愛してアイシテLOVEして
1
好き好き大好き。その気持ちが溢れて止まらない。いつからだろう?こんな気持ちになったのは。僕のlovely Angel 僕のこのドキドキを心の奥底から吸い出しておくれ。
僕には今好きな人がいる。その相手は奥田美憂ちゃん十七歳。僕は今高校二年生で同じクラスの美憂ちゃんに恋しているのだ。二年生になってから、美憂ちゃんは引っ越してきた。そして僕の学校に転入し同じクラスメイトになったのである。
教室に入り始めて彼女を見た瞬間、僕の心は打ち抜かれた。美憂ちゃんは乃木坂46とか日向坂46にいるようないわゆるアイドル系のルックスをしており、僕はそのsweet faceに一気にやられてしまったのだ。
初めて会ってからもう半年が過ぎようとしている。日に日に好きだという気持ちが高まっていって表面張力を越えるくらいに溢れ出しそうになっている。どうしたらこの気持ちを伝えられるだろう?いやいや伝えるのはいいけどそれが受け入れられるかはわからない。何しろ僕は全くカッコ良くないし、それに勉強だってできない。もちろんスポーツだって全然ダメ。中学までは卓球部に入っていたけどいつも地方大会の一回戦で負けていたし、高校に上がってからはスポーツはもう嫌!って感じで辞めてしまっていた。
つまり僕にいいところなんて一つもないのだ。だから美憂ちゃんを好きになってこの気持ちを伝えたとしても結ばれる可能性なんてほとんどないだろう。それが堪らなく辛い。初恋は叶わないから儚い。なんてことを漠然と考える。でもこの気持ちをこのまま放っておくことはできそうにないのだ。
僕は部屋の片隅で寝そべっている猫の久太郎を抱き上げる。久太郎は「にゃ〜」と鳴き声を上げる。久太郎は野良猫で捨てられていたのを僕が数年前に保護して飼い始めた。だから血統とかないしどんな猫種なのかもわからない。僕は抱き上げた久太郎に「美憂ちゃんに告白しようと思う」と告げる。すると久太郎は「にゃ〜」と同じように鳴き早く降ろせとジタバタ暴れる。仕方なく僕は久太郎を解放しベッドの上に寝そべる。頭の中は美憂ちゃんのことでいっぱいだ。
ただその時だった。突如誰もいないはずの僕の部屋で人間の声が聞こえたのである。一瞬空耳かと思ったけれどその声は確かに僕の耳に聞こえている。
「美憂は明日死ぬ」
What did you say. 僕はたった今発せられた言葉をもう一度よく確かめる。確かに声は言ったのだ。「美憂は明日死ぬ」……と。一体なぜ?何が起こっているの?もしかしてあまりに美憂ちゃんを好きという気持ちが高まって幻聴を巻き起こしているのだろうか?
「誰?」
……無音。しかしすぐに声が聞こえる。さっきと同じ声だ。
「だから美憂は明日死ぬんだって」
「は?誰だよ??」
「俺だよ。俺俺、久太郎」
「久太郎?猫の??」
「そう。不思議な猫だろ?俺って話せるんだぜ」
久太郎が喋った。猫が人語を使うというのはSFの世界ではよくある設定だがここは現実。そんなことがありえるわけがない。だけど確かに久太郎は話しているのだ。僕は久太郎のそばに行き、もう一度声をかけた。
「久太郎?話せるの?」
「そうだ。だがあまり時間がない。だから要件だけ話す。お前は美憂に惚れているだろ?だから言うんだ。いいか、美憂は明日の朝、登校中の横断歩道で信号無視のトラックに轢かれて死ぬ。時間は朝7:58分だ」
「そんなこと信じられるわけないだろ」
「本当だ。俺にはそんな予知能力がある。このまま美憂を見捨ててもいいのか?」
美憂ちゃんが死ぬ?die?本当なのかよ?美憂ちゃんは僕の天使だ。憧れだ。愛する象徴なんだ。それが奪われたら僕は死んでしまいたくなるくらい辛くなる。否、後を追って死んでしまうかもしれない。「本当なの?」と、僕。すると久太郎は「本当だ。俺を信じろ。俺はお前に感謝している。捨て猫だった俺を拾ってここまで育ててくれたんだからな。猫は恩知らずというけれどそれは間違いだ。俺は受けた恩を忘れない」「僕はどうしたらいい?」「明日の朝美憂を救うんだ。トラックが突っ込む場所は通学路の五叉路だよ。そこに7:58分にトラックが突っ込む。美憂を救え、恭一」
信じてもいいのだろうか?とりあえず明日の朝7:58までに五叉路まで行けばいいわけだ。そこで僕は美憂ちゃんを救う。
2
翌日ーー。
美憂ちゃんの命がかかっている。もちろん半信半疑だったが猫が話すという時点でこれはかなりおかしい。つまり異様な現象である。だから僕は漠然と信じる気になったのだ。
朝食に食パン一枚を食べ、それにプラスして牛乳を一杯飲んだ。そして7:30には家を出て通学路の途中のある五叉路まで行く。僕の通う高校は家から徒歩圏内だ。家から近いから選んだ高校だが、美憂ちゃんも近くに住んでいるらしく、徒歩で通学している。もちろん電車やバスで通う生徒もいるし、自転車や徒歩で通う生徒もいる。
足早に家を出て五叉路へ向かう。時刻は7:55分。ちょうど五叉路の歩行者用の信号が赤になった感じだ。五叉路はその名の通り道が五本に分かれている。だから少し信号が複雑で事故も比較的起きやすい。だがトラックが突っ込むという事故は聞いたことがない。もしも本当なら恐るべき事件だ。僕が五叉路の横断歩道で待っていると向こうから美憂ちゃんがてくてく歩いてきた。
僕と美憂ちゃんは面識はあるけど話すような仲じゃない。だから美憂ちゃんは僕を見つけても無視だ。少し寂しい。相変わらず可愛い顔だなと思いながら、僕が様子を伺っていると、向こうからトラックが走ってくるのがわかった。
本当に来た。しかももう少しで信号が赤になるところだというのにトラックは全然減速する気配を見せない。美憂ちゃんはスマホに夢中でトラックの存在に気づかない。信号が赤に変わる。しかしトラックは止まらない。ここで僕は動く。美憂ちゃんの手を掴むと一気に反対側の道路まで走る。次の瞬間暴走したトラックが明石号を無視し突っ込んできた。そして先ほどまで美憂ちゃんがいた場所を突っ切りやがてそのまま車道沿いに広がる不動産屋に突っ込んだ。「ドッカーン」激しい 爆裂音が鳴り響き辺りは騒然とする。僕の鼓動はどくどくと脈打っている。これは美憂ちゃんの手を握ったという興奮ではなく本当にトラックが突っ込んだという久太郎の予言に驚いていたのだ。「大丈夫?」と僕。すると美憂ちゃんはガタガタ震えながら気を失った。
事故現場は騒然となった。何しろ中型トラックが減速しないで不動産屋の建物に突っ込んだのである。映画さながらの惨状が辺りに広がっていた。通行人の誰かが救急車を呼び、野次馬たちがどんどん増えていく。僕は美憂ちゃんを抱いたまま救急車が来るのを待った。
トラックの運転者は瀕死の重体らしく事故現場には恐ろしい量の血が流れ出していた。相変わらず美憂ちゃんは気を失ったままだ。幸い救急車がもう一台来てそれに美憂ちゃんを乗せてもらえた。僕は付き添いとして病院に向かう。美憂ちゃんはすぐに処置室に運ばれ、僕はどうしていいのかわからず、オロオロとしていた。どれくらいだろう?時間の流れが妙にゆっくりだと感じていると美憂ちゃんのご両親がやってきて処置室に入っていく。まぁ美憂ちゃんは事故現場を見たショックで気を失っただけだから大丈夫だと思うけど、僕は一応ご両親が出て来るまで、事情を説明し「ありがとうございます。助かりました」と、何度もお礼を言われて結局そのまま病院を後にした。
その日、僕は学校に行く気になれず、病院を出ると家に戻った。
3
僕の両親は共働きだから、僕が帰宅すると既にいなかった。いるのは猫の久太郎だけだ。久太郎は僕が帰ってくるのを見るなり「にゃ〜」と鳴いた。
「久太郎。話せるか?」
「あぁ。だがもう時間がないかな」
「時間がない?」
「そうだ。俺が話せるのはごく僅かな時間だけなんだ。美憂は救えたか?」
「それはもちろん。本当に事故が起きたよ」
「言っただろ。俺は真実を話したんだ。だがな、これからが問題だ」
「問題?」
「そうだ。恭一、親殺しのパラドックスって知っているか?」
「親殺しのパラドックス?」
「SF小説なんかでよくある話なんだが、簡単にいうと、例えばある人間がタイムトラベルをして過去に行って親を殺してしまう。そうなると当然自分は生まれないことになって過去に行くことができない。そんな矛盾のことをいう」
「何が言いたいんだ?」
「結論を言うと、親殺しのパラドックスは限定的に起こるんだ。恭一、お前は今日美憂を救った。だがな美憂は本来今日の朝に死ぬはずだったんだ。なのにその運命をお前が変えた。つまり歴史の改竄だ。本来死ぬ予定だった美憂が生きている。これは運命を変えたってことなんだ。しかし運命はそんなに簡単に変わらない。美憂は十七歳で死ぬ運命なんだ。そこから逃れられない。となると歴史の方が動く。簡単に言うと美憂を殺すためのプログラムがずっと続くんだ」
なんだかややこしい話になっている。美憂ちゃんは今日死ぬ運命だった。けれどそれを僕が救ったからおかしなことになっている。同時に運命からは簡単に逃れられない。つまり美憂ちゃんを今日救ったとしても明日にはまた死んでしまうかもしれないのだ。そんな馬鹿な!運命ってなんだよ。そもそも運命っていうのは自らの手で変えるものだろ。運命は人の手で変えるもの。そうじゃなきゃおかしい。「どうすれば美憂ちゃんを救えるんだ?」と僕。すると久太郎は「生贄が必要だ」「生贄?」「そうだ。美憂を生かすためには美憂の代わりに死ぬ人間が必要になるってことだ。そうやって初めて運命に抗える」猫の久太郎がそんなふうにいうものだから僕は心底驚いてしまう。それでも久太郎の言うことは正しいのだろう。何しろ今日の朝僕が美憂ちゃんの手を引き横断歩道から移動させなければ彼女は暴走したトラックに突っ込まれて死んでいたのだ。救ったはずなのに美憂ちゃんは死ぬ運命らしい。そしてそこから救うには彼女の代わりに死んでしまう生贄が必要らしいのだ。
誰が好きこのんで生贄になるだろう。人は死ぬから尊いのだ。確かに自殺する人間は多いけど、大多数の人間は生に縋る。僕だって死にたくはない。まだ十七歳だしこれからまだまだ楽しいことが待っているかもしれないのだ。
けど。このままでは美憂ちゃんは死んでしまう。それは絶対に嫌だ。美憂ちゃんがいない人生なんてそれは本当につまらないものになってしまうかもしれないから。
「生贄なんていないよ」
と、僕は告げる。
居心地の悪い空気が流れる。まるで葬式みたいな空気だ。ジトジトとした脂汗が背中を伝う。きっと、久太郎も僕の心情を察したのかもしれない。漆黒の瞳は僅かに潤み何か必死な感じを覚える。
「恭一、お前は美憂が好きなんだよな?」
「うん、好きだよ」
「愛してるのか?」
愛してる……。改めて問われると回答に窮する。数秒の間があり僕は答える。「愛してると思う。まだ付き合ったわけじゃないけど」「そうか。愛してるんだな。じゃあ愛ってなんだと思う?」「愛を語れと」「そうだ」僕はまだ十七歳だ人を愛する気持ちはあっても愛を語るような経験を積んでいない。だけどなんとなく愛についての片鱗が見えているような気がする。「愛」「恋」「好き」これらの単語は似たような響きを持っているけどそれぞれ意味が違うと思う。愛はなんとなく高尚な感じがするし恋はフランクな感じがする。好きは何にでも使えるよね。女の子がなんとなく「可愛い」と告げるのと同じだ。はぁ愛か。僕は必死に考える。愛についてを。
高校受験の勉強をしている時みたいに考えたけど、あまりいい答えは浮かばない。そんな僕の様子を見た久太郎が密やかに告げる。
「恭一。愛っていうのは無償なんだ」
「無償」
「そうだ。見返りを求めない。その人を愛するから全てを捧げられる。愛する人のために無償でなんでもしてあげる。恋は違う。恋は一方通行だ。自分本位だ。ほら、特に年頃の女子は恋に恋するというだろ。それと愛は全く別物だ。恋なんかよりも遥かに達観したところに愛という感情がある」
愛は無償。
確かにそうかもしれない。
4
翌日ーー。
学校に行くと美憂ちゃんが大事を取って一日入院したということを聞いた。僕は一応、彼女を救急車で運んだ張本人ということで彼女のお見舞いに行くことにした。
学校を終えて病院に向かう。学校からは少し離れているが、バスに乗って病院に向かう。大きな総合病院だから僕も何度か行ったことがある。だから迷わない。
病院に着き、受付で美憂ちゃんの病室を聞き、エレベーターに乗って向かう。彼女は新病棟の三階にいるらしかった。新病棟は結構綺麗で、あまり病院という感じがしなかった。彼女に会って何を話そう?そういえば考えてなかった。入ってすぐに無言になったら痛い。何か話題を探さないと。好きなアーティストの話でもするか?
病室の前に行き、トビラをノックする。すると中から声が聞こえきた。その声は確かに美憂ちゃんだった。
「坂本恭一です。同じクラスの」
と、僕は言い、反応を待つ。
すると美憂ちゃんは「入って」と告げた。
病室には入ると、中には美憂ちゃんだけだった。見た目は普通だ、いつもと変わらない。
「大丈夫?」と、僕。
「坂本くんが助けてくれたんだよね?」
「助けたっていうか、まぁそんな感じ。でもなんともないみたいでよかったよ」
「もしも坂本くんが助けてくれなかったら、私死んでいたかもしれない。トラックに轢かれて」
そうだよ。とは言えない。僕は久太郎の予言を信じ美憂ちゃんを救ったにすぎない。だけど、それはいう必要はないだろう。
美憂ちゃんの可愛い顔を見ているとドキドキする。ややライトブラウンの髪の毛。それをポニーテールにしてまとめている。一応入院しているが、もうすぐ退院するためなのか、病院着ではなく簡素なジャージを着用していた。化粧気はないが、それでも十分プリティだ。
この女の子は、死という運命に縛られている。生贄を探さないと死んでしまうかもしれないのだ。
僕が考えていると徐に美憂ちゃんが言った。
「ねぇ、坂本くん。ありがとう。私ね彼氏ができたばかりなの。だから今死んじゃったら全然楽しめなかったから」
彼氏?そのフレーズは僕を奈落の底に突き落とした。
「ガガーン」
美憂ちゃんには恋人がいるのだ。それは僕ではない。
「付き合っている人いるんだ」と、僕。
すると美憂ちゃんははにかんだ笑顔を見せながら、
「うん。隣のクラスの合田くん。知ってるかな?」
合田という男子生徒なら知っている。確かサッカー部の生徒だ。細身の体型でルックスもまずまずという感じだ。僕とは全く違い運動神経はいいみたいだ。
「そか。まぁ頑張ってよ。じゃあ僕は行くよ。一応昨日のことが心配で、お見舞いに来ただけなんだ。本当は花でも持ってくればよかったけど、今日退院するって聞いたから、荷物になると悪いと思って」
「色々ありがとう。坂本くん、じゃあね」
こうして僕の淡い恋は終わりを告げた。
5
この世には略奪愛という言葉があるけれど、この時の僕には全く力が残っていなかった。僕の恋は玉砕してしまった。そう、終わったんだ。初恋は叶わない。そうなんだよなぁ。あまりに悲しすぎて涙が出なかった。
重い足を引きずって帰宅する。家では久太郎が一人窓辺で外を見つめていた。
「帰ってきたか」久太郎は言う。「話がある」
「話?」
「そうだ。今日の夕方美憂は死ぬ。死という運命に引っ張られてな。解決するためには、生贄が必要だ」
「もういいんだ。美憂ちゃんなんて死んでしまえばいい」僕は自棄になっていた。愛しの美憂ちゃんは既に合田のもの。僕のものではないんだ。なら死んでしまえばいい。もう僕には関係ない。
「何かあったみたいだな。だがそれでいいのか?後悔しないか??」久太郎は漆黒の瞳を僕に向けながら言う。それに対し僕は「美憂ちゃん恋人ができたみたいなんだ」「恋人?」「あぁ隣のクラスの合田って男子」「そうか。最後に言っておこう。自分の恋した人間の幸せを願うもの愛の形だぞ」そんなこと言われても困るだけだ。そんな高尚な考えは聖人君子のような人間だけができるのだ。とてもではないが僕にはできない。僕は堪らなく悔しいし切ない気持ちでいっぱいになっている。けどね何か心に引っかかる。確かに久太郎は言った。「愛した人の幸せを願うもの愛の形」と。なら僕にできることは……。
「久太郎、美憂ちゃんはどこで死ぬ?」僕は必死だった。「場所はわかるか?」
「この近くに建設中のマンションがあるだろう。建設中のマンションの高層部から建築材料が落下する。それが美憂を直撃し死ぬ」
「わかった。ありがとう。父さんや母さんにありがとうと言っておいてくれ。会えそうにないから」
と僕は告げ、一目散に家を飛び出した。
あまり時間がない。確かに僕の家の近くには大きな高層マンションが建築されている。それは何度も通ったから知っている。僕はその建築現場へ向かい美憂ちゃんが通るのを待つ。やることは決まっている。美憂ちゃんを救うのだ。それもただ救うだけじゃない。仮にここで美憂ちゃんを救っても美憂ちゃんを死の運命から解放することはできない。彼女を真の意味で救うには彼女の死の代替物が必要だ。つまり彼女を生きさせるために代わりに死ぬ生贄が必要なんだ。同時にその生贄に僕がなる。久太郎の愛する人の幸せを願うものも愛の形という言葉を聞き僕は目が覚めた。僕は美憂ちゃんが好きだ。ずっとずっと好きだったから美憂ちゃんには幸せであってほしい。僕の好きになった人が不幸になるのは嫌だ。僕は美憂ちゃんには選ばれなかったけど僕が美憂ちゃんを愛する気持ちは本物だから僕は動かなくちゃならないんだ。
しばらく待っていると向こうから美憂ちゃんが歩いてくるのがわかった。お母さんらしき人と一緒だ。きっと病院から退院し家に向かう途中なんだろう。ふと空を見上げる。するとちょうどマンションの高層部に建築材料をクレーンであげる途中だった。これか。この持ち上げた建築材料が落下するのだ。それを見て僕は走る。僕の心は戦前の神風特別攻撃隊だった。祖国を愛するから特攻する。敵の艦隊に戦闘機もろとも突っ込む捨て身の作戦「神風」。時代は違うけれどそんな大和魂が僕の体を突き動かした。
「ドンガラガッチャ~ン」
突如割れるような音が聞こえた。建築材料が落下してきたのだ。僕は美憂ちゃんに向かって走っている。大丈夫だ十分間に合う。僕は美憂ちゃんを愛しているからこそ守るんだ。それが僕にできる愛の形なんだから。次の瞬間酷く時間がゆっくりに感じられた。これが走馬灯というやつだろうか?思いっきり時が凝縮されて僕を包み込んでいる。「恭一お前は生きろ」突如傍から声が聞こえた。そしてググッと俊敏な黒い影が横切っていく。それがなんだか僕にはわからなかった。けれどその黒い影は美憂ちゃんの前に飛び出した。すると驚いた美憂ちゃんが立ち止まる。瞬間黒い影のいた場所に落下した建築材料が炸裂したのである。落下した建築材料と美憂ちゃんとの距離は僅か一メートルだった。同時に僕との距離も一メートルだった。間一髪美憂ちゃんは助かった。そして僕も生き残った。
建築材料が落下し辺りは騒然となる。僕はよろよろとしながら、落下した建築材料のそばによる。建築材料の下には血だまりができていた。僕と美憂ちゃんを救ってくれた影の遺体が眠っているのだ。建築材料は重い。僕一人では持ち上げられない。しばらく呆然としていると、工事現場の人がたちが血相を変えてやってきて、一応救急車も呼ばれたようだった。幸い無傷だけど僕と美憂ちゃんは病院に運ばれた。美憂ちゃんは運悪く退院したばかりだというのに、再び病院のお世話になったのである。
6
後日談というか今回のオチ。
落下した建築材料の下敷きになったのは猫だった。ただペシャンコに潰れていて原型をとどめていなかったようである。そして僕の家にいたはずの久太郎がいなくなっていた。多分だけど下敷きになった猫は久太郎だったのだと思う。久太郎が身代わりになってくれたのだ。久太郎は僕に恩義を感じていた。それは僕が子猫で捨てられていた久太郎を保護しペットとして飼い始めたからだ。久太郎がいなくなった我が家はなんだか少し寂しくなってしまった。いつもいたはずの存在がいなくなると、心にポッカリ穴が空いたようで、僕はしばらくご飯を食べられなかった。久太郎が犠牲になり、美憂ちゃんの死の運命は解除されたようである。美憂ちゃんは事故のショックなんかもあったみたいだけど、今は回復して普通に学校に通っている。そして恋人である合田と楽しい日々を送っているみたいだった。それに比べて、僕は暗黒だ。美憂ちゃんへの想いはなかなか断ち切れない。けれど、いつまでも引きずっても仕方ない。僕は次の恋に進まないとならない。それに愛は犠牲の上になり立っている。愛する人の幸せを願うからこそ、引き下がる愛の形もあるのだ。僕は美憂ちゃんがいまだに好きだ。僕の想いは届かなそうだけど美憂ちゃんが幸せならそれでいい。それが僕の示せる愛の形だ。やがて僕にも春が来るかもしれない。僕は犠牲になった久太郎の意志を継ぎ美憂ちゃんへの愛を貫く。
人を愛するのって難しい。上手くいかないことばかりだ。けれど人を愛するっていうのはそういうものなんだと思う。愛するからこそその人の幸せを願う。けど少しは届くといいな。僕の愛の気持ちが。まぁ人を愛するって難しいけどその人を本気で愛したっていう気持ちが大切なんだ。
〈了〉