第10話「両家カチコミ」
キャピュレット邸。私の実家。
その正門の前に、私たちは立っていた。
「ロミオ。約束を確認するわよ」
「申せ」
「殺さない」
「承知」
「壊しすぎない」
「善処する」
「私の合図があるまで——」
バキィィィン!
ロミオがキャピュレット邸の正門を大剣で叩き割った。
「合図まで待ってって言う前に壊した!!」
「門は人ではなか! 殺さぬという約束は守っておるでごわす!」
確かに門は人ではないが、それは約束の精神に反している。でもロミオにとっては文字通りの解釈が全てだ。門は人ではない。だからセーフ。薩摩の論理。
---
破壊された正門を抜けて、キャピュレット邸の中庭に踏み込んだ。
使用人たちが束になって立ちはだかった。箒を持った者、鍋を持った者、一人だけ剣を持った衛兵。
「曲者だ! お嬢様を連れて逃げ——」
「お嬢様は一緒に来ておるでごわす」
「え?」
使用人たちが私を見た。
「あ、お嬢様……?」
「ごめんなさい。事情があるの。とりあえずそこの武器を置いて逃げて。本気で」
「で、ですが——」
「チェストォォォ!」
ロミオが大剣を横薙ぎに一閃。剣圧だけで使用人全員が吹き飛んだ。花壇に突っ込んで気絶。
「峰打ちにごわす」
「大剣、振っただけで人が吹き飛ぶのおかしいでしょ! 風圧だけで!」
「鍛錬の成果にごわす」
武者修行三日間の成果がこれだ。パワーアップして帰ってきている。パワーアップしなくてよかったのに。
---
キャピュレット卿の書斎。
ロミオが扉を蹴り開けた。——もう何も言わない。門と同じだ。扉は人ではない。
「キャピュレットの主殿!」
書斎の奥で、キャピュレット卿が椅子から腰を浮かせた。顔面蒼白。
「き、貴様……! 追放されたはずでは——」
「終わったでごわす」
「三日で!?」
「三日で十分にごわすから」
ロミオが大剣を書斎の机に突き立てた。机が真っ二つに割れた。書類が舞い上がった。インク壺が天井に飛んだ。
「おいどんはジュリエット殿の夫にごわす! キャピュレットとモンタギューの遺恨を捨てるか、ここで斬られるか選べ!」
キャピュレット卿が衛兵を呼ぼうとした。
「衛兵を——」
「さっき全員チェストしたでごわす」
「…………」
キャピュレット卿が私を見た。実の娘を。助けを求める目。
私は——疲れ切った顔で言った。
「お父様……とりあえず握手して……私を寝かせて……」
「ジュリエット……お前、この男の味方なのか……」
「味方じゃないわ。ただ、この人を止める方法が5日間見つからなかっただけ」
「5日間で結婚、暴行、追放、帰還、カチコミ……」
「ハードスケジュールでした」
キャピュレット卿は、机の残骸——半分に割れた高級マホガニーのデスク——を見下ろし、大剣の切っ先を見上げ、娘の疲れ切った顔を見て——
「……和解、する」
声が震えていた。
「和解するから、頼むから、その剣を下ろしてくれ……」
「おお! キャピュレットの主殿! 話の分かる御仁にごわす!」
話が分かるのではない。命が惜しいだけだ。
---
キャピュレット家を出て、30分後。
我々は——モンタギュー家の前に立っていた。
「ロミオ、ここはあなたの実家でしょ」
「そうにごわす」
「自分の実家にカチコミかけるの?」
「公平を期すためにごわす。キャピュレットだけチェストしてモンタギューをチェストせぬは、不公平にごわす」
公平って。公平のベクトルがおかしい。
だが——確かに、両家を和解させるなら、片方だけ脅しても意味がない。両方同時に屈服させないと、一方が報復に出る。
ロミオの論理は滅茶苦茶だが、方法論としては——悔しいけど——正しい。
---
モンタギュー邸。
ロミオの実家だけあって、さすがに門番たちの反応が違った。
「わ、若旦那!? お帰りなさいませ! え、追放は——」
「終わったでごわす。親父殿はおるか」
「は、はい、書斎に——」
「案内は不要にごわす」
ロミオは門番を素通りした。チェストしなかった。自分の家の門番にはチェストしないらしい。身内びいき。
モンタギュー卿の書斎。
「ロミオ! お前、追放されたはずでは——」
「親父殿。話がある」
モンタギュー卿はロミオの父親だ。息子の性質は、ある程度理解しているはず。
——理解しているからこそ、恐怖が深い。
「親父殿! キャピュレットとの遺恨を捨てるでごわす! さもなくば——」
大剣がまた机に突き立てられた。本日二本目の机が真っ二つになった。
「わ、分かった……! 分かったから剣を下ろしなさい……!」
「おお! さすが親父殿! 話が早い!」
当たり前だ。自分の息子が大剣を突きつけてきたら、抵抗できる親はいない。
——モンタギュー家、制圧完了。所要時間5分。
キャピュレット家より早かった。身内のぶん話が早い。あと門番をチェストしなかったぶん。
---
「ジュリエット殿! あとは両家の親父殿を一堂に集めるでごわす!」
「場所は?」
「ヴェローナ広場にごわす! あのクレーターの前がちょうどよか!」
ティボルトがめり込んだ跡の前で和解式。趣味が悪い。だが——威圧効果は抜群だ。あのクレーターを見たら、誰もロミオに逆らう気は起きない。
「分かったわ。広場ね」
「ジュリエット殿も来てくだされ!」
「もちろん行くわよ。あなた一人にしたら何が起こるか分からないもの」
「おお! それでこそ——」
「おいどんの妻、でしょ。はいはい」
先に言った。もう5回くらい聞いた台詞だから。
> 両家カチコミ:完了
> キャピュレット家の被害:正門1、扉2、机1、花壇1、使用人8名気絶
> モンタギュー家の被害:机1台(門番は無傷)
> 両家の親父の精神状態:ともに限界
> 最終決戦の場所:ヴェローナ広場(クレーター前)
> ロレンス神父の胃薬消費:3瓶目(教会で祈っている)




