第22話 甘いものは食べ過ぎに注意です
高速鉄道は次の駅で停車するとすぐに出て、乗換のためのムサシ駅でも停車し、本来はすぐに再出発して夜が更けないうちに水王領地まで到達する予定だった。回復運転のために野生生物騒動で停車していた時間が長かったため、本来は走行しない時間ではあるが水王領地までそのまま夜通し走るという。
なんとかムサシ駅までは今日中に到達できるということのようなので、水―火高速鉄道と中央―風高速鉄道の立体交差となっているムサシ駅で一旦下車して、そのあたりの旅館へ一泊することにした。ムサシという地名が非常に親近感の持てる地名なんだが。
それにしても回復運転とか、よく考えるものだ。これは管制室が緊急事態にも非常にうまく対処できているということが想像できるってことだから、火王様が『機転が効く者を募って管制官にしてみる』と言っていたのは成功したみたいだ。うん素晴らしい。このまま様々なトラブルもうまく乗り越えて、安全な鉄道運行をこの世界に染み付かせてほしい。
運転手は風の加護を持っているので通信士を兼ねていて、火王駅にある管制室の面々と、線路上にいた野生生物が排除されたため運行へ戻ることをやり取りしていた。この運転手は先ほどの炭素分解再燃焼を運転席からはるか遠くに見ていたらしく、俺たちが加護で野生生物を追い払ったことに何度も頭を下げて感謝してくれた。やっぱり人様のためになることって素晴らしいね。でも実際にはペットを手に入れましたっていうだけなんですけど。ルーシくんを線路上でゲットしたのは内緒にしとかないとな。鉄道の運行をストップさせていたのはお前のペットじゃないかと言われて、乗客たちから慰謝料を請求されても困る。
客車に戻るとゴツイ男たちが15人ぐらい、なぜか泣きながら謝ってきたんだが、意味がよく分からないんだなこれが。どうも彼らも騎士のようで、この野生生物の騒ぎで本来彼らも排除に同行するべきだったようだが、機関車が止まった時に眠りこけていたらしい。よく見ると毎朝マラソンをしていたメンバーのようだから、火王領のエリート騎士たちなんだろう。この人たちも俺たちと同じくムサシで一泊するようだ。
ムサシは中央領から水・地・火の領地へ向かう際の宿場町として昔から栄えていたらしいので、宿の数については空きを確認する必要も無いほどに充実しているらしい。都市と都市をつなぐ中間地点として古くから商業が栄えてはいたが、高速鉄道の開通でその傾向に拍車がかかったようだ。そうだ、ここに物流の拠点を築けば、火王領地の特産物を卸売するにはもってこいだな。経済とは物流、物流とは経済だ。
馬鹿親父がうるさいほど俺に言っていたのは、物流を制する者が経済を制するという言葉だ。考古学者のくせになんで経済なんて気にするのかと聞いたら、考古学とは古代の経済を解き明かすことにその本質があるとのたまった。あの時は意味が分からなかったが、今では分かる。文明とは経済と物流なんだ。だから考古学でいろいろな文明の立ち上がりを学ぶと、そこには経済が見えてくるんだ。親父が教えてくれなかったら俺には火王様やサヤカちゃんに恩返しすることもできなかったってわけだ。はあ、もっと親孝行を、肩の一つでも叩いておくんだったな。親孝行、したいときに親は無しか。したいときに俺が地球にいない、っていうとてつもなく変則的な状態だけど、ことわざ通りだな。
「ミコト殿、ミコト殿。着いたっすよムサシ駅に」
気が付くと列車が停まっている。フォルクスさんが俺の肩を叩き、ルーシくんも俺の側頭部をぺしぺし叩いていたようだが、全然気づいていなかった。こうやって見ると完全にネコだ。どう見てもネコだ。さっき出会ったときはテレパシーみたいなものが使えたはずなのに、客車に戻ってから話しかけても、うんともすんともいわず『うみゃあ』としか言わなくなった。何か他の言葉はしゃべれないのかと聞いても『ぶるみゃあ』と言うだけで、完全にネコ化してしまったようだが、見た目もネコなので不都合はないわけだ。さっきのは気のせいだったのか? まあ、初めての獣との出会いで興奮していたというのもあるし、気のせいだったとしても仕方がない。
「ああ、すまぬ。すぐに降りねばな」
明日、中央領や風王領へ向かう列車に乗る人たちは、皆ここで降りる。すでに客車内では降りようとする人たちが荷物をまとめ、出口に向かって列を成している。逆に中央領・風王領から水王領・火王領へ向かう人は、立体交差の下を走る中央―風高速鉄道からぞろぞろと降車し、明日朝に水―火高速鉄道に乗るまでは宿場町へと消えていくという寸法だ。
本当は火王領と中央領を直結させてしまおうかと考えたんだが、この方がムサシの経済が改善するし他の都市からも火王領への観光客が見込めるということに気づいて、急きょ立体交差に変更した。しかして、その効果はかなり上がっているようだ。ムサシは中央領だが以前に比べて激しい税収増があるらしく、火王様は当代からお褒めの言葉をいただいたらしい。そうそう、中央王家の王様については、庶民はみんな『当代』と呼んでいるようだ。これは今日教えてもらった単語だ。つまりマイカ姫は当代の長女ってことだ。これ以外にも聞き取れない単語はまだまだ多いから、王様の前とかフォーマルな場所でない限りはいろいろサヤカちゃんに質問して、どんどん言葉を覚えていきたいものだ。
「やはり、ムサシはかなり栄えているのだな。しかし王城の無い土地でも、宿は王族が宿泊できる階級のものがあるのか?」
俺は別に安宿でいいけど、お姫様が3人もいるとなると、さすがにそれなりの宿でないとならないだろう。王家御用達の宿とかあるといいんだけど。付いてこいと言い放ったフェルナさんの後ろをふらふらと付いてくと、暗くてひと気のない宿の裏側へ来てしまった。なんだか不安なんですけど。フェルナさんは歩きながらぶつぶつと何か言っている。怖いってば。
「その宿はミコト様の目の前だ」
「壁しかないが」
「この壁だッ。オレが開けてみせるが大声を出さないでくれよ?」
フェルナさんが壁に手を当てると、急にぽっかりと扉が開いた。いや、壁に穴が開いたという感じだ。声を出すなと言われてなかったら叫んでいたところだった。よく見ると、フェルナさんが手を当てたところにはとても小さな五芒星の刻みがあった。こんなに小さいと、ここを通るのが昼でも見つけられないだろうなあ。
「ミコト様、これが王家専用の入り口というわけだ」
「ムサシにもあるとは、妾は知らなかったが? 普通の宿も覚悟していたわけじゃが」
「魔獣狩りのためにあちこちを飛び回ってるオレしか、この中では知らないのではないかな」
「今のはどういう仕掛けで開いたっすか?」
「まあ、まずは中へ入ってからだな。ここを開けると従業員が飛んでくるから問題は無い。ちなみに宿泊料はいらん。認識阻害の障壁が消える前に早く入れ」
ああ、さっきぶつぶつ言っていたのは障壁の詠唱だったのか。中に入ってフェルナさんが教えてくれたのは、あの扉は特殊な力石が仕込んであって、地・水・火・風のどの加護でも開くらしい。二重力石と言って、それは王族だけに伝わる製法で、最初から既に扉が開く詠唱が仕込んである力石と、加護を吸い取る力石の2つでできていて、詠唱が入っている力石へ加護が流れると扉が開く仕組みらしい。それって他にも応用できるんじゃね? サポ魔法になんか応用できたらいいなあ。
その直後、確かに仲居さんみたいな人たちが5人ほどすっ飛んできた。フェルナさんの顔を見て笑顔でいたのだが、後ろにいた俺を見て全員固まってしまった。下僕は一緒に入っちゃだめだったかな? すいませんねすいませんね。入っちゃったもんは仕方ないんであきらめてください。
やけに豪華な部屋へ通されて、同じく豪華な食事が部屋に運ばれてきて困った。俺はこんなに豪華な食事には慣れていないわけで、テーブルマナーとか分からないんで恥をかくだけなんだけど。ギギギと音が鳴りそうな仲居さんが俺の横に立って、湯呑みにワインのような果実酒をついでくれた。まことにすいません。下僕ごときに酒を注がねばならない仕事って大変ですよね。でも湯呑みにワインって新鮮だな。しかもかなり甘くておいしいワインだった。酒がおいしいと食事も進む。
可能な限りみんなの真似をすればマナーもなんとかクリアできるだろうとキョロキョロしてたら、みんなもキョロキョロして落ち着かない食事になってしまったのが申し訳ない話で。下僕で貧乏人なんで、その辺は許してくれるとありがたい。あ、そういえば俺って今、火王領のなんとか大臣だったんだっけ。お情け役職だから下僕とあまり変わらないけど。
あまりにも食事の量が多いんで最後に出てきたデザートは完全放置。甘いものは別腹と言うけど、さすがにこの量は無理です。残してしまってすいません。しまいには宿の支配人みたいな人が出てきて、お気に召しませんでしたかなどとのたまう。いやいや、量の問題ですから。なんか肩が凝るなあ。やっぱり王族の人たちって大変なんだな。ここの宿の人たちも、俺みたいな下僕にまで気を使ってお疲れモードみたいだから、一応御礼を言わないとね。
「この甘物は申し訳ないが食べれぬ。これを作った者をよく労うよう伝えよ」
「は、はっ……」
支配人さんは冷や汗を垂らしながら出て行ってしまった。なんだったんだろう。みんなもデザートには手をつけず食器から手を離しているのは、満腹度が一緒ってことだ。さすがに女の子でもこれは食べられないよね。
とても気持ちのいい、ふかふかのベッドで熟睡させてもらえた目覚めのいい翌朝。久しぶりに一人きりで眠れたのでかなりの快眠だ。快眠できた一番の理由はルーシくんのお腹を夜、モフモフさせてもらったからだろう。
気持ちのいい朝だったのに、俺たちが宿を出ようとするとこの宿の料理人が何やら暴れているとかいうことで宿の中がバタバタしていた。どうも変な薬を持っていたらしく、それを客の食事に出したらしい。なんだそりゃ。昨日のデザートを作った料理人らしいので、あのデザートは食べなくて良かったかもしれない。滋養強壮の薬でも入れようとしたのかな。中年以上の人のためにデザートに強壮薬を入れたりするのが慣例なのに、量を間違えたとか。それを料理長に問い詰められて逆ギレしたとか。こわいこわい。逆ギレだけは絶対しちゃいけねえって親父も言ってたしな。まあ、その暴れた料理人もこれだけは譲れないっていう線があったんだろうな。料理人は職人気質の人が多いだろうし。
「ミコさん、なんで分かったの?」
へ? 何が?
「あの状態で毒入りの料理だけを見抜いていたのは、やはり食事中も注意深く観察していたからだな? オレには分からなかったぞ」
何入りだって? 強壮薬のことか。そんな薬なくても、まだ若い俺には必要な訳ないだろ?
「我にそんな物が、通用する訳がなかろう」
「はい、愚問でした……」
「うみゃあ」
――ソールズベリーの巨石群の前で、肩で息をする4人は苦痛に顔を歪めていた。
「今のかなりいったんじゃないの~? 数値は~!?」
目を輝かせた蒼然が、モニタを見ている研究員へ何かの数値について問いかける。
「6TeVです! ブラックホールの生成まであと5TeVです!」
「何かが、何かが足りないネ。ふぅ、これじゃ尊に申し訳が立たないネ」
嵐神哲弥は立っていることに耐え切れなくなり、その場で芝生の上に身を投げ出して言った。
「いやいや~。CERN第二次人工次元展開実験は5TeVを超えれば成功だよ~。急がなくてもいいから1か月後、第三次実験に備えてまた鍛えなおそうね~」
「はい教授……。加護切れってひどいですね。体がすごく重いです。でも、加護が暴走しなくて良かった……」
「山神君は今回よく頑張ったね~。朔月の一族はやっぱり加護量が多いんだね~。でも、火神君は修行が足りなかったね。山神君に助けられたのは自覚しているだろ~?」
「すいません。俺がペースを考えずに最初に力を出しすぎたせいで、江里にフォローさせすぎました。ごめん江里」
「いいの。最終局面では最初からあの全開が必要になるわけだし、いい実験になったと思うよ」
「ボ、ボクもですっ! 力が大きくなりすぎて調子に乗りましたっ!」
「いや、カオルはいいペースだった。力の伸び方はカオルが一番いいけど、合わせ方は間違えてないと思うんだよな」
「そ、そう!? また修行頑張ろうねトオル!」
「カオルは一人だけ加護切れ起こしてないし。でもこれで、M理論は実証段階に入ったんですよね……」
「そう~! 今回は初めて4属性が均衡になる瞬間があったんだよ~。これは拍手だね~。そのまま出力を上げれば11TeVを超えて、次元の扉を開くことができるはずだからね~」
「でも11次元に到達するには、最後の1ピースが足りない感じがしますネ、教授。このまま出力を上げても意味がないかもしれないネ」
「ほう~。他のみんなもそう思うかい~?」
「そう言われてみると、確かにそんな感覚はあります」
「俺もある」
「え、えーと。ボクは分からないですっ!」
「水神君は分からなかったかい~? でもまあ、4人中3人が感じるならそれが正しいんだろうね~。そしてそれが、イデアの最後のピースなんだよ~。そのピースが見つかれば、M理論は完成するんだね~」
「最後の一つ。それは一体、なんだろうね……。ねえミコ……」
動かない体を、気合だけでひっくり返して仰向けになった江里は、宇宙の向こうへ小さな声で問いかけた。
うがああああぁつwww
一気に書き上げましたので誤字脱字多かったらすいませんwww
あ、最後のピースはひとつなぎの財宝の方ではありません(´Д`;)