第6話「大公の裁き vs 薩摩の論理」
ヴェローナ大公エスカラスの法廷。
広場での決闘事件を受けて、緊急の裁きが開かれた。大公の御前に引き出されたのは、ロミオと——付き添いの私。
大公エスカラスは威厳のある中年の男だ。ヴェローナの最高統治者であり、これまで何度もモンタギュー家とキャピュレット家の争いに裁きを下してきた。
その大公が、今、完全に困惑している。
無理もない。報告書にはこう書いてあるはずだ。「モンタギュー家のロミオが、キャピュレット家のティボルトを一撃で壁にめり込ませ、広場の石畳を真っ二つにした」。
信じられないだろう。私だって信じたくない。
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「ロミオ・モンタギュー」
大公が厳かに口を開いた。
「本日午前、ヴェローナ中央広場にて、キャピュレット家のティボルトに重傷を負わせた件——」
「峰打ちにごわす」
「……話は最後まで聞きなさい」
「失礼。続けてくだされ」
「……ティボルトに重傷を負わせ、広場の石畳を破壊し、周辺の建物に甚大な被害を与えた。この件について弁明はあるか」
私は素早く前に出た。ここは私が弁護しなければ。
「大公閣下。ジュリエット・キャピュレット——いえ、ジュリエット・モンタギューが弁護を務めます」
大公の眉が跳ね上がった。
「モンタギュー……だと? キャピュレット家のジュリエットが、なぜモンタギューを名乗る」
「今朝、ロミオと正式に結婚いたしました」
法廷がざわめいた。キャピュレット卿が崩れ落ちた。二回目だ。
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「大公閣下。事実関係を申し上げます」
ここからは現代人の論理力で勝負だ。翻訳と弁護は私の仕事。
「第一に、ティボルトが先に剣を抜きました。決闘を挑んだのはティボルト側です」
「ふむ」
「第二に、ロミオは『峰打ち』を行いました。殺意はなく、ティボルトは現在生存しています」
「だが全身の骨が折れていると報告を受けている」
「……峰打ちの力加減については、今後改善いたします」
「改善で済む問題なのかね」
済まないと思うけど、押し通すしかない。
「第三に——」
「大公殿!」
ロミオが、突然口を開いた。
やめて。黙ってて。お願いだから黙ってて。
「おいどんに処分を下すと言うなら、受けて立つでごわす! 追放でも死刑でも——」
「ロミオ、黙って!」
「——追放ならば武者修行として歓迎する! 死刑ならば切腹の準備を——」
「だから黙って!!」
大公が目を見開いた。
「……切腹?」
「はっ! 武士の最期は腹を切って果てるもの! 大公殿、介錯を頼めるか!」
私は全力でロミオの口を塞いだ。物理的に。手で。
「あの、大公閣下、今のは——彼なりの『処分を甘受する覚悟がある』という意味です」
「翻訳が必要なのかね、この男は」
「常にです」
大公が深くため息をついた。
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「……追放とする」
大公の判決が出た。
「ロミオ・モンタギューは、ヴェローナから追放する。猶予は日没まで」
原作通りの追放処分。だが——ティボルトが生きているぶん、原作よりはマシだ。原作では殺人による追放だったが、今回は傷害による追放。
つまり、復帰の余地がある。
私がそう考えていると——
「追放?」
ロミオの目が輝いた。
嫌な輝き方だ。
「望むところにごわす! 武者修行に出るゆえ、待たれよジュリエット殿!」
「何喜んでるの!? これ処罰なの! 分かってる!?」
「武者修行は武士の本懐にごわす! おいどんの剣を磨き直して戻ってくる!」
大公が私を見た。
「ジュリエット嬢。……この男は、追放を処罰だと理解しているのかね」
「理解していません」
即答した。
大公が疲れた目で天井を見上げた。
「……もう一つ」
大公がぼそりと言った。
「死刑も検討するが——」
「おお! ならば切腹の準備を! 介錯は——」
「——追放で。追放で結構だ」
大公は、関わりたくない、という顔を隠そうともしなかった。
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「ジュリエット殿! 安心せよ! 三日で戻ってくるでごわす!」
「追放って三日で終わるものじゃないの」
「武者修行が済めば戻るまででごわす!」
「それは追放を無視してるだけでしょ!」
「キェェェェ!!」
歓喜の猿叫を上げながら、ロミオは嵐のようにヴェローナを去っていった。
大剣を担いだ背中が、街門の向こうに消えていく。
私は法廷の階段に座り込んだ。
疲れた。体中の力が抜けた。
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ちょっと、整理しよう。
原作では——ロミオが追放された後、デスマーチが加速する。ジュリエットは仮死薬を飲む。ロミオとすれ違う。墓所で心中。
でも——今の状況は原作と違う。
まず、ティボルトは生きている。全身ギプスだけど。
次に、マキューシオも生きている。原作ではティボルトに殺されるはずだったが、ロミオがティボルトを先に倒したので出番がなかった。
そして、私とロミオの結婚は秘密じゃない。ヴェローナ中が知っている。
つまり——原作のデスマーチを起動する条件が、ほとんど揃っていない。
ティボルト生存。マキューシオ生存。結婚が公知。
これは——もしかして。
悲劇のフラグが、折れている?
ロミオの無茶苦茶な行動が、結果的に、原作の悲劇を回避する方向に作用している?
……いや、確かにフラグは折れた。折れたけど、別の問題が山積みだ。教会の床は割れてるし、広場に人型のクレーターはできてるし、ヴェローナ中がトラウマを負っている。
でも——誰も死んでいない。
それだけは、確かだ。
> ティボルト決闘フラグ:消化済
> 追放処分フラグ:消化済(ロミオ本人は処罰と認識していない)
> 心中バッドエンドまで:あと3日(ただしルート逸脱中)
> ロレンス神父の胃薬消費:1瓶目(まだ これからが本番)




