第13話 赤字国債は発行しちゃ駄目です
地球の基準で考えれば数年はかかるような土木工事が、魔法を使えば随分と早く仕上がる。魔法とは国土形成のために使うべきだという持論が尊の脳内に染み出してきた頃には、火王領内の線路網は完成していた。
もともと鉄鉱石を豊富に産出していた地域だったからこそ、大量の鉄を消費しても流通に問題は無かった。そのあたりの鉄鉱石産出サポートは鍛冶のシディウスがしっかりと行っていたので、尊も安心して任せられた。
火王城敷地内には観光客のための巨大な展望塔が建てられ、塔の中心部の空洞には鉄のワイヤーで吊られた篭が上下する。動力はやはり魔法だ。地球のエレベータ技術を利用したその仕組みに、中央領などの大都市からやってきた観光客は舌を巻く。
「ミコさん! ものすごい収入ですよ!」
「しかしこれを作るのに債券を発行したのでな、しばらくは返済しかできぬ」
展望塔の開業日、大勢の人が入り口に殺到するのを見て、サヤカは興奮していた。そのすべての人がわずか数十分しかいられない展望室に上がるために、ひとりずつ入場券を購入していくのだ。子どもは無料としたのが最も効果的だった。家族連れが列のほとんどを構成していることからもそれが分かる。
「債券ってすごいですね!」
「勘違いをしてはいかん。発行しすぎると国が傾く危険なものだ」
「えっ、そうなんですか?」
「ちゃんと黒字化できる考えが無ければ、債券は発行してはいかん。返済できなくなったら火王城を取られることになる」
「はい…」
建築に必要な作業員の給与は全て、尊が考案した火王領債券を売り出したことで賄えた。この債券は事業が成功した際には、返済の期日を考慮せず一律に1割の利子金を支払うというものだったので、各地の貴族がこぞって購入していた。尊が作った蒸気機関車の模型を見る限り、火王領の観光地化が成功することしか考えられなかったからだ。
ほとんどの観光客は今のところ馬車で火王領の周辺までやってきてから鉄道に乗り換えることを余儀なくされていたが、それはまだ、領地の外へは鉄道網が敷設されていないためだ。この鉄道は蒸気機関でしかなかったが、馬車よりも快適で派手な音がするため、噂が噂を呼び、温泉宿を訪れる観光客は日ごとに増えていた。そこへ来てさらにこの展望塔の開業である。既存の温泉宿では観光客を収容しきれず、すぐ横に新しい宿を建築し始めていた。
「我を介抱してくれた恩、確かに返したぞ」
「これが、恩返しですか!? 返しすぎてもらってませんか!?」
「これで良いのだ。返しすぎた分は徳となるのだ。どうだ、我に飯を食わせて正解だっただろう?」
「はい、夢みたいです…。こんなにたくさん人が、それも楽しそうに…」
「これを維持するために催し物もしっかりと企画していくのだぞ」
「分かりました!」
「では我は、フェルナ殿と瞑想の修行に」
「私も行きますから!」
フェルナと尊はあれから、修行に傾倒していた。まるで仲の良い兄弟のように気が合う2人を見ていると、サヤカは自分のことが忘れられてしまうのではないかと気が気でなかった。
もともと長時間瞑想を続けることなどできもしなかった尊が、瞑想の本質を掴んだのはフェルナの解説が大いに関係していた。フェルナは独自の理論を持っており、それを取り入れるだけで喧騒の中に居ても瞑想ができることを発見した尊は、精神力がいかに魔法を強くするか、いかにMPの最大値を増やすかということに気づいていた。
だが尊が最もMP値の増大を肌で感じた瞬間は、フェルナが女性であることに気づいた瞬間だった。そのメカニズムが尊には分からなかったが、何にせよ良い影響をフェルナが与えてくれていることだけは理解していた。
フェルナはやや色の抜けた茶色い髪が耳にかかる程度の長さしか無く、よく日に焼けた小麦色の肌が男らしい。だが小さな顔と大きな目があどけなさを感じさせ、一見すると若き王族男子のような印象を持たせる。白銀の西洋鎧を身に着け、腰には長剣を差すその姿は、彼女を知らない者からすれば一軍を率いる貴公子のようにしか見えなかった。
普段から鎧を装着することを好むフェルナに言わせると、日常から鎧の重量に慣れておかなければ戦いには勝てないということのようだが、その言葉は尊をさらに彼女へと惹きつけていた。
決して女らしいとは言えない凛々しいその姿の中に、少しだけ現れる女性の仕草がより目立つ。むしろその方が女性としての魅力に溢れていると感じつつも、相手との身分の差を考慮して尊は何もできずにいた。
(俺はおかしくなっちまった)
尊は今まで、女性に対して魅力性を強く感じることは無かったが、MP値が増大したことを自覚すると同時に、サヤカやマイカに対しても女を意識することが多くなり、その心の変化に戸惑っていた。
(みんな可愛い、だけどこれっておかしいよな。俺は猿じゃねえ)
尊の価値観では、一人の女性に恋をするだけが許されることだった。同時に複数の女性に恋をすることなど、あり得なかった。ただ、それが何かの過渡期であることは理解できた。
(ちびっ子なのに…。ぽーっとしてるのに…。分かったぞ、小動物だから癒されるんだ?)
身長が140cmぐらいしか無いので手が簡単に頭へ届きそうになる。そう考えていると尊は自然と手が伸びてサヤカの小さな頭をぽふぽふと軽く叩き、そのまま髪を撫でていく。王女に対して失礼などという気持ちは消え失せてしまい、サヤカが喜ぶままにそうしてしまうのだった。
そうしているとサヤカは顔を赤らめて虚空に目を彷徨わせ、はぁと小さく溜息をついて表情筋が弛緩する。
(なんちゅう撫で甲斐のある小動物だよ!? かわええええ! ペットにしたい!)
「ミコさん、私、安心しました…」
「我も癒されたぞ。また撫でても良いか」
「はい、いつでも…」
「ミコト殿! 展望塔の様子はどうだったか!?」
「おお、フェルナ殿。大盛況であったぞ」
「これで火王領は潤うな。温泉宿もなかなかの盛況ぶりでな、オレは追い出されそうだ。何よりあの料理がすごい。あそこでしか食べられないのが惜しい」
「我はあの料理、いくらでも作れるのだが。他にも試作中の料理があるぞ」
「何いっ!? ぜ、是が非でもそれを食べさせてくれ!」
「えっ!? ミコさんまさかまた…」
「よかろう。では瞑想後にまた」
「おおっ! 感謝するぞ!」
「ちょ、ちょっと! フェルナさんこっち来て!」
「何だサヤカっ」
「あのね、男に料理をせがむなんてどういうつもりっ?」
「作ってくれるのならば喰うのが女の務めだろう」
「その意味分かって言ってるの!?」
「もちろん。それが求婚という意味を持つ料理であることはオレにも分かっている。だからこそミコト殿が料理を作れることを仄めかしたんだろ?」
「フェルナさん、受けるの!?」
「いいんじゃないか、あの男なら心も体も許していい。供に居て楽しい男だ、ミコト殿が太陽王になるのなら、たとえ側室でも構わん」
「どうしてそんなに軽く考えて…」
「軽くなどはない、勘違いするな。オレはもう女としての生き方を諦めていたところだった。その馬鹿な考えを綺麗に打ち崩してくれたのはミコト殿だけだ。彼は、オレを友と認めてくれているじゃないか。一人の人間としてこんなに嬉しいことはないぞ?」
「ごっ、ごめんなさい…そこまで考えていたなんて知らなくて…」
「いや、いいんだ。正直オレの心の中に乙女心などという恥ずかしいものがまだあったという驚きの方が、オレにとっては重要なんだ。ミコト殿のあの目の輝き、体内に流れる5属性の加護流、どれをとっても魅力的だ。ミコト殿が太陽王で間違いないだろう」
「あっ! フェルナさんも気づいてたの!? マイカ様もね、気づいちゃってたの」
「酒を喰らった日にな、オレを抱きしめてくれたんだ。だがそれ以上は何もしていないことは太陽神に誓っておくぞ。ミコト殿も寝ぼけていたようだったしな。だがあの時、加護流に気づいたんだ」
「そう、あの朝から随分と強くなってた…」
「本人はちゃんと自覚していないかもしれないがな。まだまだ強くなるぞミコト殿は」
「確かに、まだ何かの壁に邪魔をされているような感じが…」
「因果に触れたらそれも開放されるだろう?」
「災いがやってくるまでにそれができれば…」
「そう、ヴェガルもアマテラスも救われる。問題は何が起きるのかこちらでは想定できていないこと」
「25光年離れたアマテラスからの通信は25年前ものだから、既に大いなる災いの解析ができているかどうかが分からないのよね」
「最近届いた通信では、取り決めどおりにこれから太陽王が生まれるだろうということだった」
「だからそれを信じて、市民は希望を捨てていないのね」
「そうだ。あと2年で滅亡するような星の住人には見えないだろう」
「あとはあちらの、カノミ家の王がどう動くか」
「期待しよう。オレたちはそれを可能な限り補助するんだ」
「うん…」
尊を無事に送り出していた蒼然はあれから、宇宙開発機構JAXAの筑波宇宙センターで、極秘ミッションである地球近傍小惑星軌道探索を続けていた。2012年12月21日前後に地球へ接近する小惑星が無いかを探し続けているのだ。その研究は本来「リンカーン地球近傍小惑星探査計画」、通称「リニア」と呼ばれ、アメリカ空軍やNASA、マサチューセッツ工科大学などが共同で行っていたものだが、その指示中枢は尊の父、大和蒼然だった。
「ところがさ、山神君。これが無いんだよね~」
「じゃあ、小惑星の衝突というのが間違った予想なんじゃないですか、教授」
「預言されたものをまとめた文書はいくつか見たよね~?」
「はい。どう考えても天体衝突でした。でもそれ以外にも…」
「地球にも、僅かに加護が残されたということでしょうか。その加護があるおかげで予言ができたと」
山神江里が何かを言いかけようとしたところに、春日徹が話の続きを差し込んだ。
「そう春日君、正解~」
そこはいくつものモニターに囲まれた部屋で、JAXAの職員たちが静かにそれぞれのPCへ向かっている。その時点で小惑星探査に使用されている、世界のどこかの展望台とネットワークで通信しているのを解析しているのだ。だが彼らは、単に小惑星の探索だけに勤しんでいるわけではない。何か別のものを探していた。
「でもだいたいの軌道はほとんど洗ったんでしょう?」
「それがね~。小惑星同士の衝突で軌道がずれるともう計算できないんだよね~。軽~くずれるからね~」
「随分と軽~く人類滅亡しちゃいますね」
「でも本当に小惑星同士の干渉で軌道がずれるのかな~?」
「それ以上は科学的でないので信奉は拒否しますよ」
「そのときになってみれば分かるよ~。非科学的に見えるものが世界を覆うことになるからね~」
「それはそれとして、軌道がずれた場合に地球へ接近しそうな小惑星を探しておくってことですね。飽くまで科学的に」
「そう、それと小惑星の岩石質も重要だね~。はやぶさが持ち帰ってきた試料から必要な破壊力を導き出しておけば、尊がなんとかしてくれるからね~」
はやぶさプロジェクト。地球近傍小惑星のイトカワから岩石質をサンプルリターンするという、人類にとって非常に挑戦的なプロジェクトがその使命をまっとうしたのは、そこに人類の命運がかかっていたからだった。
地球近傍小惑星はその名の通り、地球軌道に近い軌道要素を持ち、中には地球軌道と交差するものもあるほどで、そういった小惑星が過去に何度も地球へ衝突し、その度に生物群は絶滅を繰り返してきた。
そういった小惑星がどのような岩石質でできているのかを探れば、地球上からレーザー兵器で照射するなどして表面を蒸発させ、その蒸発の勢いによって軌道をずらせる可能性も考えられた。
だがそれらの小惑星はとても小さく、中には地球のすぐ横を掠めてからやっと見つかるようなものもあったりと、発見は不安定だった。そのような現状だったため、回避構想を実現させるにはより綿密な観測を必要としていた。
ただし、レーザー兵器で照射しても軌道を変更できないほどの大きさの小惑星がやってきた場合、人類は終末の日を自覚しながら滅亡することになる。ならばせめて岩石質の構成を把握するだけでもというのがはやぶさプロジェクトの真の目的で、地球に衝突する小惑星が「岩石型」の場合はこのプロジェクトで得たデータが役に立つ。
本来、地球近傍小惑星のタイプは、はやぶさが着陸したイトカワのような岩石型が多く、おそらく軌道がずれて地球へ衝突しようと近づく小惑星は、この岩石型と考えられていた。
「いくら来ないと言っていても、結局来るんですよね? ミコっちの両肩に70億人の命がかかってる」
春日徹は、高高度レーザーホログラム照準システムの設計図を見ながら溜息をついた。
「問題はもう一つ。小惑星だけで済むはずがないというのが、いろいろな預言に書かれていたことから推察できますが」
「悪魔の降臨? そんな預言の内容だと、何が起きるか誰にも分からない。ミコっちにだって分かってないはずだろ?」
神妙な顔で山神江里が呟くと、春日徹はさらに深い溜息をついて頭を抱えた。
「それは私にも分からないね~。でも大丈夫だよ~」
それでも蒼然は、必ずそれを回避できると信じて疑わなかった。
地球では、魔法が使えなくなった代わりに科学で災いに対処しようとしていたのだった。65年前、蒼然の父である碧が皇族を通じて世界に発信した内容は、各国で最高機密とされていた。
すぐに旧ソヴィエト連邦とアメリカ合衆国はそれを確かめるためにある行動を起こした。碧の言うとおりならば、月には12000年前の遺跡があると。そして火星には人類とは別の知的生命体がいると…。
両国が協力を惜しまないという連絡を碧へ入れたのは、1969年7月21日、NASAの宇宙飛行士アームストロング船長が月の大地を踏みしめた次の日だった。
この話数に到達する前にはやぶさサンプルリターン成功ニュースが出ちゃいましたね。
JAXAの皆さんおめでとうございます(´∀`*)
毎度毎度のことですが、
お読みいただいている方ありがとうございます。
週間ユニークが概算で1800を超えました。ありがたいです。