王国法典第三百一条「生物保護指定種への攻撃禁止法」
【王国法典 第301条 抜粋】
『王国生態系保護のため、特定の生物種に対する攻撃・拘束・捕獲を禁ず。
敵意の有無、脅威レベルの高低を問わず、違反者には罰金または禁固刑を科す。
※対象種は定期的に更新されるものとする。』
「……なあハナ、見たか?」
「ええ、見たわ。巨大な牙。角。皮膚は岩より硬くて、尻尾で馬車を吹き飛ばす威力。明らかに“魔物”よね」
「だよな!? ……なんで襲っちゃいけないんだよ!?」
「……保護種指定よ。王国環境省がつい昨日、分類を改訂したばかり」
「早すぎるだろ情報更新!!」
目の前には、“スピンホーン・モグラス”と呼ばれる地竜種。顎から垂れる唾液は腐食性、足元の地面はすでに溶けている。
だが、ヌケミが取り出した「最新保護種リスト」にはこうある:
《第301条対象:新規登録》
スピンホーン・モグラス(南方個体種)
分類:希少・生態系調整対象
対応指針:刺激せず、静かにその場を離れること。
「“静かにその場を離れろ”って……どうやって!? あいつもう尻尾振り回してきてんだけど!?」
「こちらから攻撃したら“法違反”になるから、じっと耐えるしかないわ」
「耐えられるかァ!!」
案の定、スピンホーンは突進してきた。
ケンスケは剣「文武照応」を半ば本能で抜きかける――が、
「ケンスケ、待って!!!」ヌケミが叫ぶ。
「この場で斬ったら“特別違反記録”として一生残るわよ!しかも律導官が常時モニタリングしてるって噂もあるの!」
「モニタリングってどこから!?」
「空よ。あの黒い鳥、あれ法典眼っていってね──」
ザシュッッ!!
ケンスケの剣が、反射的にモグラスの足を斬りつけた。スピンホーンはひときわ大きな咆哮を上げ──逃げ去っていった。
そして迎えたのは静寂。
「……ふう。助かった」
「………………」
「……ハナ? どうした?」
「……来たわよ」
「え?」
草原の丘の向こうから、
黒いローブの男が、音もなく歩いてきた。
左目は覆面で隠され、右手には王国法典の魔導巻物。その胸元には、三重に交差した“法の印章”。
そして、冷ややかな声が響く。
「……ホウジ・ケンスケ。あなたは、王国法典第301条違反の疑いにより、確認手続きに入ります」
「お前、誰だ……?」
「私は、律導官セイガ・トキツネ。法を行い、法に従い、法を以て正す者」
ケンスケが剣を構えると、セイガは淡々と巻物を開く。
「……登録剣『文武照応』、登録番号K-142-00027。命名税納付済。第77条違反履歴なし、第142条済。だが、本日──」
巻物が青く光り、空中に文字が浮かび上がる。
《第301条 違反記録:
対象種:スピンホーン・モグラス/攻撃確認済》
《違反点数:8点/累積罰点:初犯》
「よって、あなたに“法術拘束”を執行します。」
「く、来るなよ!」
「法は逃げない。逃げるのは、違反者だ」
《法術・拘束印:レギュレクス》!!
空間が裂け、透明な鎖がケンスケを縛り上げる。
その鎖には、条文が刻まれていた。第301条、繰り返し繰り返し。
「……なぜだ、セイガ!」ケンスケが叫ぶ。
「助けるためだったんだ! モグラスは明らかに襲ってきて――!」
「違うな。“襲ってくる”か否かを判断するのは、君ではない。君は冒険者。王国の民。そして、王国は──法に従うべき場所だ」
「ふざけんな!! 命より法を守れってのかよ!!」
「……その問いに、私が答える義務はない。
だが──法は、記録する。」
そして、セイガは巻物を閉じた。
「初犯ゆえ、即刻の拘束は見送る。
だが、違反履歴は記録済。次はないと思え」
彼は静かに背を向けると、
虚空に歩み消えた。
ケンスケは、土の上に崩れ落ちた。
足首には、消えかけた“法の鎖”の痕が、淡く光っていた。
「この国……本当に、“法の国”なんだな……」
「ええ。でもね、ケンスケ。“法が絶対”だなんて、まだ誰も証明してないのよ」ヌケミ・ハナが静かに立ち上がる。
「私たちが、その証明を“壊す”かもしれない──それだけの話よ」