第9話 観光産業は長期成長産業
火王家に候補者が出たと言うではないか? あのド田舎にどんな候補者が現れたのか、妾には楽しみで仕方が無いのじゃ。なんせ50年前の候補者選出開始から、火王家は一度も候補者を出したことがなかったのじゃから。
「あのう、マイカ様。着物はその辺でいいっすよ。というかもうそれで。早く行きましょう」
「その辺でいいとは何を言うか! 適当なことを言っていると舌を引っこ抜くぞ!」
「は、はぁ…。そんなもん適当でいいっすよ」
普通、太陽王候補者は素性の知れない者が選ばれる。予言でそういう者が太陽王となると言われているのだから仕方が無いのじゃ。でもこの男は妾の好みに合いそうな外見というだけで連れてこられた、ただの阿呆。顔はいいのじゃが、阿呆じゃ。
「まあねえ。強いて言えばこちらの方が可愛らしいかと」
「む!! 妾もこれが良いと思っていたのじゃ! お前に言われて決めたわけじゃ無い!」
「はぁ…そういうことにしておくっすよ」
まったく腹が立つ。乙女心をまったく分かっていない男なんぞ何の価値も無い。妾がフォルクスと名づけたこの男が太陽王でないことははっきり言ってすぐに分かってしまった。それでも中央王家として候補者を出さずにいるのは恥だからと、父上が得体の知れない男を連れてきたというだけだじゃ。というか、ただのそこら辺にいる顔が良いだけの男じゃろう。
「あの糞真面目な田舎娘のサヤカがぞっこんだということは、相当な色男なのじゃ!」
候補者の段階で男にべったりなどというのは、サヤカに限ってはありえん。あの子は軽はずみで男に惚れるような子ではないのじゃ。それがそんなことになっているというのは異常事態ということじゃ。何が起きているのか見届けねば気になって眠れぬ。
「はぁ、何やら魔獣を退けたとか、超広域詠唱を使ったとかで」
「阿呆。そんなものはどうせ候補者に決まったからという後付けの嘘じゃ。王として相応しいかどうか、妾が先に見てやるだけじゃ」
「本物だったらと思って、ただ手垢をつけておきたいだけっすよね」
「阿呆か! こいつ、口ばかり巧くなりおってのう」
「図星っすよね」
「行くぞフォルクス」
「あっ、ごまかしたっすね」
候補者だからと一応はそれなりの対応を取らねばならないのが、さらに腹が立つのじゃ。父上ももう諦めているんじゃろう、毎回変な候補者を連れてきては試験に落ちている。じゃが、すべて顔だけは良いのが驚きじゃ。このフォルクスも綺麗な顔をしているのでさらに腹が立つ。飛空船に乗るのは久しぶりじゃから、数時間は空の旅を楽しむとするかのう。フォルクスさえいなければ楽しいのじゃが。
――尊は鍛冶屋の頭領とともに、高値を維持するための日本刀の生産調整手法を決定すると、2本の刀を無償で火王家と中央王家に献上する方法を試してみることにした。
「まず王家がこの打刀を認めることで、名声が拡がる」
「そんで、ウチガタナは月に5本しか作れませんぜ、とやるわけですかい」
「希少性が高値を生み出す。依頼が来ても全て断れ」
「断っちまったら生産もできねえぜ?」
「3回続けて頼んできた者だけ、高値で生産を約束せよ。納期もわざと遅らせるのだ」
「ははぁ、美術品という扱いにするわけですかい」
「まあしばらくは改良に勤めよ」
「ああ、こりゃあ腕が鳴るぜ。旦那は確か、候補者だったな。旦那にだったらどこへでもついていくぜ。こりゃあ楽しみだ」
腕を曲げて力瘤をぺしりと叩きながら、いつのまにか尊の呼び方を『あんちゃん』から『旦那』に変えていた頭領は、目を輝かせて試作品の刀を眺めていた。
「うむ、では頼むぞ頭領。2本ほど良いものができたらサヤカ殿を呼べ」
「へい、旦那」
颯爽と鍛冶屋から踵を返す尊の威風堂々たる姿に、サヤカは口を開けて驚くことしかできなかった。
「特産品はこれで一つ出来たが、希少性が高いものだけでは産業は育たぬ。大衆向けの商品を作るぞ」
「ミコさん、政治が得意なのですか!? これで税収も上がりますか!?」
「政治とは、民のためのまつりごとでしかない。自らのために行うことは政治ではないということだ。税収は後からついてくる」
「うぐっ、耳が痛いです。さすがです…」
尊は大通りを歩きながら、この都市のあまりの自給自足ぶりに逆に驚いていた。だがこれでは産業と言うには程遠い。流通が近所でしか起きないからだ。ここは山に囲まれた盆地で、自然は豊かだがそれ以外には何も無いのだ。それならせいぜい、観光ぐらいしか考えにくいが、山ならそこらじゅうにあるだろうから一ひねりしなければならない。
(そうだ、地震があったってことは、マグマが地下に通っているかもしれねーな。じゃあ温泉街を作ればいいか)
「サヤカ、このあたりで湯が自然に涌く所は無いか」
「ありますが、街のはずれですよ!?」
「いいだろう。ではそこを何とかする。その場所へ行こう」
「はっ、はい! あちらです! ちょっと遠いので、そのあたりで馬を借りていきましょう。少しお待ちください。交渉してきますので」
「うむ」
(馬は乗ったことが無いんだが…)
尊は少し悩んだが、恩返しのためには乗馬の経験が無いなどとは言っていられない。サヤカが市民から馬を借りてくると、笑顔を向けた。
「すみません、すぐに借りられる馬は1頭だけでした。もう少し探せばもう1頭見つけられるかもしれませんが…」
「これだけで良い。サヤカ、乗れ」
「は、はい! きゃっ!?」
サラブレッドよりも小さな馬で、体を馬上へ乗せるにはそれほど苦労しない感じがしていたが、背の小さなサヤカにはつらいだろうと、尊はサヤカを抱き上げて馬に乗せた後、自分もその後ろに飛び乗った。
「良い馬だ。落ち着いている」
「ええ、この馬は大人しい子みたいですね…あのっ! ミコさん!」
「何だ」
「あのっ…恥ずかしいです…」
尊は仕方なくサヤカの腰に手を回して、抱きしめるような格好となっていたが、そうしなければ落馬してしまうかもしれないので仕方が無かった。
「これ以外にあるまい」(これ以外に体勢取れないし。こうしないと落ちるからさ)
「はっ、はい!」(ミコさんって大胆なところもあるのね…)
「行くぞ」
顔を赤くしてぼーっとしたサヤカと、さらに強くサヤカを抱きしめる尊を乗せ、1頭の駿馬が郊外へと向かっていった。
――いい! ここはかなりいい! 盆地が全部見渡せるし、空気もうまい。外から人を呼ぶにはかなりいいぞ。
「サヤカ、何故ここには風呂が無いのだ。民家すら無いではないか」
「風呂くらいなら、加護ですぐに作れますからね…。ただの空き地みたいなものです」
「なるほど。だが露天風呂は一味違うぞ。石も豊富だから、ここに天然の風呂を作る」
「風呂を作って産業になるんですか?」
「そうだな、ここに湧き出している湯を、うまく浴槽に流し込むのだ。浴槽も自然の石などをそのまま使え。男用と女用に分けて、この傾斜を利用して盆地の中央部に向いた方だけは衝立を無くせば良い」
「景色が見えるようにするんですか?」
「うむ。夜には各民家で火を灯すことは可能か」
「灯火の詠唱を封じた力石を使えば簡単ですよ」
「よし、それではここに旅館を作れ。旅人を宿泊させ、金銭を取るのだ」
「それが、温泉旅館ですか」
「旅館ではチャーハンなど、こちらの世界には無かった、一風変わった料理を旅人に提供する。他にもいくつか料理があるので、作り方は我が提供しよう」
「あっ、それなら来てみたくなるかも!? チャーハンおいしかったですし!
「そうだな、あとは卵などを温泉で茹でて土産物とせよ。鉄分が温泉成分に含まれていれば卵の殻に黒い色が付いて、特別な卵に見えるであろう。そして夜、ここからは壮大な夜景が見える」
「すごい…。それなら新しい産業が生まれますね…」
「あとはこの裏手の山に、登山口などを作り登っていけるようにせよ。旅人に山登りという運動手段を提供する。疲れた体を温泉で癒すのだ」
「なるほど!!!」
「あとは交通手段だが…。馬しか無いのかこの世界では?」
「馬を車につないだものならありますが」
「ふむ。何か考えねばな。加護で走る車などは無いのか」
「大昔にはあったようですが、今は技術がありません」
「なるほど、では家に戻り、他にもいろいろと土産物などの計画を練ろう。他の都市から人を呼び込まねばなるまい。気軽に旅ができる風土を作り上げれば、温泉旅館は成功する。それにこの産業を支える人員も必要となるだろうから、募集せねばな」
「すごい、すごいですよミコさん!」
「この街のため、民のため、サヤカ殿とマーズ殿のためだ」(ただの恩返しだけどね)
優しい笑顔をサヤカに向けた尊は、顔を上げて盆地の景色を眺めていた。気がつくとサヤカの頭を撫でていた尊は、無意識に手が伸びていたことに気がついてすぐに引っ込めていた。
(やべっ、失礼じゃなかったかな!? このちびっ子頭は恐ろしいな。無意識に撫でちまうとは)
「エヘヘ…」
(ご満悦みたいだからいいか…。まあ、産業が出来上がるのが想像できて嬉しいんだろう)
「エヘヘ~…」
サヤカは尊の行動すべてが、王としての威厳溢れるものであり、自分への愛が溢れるものであったために、幸福の極地にいた。
「サヤカ、あれは飛空船だったな」
「はっ!? ああっ、なんで中央王家の飛空船が!? 予定は何も無かったのに」
「何かあったか。急いで火王城へ行こう」
「はいっ! きゃっ、また!?」
「行くぞ」
「は、はいっ!」
再び尊に後ろから抱きしめられながら、サヤカは胸の高鳴りを抑えて馬を駆っていった。
――ああ、姫様だ。どこからどう見ても姫様だ。超美人だが、もんのすごい偉そうだ。実際偉いんだろうけど。所謂典型的な姫様と従者だ。怒鳴りつけられてひーこら言ってる従者がなんだか可哀相に見えてくる。
「なぜ城におらんのじゃ! フォルクス、探してまいれ!」
「はぁ。だから先に確認の連絡をしてから出るべきだって、言ったじゃないっすか」
「む。サヤカ! サヤカではないか!」
何やらこの姫様が喚いていたが、見つかっちまったな。俺はこういう女は苦手だ。絶対に関わりたくねぇ。後ろでこっそりしてよっと。
「マイカ内親王! ご機嫌麗しゅうございましたか」
「相変わらずちっこいのう。む? その後ろの男が候補者か?」
「はい、そうです! カノミ家のミコト、ミコさんです」
「カノミ家の!?」
「ありゃー、姫様。なんかこの人が本物っぽいっす。おいらは辞退していいっすか」
「だめじゃ馬鹿者!」
ったく、騒がしいな。こういうぎゃーぎゃー喚く女はそばにいるだけで疲れる。
「ミコトと申すか」
めんどくせー。話を合わせておくか。中央王家とはあんまり関わりたくないんで適当に。
「いかにも、我はダイムーカノミ家のミコトである。姓はヤマト」
「態度でかいっすね! 本物臭がぷんぷんするっす!」
従者はなんか早口でまくしたててるが、よく聞き取れない。態度がどうのと言っているのか? まあ、姫様だから臣下の礼とかはしっかりしておかなきゃならねぇんだろうな。
「姫よ」
「なっ何をするのじゃ!? あっ!? 我を室に…? それはどういう…」
まあよくある、手をとって甲に口付けってやつ。あなたに逆らう気はさらさらありませんよってこった。これなら誠意ぐらいは伝わるだろう。ほら、なんか黙っちゃった。
「ミコさん、マイカ様を側室に!?」
えっ? なんだって?
「妾は…」
あれっ、なんで泣きそうになってんだよ、この姫様!?
「妾はこのような、情熱的な求婚を…。一度で良いからされてみたかったのじゃ…。室であろうと構わぬ! しかし貴方様は…貴方様はまだ父上に認められていないのじゃ! それが心苦しい…。妾の心はもう、貴方様のものじゃ」
あー、早口で聞こえねー。思いっきり泣いてるんですけど、なんで? あらっ、座りこんじゃった。ええと、これは何か身内に不幸でもあったのだろうか? それをサヤカちゃんに伝えに来たのか? 慰めの声とかかけないといけねえんだろうな。でも、ご愁傷様っていう言葉がわかんねえ。まあ気持ちが伝わればいいか。
「我はそなたを想い続けるであろう」
「は、はい…」
なんかしおらしくなっちゃったなぁ。その方が、ぎゃーぎゃー喚いているより可愛いからいいんだけど。
PVをたくさんいただいているのを見ると
アイデアがガンガン涌いてきます(゜∀゜)
ありがたいです。感謝、感謝です。
黎明編の方は更新が滞っていますが
物理学と哲学を掛け合わせて書き出していますので時間がかかります。
どうぞご容赦ください(´Д`;)