第1話 発掘品の取り扱いには注意しましょう
馬鹿らしい。どういうテレビの企画だよ? あんなそっくりさんを用意してまで俺を嵌める気なのか?
それが、ずっと俺が思っていたことだった。ありえないことだ。まさか12000年も続く王朝があるなんて、誰も考えようが無い。
エリザベス女王がどうしてうちの国の陛下に傅くのか。それは単に、王朝の歴史が世界で最も長いからだという理由で、他の理由なんて考えたこともなかった。
あの夜から2年が経っても、いまだに俺はそれを信じない。
俺は親父の研究所に進学させてもらった。こんな成績で学想院に入れてしまうというのは、どうもあの偉い人のコネのようだ。やっぱり本物だったのだろうか?
まあ、その辺はしばらく結論を出さないでいいと言っていたし、折あるごとに考えればいいと思っている。
何しろいろいろと歴史が絡むのだ。一度に考えると頭がパンクしそうになる。現代人として俺の心が拒否しているというのもあるのだが。
「で、これがその証拠?」
「そうそう、これがな~。昔は力を持っていたんだよ~?」
「馬鹿にするなよ親父、ただのオパールだろ?」
「何も感じないか?」
「ただの宝石だろ…?」
どうやらこのオパールが、何やら力を発揮するらしい。古代の人たちはこれを使って魔法を使っていたと言う。そんな馬鹿な。
親父の学説を底支えする物件はすべて見せてもらったが、ただのこじつけにしか感じなかった。あの日までは。
「エアーズロックに何があるってんだ」
「ミコっち様、頑張って発掘しよう」
「がんばろーね、ミコ様」
「トオル、江里、様付けはやめろーい!」
一緒に進学したトオルと江里は、俺のことを若殿様とか言う。確かに教授の息子だから、研究所の中では意味も通るが、様づけしているのでからかっていると思われているだけだ。
何故、アボリジニたちにとってそこが聖地なのか。それは古代の遺跡がエアーズロックの中に眠っているからだという。確かに、一枚岩のはずなのに空隙が内部にあるということは衛星分析からも分かっていた。
「だからと言ってなあ、遺跡なんかあるわけないだろ。一枚岩なんだぞ、あの馬鹿でかいエアーズロックってやつは」
エアーズロック。それは現地の人々に『ウルル』と呼ばれる、世界で二番目に大きな一枚岩で、オーストラリア大陸の砂漠のほぼ中央部に位置する。
よく、世界のヘソとか言われてる、アレだ。
今まで親父が何度もオーストラリアに行って、すぐに帰ってくることが多かったのは現地の人たちとの交渉が難航したからだ。
聖地を掘り返すなぞ、誰が許すか。ところが、親父が俺を連れて行くと現地の村長が快諾してくれた。意味が分からない。
何故快諾してくれたのかを聞くと、そういう伝承だからという言葉が返ってくる。どういうこと? 俺がここに来るのが伝承されていたというのか?
親父が俺の左胸に付いた5つの痣を村長に見せてから、村長の様子がおかしくなったんだ。それで俺たちへの扱いが急に良くなった。この痣に何か意味があるようだ。
この痣は、高校2年のときに俺がぶっ倒れてから付いたもので。倒れた拍子に胸を打ったかなんかして現れたものだ。だから何の意味も無いはずなんだが。
「ここだよミコ様」
「え? なんだもう穴を開けてるのか?」
「ハハハ~。お父さんが前に一人で来たときに見つけたんだよ」
「親父が開けたのか? 大犯罪だぞ?」
「いや、元から開いてたんだよ~?」
発掘用のつるはしを数本持って、頭にはヘッドライトを付けてここを掘り進む。どうも砂岩でできているので、つるはしで掘れてしまうようだ。ドリルなどは必要ない。
カーン、カーン。
「けたたましいな!」
「穴倉の中だからね~。ほら、口じゃなく手を動かして」
「はいはーい」
ボコリ。
「うえっ!? もう穴があいたああ!? なあこれ、相当昔に一度穴を開けてたんじゃないのか?」
「ん? もうたどり着いたか? 上出来だ。というか予想通りだ」
「ほんとに予想してたのかよ親父! うわ、なんだこれ、回廊みたいになってるな? すげーな!」
「ミコっち様。これがミコっち様のための遺跡だぞ、よく中を探せ」
「トオル、敬語なのか何なのかよく分からないぞそれ」
不思議な文字が壁に並んでいる。象形文字のようだが謎だ。朴訥とした農業を営む人々が描かれている。家畜などもいて、庶民の生活を図にしているようだ。
「これ、このへんの人たちの昔の暮らしなのかな?」
「だとすると、やけに水が多すぎるね~ いやあ、すごい発見だね~」
「砂漠だったのに? 川と林がいっぱい書かれてるよな?」
「昔は自然が多かったのかね~」
「んな馬鹿な! ここは昔っから砂漠だろ?」
「氷河期にニューギニアから渡ってきた人たちかもしれないね」
「ハハハ、そんな昔にこんな文明があるわけねー!」
「ということは~」
「親父の学説が正しいってか? それもどうかと思うけどなぁ」
江里はずっとデジカメで撮影を続けている。絵の具を使った壁画だと、フラッシュを焚きすぎるのは色が褪せるので良くないが、これはレリーフだから問題ない。
壁画はずっと続いており、何やらきな臭くなってきた。
「ミコっち、これは戦争の様子か?」
「様付けは無理してたっていう解釈でいいか?」
「ミコっち様、これは戦争の様子か?」
「言い直さなくていい! それから語尾が敬語じゃねえー! 統一しろ!」
一人の男が、敵兵に向かって槍のようなものをぶつけている図だ。
だがそれは、槍を投げているようには見えない。まるでレーザーか何かで敵を貫いているかのようだ。
「これ、どういう攻撃なわけ?」
「漫画みたいな?」
「御威光でやられましたってことかな?」
「まあ、威光をかざしたってことなんだろうけどね」
「尊~。これがオパールの魔法だよ」
「はいはい。分かった分かった」
「おっ、扉があるよ~。開いてるね」
「おお、なんだ。テーブルがあるな。この横のは兵士?」
門の横には鎧を身に着けた巨大な兵士の像が1体ずつ、来訪者を見下ろしている。
「この遺跡、回廊と部屋だけでできてるのか? 粗末だな。墓かな?」
「なんだろうね。ねえ、このテーブル、世界地図になってるよ」
「おっ!? ほんとだ。これ、どう見ても…」
「オーパーツだねこれ。測量技術の無い古代に、何故こんな精密な地図が」
「しかも氷河期の地図だぞこれ。日本列島がユーラシア大陸と地続きだ。っておい! アトランティスとムー大陸があるじゃねえか!」
「ふふ~ん。尊、分かったか」
「まじかこれ。おいおい、まじなのか…」
「ねえ、ミコ様これ…オパールじゃない?」
地図が掘り込まれたテーブルの奥には、円形に削り取られた短い柱が立っていた。その上端には、オパールの欠片が乗っている。
「ほら、尊。古代人はオパールを使っていたんだよ」
「まさかねえ…うおっ!?」
「馬鹿、触るな!」
「ミコー!」
うかつに触ってしまった俺を襲ったのは、突如明るくなった世界と、浮遊感だった。
「うおおおお!? 落ちてるううう?」
俺は遺跡の中にいたはずだが、何故か今、空に居る。
地面が近づいてくる。この高さなら助かるまい。
「うええええ。死ぬのかああああ…」
空からみるその場所は、見たことの無い街だった。
幸いにも俺は落下寸前に気絶し、自分が死ぬ瞬間を感じることは無かった。
「はっ!?」
病院か!? いや、なんだここは。アボリジニの村ではないな。文化が違う。ネイティブアメリカンの村か?
誰かが布団をかけてくれている。は、そうだった、俺は空から落ちてしまったんだ。なんで空に居たんだろうか?
どこかの村の、寝室のようだ。
ガシャーン。
すぐ横で食器を落とす音がして、顔を向けると一人の少女が居た。ずいぶんと小さな背だ。
「ん? あ、助けてくれてありがとう。ここはどこ?」
「アザ! ケイガムリエダン!?」
「はあ? すいません、言葉が通じないようで。Can you speak English?」
「アソナンゴ、ワレニワクワラノウゼ」
「ん? 大和言葉に似てるか? ワレ、ヤマト、ダイムカノミノスケ、ミコト」
「ヒイ!? ミコトノカミ!?」
おっ、通じたか? 名前だと分かってくれたかな。相手の名前も知りたいな。
「ヌシ、ナヲ…あっ、逃げちゃった」
その女の子はそこから駆け出して逃げて行った。ひどいな。そんなに汚い顔でもしてたか? あっ、戻ってきた。なんかおっさんたちを連れてるな。
とりあえずこの布団から起きるか。助けてくれた人たちに失礼だからな。
「ミコトノカミ! ミコトノカミ!」
「アヌシ、ナヲミコトトノコトルニ?」
あー、大体分かったぞ。お主は名をミコトというのか、っていう意味だな。大和言葉から派生している言語なんて、使っている原住民いたのかな? ニューギニアか?
「あー。えとね。ワレ、ヤマト、ダイムカノミノスケ、ミコト」
「ミコトー!!」
うわっ、いきなり叫ぶなよおっさん。
「カミー!!!!」
全員で合唱しはじめちゃったぞ。なんだこれ、異文化すぎて分からないぞ…。まずは言葉を教えてもらわないとな。
ここがオーストラリアからどれだけ離れているのか、それを知るには言葉からだ。でもこれ、難儀しそうだなー…。
あー、なんか女の子は泣き始めちゃったぞ。なんだこれ。どうなってんだ?
――その男は、天から現れた。見たこともない服装、でも私たちと同じ人間。
私は見た。その男が地面に衝突する瞬間、加護を使うのを!
予言の通りだった。この男が私とともに戦う、次世代の太陽王候補。他の王女たちは既に候補を見つけていたが、私だけは見つけることが叶わなかった。
この時代にはもう、まともに加護を使える人間は存在していない。
私は丁寧に男を看病した。せっかく見つけ出した候補だからと、自分の部屋へ連れ込んで1日経ったとき、ついに男が目を覚ました。
「ン? タスケテクレテアリガトウ。ココハドコ?」
これは何語だろう? 予言の通りなら言葉は通じないはず。何しろ異世界から来ているのだから。
「あなた! 怪我はもう大丈夫なの!?」
「ハア? スィーマセンコトバガツージナイヨーデキャニュスピキングリシュ?」
何を言っているのか分からないが、コトバ、という単語は聞こえた。どうやら言葉が通じないことに違和感を感じているのはこの人も同じだ。
「それは何語? 私には分からないのよ」
「ン? ヤマトコトバニテルカ? 我はヤマト、ダイムーカノミ家のミコトである」
「ひいっ!? ミコト様!?」
突然流暢なヤマト語を話したが、偶然かもしれない。すぐに父上を呼ばなければ!
「父上! 客人が目を覚ましたわ!」
「本当か! それで、どんな様子だ」
「ミコトと名乗ったわ…古の賢者、カノミの名を出して…」
「それはまことか! でかしたぞサヤカ!」
「すぐに来て! 父上もお目どおりしないと! 本物の太陽王、ミコト様よ!」
「ミコト様! ミコト様!」
父上がミコトを自称するその男に、もう一度名を聞く。
「お主様は、名をミコトということだが?」
「ああ、控えおろう。我はヤマト、ダイムーカノミ家のミコトである」
間違いない、この男は自らミコトを名乗っている。ついに見つけた。私だけの太陽王候補を。しかも本命、これなら他の王女と戦える!
「ミコトだー!」
「上様だー!!!」
「やったぞ!これで我ら火王家にも日の目がやっとあたる!」
「サヤカ、よくぞ見つけてきた!」
「父上、これで私たちは助かるわ…」
「この男を、ミコト様をしっかりとつなぎとめるんだぞ、サヤカ!」
「はい、私、嬉しくて泣きそう…」
「ミコト様の前ではしたないぞ。ほら、見てらっしゃるじゃないか」
「はい、私はこのカノミ家のミコト様と、必ず他の候補に打ち勝って見せます。そして妃に…」
その夜は、秘蔵の酒を持ち出しての宴会となった。これほどまでにめでたいことは、この12000年無かったのだから。
(改訂保留中です;;)