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太陽王の世界 ―異世―  作者: 檀徒
◆第二章◆
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第18話 沿道の応援は嬉しいんです

 太い道が縦横に張り巡らされた街を走り抜ける。多少のアップダウンはあるが、ほぼ平坦だ。だがそのほとんどは森の中と言っても過言ではない中を通り、沿道には雑木林と呼ぶにはずいぶんと茂りすぎた木々が立ち並び続ける。

 走りながらよく見ると、木が生えているところには家らしきものの残骸があり、森になっている部分がかつて住居用地として使用されていたことが分かる。それでもその残骸は土くれで作られているためか、完全に自然へと還っているのだ。

 この都市が建設された当時、または長い歴史のなかで、おそらく今よりも多くの人が住んでいたに違いない。森にあたる部分にすべて住居があったとするならば、このアソノウチ本来の許容人口は数千万人、いやもっとかもしれない。文明・文化がある程度発展すると出生率は下がり人口は減少するから、12000年もの間、長く続いたここもそうなったのだろうと尊はあたりをつけた。

 だからこそ自然と共生できている素晴らしい都市となり、人口密度が高いと聞いている他の都市と比べて観光に向いているのだ。その自然溢れる道のりを走るのだから、健康増進のためのランニングには持ってこいだろう。尊は日課のように走り続けると、体調がかなり良くなることに気づいてやめられなくなっていた。その変化は「ご飯がやけにおいしい」というものだ。

「ぶはー、ぶはー。ミコト殿、速すぎっす!」

 マラソンというのは、決して運動能力に優れた者のみができるというものではなく、誰でも練習をすれば記録は伸びるものなのだ。最初はついて来れなかったフォルクスも、いつの間にか20キロ走れるようになっていた。伴走者がいるならばと、それに合わせて尊もスピードを落とす。

「うむ、少し速かったか。それにしても……」

 歩幅を縮めることで速度を落とした尊は、ちらりと後ろを見て笑顔になる。市民たちが総勢30人ほどが後ろをついてきているのだ。速度を落とすと市民たちが尊を追い抜いていき、人の壁ができあがる。

「皆、マラソンの良さが分かったようだな。健康には運動が一番だ」

「はぁ、はぁ。ミコさんについていくのが精一杯だけどっ!」

「凄まじい速度だな! オレは限界ギリギリだぞ」

 さすがに、そんなに走り回るのは無理だと言い張ったマイカを除いて、サヤカとフェルナもいつの間にか伴走できるまでになっていた。

 全員とも運動しやすい服装をしてはいるが、その上にわざわざ鎧の胸当てをつけている。フェルナが言っていた「常に鎧を装着しておくべき」という考えに賛同した尊が、修練の間もできるだけつけようとしたが、足回りだけはやはり走りにくいため取り除いて行った結果、胸当てだけが残ったのだ。そうすると、太陽王の紋を付けた尊の姿は遠くからでもよく目立つものとなった。


 雨の日以外は必ず行なわれる毎朝の長距離走修練は、既にアソノウチの風物詩と化していた。1人2人と随伴が増えるうちに、いつの間にかそこまで人数が膨れ上がっていた。その表情はなんとかついていこうと必死なもので、彼らは別にマラソンがしたくてやっているわけではなく、いずれ王となる人間が少ない供しか連れずに街を走り回る危険性に配慮して、警備を行なうという観点からのものだった。

 走るコースも決まっているのだ。暗殺者が沿道の森に隠れていても分からないのだから、これほど絶好の暗殺ポイントはないだろう。為政者が治世の中でもっとも気をつけなければならないのが、この暗殺なのだ。何しろ、そんな目立つ胸当てを着けて走るのだから、殺してくれと言っているようなものだ。しかしそんなことはまったく気にしない様子で走る尊は、頼もしい王に見える。表向きは暗殺など意に介さないように見せることも、優れた王としての条件だからだ。

 なぜ、外部から来た者が王となるのか。それはあるひとつの概念に束縛されているからだった。その概念とは、真の王は太陽王のみであり、太陽王亡き後その子孫は次の太陽王が現れるまでの仮の為政者であるということだった。つまり今の王家も、12000年前に現れた三代目の太陽王の子孫なのだ。

 市民たちにとって喜ばしいことは、どうやらこの四代目と思しき尊が、同じく三代目太陽王の子孫であるようだということだ。伝承では二代目、三代目はそれぞれ、縁戚関係ではない者が太陽王となっていたので、今回もそうであってもおかしくはなかった。

 そうなると旧王家は総取替えさせられてしまう。二代目と三代目はそれぞれ、市民感情を考えて旧王家との婚姻を進め、王家がそのまま王家でいられるようにした。だが今回は最初からそんなことを考えずとも、縁戚関係にあるのだ。今まで慕ってきた王家の存続が確定的であることに、市民は安堵した。


 沿道にはいつの間にか大量の観光客が立ち並んで、尊たちの姿を一目でも見ようと首を伸ばす。温泉街に近づいてきたせいで観光客がこれもひとつの観光ポイントとして、マラソンに(ふけ)る尊を見にやってくるのだ。既に温泉街は数千人の観光客を収容できる、巨大な観光街と化していた。観光客たちはアソノウチの自然に触れ、そこでしか食べられない料理に舌鼓を打つ。

「だいぶ人が増えてきたな。観光は成功だな、フォルクス殿」

「すごい人の数っすね!」

 この長距離走は観光の成果を尊が視察することにも一役買っていた。さらには尊自身が観光客へ姿を晒すことで、噂を聞きつけた他の都市の人々がさらに多くやってくるのだ。観光客達はものものしい警備隊に囲まれながら厳しい修練を続ける尊の姿を見て満足する。

(沿道の人たちが手を振ってくれると嬉しくなっちゃうんだよね! サンキュサンキュー! ランニングする人を応援する風潮があるのはいいよなぁ)

 尊の姿を認めた観光客たちは手を振るが、尊も同じように手を振ってそれに応える。だがそのとき、尊の手のひらからは畏敬を感じさせる加護が放たれ、観光客は突然頭を下げざるを得ないほどの尊大な力に押さえつけられる。これが、王たるものが民衆へと与えるものであるロイヤルタッチと呼ばれるもので、その力に預かった者は急に体調が良くなったり、視力が上がったりする。

 このロイヤルタッチは優れた王にしか発揮できないもので、16世紀のフランスでも国王のアンリ4世が重病者に触れてその病を治癒したという伝承もある。通常は手を直接当てる必要があり、これが「手当て」という言葉の語源になっている。さらに優れた王は触れずともその力を分け与えるとされており、どんな時代でも民衆の前に姿を顕わした為政者が、手のひらを民衆へと向けるのもそういった理由からだ。

 現代の日本でも、皇族が国民へ向けて手のひらを向けて手を振るのは、そういった意味がある。微量に届くロイヤルタッチは、国民を感動させるのだ。それはそこに居た者にしか分からない。

 気がつけば尊が通り過ぎた後には一様に平伏する観光客たちの姿があった。中には不治の病が治るかもしれないという噂を聞きつけてやってきた病人や、仕事のしすぎなどで精神的に疲れた者たちもおり、その絶大な治療効果を肌で感じ取り、感激の余り涙する者まで出る始末だった。そして、尊が四代目の太陽王であることが間違いないということは、沿道にやってきた誰もが理解していた。

 後ろも振り返らずに熱心に、そしてかなり強烈なロイヤルタッチを民衆へ分け与えるという、その尊の姿を一目見ようと、さらには自分もロイヤルタッチに預かろうと、今日もアソノウチ一帯からだけでなく他の都市からも人々が押し寄せていた。


 一見ほのぼのとした風景のようだがそれは警備を行なう者たちには緊張が走る瞬間となる。観光客に紛れて暗殺者がいる可能性もあり、人々の間にいるならば森に隠れているよりもさらに分かりにくく、危険だ。

 特に尊のすぐそばを走る者は、緊張のあまり冷や汗が大量に噴き出す。何かあれば、尊のために命を投げ出す覚悟ができているのだ。

「皆、良い汗をかいておるな。温泉で少し休むと良いであろう」

 やっと温泉街に到着すると、安堵のあまり体を地面に投げ打つ警備者が続出する。尊のためだけに作られた温泉宿が稼動し始めているので、そこへ尊が入りさえすれば、警備の半分は終わったようなものだ。あとは帰路があるのだが、それまで一休みできる。

(いつもこの温泉宿だけはすいてるからいいねえ! まるで貸切だぜ)

 意気揚々と、フォルクスと2人で宿の暖簾をくぐっていく尊を見届けると、警備隊は別々の宿へと入っていく。尊用の宿は男湯しかないため、サヤカとフェルナは女湯のある通常の宿へ向かう。宿の中での警備はフォルクスと、従業員に任せておくのだ。

 尊用の宿に勤める従業員は、普段は他の宿で働く者たちだが、尊がやってくる間だけそちらへ移動し、対応に当たっている。そして尊が帰ると宿を閉めてしまうのだ。だからこの宿は宿泊施設ではなく、温泉に入るためだけのものとなっていた。


 尊が温泉に浸かっている間、伴走した警備者たちも急いで温泉に浸かる。だが尊がすぐに出てきてしまうので、汗を流すだけに留まる。尊よりも先に外へ飛び出し、尊が出てくるのを待つ。そして尊が出てくると、またしても緊張を強いられる警備が始まるのだ。

 そのような大量の警備を必要とする朝の修練に、異を唱える者はいない。なぜならこれは、王ならではの考えで導き出された、兵士の育成方法なのだろうと簡単に推測できるからだ。常に緊張を強いられる戦いが、この後待っている可能性が高い。大いなる災いへの対処には、王を守る騎士団も同様に立ち向かわなければならないのだ。既にかなり鍛えられているはずの者たちも、暗殺者がいる可能性を考えて緊張しながら走るというこの修練は、平気な顔をして走り続ける尊の胆力をさらに思い知らされるものであった。

 それを毎日のように行なうのだから、ついて行くことができなくなる者も続出した。だが警備の数は減らせないということで、精神力に自信のある者が次々と志願し、今残っている者たちは精鋭と言っても過言ではなかった。そうやって物言わずとも精鋭兵士を選別していく尊の指導力に、観光客ですら感心していた。





「これでほぼ、試験に関して体力は問題が無くなったはずである」

「問題は組み手っすか」

「組み手も問題ないじゃろう。試験官は強いが、ミコト殿なら対処できるじゃろうからな。さて癒すぞ。……この者たちの体を癒し給え」

 広い屋敷に戻った4人を、マイカが水の加護で癒していく。白く透き通るような指から空よりも青く濃い色をした光が伸び、4人の全身を覆う。足の痛みは、それですぐに消えてしまう。体力が向上しているだけでなく、尊の体内に流れる加護が少しずつ大きくなっていることもあり、効果が倍増しているのだ。

 急造りの屋敷ではあったが、構造はしっかりしておりいくつもの部屋がある。5人で生活していてもまだ部屋が余るほどで、何に使えば良いか迷うほどだった。そういった空き部屋は雨の日に組み手の修練を行なうなどで使用していたが、普段は何も無い空っぽの部屋で、マラソンから戻ってきた尊たちが体を休める場所となっていた。尊はその部屋に修練の部屋と名づけて、瞑想の修練などもそこで行なうようになっていた。

「我に必要なのは属性系の知識だ。表と裏の詠唱について、もう一度しっかり聞かねばならぬ」

 以前に詠唱学講師のトレイスが言っていた表詠唱、そして裏詠唱。表についてはそれぞれ地・水・火・風と推測できるのだが、裏については地が重力であるということしか理解できていなかった。他の3属性についても何かしら強大な力が存在するはずで、それらを理解しなければ正しく、そして強い魔法を使うことは不可能であると尊には感じられていた。

 そして謎なのが、黒い塊として存在した重力詠唱と思しきグラビトンが、地の加護にも似たような重力裏詠唱として存在していることだった。地の加護ならば黄色く光るはずが、黒くなったのは何故か。そのあたりも4属性を正しく理解しなければならないだろう。

「あれだけ極法(サポマホウ)を放てるミコさんに、4属性が必要なんですか?」

「オレにも必要性を感じないが」

 疑問を呈するサヤカとフェルナに、尊はさらなる疑義を感じた。補助魔法は飽くまで補助魔法でしかないと考えている尊には、魔法の発生する仕組みを知ることがさらに必要だったのだ。尊が引きこもっていたときに打ち込んでいたゲームには、魔法が使える仕組みについての説明は無かったからだ。

 それらの世界では最初から使えるのが当たり前で、魔力の元となるものや、どのように発現しているかという概念は存在しなかった。

 だが中には、魔法の力が大地にも流れているという概念を呈するゲームも存在し、おそらくそれが魔法の本質に近いのだろうと尊は考えていた。あれらのゲームは、おそらく本質を捉えていた者が監修しており、小出しにその概念を封じ込めていたのだ。

(とどめに使うのは効率的にHPを減らせる属性魔法だろうし、仕組みも知りたいしな)

「最終的に必要となるのは4属性である。それは加護の仕組みが要である」

「ああそうか、5属性目は4属性の延長線上にあるのだったな。基礎がしっかりしていなければ、塔は高く建てられないわけだ。やはり極法は4属性の延長線上なのだな」

 最終的に、という尊の言葉に納得したフェルナは、極法の全てが4属性の裏詠唱の組み合わせでできているであろう事実からも、さらに基礎固めをしようとすることに感心した。

「なんじゃとフェルナ!? 延長線上とは!?」

 フェルナの言葉に驚いたマイカが、眼を丸くして問いただす。

「4つの力は、統一されて5つめの力になるんだ、おそらく」

「そうか、それが極法なのじゃな!? なんという常識外の力か……」

「すごい……。それがイデアの力なのね……」

「すごすぎて、意味がよく分からないっすよ。ハハハー」

「じゃあ、トレイスさんに聞いてみないとね。今日は時間があるかどうか、ちょっと聞いてきますねー! フェルナさん、マイカ様、食事の準備はすいませんがお願いします!」

「任せておけ」

「うむ、大丈夫じゃ」

 調理をフェルナとマイカに任せたサヤカは、トレイスを呼ぶために屋敷を飛び出していった。

第二章開始しました(`・ω・´)


第二章からは魔法が使える謎や仕組みが少しずつ明かされていきます。

更新はやや間を置く感じになると思いますが、

どうぞよろしくお願いします!


さて今回、尊くんは勘違いしたまましっかりと王様してますw

これなら民衆も安心でしょうという王様ぶりw

そしてそれもエスカレートしていきそうな気配www

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