王国法典第百三条「帰還記録制度」
【王国法典 第103条 抜粋】
『すべての王国民が“外地に出た後、王都に帰還する際”、行動の全記録と立証を義務とする。
未申告の活動・未許可の交流・非正規ルートでの移動は“帰還記録違反”とされ、
最大で国家反逆未遂の罪状と照合される場合がある。』
──王都・南門前・午後1時23分
「……戻ってきたな」
長い旅路の果て、王都の門が見えた。ケンスケは、土埃まみれの外套を脱いで息を吐く。
門の前には、帰還者をチェックする長い列ができていた。兵士たちが書類を一枚ずつ精査し、魔導記録石に“行動証明”を照合していた。
ハナは小さな巻物を胸に抱えながら、低く呟いた。
「この門をくぐるとき……私たちの旅が“正式な記録”になる。でも逆にいえば、“記録にならないこと”は……消える」
「消させるわけにはいかない」
ケンスケは拳を握った。
──帰還審査所にて
「記録提出。身分証と、旅程の許可状も」
審査官は無感情に言う。ハナが一歩前に出て、旅の記録帳を差し出す。
「セッカの谷経由、旧サヴィル軍区滞在、そして……ここまでの記録です」
「確認する。……ああ、“非正規交戦”の記録があるな?」
「はい。申請済みですが、証人がひとり負傷で同行できませんでした」
「未立証の記録は“仮記録”扱いとなる。虚偽が発覚すれば、旅程全体が抹消されることもある。……次」
ケンスケが前に出た。旅のあいだに集めた簡易書簡・署名・証言の写しを束にして出す。
「お前の記録は雑だな。紙切れに落書きか?」
「……命懸けで記した記録だ。読むかどうかは、あんた次第だがな」
──門の内側、王都街区
「通されたな……」
「ええ。仮記録扱いではあるけど、少なくとも“帰還拒否”はされなかった」
王都の街並みは、どこか以前より静かだった。軍警が増え、魔導スピーカーからは定期的に「記録遵守」の音声が流れている。
「……なあハナ。前よりも厳しくなってないか? 王都の空気」
「記録の支配が、もっと深くなってる。誰もが“残すため”に動いてる。でもそれって、逆に“失敗した記録”を恐れて、誰も動かなくなっていくことでもある」
ふたりは、かつての仲間が働いていた兵舎跡地を通る。そこにはもう誰もおらず、記録局の移動端末だけが残っていた。
──夜、宿の一室
「……これから、どうする?」
ケンスケはぼんやりと窓の外を見ていた。
「王都には、“報告すべき場所”がある。旅で見た矛盾を、制度として精査してる少人数の議会室。そこに話を持ち込むわ」
「聞いてもらえるか?」
「わからない。でも、聞かせる」
その時、ドアがノックされた。
「……入って」
ドアが開き、一人の青年が入ってくる。かつての王国情報室にいた分析官――エリオだった。
「……君たちの旅の記録、“第三層”まで届いている。内部でも動きがある。準備を進めた方がいい」
「第三層……法典改定審議会か」
ハナは小さく息を飲む。
「これはもう、記録の戦いじゃない。制度の中枢そのものが、“揺れ始めてる”」




