表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/24

王国法典第七十七条「旅立ちに関する事前申請義務」

【王国法典第77条 抜粋】

『いかなる旅であれ、三日前までに所定の「旅立ち届」を提出すること。届出がなき場合は、王国防犯法に基づき“逃亡者”と見なされることがある。』

「……なあ、ハナ。おれたち、本当に冒険者なんだよな?」


「書類の上では、ね」その言葉に、ホウジ・ケンスケは深くため息をついた。


 目の前には、王国最大の冒険者ギルド支部──「ミドラ中央窓口」

荘厳な石造りの建物の中に、壮観なまでに並ぶ“受付”の列!列!列!


 肩にかけた長剣は、未だ一度も抜かれていない。 だが、彼の腕は疲れ切っていた。ペンを握りすぎて。「旅立ち届」「同行者名簿」「装備申告書」──山のような書類に、青インクの筆記指定。剣より重たい書類束が彼の腰袋を圧迫する。


「まさか旅に出るのに、三日前に申請しないと罪になるなんて……」


「“行政手続きによる行動管理”ってやつよ。王国では民衆の安全のために、何かをするにはまず紙を出すのが基本」


「紙出す前に魔物が出たらどうすんだよ……!」


「黙ってやっちゃうと、今度は“防衛権限超過罪”で捕まるわよ」

「じゃあ見殺しにしろってのか!」


「“正当防衛認定申請書”をその場で書けばセーフ。見殺しじゃなくて、文殺し。」ヌケミ・ハナは、ケンスケの隣で淡々とペンを走らせていた。


 灰色のローブに、くすんだ金髪。小柄な魔導士。 

その見た目とは裏腹に──彼女は「法典に最も詳しい魔法使い」として、密かにギルド内で有名だった。


「私がいなかったら、あんた、ここまでたどり着けてないわよ?」


「感謝してるけど、根本的に何かがおかしい気がするんだ……」


「ようやく気づいた?」


「この国、剣より書類が強いじゃねえか……!」


 ケンスケの冒険者登録は、すでに一週間前に済んでいる。だが、そのときですら「動機記入欄」「長所短所自己評価」「希望勤務地」など──まるで就職面接のような書類地獄に、彼は一度気絶しかけた。

 

 そして今度は旅立ち届だ。

「ちなみに、“未申請旅立ち”って、どんな扱いになるんだ?」


「“逃亡の可能性あり”として、律導官が出張ってくるわね。運が悪ければ“捕縛”されて、記録に一生残る」


「……律導官?」


「法律違反を取り締まる国家直属の法務魔導士。通称“法の番人”。王国法典のすべてを記憶し、違反者には法術で即時対応。──しかも、過去の違反すら掘り起こしてくるの」


「うわあ……もう普通に魔王より怖い……」


そのとき、窓口の奥から、見慣れた職員が顔を出した。


「ホウジ・ケンスケさま、ヌケミ・ハナさま。書類の確認が完了しましたので、お呼びしました」小柄で、真面目そうな眼鏡の青年──ギルド事務職員のササマ・リック。


 緊張の面持ちで、手にした一枚の紙を掲げた。

「ただ一点、不備がございました。“旅立ち届”の“目的地記入欄”が空白でして……」


「目的地って……! まだ決まってない冒険はダメなのかよ!?」


「“未定”は記載不可です。“検討中”または“申請中”であれば、仮届け扱いとなりますが、関所通過証明は発行されません」


「出られねぇじゃねえか!!」


 彼らの戦いは──まだ剣を抜く前だ。

ペンを握り、紙を埋め、印を押し、ハンコを押す。 王国における冒険とは、まず法という迷宮をくぐり抜けることから始まる。


だがこの時、ケンスケはまだ知らなかった。 この国を縛る法典が、ただの制度ではなく、“魔導の体系そのもの”であるということを──

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ