最終話「強制和解 ~大団円(という名の恐怖政治)~」
ヴェローナ中央広場。
ティボルトが壁にめり込んだ跡——通称「チェスト広場のクレーター」の前に、両家の主要メンバーが集結していた。
モンタギュー卿。その隣でモンタギュー夫人が心配そうに息子を見つめている——原作では追放の悲しみで亡くなるはずだった人だが、息子が三日で帰ってきたので元気だ。キャピュレット卿。それぞれの使用人たち。全身ギプスのティボルト(車椅子で参加)。マキューシオ(遠巻きに見守っている)。ロレンス神父(胃薬を握りしめている)。そしてヴェローナ大公エスカラス(帰りたそうな顔をしている)。
そして——広場の中央に、ロミオが立っていた。
土埃まみれの大剣を肩に担いで。
——キャピュレット邸の正門と机をぶち壊した時の粉塵だ。遠目には地獄から帰ってきた戦鬼に見える。最悪だ。
私はロミオの隣に立った。疲れ切った顔で。
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「これよりモンタギュー家とキャピュレット家の遺恨は、水に流すでごわす!」
ロミオの声が広場に響いた。
誰も動かなかった。
当然だ。動いたらチェストされる。ヴェローナ中がそれを学習した。パブロフの犬のように、ロミオの声を聞くだけで全身が硬直する条件反射が、この5日間で市民に刷り込まれている。
「聞いた通りです」
私は、できるだけ落ち着いた声で言った。全員の視線が私に集まる。
「この人を止められる方がいたら名乗り出てください。私は5日間試してダメでした」
沈黙。
誰も名乗り出ない。当たり前だ。
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「モンタギューの主殿!」
ロミオが父親に向き直った。
「遺恨を捨てると誓え!」
「……は、はい……」
「キャピュレットの主殿!」
ロミオがキャピュレット卿に向き直った。
「同じく遺恨を捨てると誓え!」
「……ひ、ひぃぃ……っ!」
両家の親父が、首を縦に激しく振った。打ち合わせたように同時に。恐怖で完全に同期している。
「握手をするでごわす!」
二人が震える手で握手した。手が握手というより、互いにしがみつくような形になっていた。「同じ恐怖を共有した者同士」の連帯感が、皮肉にも両家の距離を縮めていた。
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ヴェローナ大公エスカラスが、ぼそりと呟いた。
「…………」
何も言わなかった。
関わらないことにしたのだ。最高統治者として。国家として。ヴェローナの歴史として。この案件は記録しない。しなかったことにする。
大公は静かに踵を返し、広場を去った。
——賢明な判断だと思う。
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和解が成立した。
遺恨が消滅した。
数世代にわたる血の遺恨が、5日間で。
方法は——恐怖政治だった。
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広場に夕日が沈んでいく。
土埃にまみれた大剣が、夕陽に照らされて鈍い光を放っている。ロミオは満足そうに笑っていた。
周囲を見渡す。
ティボルトは生きている。全身ギプスだけど。
マキューシオも生きている。
パリス伯爵は——今頃、ヴェローナの外で新生活を始めているだろう。
両家は和解した。恐怖で。
誰も死んでいない。
——心中は回避された。
5日間のデスマーチが、終わった。
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私は広場の噴水の縁に腰掛けた。
全身の力が抜けた。5日間ぶっ通しで走り続けた体が、ようやく停止したのだ。
「……悲劇は回避できた。誰も死ななかった。それは良かった……んだと思う」
呟いた。独り言のつもりだった。
「ただ一つだけ言わせてほしい」
空を見上げた。ヴェローナの夕空は、やっぱり綺麗だった。
「私の平穏な人生は、どこに行ったの!?」
誰も答えてくれなかった。
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「ジュリエット殿」
ロミオが横に立っていた。大剣を地面に突き立てて、私を見下ろしている。
「今宵の祝いの席、何を飲むでごわすか」
「……もう何でもいいわよ。強いのちょうだい」
「おお! それでこそおいどんの妻にごわす!」
何回目だろう、この台詞。でも——もう不快じゃなかった。
「キェェェェ!!」
歓喜の猿叫が、夕暮れのヴェローナに響き渡った。遠くで犬が吠えた。もう慣れた。
「……まぁ、悪い結末じゃなかったのかもしれない」
私は小さく笑った。
隣にいるのは、繊細でもポエマーでもない。詩の代わりに猿叫を上げ、バラの代わりに大剣を振るう、どうしようもない男。
でも、この男は——約束通り、命をかけて守ってくれた。一度も嘘をつかなかった。あらゆる問題をチェストで解決した。誰も死なせなかった。——方法が滅茶苦茶なだけで。
「ロミオ」
「なんにごわす」
「……ありがとう。めちゃくちゃだったけど」
ロミオが目を丸くした。
それから——照れたように頭を掻いて、ぼそっと言った。
「礼には及ばぬでごわす。おいどんは、チェストしただけにごわす」
「知恵捨てすぎよ」
二人で笑った。
——「おおロミオ!」の代わりに「チェストォォォ!」が、ヴェローナに平和をもたらした。
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## エピローグ
> 後世の文献では、この事件は「ヴェローナの奇跡」と記録された。
> 名門二家の数世代にわたる血の遺恨を、わずか5日間で完全に終結させた
> ロミオ・モンタギューの偉業として——。
>
> ただし、その手法については「恐怖政治」「暴力による強制和解」
> 「当時のヴェローナ市民全員がPTSDを発症した」との注釈が付記されており、
> シェイクスピアは後にこの史実を基に戯曲を書こうとしたが、
> 「あまりにも荒唐無稽すぎて誰も信じない」と判断し、
> ロマンチックな悲劇に改変したとされている。
>
> ——ヴェローナ市立図書館 禁帯出資料『ヴェローナ示現流の研究』より
>
> なお、現代のヴェローナに存在する「ジュリエットの家」のバルコニーは
> 後世に別の建物から移設された模造品である。
> 本物のバルコニーは、ロミオが石柱をへし折って登攀した際に半壊し、
> その後の補修費用はモンタギュー家が全額負担したと記録されている。
>
> ——同書 補遺より
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> 最終ステータス
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> 心中バッドエンド:完全回避
> ティボルト:生存(全身ギプス)
> マキューシオ:生存
> パリス伯爵:生存(転居済み)
> 両家の遺恨:消滅(恐怖による強制和解)
> ヴェローナ大公:記憶を消したい
> ロレンス神父の胃薬消費:4瓶(これからも増える予定)
> ジュリエットの生存計画:ver.1.0は破棄されたが、結果オーライ
> ロミオのチェスト回数:計測不能
>
> 結論:悲劇は回避できた。代わりに全員がトラウマを負った。
>
> ——転生ジュリエットのデバッグ奮闘記、完——




