとモーシェは納得していた。ただ、精霊学に詳しくないモーシェは、イデアの恩の正確な仕組みは分からないので、その効果の大きさを知らなかった。
「やりましょう、やりましょうぞ! このご慈悲、我らは再び12000年、その魂に刻み込みましょうぞ!」
「ふむ、これは幸先が良い。頼んだぞ。しかしこうも人数が多くては治療が思ったように進まぬ。立体複写で治すのは簡単なのだが時間がかかってしまう。ええい面倒だ」
尊はとてつもない加護を使いながらも、さらにそれを5人同時に施しながらも、まるで息をするかのような、当たり前にやっているかのようなことを言う。それも、面倒だなどと言うではないか。あまりにも鷹揚な王である。
「スローライフを皆の手に! 状態異常全体解除!」
意味の通じない謎の詠唱を叫ぶ尊にモーシェが首をひねっていると、あたり一帯の地面から尊の加護に励起された精霊加護が噴き出してくる。尊が既に大地との交信を行うことが可能になっているのだと、モーシェは目を見開きながら驚くとともに、あまりにあり得ない光景に、自然とひれ伏していた。
「な……なんという無茶な力か!」
地鳴りが続いている。地面から青い光が少しずつ飛び出し、やがて中空に留まる。光は、そのうち空を覆い尽くし始めた。
「ミコト様! また加護切れを起こさないようにしてくれよッ!」
初めて見る者には異常な光景だった。普通の者なら自分の身を加護流で包み込むのすら大変だというのに、他者を、それも1500人を覆うのだ。あたり一面が青い光と巨大な低い音に包まれたかと思うと、地面に座っていた怪我人たちがまばゆい光に包まれていく。気が付けば一人、また一人と喜びの声が上がっている。それが大歓声へと変化するのはすぐのことだった。水王家の王女と付き人はまだこの光景に慣れていないのか、唖然とした表情で固まっていたが、風王家の王子は慣れた風だ。
突然領地にやってきた一人の男が、膨大な量の加護を駆使して、一日にして1700人以上も完璧に治療した。ただし、今それを施した本人は加護切れによって地面に倒れ伏していたのだが。精霊加護の励起直前に発現された圧倒的な加護量から察するに、その量は既に1000量を軽く超えているかもしれない。
これが、我々が待ち望んでいた四代目の太陽王、それも神話にある過去の太陽王を超える存在なのだと、モーシェは理解した。これから領民はきっと彼が思うとおりに、彼の指示通りに行動するだろうと想像がつく。ならば自分もと、モーシェは使命感に燃えながら、目尻を濡らしていた。
「ミコト様……。ありがとうございます……」
「なんのことはない、これはただの取引である。礼には及ばないが?」
「これほどのことを、礼には及ばないと申されるか……」
「モーシェ殿、ミコト様にかかってはもう何を言っても小さなことだ」
「これほど人間が大きい方と接すると、自分が恥ずかしくなりますな……」
「うみゃぁ」
重い体をなんとか仰向けに直した尊の上に、彼が連れていた小さな動物が待ち構えていたかのようにのそりと乗り、手足を縮めて丸くなる。
「あっ、やっぱりまた加護切れかッ! ハハハ、そこだけは進歩しないなミコト様」
「む、ぐう。フェルナ殿と約束したとおり少し残したのだが、かえってきついのだな。ルーシ、重い」
尊の声に反応したルーシは、胸の上から顔の上へと移動したが、腕が上がらない尊はそれをどけることもできないでいる。だが心なしか、尊は嬉しそうだ。
「うみゃぁ」
「むぐぐ……もふもふ……」
「さて、この後の防衛をどうするかだが、オレたちはそろそろ中央領に向かわなければならないぞ?」
「ふむ、どうするか」
「ミコトさまー!」
「おおッ!? とうとうここまで追いついたかッ? ミコト様、防衛はどうやら解決だ」
「む?」
気が付くと、南側から鎧を着こんだ騎士たちが大勢やってきていた。ああ、彼はもう騎士団を率いているのか。風王家の王子の言葉からすると、どうやら修行を兼ねて走らせていたようだ。彼らが走る速度も異常だった。常識的な加護を使っているものではない。
「ぶはー、疲れたー! とうとう追いつきましたー! みんなで身体強化できるようになったんですよ!」
彼らはみな肩で息をしているが、一人だけは余裕があるのか風王家の王子に話しかけている。どうやら彼らの中でも代表的な人物のようだ。
「お前ら本当にちょうどいいところに来たな」
「え!? フェルナ様、それはどういうことで? なんでミコト様が倒れてるんです? それと、さっきの青い光は?」
「お前は確かリアイト・ノアか。なんだ質問が多いな。まあいきなりここに来たら意味が分からないか。オレたちはそろそろ中央領に向かうんだが、ミコト様がこのヘブライ領をムサシ向けの食品工場とする算段をつけてくださったんだ」
「食品工場!? ああそうそう、あの城壁おかしかったんですよ! 15メートルはあろうかというのに門がどこにもなかったんで、乗り越えるのに時間がかかっちまって……すいません、どういうことか詳しく教えてください」
「さっきあの城壁を造ったのも、たった今ここにいる1700人を治したのもミコト様だ」
「え、一体何が起きたんですか!? ところで、いいところに来たってなんでです? 嫌な予感がするんですけど……」
「3人だけオレたちに付いてくる人間を選べ」
「さ、3人だけですか……」
彼らは狐につままれたような顔をしてそれから風王家の王子の説明を聞いていた。どうやら彼らは火王領の精鋭のようだ。そして王子と会話していたのは、名門のノア一族のようだ。12000年前、数多くの飛空船でアマテラス各地の野生動物や家畜を救った、飛空送社・ノアの一族。彼らはただの貴族ではなかった。一族の者が皆三代目の太陽王に仕え、選り抜きの者が側近の騎士団員として仕えていた。そしてノア一族は四代目にも仕えるのだろう。
「モーシェ殿。そういうわけで彼らも部分的にしか納得していないようだが、これからしばらくこいつらがヘブライを守る。ミコト様の太陽王試験が終わるまで、持ちこたえるどころか、大いに助けになるだろう」
「フェルナ様、でございましたか。ミコト様には本当にご慈悲をいただき、恐縮します」
「その恩を返すには“あいすくーむ”をいっぱい作ってくれ。ああ、ちなみに販売はムサシの方でアフラ殿たちにやってもらうことになっていて、既に露店は確保している。それでも多品目を売り始めたら場所が足りなくなるだろうが、そうなったらムサシの商人たちに卸せばいいからな」
「忙しくなりそうですね」
「そうだな。ミコト様の期待に沿えるよう頑張れよ。製造工場は火王領地から鍛冶屋が来るから、そいつに任せておけば問題ない。何かあれば風伝をオレに送ってくれ。番号は101―3004―01975だ」
「お待ちください。今、登録いたします」
突然番号を言われてもあとで覚えていないだろう。モーシェは自分の風伝板を取り出すと、そこに言われた番号を打ち込み始めた。
「3004の、……01975。分かりました。精一杯努力いたしましょう。ありがとうございますフェルナ王子」
「ハハハ。一応言っておくがオレは女なので王子ではないのだ」
「なっんっ……。まことに失礼いたしました……」
モーシェは一瞬青ざめ、次の瞬間汗が額から噴き出していた。今日はよく液体が顔から出る日なのだろう。
「良いのだ、気にするな。既にミコト様からもご内示をいただいたことだし、な」
「申し訳ありませんでした……。しかしなんと、それはめでたいことで! ご即位が待ち遠しいですな」
「そうだ、聞かなければならないことがある」
「は、なんでございましょう?」
「アグシルの目論見についてだ」
「その件は……人の多いところでは。一旦館へ戻りましょう」
「そうだな。ミコト様、まだ体は動かないか?」
「いや、もう大丈夫だ」
そう言うと尊は顔の上にいたルーシを押しのけ、むくりと起き上がった。
「だんだん回復が早くなっているのはなぜだ? まあ、オレが考えても分からないことだな。アフラ殿たちはそこで待っていてくれ。フェイ、行くぞ」
「にゃっ!?」
「はっ!?」
さきほどから呆然としていた水王家の王女と付き人は、やっと我に返ったようだ。
モーシェの館に再び通された尊たちは、アグシルの狙いについてモーシェの見解を求めた。しかしモーシェも曖昧にしか理解しておらず、その真意は不明だった。
「モーシェ殿、人口を増やすことで得られることは何だ?」
フェルナはただ素直に疑問点を上げていく。
「税収が増える、ということでしょうか」
「では、税収を増やすことで私腹を肥やしたいのか? オレには動機が薄い気がするんだが」
「いいえ、それもあるでしょうが別の思惑が無ければそのような強引なことはしないかと思われます」
「そうだな。何か、妙な噂は無いか?」
「そういえば、領民の家族の中に、妙なことを言っている者がいました」
「ほう、どのような?」
「見たこともない魔獣が使役されていた、というものです。その後同じものが見られたことは無く、見間違いではないかということで結論が出ていたのですが」
「待てッ。その噂はオガ=ダブセンでも聞いたことがあるぞッ。ミコト様、オガ=ダブセンというのは地王領の近くの都市だ」
フェルナが驚いて声を上げた。似たようなことがその場所でも起きていたということなら話は変わる。
「オガ=ダブセンと言えば、我が領地と同じように隣国にちょっかいを出されている国のはずでしたな」
「そうだ。そしてちょっかいと言うには少々過激な闘争をしていたと聞いているな。死者はかなり出ていたはずだ」
「フェルナ姫、それともう一つ妙な噂があるのです。フェルナ姫には申し伝えにくいことですがこの際……」
「……それは風王家に関することか」
「はい、その通りです。風王家の王女様がお亡くなりになられたことについて、恐れながら申し上げさせていただければ……」
「構わん、言え」
「はい。あれは自害なされたのではなく、何者かの手にかかったのだと……」
「……根拠はあるか?」
拳をやや強く握って身を乗り出し、フェルナはモーシェの話を促した。
「直前に王女様が会っていた人物いるという噂があるからです。それがアグシル家の長男ではないかという話が上がっているのは、ミディオ様が自害なされた日に彼が風王領に居たからです」
「誰かいたという話は聞いたことがあるが、アグシル家の者とは初耳だぞ」
「さらにもう一人、地王家の第一王女様も当時風王領に居たことになっておられます」
「地王家の? あの、絶世の美女とか言われてちやほやされているシンレナ、シンレンナハイトのことか? そいつがなんでアグシルの長男とともに、風王家の王女であるミディオが会う必要がある? そんな話は、聞いたことが無かったぞ」
「貴族たちの中でしか話に上がっていないことなのです。アグシルの長男が風王家の領内で見出した候補者を、地王家に送り出したという事実があったものですから。もしその候補者が太陽王と認められれば、アグシル家の地位は向上するはずでしたので」
「うーむ。魔獣の件とは相いれない話だが……。くそっ。ミディオがそんなくだらない政争に巻き込まれたとは思えんが、情報の提供には感謝する」
「フェルナ様、その候補者や地王家の王女と会ってみれば分かるぞな。まだ情報が点のようでしか無いから、より多く集めていかなければ繋がっているかどうかも判断できないぞな」
「ふむ、そうだな。試験のときに探ってみるか……それもあと5日だ。フェイ、実はオレはあれからずっとこのことを追っていてな。やっと糸口になりそうなものが見つかったが、ずいぶんと絡まった糸のようだ」
「……フェル、苦労してたにゃー?」
「フェイの身の回りでもおかしなことはなかったか?」
「……そういえば特定の領地だけ、税収がやけに減ってたにゃー」
「フェイノルス様、あれは貴族同士の争いで土地が荒れたからだと水王様の弟様がおっしゃっていたぞな」
「ほう、そんなこともあったのか。火王領に2回も龍が現れたこと、貴族同士の争いが増えていること、風王家で起きたこと、魔獣が使役されているという噂、ムサシで命を狙われたこと……すべて太陽王と大いなる災いに関連していくのか?」
「すべてが関連するとすれば、誰かが何かを企んでいることになるぞな」
「ミコト様。この試験、気が抜けないぞ」
話がややこしくなってきたのか、よく聞いていなかった尊は突然自分の名前が出てきたことで話を合わせようと考えたが、どう答えていいか分からなかったので適当に合わせた。
「問題ない。皆で力を合わせれば、争いなど必要のない世界を構築できるのだ。それがスローライフだ」
「……そ、無茶な……そ、そんな……」
「モーシェ殿、言わずとも。オレはもう慣れた。こう見えてミコト様は成し遂げる男だ。あの加護を見たら分かるだろう?」
「何もかもが、常識を超えているのですな……」
尊は膝の上にルーシを乗せてひっくり返し、目尻を下げてその腹をいつまでも撫でていた。
参考文献:
菊地香(著)『島嶼におけるさとうきび生産―その経営方式とバイオマス利用』農林統計出版
老子(著)小川環樹(訳注)『老子』中央公論新社
柴田悦子(著)、 岡田夕佳(著)、飴野仁子(著)、佐伯陽介(著)、『新時代の物流経済を考える』成山堂書店
いつも読んでくださって、皆さん本当にありがとうございます!
火王領精鋭たちのライフポイントはもうゼロよ! って感じですね;;
彼らにはしばらくヘブライで活躍していてもらいましょう(´∀`*)
それにしても尊くんたち、寄り道しすぎです。
そろそろ中央領に行ってもらいましょう。
ミステリーは、必ず人間が作り出しているんです……。




