第11話 スローライフは永遠のロマンです
はあ。とっても憂鬱にゃ。今度の候補者はかなり真面目、出自が分からなくても礼儀に問題が無いから、きっとどこかの貴族の隠し子か何かにゃ。水王家としてはこれで十分面目が保てるにゃ? でもどうせどの候補者も、太陽王とは認められないにゃ。
人類は滅亡するんだにゃ。ヴェガルも、アマテラスも同時に。それが予言なのだからにゃ。でも民は、太陽王が出現するというのも信じてるんにゃ。太陽王が出現したところで、滅亡を止められるかどうかは保証できにゃいというのに~。
はあ~。でも太陽王が出てきたところで、滅亡を止めたところで、アタシには縁の無いことにゃ~。この八重歯さえなければ醜いと言われずに済んだのだがにゃ? こんな歯では側室にすら選ばれることは無いにゃ。矯正しても直らないから、もうあきらめたにゃ。アタシは未婚のまま、巫女にでもなればいいんだにゃ。
はあ。とっても憂鬱にゃ~。
「フェイノルス様。このところ火王領が騒がしいようですぞな」
「……」
しゃべると八重歯が見えてしまうから嫌にゃ。どうせアタシはぶさいくにゃ。せめて歯が見えないようにできれば良いのにゃ~。でも思い切って抜こうとすると、もっとぶさいくになるにゃ。さすがにそれはできんにゃ。
「城を一般人に公開するやら、大掛かりな宿を作るやら、谷を切り崩しておかしな鉄の道を作るやら。それを候補者がやっていると言うぞな」
「……」
「それと、中央王家に献上された武器の話。候補者が考案した武器で、並みの剣ではすぐに折られてしまうほどの強さだということですぞな」
「……」
ベディヴィアと名乗るこの男は、アタシが黙っていても言葉を止めずにいてくれるんにゃ。アタシが歯を気にしていることをちゃんと分かっていて、恥をかかさないようにしてくれるにゃ。良い奴だにゃ。もう騎士の称号をくれてやっても良いぐらいだにゃ。
水王家の歴代王女たちはちゃんと美人なのに、アタシだけどうしてこんな風に生まれちゃったのかにゃ~。最後だけ太陽王候補試験の順番が回ってきたけど、たまたま他の王女が、お姉様たちが18歳を超えてしまったからだにゃ。そうでなければアタシが候補者を連れて試験に臨むわけが無いにゃ。もし第四試験まで候補者たちが進んだとしても、できるだけ黙っていよう。
運が良ければ側室に選んでもらえるかもしれないにゃ。まあね、そんな奇跡は起きるわけが無いんだけどにゃ~。
「その剣の噂を貴族達が聞きつけて火王領へ問い合わせたのですが、どうもその剣を作れる鍛冶屋は一軒しかないようで、依頼しても断られるそうですぞな。いくらお金を積んでも断られるので、これはどうやら本物のようだと」
「……」
「一人だけ、水王領から依頼に成功した者がいて、それはミズチ公爵みたいですぞな。なんでも、現地まで行って試作品を見て、どうしてもと再三頼んだら大金が必要だったようですが、剣が手に入るならと交渉が成立したようですぞな」
火王家のサヤカの話は少しその前から聞いていたにゃ。候補者にぞっこんで、ずっと側にいるとかなんとかの話が入って来るにゃ。サヤカはその候補者を太陽王だと思い込んでいるってことだにゃ。だけど、女の魅力に欠けるサヤカが、妃として認められるかどうかは微妙だにゃ。片思いなんて、胸が苦しくなるだけにゃ。
「それで、隣の火王領からその鉄の道が伸びてくるという話はお聞きですかぞな?」
「…んにゃ」
「水王様と火王様の間で交渉が進んでいるようですが、どうやら水王城前まで鉄の道を作る計画のようで、大通りの中央部にそれができるらしいですぞな」
「それはその候補者の案かにゃ?」
しゃべるときは、俯いてしゃべらないとだめにゃ。別に陰気なつもりではにゃいんにゃ。でも自然とこうなるんだからにゃ。
「そのようですね。中央領にも陸橋を通して大陸間道を作るようですぞな」
「既に太陽王気取りのようだにゃ。候補者の分際で国政に携わるとはにゃ」
「そうですね、まだ認められてもいないのに、ずいぶんと性急ぞな。拙者が認められればフェイノルス様にもいろいろと便宜を図りますぞな」
「……」
「ご心配召されるな。拙者には自信がありますぞな」
「……」
自分が太陽王に認定されたら、アタシをもらってくれると言うのかにゃ? けなげではないかにゃ。でもそんな可能性はほとんど無いにゃ。2年前の候補者たちもずいぶんと凛々しい男達だったがにゃ、全員ともアイラ山頂で失格だったにゃ。
――昔は加護を使える者は限られていたけれど、その強さは今とは比べ物にならないぐらい強かった。今では惑星アマテラスにいた頃とは違う黒水晶を利用しているために、現れる加護の性能も変わってしまった。誰でも使える代わりに、強い加護は使えなくなってしまったってこと。
「サヤカ殿、これが加護機関車の基本設計、これで完成である。先日火王殿の許可を得るために模型で作ったものより複雑なものとなるのだが、これは機械だ」
ミコさんは惑星アマテラスで発展した技術を惜しげもなく利用して、この火王領アソノウチを盛り上げようとしてくれている。アソノウチという地名を聞いてミコさんは郊外のあちこちに穴を掘るように指示を出していたけれど、そのほぼ全てで湯が湧き出していた。ミコさんが言うには、ここは昔大きな火山だったらしい。だから盆地のようになっていて、これを『カルデラ』と言うらしい。
何故、地名を聞いてそれが分かったのかと聞いたら、アマテラスにもアソというところがあって、そこは同じカルデラという地形だったらしい。ここに地名が付いたのは12000年前、三代目の太陽王の側近が名づけたものだった。アイラ山という地名にも何か共通項があるらしく、ミコさんの生まれた国にある地方名で、それも火山の名前だという。どうしてそんなにいろいろ知っているのかと聞いたら、どうも大昔のことを調べる学問を徹底的にやっていたと言うので、太陽王として即位するための準備はしっかりしていたみたい。
「ミコさん、これが機械ですか!? 伝承にあるものとはなんだか違う感じが…」
同じく12000年前には、アマテラスにもヴェガルにも機械はあったという伝承があるけど、長い年月で廃れてしまったらしい。時々昔の機械が発掘されたりもするけど、壊れていたり使い方が分からなかったりして、ただの骨董品になってしまっている。
「厳密には機械ではないが、火の加護を使った動力要素だ。もっと改良もできるであろう。馬車の10倍の速度が出るぞ。いやもっとだな」
「10倍ですかー! 飛空船ぐらいですか!」
「あれはかなり速いな。そのくらいは出るかもしれぬ」
「では、妾はそれに乗って帰るのじゃ」
「何言ってんすか。鉄の道が完成するまで無理っすよ」
「それでも試験には間に合うじゃろう」
「まあそうっすけど」
マイカ様は完全にうちに居付いてしまった。中央領に帰らなくていいのかと聞いたら、既に求婚されたのだから構わないという無茶な結論を出していた。ただミコさんの近くにいたいだけなんだろうけど、ミコさんが帰った方が良いと言うと泣き出してしまったのでみんな諦めている。ただ、何度も中央王家から馬車がやってきては使者が連れ帰ろうとするので、あちらの困惑ぶりが可哀相に思えてくる。
ただフォルクスさんが試験前には一旦帰らなければならないというので、仕方なく帰ることには同意していた。それでも、ギリギリになるまで帰らないつもりのようね。でもおしゃべりの相手ができたから良かった。私一人でミコさんと2人きりだと、胸が締め付けられて卒倒しそうだし。
「じゃあミコト殿、後は鍛冶屋の頭領、シディウスさんに任せて午後から組み手の練習でもやるっすか」
「うむ、そうしよう。おかげで刀の扱いにも慣れてきた。木刀だがな」
シディウスさんはあのウチガタナを製作することを任命された鍛冶屋の頭領だ。あれからウチガタナはさらに改良されて、ミコさんはご満悦だった。あのウチガタナは異常だった。刃を上に向けて上から紙を落とすと、紙が刃の上に乗った衝撃だけですぱっと切れてしまった。ミコさんが魔獣を殲滅すると言うのは、あれを見た限りでも本気なのが伝わってくる。
マイカ様がいることでフォルクスさんも一緒に生活することになったのは、ミコさんにとって幸運だったと言っていた。太陽王試験には組み手があるのだけど、ミコさんはこれで安心できると思う。50年間誰も突破できなかった太陽王試験を、確実に突破するためには厳しい修練が必要。
実際、かなり激しい修練なのだけれどもミコさんは一言も文句を出さずに続けている。ここまで激しいと体を壊さないか心配になるけれども、マイカ様が水の加護を使えるのがこれまた幸運だった。怪我をしても回復詠唱ですぐに直せるからね。それほど強い詠唱じゃないから、大怪我すると直せないけれども、ちょっとした打ち身なら跡形も無く治せてしまう。
「よしサヤカ殿、これを火王殿へ。おおまかな話はシディウス殿にはしてあるから、これを見るだけで分かるだろう。分からないことがあれば聞きに来るように伝えてくれ」
「はいっ! 分かりましたー! じゃ、届けてきますね!」
既にこの都市、火王領アソノウチの政策は全てミコさんの助言のもとに進められている。叔父上も喜んで耳を傾け、次々と取り入れられている。
ミコさんはこちらの文字がまだ書けないので、ミコさんの描いた絵に私がいろいろと注釈をつけると、新しい技術書ができあがることになる。それを叔父上に届けるのは私の役目だ。一枚一枚の紙に、火王領の明るい未来が描かれていた。
――ったく、姫さんってのは暇なんだな。あくまでこのマイカ姫の場合だけだが。サヤカ姫はしっかり仕事してるってのになあ。でもまあ、最近は騒がなくなったからよろしい。口を開かなければ超絶美人なんだからな。後ろに流した黒髪はきれいで長いし、瞳はなんだか少し青みがかった色をしていて、見ているとやばい。プロポーションは完璧。出るところはしっかり出て、引っ込むところはしっかりと。ただ、騒ぎ出すと止まらないのが玉に瑕だ。
そういうところを考えると、やっぱりサイドポニーのサヤカちゃんの方が可愛い。妹的な意味で。まあ、俺みたいな庶民には縁の無い話で、たまたま今だけサヤカちゃんの教育係的な従者でいるからこの雲上人様がたとも話をすることができてるってだけ。今のところ異文化教育という面ではまあ、サヤカ姫のお父さんであるマーズさんの意図にも沿った形になっているだろうし。その生活も、騎士試験に合格したら俺がひとり立ちできるようになるので、そこで終わりだろう。お情けで教育係をやらせてもらっているという自覚はちゃんとあるからな。
「ぐあっ!」
「ミコト殿!!」
「すまぬ」
「い、いえっ…」
「なんか考え事してたっすね?」
「うむ、すまぬ」
だけど一番申し訳ないのがこれだ。俺が弱いせいでフォルクスさんの攻撃を肩とかにばっちり喰らってしまうんだが、マイカ姫は回復魔法を持っているらしくすぐに回復をかけてくれる。最近妙にしおらしいんだよな。ちょっと可愛いとか思ってしまったのは仕方がねえ。いやあ、でも俺はサヤカちゃんの従者だからさ、マイカ姫には付き従えないわけ。ごめんね。
修行は厳しいが、騎士試験に合格してゆったり狩りをしながらスローライフを満喫するのが今の目標だから突き進むだけだぜ! 一人で、好きなときに狩って、好きなときに報酬をもらって、のんびりと過ごす。毎日がゲームみたいなもんだ。ある意味広大な世界へ引きこもりって感じ? 普段は温泉旅館の近くで生活してりゃいいし、狩りに行くときだけ出かけていけばいいんだからな。
正直、この修行は死ぬほどきつい。もう汗だく。全身筋肉痛。だけど、俺は俺のスローライフのためならいくらでも頑張れる気がする。こんなに頑張ったことってなかったかもしれねえな。なんかちょっと楽しいかもしれん。まあ、狩りとかも最初のうちはそんなに簡単じゃあないんだろう。だけどやってるうちに経験値を稼いで楽になるはずさ。
鉄道が完成すればまあ、サヤカ姫や王様への恩返しもほぼ完了。試験が終わったらはいさよならって感じかな。
あとはトレイスさんが詠唱学の講師だっていうから、使えそうな魔法を片っ端から覚えておけば、狩りにも心配はねえな。まさに、計画通りってやつだ! さあ、回復したし修行再開だ。俺の、俺による、俺のためのスローライフ。楽しみだぜ…。
「もう痛くは無い。感謝するぞマイカ殿。フフフ…2ヵ月後が楽しみだ…」
「すごい自信っすね…」
「妾も楽しみじゃ…」
「マイカ様は違う楽しみっすね。あんまり想像が過ぎると止まらなくなるっすよ。夜中に襲ったりしないでくださいよ」
「たっ、たわけ! そのくらいの分別はちゃんとしてるから襲うのは2ヶ月後…って何を言っておるんじゃ!」
「へいへい」
あー、やっぱり騒がしいな。早く一人になりてーや。
はい、もう一人登場してまいりました(`・ω・´)
個人的には八重歯の女性ってものすごく惹かれるんですが
本人はとても気にしていて…という人が実際にいたので書き入れてみました。
その恥じらいがまた萌えるんですが。
毎度になりますが、お気に入り登録、ありがとうございます。
ポイントを入れるために新しくユーザー登録に登録してまで
このシステムのお気に入りにご登録いただいたという方、
まことにありがとうございます!
そうでした。自分もそうだったのですが
そもそもただ読むだけだったらユーザー登録ってしないですもんね。
でもポイント入ると、やっぱ燃えますよね?
自分も書いているっていう方は分かりますよね。
この小説はかなり良い循環に入っていると思います。
おかげさまで、物語の面白さ(自分が読み返しての面白さ)は
自分が想定していたラインを超えはじめています。
ご評価いただいたお返しは、面白い続きを提供することですね。
なんだか、一人で書いている気がしなくなってきました。
読んでいただいている方と一緒に書いているような、
そんな気がしてきます(´∀`*)