王国法典第百四十二条「個人所有武器の命名義務」
【王国法典 第142条 抜粋】
『個人所有の武器には、王国認定の固有名を付与し、
登録簿に記載された上で使用すること。
命名税は文字数・語感・神格比に応じて加算される。』
「……で、その剣の名前、決まったの?」ヌケミ・ハナが書類の束をめくりながら、ちらりとケンスケを見た。
「いや……考えてるんだけどさ、“剣に名前をつける理由”ってなんなんだよ!」
「登録のためよ。あと、名前がないと『登録無効武器使用罪』になる」
「その罪名のほうが物騒だろ!」
ケンスケが腰から取り出したのは、冒険者登録と同時に自分で鍛えた──無骨な鉄の長剣。
まだ誰の血も吸っていないが、彼にとっては相棒だった。
「これに、無理やり名前つけて、税金まで取るって……!」
「文句なら“名剣課”に言いなさい。ちなみに、二文字までなら免税、三文字以上で課税対象。
あと“伝説風”“神格風”“中二風”は重課税よ」
「……“タケシ”じゃだめか?」
「ふざけてんの?」
「二文字だぞ?」
「逆に税務署が来るわ。『安易な命名による虚偽申告の可能性あり』って」
「どうしろってんだよ!!」
二人は再び、ギルド支部の地下にある「登録武器検査室」に案内された。
「いらっしゃいませ。ご使用武器の“命名申請”ですね?」
無表情な中年男が出迎える。役職は「登録名剣査定官」。
机の上には辞書の山と、“命名評価表”。
[例]
フレイムブリンガー:神格比 +3/語呂 +2/文字数 8 → 税率42%
鬼切:神格比 0/語呂 -1/文字数 2 → 税率0%(セーフ)
「ちなみに“名前をつけずに使う”っていう選択肢は?」
「無登録使用=第142条違反となり、処罰対象です。
初犯でも過料50銀貨+剣の一時押収となります」
「押収!? 相棒を!? 書類一枚で!?」
「書類は全てに優先されます」
「法、こええ……」
「なお、使用後に名前を変更する際は“改名申請”が必要です。
手数料は30銀貨、変更理由の作文も添えてください。800文字以上で」
「で、結局どんな名前にするのよ?」
「うーん……“黒炎の断罪者”とか、“絶剣アークレイヴ”とか……」
「税率どれくらいか分かってる?」
「せめてカッコよくしたいじゃん……」
「じゃあ“文武照応”ってどう?
“法に抗う刃”って意味で皮肉も込めて」
「なんでお前、いちいち皮肉が知的なんだよ……」
最終的に、ケンスケはその剣に名をつけた。
『文武照応』──ぶんぶしょうおう。
評価は微妙だった。税率は15%、だが査定官は小さくうなずいた。
「……ふむ。これは、法と戦う者にふさわしい名かもしれませんね」
その言葉に、ケンスケはハッとする。
思えば、何度も頭を抱えながら、書類を書き、申請し、手続きに文句を言ってきた。
だが今、自分の剣に名がついたとき──
“戦う相手”が、ただの魔物じゃないと、はっきり自覚した。
「俺たちは……法と戦ってるんだな」
そしてそのころ。
王都・法務塔の上空では、一人の男が巻物を開いていた。
「第142条、登録完了……か。
次は、第301条。……保護指定種への違法攻撃が予想されるな」
冷ややかな声でそうつぶやく男の瞳には、
ホウジ・ケンスケの名が、すでに“記録済”として刻まれていた。
律導官・セイガ・トキツネ。
“法の番人”が、ついに動き出す。