プロローグ 世の中には不思議が多いんです
不思議な現象だった。そこには元々さっきまで、桜の木が一本だけ生えていたはずだ。今では伐採された状態になっている。
「ミコっち、これって何が起きたんだ?」
「わかんねーな。カマイタチとかじゃねーの? 急に木が倒れたのはトオルが見つけたんだろ? ほんとに一瞬だったのかぁ?」
「ああ、見間違いじゃない」
校庭に横たわる桜の木。だが幹は寸詰まっていて、どうも地面から生えている切り株から考えても、幹の長さが足りない。
「幹が短けーな」
「ああ、どこに消えた?」
「カマイタチに持っていかれたのか?」
高校2年生の生徒2人が、いくら頭を捻った所でその謎が解けるはずも無かった。
翌日、今度は違うところにその現象が現れたと思われる痕跡を見つけた。今度は高校を囲むフェンスに大穴が開いているのだ。
「昨日のとつながりがあると思うか?」
「さーな? ここからもあの木が見えるよなあ。この反対側、次に現れるとしたらあっちだよな。高校の外になるけど、通学路のガードレールのあたりだろぉ? 毎日同じ時間に出るのかな。昨日の時間って分かるかトオル?」
「今が午後2時20分。昨日もだいたいそれぐらいの時間だった。明日はあっちで張っていよう」
「俺たちの体に風穴が開かないように注意しないとなぁ」
「少し離れたところで待つか」
さらに次の日、ついに俺はそれを目撃した。予想地点より少し東にずれていたが、間違いなくアレが何かを起こすはずだ。
「おいおい、アレはUFOか?」
「は? ミコっちには何か見えてるのか?」
「何言ってるんだぁ? ほらあそこ、10メートルぐらい上空になんかあるだろ?」
「何も見えないけどな」
「なんで、あんなに光ってるのにトオルには見えないんだ? あ、降りてきたぞ」
「うーん、なんだかな。見えるのと見えないの差が生まれる理由が分からないぞ」
「もちろん嘘を言ってるわけじゃない。お、もうすぐ地面付近に落ちてくるぞ。あ、ガードレールに当たりそう」
「うお!? ガードレールに穴が開いてる? 広がってるな。ミコっち、光はどんなふうに見える?」
「見つかった…」
「はぁ?」
「こっちを見てやがる」
「なんだよ、気持ち悪いな!」
「あれ、生き物だ」
「ミコっち、頭大丈夫か?」
「来るぞ」
「うわっ、どっちに逃げればいい!?」
「こっちだ! 走れトオル!」
必死の形相で逃げる。アレはなんだか俺たちを見ている。じいっと。
俺たちが逃げ出すのを見て、アレは追いかけてきた。
「追ってきてるぞ!」
「見えないけどこえぇな!」
「校門に当たる!」
ダーン、と、かなりでかい音がして校門が弾けとんだ。
「うええ、なんだありゃあ!?」
「アレに捕まったら肉の塊になるぞ」
「宇宙人でも乗ってるのかよ!?」
「見ちゃいけないものだったんだよ!」
「どうすりゃいいんだ!?」
「わかんねー! 校舎に入っちまえ!」
靴を履き替えている時間などない。土足のまま廊下を走り抜けると教師に怒られるが、そんなことは言っていられない。
「こら! 大和! それと春日徹! なんで土足なんだ!」
「はぁ、はぁ。すいません! 追っかけられてて! うわあ、先生当たる当たる!あぶねえ!」
「スプラッタとかはやめてくれよ!」
その瞬間、教師は光に飲み込まれた…が、なんともない。
「あれ? 素通りした?」
「何を言っているんだ大和! お前、何か変なものを見ているんじゃないか? シンナーとかやってないだろうな!」
「大丈夫だったのか? ミコっち、どうなってる?」
「…終了の予感」
「無事な方で? それとも人生終了の方で?」
「人生終了の方。光に回り込まれた」
「うええ」
立ち止まったのが運の尽きだった。その光は俺のすぐ目の前へやってきていた。
「音が…聞こえる…」
低い振動音がその場に響き渡る。
「なんだ、この音は! 携帯電話か?」
「バイブ音みたいだな」
「逃げるなって言ってる」
「はあ? あんだけ派手に校門壊しといて、逃げるなってどういう意味だ」
「力をくれるってさ」
「力? 何の?」
「さあーな? うえっ。体の中に」
「入った、のか…?」
「音も止んだな」
「で、何が起きるんだ?」
「次の日、腹に穴が開いてたりしてな」
「その前に大和、お前の頭にたんこぶができることになるぞ」
「はっ! 忘れてた! 加藤先生すいませーん! 今のバイブ音みたいなのに追いかけられてて。多分蜂みたいなの」
「蜂? だいぶ大きい音だったな。蜂に追いかけられたのなら仕方が無い。だがまず靴を脱げ」
「はい、はいはい! 脱ぎましたよっと!」
「よし脱いだな」
「いってえ! 脱いだのに殴るんですか先生! 体罰反対!」
「馬鹿もん、今度はせめて靴を脱いでから廊下を走れ。いや廊下は走るな」
「へいへい。あっ!? 何でトオルは殴らないんですか!?」
「お前が首謀者だろう。春日はちゃんと走りながらも靴を脱いでいたぞ」
「あっ、トオルずりぃ!」
「…悪いなミコっち。これが政治の技だ」
結局反省文を翌日までに職員室に持っていくことになったのは、俺一人だった。原稿用紙を埋めるのって無理なんだよな。
それにしてもあの光は一体、俺に何をしたんだ。
「ミッコ。今度は何したの?」
「そのニックネームはやめろと何度言ったら…」
「んーと、じゃあ大和大務狩野観之介尊、殿」
「フルネームかよ江里」
「こんな長いフルネームの日本人、居ないよねえ」
「うちの親父も何考えてんだか…。名前の意味がわからねえー…」
「なんとか介ってのは親父さんもそうなんでしょ?」
「ああ、代々そうやってつけてきたって…馬鹿らしいけどな」
「自然とミコっち、ってなるよねえ。でも私はそれじゃいやなの」
「お前が嫌なの!? 別にいいじゃねえかそれで!」
「ええー。いやだいやだー」
「棒読みじゃねえか」
「私だけの呼び方がいいの…」
「おい、そのぶりっ子は卑怯だぞ! ちょっとぐっときたじゃねえか!」
「あら? ぐっときちゃったの~? いいわよ抱きしめても」
「ばっきゃろー、通学路でそんな何を言って…。う?」
「ぷふふ、赤くなってるー」
「うっ…苦しい」
「え? 何?」
「胸が痛い。なんだこれ?」
「やだ、冗談とかやめてよ?」
「だめだ、気が遠くなる…」
「やだ、ミコ、どうしたの!? 救急車呼ぶ!? きゃあ!」
「…うう…」
突然の胸の痛みに倒れたことまでは覚えているが、その後のことは何も記憶に無い。おそらくそこで気を失ったんだろう。
目が覚めたのは病室だった。だが俺はこれほどの屈辱を感じたことは今まで無かった。俺の大事な一物が、看護師につままれているじゃないかあああ!
「あら、大和さん起きたのね。お父様やお母様が心配してたわよ」
尿瓶、ああシビンってやつだな…。で、そのショックは看護師の笑顔でかき消された。く、なんという心理コントロール!
「大丈夫、こんなことは慣れてるからね。気にしないで」
「何か、汚された感じが…」
「あら、汚してほしいのかしら?」
「えーと。それはちょっと…あれ? 体が動かない」
「…先生を呼んできますからね」
シビンをセットし終えた看護師さんは、医者を呼びに行ったようだ。
「君は体がしびれたような状態になっている。原因はよく分からないが倒れたときに頭を打った可能性があるので、しっかりとリハビリをしていこう。そうすればまた歩けるようにもなるはずだ」
「意識があるだけ、儲けものってことですか。胸が急に痛くなったんですけど」
「検査しても、どこにも異常は無かった。だから原因が分からないんだ。何か思い当たることは?」
「そういえば、なんかの光が体の中に入ってきて、そのあと1時間して胸が痛くなったんですよ。ブウンっていう音が鳴ってたから、蜂かなあ」
「ふむ、蜂に刺されたのかね。蜂に刺されたのは何度目かね? どんな蜂だった?」
「小さい頃にスズメバチに刺されたことが1回だけあった気がします」
「ふむ、それだな。しばらくすれば必ず体は元通りになるから、安心していなさい」
「はい、ありがとうございます」
医者はカルテっぽいものになにやら読めない文字で走り書きをして立ち去った。
なんとかショックって書いてあるからおそらくスズメバチに刺されると起きるようなものなんだろう。
だけどあれは、スズメバチなんかではなかった。校門を見に行けば分かる。あれはUFOだ。
そしてまたシビンを替えに看護師さんがやってくる。これは慣れてしまえば殿様気分だ。
「フフフ」
「看護師さん、なんか襲われてる気分に…」
「フフフ…」
「…悪くない感じですけどね…」
この看護師さんはこういう趣味があるんだろう。顔は綺麗な人なのに、少々悪趣味だ。でもわざとそういう風にしているのも分かる。俺の心理的負担を軽くするためなんだろう。
点滴で栄養を補給しているから、体内の水分は余り気味という状態だ。だから一日に何回もシビンを替えなければいけないのだろう。
「ミコ、お見舞いに来…ご、ごめんなさい!」
「うへえ。看護師さん、すいませんカーテンを閉めてください」
「あら、彼女かしら。すみにおけないわねえ。でもカーテンは急に開けちゃだめよ」
「えーと。友達です」
「あら、そういうことにしといてあげるわ。はい、終わり。もういいわよ、彼女さん」
「ごめんなさい…」
「病室では……しちゃだめよ」
「看護師さん、変なことを吹き込まないでくださいね」
「あら? ちょっとした病院のルールを教えてあげただけよ。じゃあね」
顔を赤くして俯いている江里を残して、看護師さんは悪魔のような笑顔でパタパタと病室を出て行った。
「江里も顔が真っ赤だな。気にするな、病人なんてこんなもんさ」
「良かった…目が覚めたのね…」
「え?」
突然、江里は俺に伸し掛かってきた。泣いている。
「死んじゃったのかと思って…」
「ぴんぴんしてる…いやまだ体が動かないんだけどな。腕も上がらないよ」
「うえーん」
「泣くなよお、俺まで泣きたくなってくるじゃねーか」
「ごめん、だってあれから10日も目が覚めなかったから…」
「10日!?」
そんなに長い時間寝ていたのか。何か夢を見ていたような、でも思い出せない。
「私に出来ることがあったら何でも言ってね、ミコのためなら何でもするから」
「そんなけなげなことを言われたらぐっとくるじゃないか」
「ミコ!」
「うわっ、何!?」
「こないだもそんなことを言った後、ほんとにぐっときて倒れちゃったから…」
「ああ、胸にぐっと何かが。今は大丈夫だ」
「うーん、ねえミコ」
「ん?」
「汗臭い。アハハ」
「ぶっ。そりゃしかたねえーだろハハハ」
「尊! 目が覚めたの!?」
「あー、おふくろ、おはよう」
「良かった…。お母さん、毎日ご飯がのどを通らなかったのよ」
「うちのおふくろです。おふくろ、こちらクラスメートの山神江里さん」
「あらー。可愛いじゃない。いい子を捕まえたのね尊」
「何を言ってんだか…」
結局、俺の体はしびれが残りつつも1年をかけてなんとか元通り動くようになった。だが勉強はもう取り残されていたし、大学受験も糞も無かった。単位はまったく足りていなかっただろうに、お情けで卒業単位をもらうことはできたが、俺の未来は閉ざされていた。
「で、トオルはどうするんだ?」
リハビリセンターで休憩していると、トオルがやってきて、受験勉強の進捗が良いことを教えてくれた。だが大学はどこへ行くのか?
「ミコっちの親父さんとも話し合ったんだが」
「なんで親父の? 親父の研究室に入るつもりか?」
「ああ、それとミコっちの家来になる。江里もだ」
「はあああぁあ~?」
「ミコっちって偉かったんだな、俺知らなくて。ごめんな」
「何だ何だ、どういう意味だ」
「えっ? 親父さんから何も聞いてないのか?」
「何もって? 親父はただの考古学マニアだろ? 学想院大学の教授ではあるけども」
「聞いてないのか…。ミコっち、自分の名前の意味を知ってるか?」
「長ったらしい名前だから、成年したら改名したい!」
「知らないんだな。ごめん、親父さんは何も言ってなかったから、てっきり知ってるかと」
「で、なんでそれと家来が関係するんだ? なんでトオルが家来になるんだ?」
「ごめん、ごめん! まだ聞かなかったことにしてくれ!」
「親父になんか吹き込まれたな。どやしつけてやる」
「うわ、やめてくれ。それとなく聞いてくれよ!」
「分かった。今日聞いてみる」
「あれ? 昨日からオーストラリアに行っちゃったんじゃ?」
「そうだった…次に帰ってくるのはいつだか…電話が来たら聞いてみる」
うちの親父は変人だ。偽書だと言われている竹内文書なんかに傾倒しやがって。考古学会でも変人扱いされているし、親父の学説は完全に異端視されている。
それでも不思議なのは、親父の研究室にはいつも莫大な投資金が入っていることだ。一体誰が資金を出しているのか不明だが、とにかく資金が尽きないのだから研究もそのまま続けている。
その変人にトオルが何か吹き込まれたわけだから黙ってはいられない。
「親父! トオルになんか吹き込んだだろ!」
「ああ、尊元気か~? リハビリはうまくいってるか~?」
「うまくいってるよ。で、トオルに何て言ったんだ?」
「ああ、それはな~。お前が世界の王だってことを教えてやったんだよ~」
「はあ? また意味の分からないことを…」
「明後日には一旦帰るから、そこで話をしような~。それと尊の進路もな」
「分かった。じゃあ待ってるからな!」
そのふざけた態度に頭がきて、ガチャンと受話器を置く。
「ちょっと、尊。まだお母さんが話してないわよ」
「明後日には帰ってくるってさ」
「あら、そうなの? じゃあ今回はすぐ帰ってくるのね」
で、何この状況!?
この人、知ってるよ~。たしかすっごく偉い人だよ~。
ううん、だめだ頭が現実逃避している。
こんな小さな家に来るような人じゃない。それもなんで正座して畏まっているんだ。
「大和大務狩野観之介尊さん」
「は、はい」
うわあ、この人俺の名前をすらっと言ったぞ。
「歴史の真実を、分かっている範囲でお話しましょう」
「えーと。失礼ですが、陛下」
「硬くならずにいてくださっていいんですよ」
「親父…ええと父とはどのようなご関係で?」
「遠い、遠い親戚です」
どんだけ遠いんだ? そもそも人類皆遠い親戚だろ?
「そ、そうだったんですか…」
「君は、世界の王なんです」
「は、はぁ…」
ずるいぞ親父、なんでこの人にこんな突拍子も無いことを言わせるんだ。
(現在、改訂保留中です;;)