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太陽王の世界 ―異世―  作者: 檀徒
◆第二章◆
27/29

第24話 空を飛ぶなら着陸を考えましょう

「まさか半分近くも、渡した皮袋の中身を使ってしまうとは思わなかったぞミコト様ッ!?」

 呆れたものだと溜息をつきながらも、経済を興隆させるという筋道を違えていないことに、フェルナは笑顔を見せていた。その突然の笑顔に驚いて目を逸らす尊は、咳払いを一つだけして答えた。

「すまぬフェルナ殿。使って良いとのことだったのでな。これで火王領とムサシの間に物流が整い始める。安い買い物だと思うのだ」

「どうせなら香辛料だけでなく、先日完成した“あいすくーむ”というのも売ってみたらどうなのだ?」

「アイスクリームだな」

「うみゃみゃっ」

 尊が顔をそむけてしまったので、ルーシは気を引こうと鎧に爪を立ててガリガリとひっかき始めてしまったが、さすがにどんなに鋭い爪でも尊の鎧には傷一つ付かない。シディウスが作ってくれたこの鎧はかなり強力な炭素鋼でできているようだ。

「確かに、物流経済を興すにはずいぶんと安い買い物になるな。拠点と、喜んで働いてくれるような信頼できる人物を同時に入手することはそう簡単なことではない。しかし……この野菜はどうする? オレには良い考えが浮かばないぞ」

 店先には売り物にならなかった、傷んだ野菜が山のように積まれていた。買い上げてしまったからには持ち出さねばならない。だがこの量、どうやって持っていくのか。周囲には完全に野次馬が群れていて、謎の大人買いをした客を一目見ようとやって来ている。


 人が多すぎて邪魔だなあと思いつつ、照れ隠しに尊が手を振ると、ザザッという音とともに人々が一斉に膝を地につける。驚いた顔をしてフェルナの顔を見る尊だったが、やはりフェルナもひとかどの王族として顔が知れているのだと合点していた。その様子を見て、白虎柄のネコ的生物ルーシは、尊の肩に乗ったまま頬に鼻先を付けてふんふんと鼻息をかける。くすぐったそうにルーシの横腹をぽんぽんと叩いた尊は、露店の女主人であるアフラに向き直った。

「この野菜はすべてアフラ殿の家まで我が持っていこう。そこでふんだんに野菜を使った煮物を作ってくれまいか。余ったものはアフラ殿たちが食せば良い」

「はいっ!? そっ!? そのようなことでよろしいのでしょうかっ!?」

「構わぬ。物流拠点を作ることができたことの方が意義として大きいのだからな」

「ありがとうございます……こんなご慈悲をいただいて、なんと御礼を言っていいのやら……。それにしても、ヘブライの街までどのようにこれを持って行かれますか? 私たちが持ってきたのはこの押し車ですが、これは少々重いので」

「ヘブライ……? ヘブライと申したか?」

「はい、無税のヘブライです」

 ヘブライというのは、地球で言う中東のヘブライと繋がりがあるのかもしれない。ヘブライ人と言えばユダヤ人とほとんど同義で考えてもいいのだが、現代ユダヤ人ではなくアラブ系の人種だ。そういえばアフラもどことなくアラブ系の雰囲気がある。髪の色は茶色のようだが、彫りが少々深く目鼻立ちがはっきりしているのは、おそらく偶然ではあるまい。


 しかしアフラが疑問を呈したのも頷ける程の野菜の量だ。これだけの量を、露店の脇に置いてあるリヤカーのようなモノで持ってきたのだろう。それは大変な行程だったに違いない。ただ、この世界には加護があるのだ。重量軽減の詠唱をかけながら持ってくることができれば、その道程は地球とは比べ物にならないほど楽なものになるはずだ。ならばアフラは、地の加護を持っているのだろう。

「本当は野菜が売れてきたら、妹へ風伝して替わりの野菜を持ってきてもらい、交代するのですが」

「風伝とはなんだ?」

「ああミコト様ッ、これだこれだッ」

 フェルナが肩に掛けていた袋から取り出したのは、縦20センチ強、横15センチ程度、厚み3センチ程度で何かの板のようだ。灰色の石でできているようだがまるで米アップル社が販売しているような通信電子器具のようにも見える。そういえば時々、火王様が使っていた器具にこんなものがあったではないかと、尊はおぼろげな記憶を探り出した。

「これを使えば、風の加護で遠隔通信ができるわけだ」

「なんだ、そのようなモノがあったのか……それは、どこかで見たことがあるな。我の父が持っていたような……」

 尊の父、蒼然があれもこれもと尊に見せていた発掘物の中には、まったく同じサイズの石板があった。石板にはボタンのようなものがあり、「これが携帯電話だとしたらオーパーツだな」と尊は鼻で笑っていたのだが、どうやら本当にオーパーツだったようだ。

「そうか、ミコト様の父君もお持ちであったか。これは風伝板というもので、対象を指定して連絡が取れるのだ。この風伝板は最新のものだがな」

「なるほど、それでマイカ殿が乗ってきた飛空船を回収しに、中央領から人が来ていたのだな?」

「まったくもってあれはひどかったな。マイカ様は無計画すぎたから、思い出したように仕方なく連絡しただけだろう。あれはそのうち治してもらわねばなるまい。婚姻の儀を済ませるまでには……」

「それで、どのように使うのだ?」

「ああ、使って見せよう。ここに番号があるので加護を込めながら押すと……」

「なるほど、相手方の通信番号か?」

「そうだッ! 通信という存在は理解できるのか?」

「うむ、分かる」

 画面と思しきところには、石がかすかに光り、文字として読めるようになっているようだ。フェルナが何かの番号を押すと、どこかへの通信が接続完了したという意味の表示が出ているようで、フェルナはその画面を見てひとり頷いている。この星の文明は原始的なものだと思っていたのに随分とオーパーツ的な物体だ。携帯メールが送れるようなものではないか。

「鍛冶屋のシディウス殿につないでみた。送りたい文は指でなぞれば送れる。ためしに、オレが今からシディウス殿がどこにいるか聞いてみよう」

「ほう、面白いな」

 フェルナが画面をさらさらとなぞると、そこには送信しようとしている文章が光の筋として浮かび上がっている。やがてその文字が消え、別の文字が浮き上がる。

「なにっ? ムサシにいると……」

「ふむ、近くにいたのか?」

 なぜか彼もムサシへやって来ていたようだ。やがて上空からブゥンという飛空船の加護発動音ような低い音が鳴り響いたかと思うと、威勢のいい笑い声がムサシの街にこだました。

「おっ、いたいた! ワハハハハ! こんなこともあろうかと思って昨日さっそく造ってしまってな! 旦那の考えた王家の御車ラ・プターでウチガタナの納品に来てたところだったが、ちょうど良かったな! なあ旦那、その荷物を運ぶんだろ!?」

 上空に見えたのは、尊にはずいぶんと馴染みのある形をした乗り物、戦闘機に似た機械だった。尊がうろ覚えで設計し、時間のある時に作ってみてくれと言った米軍F-22ラプター戦闘機を模した、飛行機のようなものだ。搭乗したシディウスは運転席のカバーを開けて顔を出し、こちらに笑顔を向けている。地球にあるものと外見で違うのは、エンジンにあたる部分には赤い水晶である火の力石が露出していること、そしてつなぎ目らしきものがあまり見えないことだ。

 しかし一番違うのはその挙動だろう。機体の下部にも赤い火の力石と黄色い地の力石が露出しており、それによってホバリング飛行を達成できているのだ。明らかにオーバーテクノロジーであり、地球の戦闘機の機動性をはるかに超えるものに仕上がったのだろう。

 この世界には滑空型の飛行物体は無かったので航空力学に沿ったものを作れば力石の消費が抑えられるのではないかとシディウスに提案してみたものがこれだった。

 このラプター内部は地球のものと比べ、燃料槽やエンジンスペースが必要ない。内部はスカスカで、何人でも乗れるし、いくらでも物が積めるのだ。まさかこんなに早く作れるとは思っていなかった尊はシディウスの製作実現能力に驚いていたが、ムサシに住まう人々はもはや唖然としていた。

王家の御車ラ・プターだと!? なんという大きさの馬車……いや、馬はつないでいないか……。蒸気機関車の応用なのか?」

 フェルナはどうやらその機体の名と、その大きさに驚いている。実は戦闘機は、その本物を見たことが無い者には想像できないほど大きいものなのだ。実際、今目の前にある異世界のラプターも、こんな街中に降りることはできないほどの大きさだ。

「こんなこともあろうかと思ってな! 旦那の設計をここにも入れやしたぜ!」

 わははと景気よく笑うシディウスが操縦席に顔をうずめると、翼が根元から上方へ折れ、その幅が街中へ着陸できるものとなっていた。さすがにラプターに関してはそこまでは設計していないと、尊はかぶりを振った。そういえば戯れに米軍の空母と艦載機の図を描いた記憶があるが、ここに使われてしまったのかと尊は納得した。艦載機は空母艦上の狭いスペースにいくつも駐機せねばならないので、翼は可動式になっていたはずだ。それをいたずら書きのように書いたものに、サヤカが尊の話を聞いて注釈を入れたものが火王へと届けられ、機械に関することならば門外漢には無用の長物と、さらに火王からシディウスへと渡されたものなのだろう。

「これで着陸できまさあな! さすがはミコトの旦那だ!」

 驚愕の発明品は中央領ムサシで披露され、またしてもその噂はその日のうちにヴェガル全土を駆け巡ることになる。

 そして地と水の加護をいくら使おうとも決して付いていくことのできないラプターの出現に、涙を飲んだのは火王領の精鋭騎士たちであった。


 機体下部には内部へと物を運ぶための収納口が取り付けられ、それを開けると地面から機体までスロープができあがるようになっていた。結局のところ尊たちだけでなく、リヤカーごと積めてしまえたので、そのままアフラの家があるヘブライ国までわずかな時間で到達できてしまった。

「今度2号機を作ったら旦那に渡すからな! 1号機はしばらく試験飛行と実証を兼ねてウチガタナの納品に使わせてもらう」

「シディウス殿、感謝するぞ! 試験飛行の方も頼む。2号機は楽しみにしておる!」

「アレも楽しみにしててくんなせい! それじゃ旦那、次の納品があるんで失礼しやすぜ!」

 リヤカーを降ろし、4人と1匹が白銀のラプターを見送る。アフラの娘は、完全に舞い上がってしまって「シディウスの弟子になりたい」と息巻いているほどだ。ほとんど風呂にも入れないのだろう生活苦にあえぐ子が、未来を、そして夢を持つことの美しさに、そしてその一端を担うことのできたことに尊は満足していた。

 しかし、シディウスを見送った後に現実を見れば、それは果てしない夢、到底達成しようもない夢であることも分かる。そこには、作物も植えられていない踏み荒らされた畑が、ただ延々と続いているだけだった。


「何があったのだ?」

「小競り合いと申しましたが、小競り合いどころではないほどの嫌がらせです。農地を何度変えても、その都度荒らしにくるのです」

「ヘブライと衝突しているのは確か、アグシルだったな?」

「騎士様、よくご存じで……。そうです、アグシルの兵士たちに農地が蹂躙されているのです」

 この平和な世界だと思っていた星には、どうやら争いがある。人と人が寄り添える社会は幻想なのか? いやそうではない、誰もがスローライフに没入することができる社会は、この星で実現できるはずなのだ。それなのにこの現状だ。尊は、その「事実を知らなかったという事実」に、怒りを感じ始めていた。

「村の男たちは……? 農地を守る者が誰もいないようだが」

「争いの中で、命を落とした者も出ましたし……。幸いにして私の夫は腕を失うだけで済みましたが……」

 農作業に出ている者はちらほら見えた。しかしそれはすべて女性のようで、アフラのような境遇の女性たちなのだろうと窺えた。なるほど、最初から軍事力に差があったのだろう。そしてその差は、今では果てしない大きさになってしまっている。ヘブライにはもはや、守るための力が無いのだ。

「子供たちや村の女たちへは、兵士は危害を加えません。そして、移住を勧めてくるのです。アグシルに住むようにと」

「アグシルは人口を増やしたいのか? なぜそのような回りくどいことをする。移住をさせるなら魅力的な都市づくりをすれば勝手に人が引っ越してくるであろう?」

「領民登録されている者は簡単に移住できません。このあたりでは、アグシルだけはそういう者も移住を受け入れるようですが、何しろ税率が高いと噂ですので」

「なるほど、それでここから逃げ出すこともできないわけか」

「そういうことになります。それに、領主様は本当に良い方で、生活にかかる税を取らないでいてくださるのでご恩がありますから、逃げ出すわけにも……」

「そうか、税を取らないでいたせいで軍事費が無かったのだな。それで今は軍事税を取らざるを得ないという寸法か」

「そのとおりでございます。この小競り合いさえなくなれば……」

 アフラの娘は、母親が消沈した様子を見せると、途端にその目から輝きを失った。そう、夢を見ることは彼女には許されないことなのだ。まだ小学校に通う年齢にもならないような、こんな小さな子がその夢を諦めて目の光を消すようなこの状況がここにはあるのだ。しかしそのことが尊の心に何かの力を呼び起こさせた。

「うぐっ……」

「ミコト様、どうした!?」

「胸が……。理不尽な……」

「諦めろミコト様。これはよくあることだ」

「加護で撃退することはできないのか……?」

「加護攻撃は本来、人間に対して使うことはできんぞ、ミコト様。精霊がそのような目的に使うことを許さないからな」

 フェルナは達観しており、この星の現実がこんなものであるという目で尊を見つめ、そして慰めた。しかしそんな言葉では、尊の胸を締め付ける何かは、納まってはくれなかった。そしてその何かは、尊の胸の中で大きくなっていく。

「ううっ……。これが現実なのか。しかし諦めることは、我にはできん!」

「加護流が膨れ上がって……! 何をする気だッ!?」

「みゃぁぁっ!?」

「スローライフをこの星に! 鳥人間競争大会(バード・コンテスト)!」

「ミコト様ッ!? すろーなんだって!?」

 胸を苦しそうに抑えた尊からは光が満ち溢れ、やがて大空へと飛び上がっていった。


 まずヘブライの領地全域の把握。4000m上空から見れば領地は農地の範囲と、手つかずの自然との境界が判断できるはずだ。どうやら農地化されたところは木が生えておらず、城郭を中心に半径30kmがヘブライ領地だと簡単に理解できた。守る人間がいないのなら、壁を作ればいい。城壁を作ればいいのだ。それを作る予算が無いのなら、自分が作ってしまえばいいのだ。それこそが補助の神髄。自分が守ってやろうなどという(おご)りは一切ない。せめて、彼らが彼ら自身を守るのが楽になるようにしてやれることしかできない。

 ヘブライ領地すべてを囲む、巨大な城壁を作り上げれば防衛ははるかに楽になるはずだ。

『把握! 把握!』

 興奮しているのか、日本語で叫びだす尊は、やるべきことを把握した。次元とブレーンを飛び越える重力子を捉え、特定の領域に集中して放てば、重力波を瞬間的に集めることができる。必要とする力は果てしなく大きいが、何も自分の力だけですべてを行う必要は無い。

『次元を超えたところにいる精霊とやら! 力を貸しやがれ! 人助けのためなら問題はねぇだろ!?』

 トレイスの言っていた、精霊の力を借りてしまえばいいのだ。精霊とは何か。おそらくそれはこの次元のものではない、重なり合った次元に存在する別のエネルギー。つまり別の次元へと呼びかけを行って、そこから力を引き出せばいいのだ。自分の加護は、その呼びかけに使えばいいはずだ。もし先の言葉が詠唱なのだったら、これほど直接的で荒々しい詠唱はこの星には無かっただろう。いやむしろ、心から発する言葉だからこそ、騎士による洗練された詠唱を超えるような力を、この空間に呼び寄せることができた。

『来た来た来たッ!』

 何か別の力が身体の周囲に渦巻く。自分のものではない、そしてはるかに大きな力。これが精霊の力というものだと納得した尊は、それを一気に下方へと向かわせた。

長城突貫工事(グレート・ウォール)!』

 光の壁が、ヘブライを優しく包み込んでいった。しかし加護量の計算もせずにいたため、大量にあったはずの加護をほとんど使い切ったという感覚が尊に訪れる。

『うわッ!? ヤベッ』

「ミコト様!」

「おじちゃーん!」

「ぶるみゃぁ」

 これは危ないと思って急速に下降したものの、上空数百メートルほどの高さでついに加護が切れ、尊はしこたま体を地面に打ち付けていた。ただし、ルーシが何か施していたことで落ちた直後も尊は息をしていた。それでも、気を失うほどの衝撃であったことには変わりはなかったようだが。

ロッキード・マーティン社、ボーイング社の

共同開発により製作された米空軍に納入予定の

F-22Raptorラプター、塗装中の様子。

挿絵(By みてみん)

http://www.f-16.net/より引用


遅ればせながら、お読みいただいた皆様には再度感謝申し上げます。

押し上げていただき、本当にありがとうございます(´∀`*)


第一章が読みにくいというお叱りをメッセージにてたくさんいただいております。

改訂に入りますと次話が滞ってしまうのではないかという恐れで

なかなか改訂作業に入れませんでしたが、文章の質に変化があり

そろそろ改訂しないとさすがにまずいかと思いますので

次話を書きながら更新ということを進めていきたいと思います。

ご理解いただければ幸いですorz

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