王国法典第一三五条「武器所持資格と刃渡り超過違反」
【王国法典 第135条 抜粋】
『国民が武器を所持する際は、あらかじめ「武器所持資格登録証」を取得し、刃渡り・形状・属性を登録すること。
登録を超える武器の携行は“過剰武装”と見なされ、罰則の対象とする。
また、刃渡り30cmを超える武器は原則として特例申請が必要。※鞘・付属品を含む全長で判定。』
「そこの君、ちょっと止まりなさい」
街の検問所。
ケンスケたちは、都市エルセリアの城門で足を止められた。
現れたのは、革鎧に青い徽章をつけた検問官──武器監査隊(W.A.T.)の隊員だった。
「その剣──刃渡り、30センチを超えてますよね?」
「え? いやこれは……まあ超えてるけど、冒険者用ライセンスあるぞ?」
「拝見します……ええっと、登録された武器の型番……“ケンスケ型・改雷断刀”。
登録時の記録によれば、刃渡り28.9cm、全長31.5cm──うん、“鞘込み”でアウトです」
「は!? 待て! 鞘まで込みで測るの!?」
「うちの方式では、“実質所持全長”が適用基準です。抜刀状態での危険性にかかわらず、携帯時の長さが重要」
「でもこれ、“見た目のバランス”的に鞘が長くないとカッコ悪いんだよ!!」
「審美性は審査基準に含まれません」
「じゃあ俺の魂の刀身、切ってくれよ!!」
ヌケミ・ハナが、横から口を挟む。
「この武器は“登録時には合法”と認められていたものよ。
変更はしていない。ならば、“後発法の遡及適用”に当たるわ」
検問官が困ったように眉をしかめる。
「たしかに“30cm規制”は、数ヶ月前の改正ですが……施行日を超えている以上、現時点では“規制対象”と判断せざるを得ません」
「じゃあ刃を削れっていうの?」
「それが嫌なら、“短剣再認可”か“特例長剣携行許可証”の取得をおすすめします。審査期間、最短で12日。なお、急ぎの場合は“即日認可有料便”もございます」
「……金で許可されるなら、最初から罰則の意味なくないか!?」
「うちの国、制度の裏に“収入源”があるのは常識ですから」
ケンスケは剣を手に取り、真剣な目で見つめた。
「俺の剣は、ずっと共に戦ってきた相棒だ。
こいつの長さが原因で罰される国って、やっぱ狂ってると思う」
「そうね。でも、切るか、しまうか、逃げるか。選択肢は3つしかないわ」
ハナは、バッグから小さな金属ケースを取り出す。
「幸い、“武器管理法第29項”に“形状変更による一時適合”という条文がある。
『武器の機能に著しい支障をきたさずに一時的な形状調整を行う場合、その状態で検査を通過できる』」
「つまり……?」
「剣を“曲げる”のよ。ちょっと湾曲させれば、鞘込みで30cm以下になる」
「……いやいや、それこそ剣としての意味が……」
「法律の前に、意味なんて関係ないのよ。“数字”に合わせるかどうかだけ」
ケンスケは逡巡した末、剣を鞘ごと受け取り、小さく頷いた。
「……いいよ、やろう。折られるくらいなら、俺が自分で曲げる」
ハナが魔具を起動し、剣の根元を慎重に熱加工で曲げる。
ギィィ……ギリ……
絶妙な曲線を描いた剣が、無理やり30cm以内に収まった。
検問官が判定用メジャーをあてる。
「……全長29.98cm。合格です。通って結構」
城門を抜けた二人。
ケンスケは、剣を見下ろしてぽつりと呟いた。
「……これが、折れなかった代わりに“歪んだ”俺の相棒か」
「でも通れたわ。歪んでも、戦える。
それが今のこの国で“生き抜く”ってことよ」
そのとき、またしても姿を見せたセイガ・トキツネ。
遠巻きに、ゆっくりと拍手していた。
「“形式に合わせる”ために、中身を曲げる。
……それを“妥協”と言うのか、“順応”と言うのか。
だが確かに──君たちは通った。記録はついたが、罪にはならない」
ケンスケが言い返す。
「“罪じゃない”ってだけで、もう俺たち、何度も魂を削ってる気がするよ」
セイガは一瞬だけ目を細め、低く言った。
「君は気づいてる。“記録され続ける生き方”が、
やがて“自由の総量”を奪っていくことに──」
そして、彼は霧のように姿を消した。
二人は、街の喧騒に向かって歩き出す。
「なあ、ハナ」
「なに?」
「俺の剣、どっかで“鍛え直して元に戻せる”と思うか?」
「ええ。きっと、“法律ごと叩き直せたら”ね」
二人は顔を見合わせ、久しぶりに少しだけ笑った。