フラン
「エルバスクはツエリへの侵攻を画策し、国力増強のため手始めにスウルデニアを吸収しようとしたんだ。
それに対して中枢の者どもは反抗や協議以前に恐れ慄き、国民に重税を課して資金を調達し、
あろうことか丸腰のエキトを滅ぼし潤沢な資源をエルバスクへの献上品とすることでエルバスクと対等な関係に
なろうという企てをしているんだ。いわば国や自分達の保身のためにだ」
「信じられないだろうな、姉妹国家同然の国がそんなことをしでかそうとしているなんて。
だが二国は強権的な情報統制を行なっている上に、エキトは中立国だ。この数十年で軍事力どころか、諜報能力だって衰えつつある国を欺くなんて容易い、要は完全にみくびられているというわけだ」
呆然とした。
本当なんだろうか。帝国同士の戦争、何より中立国への敵意。
いまだに信じられない、平和に染まり切った若者にこれらの情報を受け止め、処理することなんてできるわけないだろ。現実のことなのか?まさか俺は戦わないといけないのか、どうすればいいんだ、手に力が入らない。
「この小隊は私の直属の部下達であり、国の腐敗や軟弱さ、民を憂いていた私を慕い皆付いてきてくれたんだ。
小さな力では何もできないが、起爆剤になることはできる。エキトに情報を届け国民に奮起を促し、
一丸となって対抗することによって国を守り抜き、人々の命を左右する願いではあるが腐敗した国を一度地図から消し去りたいと思っている、そのためなら私は死んだって構わない。嘘だと思うのならその目で確かめてくるといい、国境沿いで秘密裏に動いているぞ、奴らは」
エキト兵全員が青ざめている。当たり前だ、さっきまでこんなことを聞かされるなんて想像もしていなかった。
頭の整理が追いつかないが、仕事は仕事だ、、。それぞれが考えることを停止して動き出す。
俺たちは彼らを連れてカサド村に連れて行くことになった、危害を加えられる懸念もあったが武器を取り上げてくれて構わないとのことだったので武器を回収し一緒に歩いた。フランの意思を上層に伝える必要もあるだろう、本当であれば国の危機であり、武力を用いての抵抗が必要かどうかも議論されるはずだ。
落ち着け平和な解決策もきっとある。
俺ら王都組はフランの監視を担うことになった。フランを見る。逞しい体つきに所々にある古傷。エキトが中立国であるために平和すぎるだけで他国はもう少し治安が悪いという、この男も数々の修羅場を潜り抜け小さな平和を守ってきたのだろう。たまたま横を歩いていた時声をかけられた。
「この中では一番若そうだな。俺はフランだ世話になる。いい天気だ。空気で分かるがこの国は平和だな。」
「こんにちは、アルダと申します。スウルデニアは違うんですか?」
「ああ。北と東に2つの帝国と領地を接しているせいもあるが国民性として皆神経質であると言えるだろう。はるか昔の歴史とはいえ帝国の脅威は語り継がれていて、敵対すれば命はないと恐れられている。
その神経質さが人々の負の感情を煽り、常に他者を疑い競争心にまみれ、時には道を外れる者が現れる」
知らなかった。隣国の情勢なんて興味もなかったし、単なる友好国としか思っていなかった。
「フランさんはなんで軍に入ろうと思ったんですか?」
「簡単だ。そんな環境から抜け出すには力をつけるしかなかったんだ。若い頃から学も経済力もなかったから兵士となり出世して国の方針や未来を自分の力で正しい方向に変えたいと漠然と思っていたんだ。大それたことを言ったが、要は周りの人々だけでもいいからポジティブに生きてほしい。それだけだ。逆に聞くがなんでこの職に就こうと思ったんだ?」
こんな志の高い話を聞いた後に言えることなんてあるわけがない。生活に困らない、ただそれだけだ。
「いや、それは。・・・」
「フフフ。理由なんて人それぞれだ気にするな。
そんなことを胸に秘めながら任務をこなして、上からの圧力への反骨心を糧に紆余曲折を経て上層にも意見を唱えることができるような立場になれたわけだが、
さっき話したようにエルバスクの領土拡大計画に対するスウルデニアの対応は最低なものだった。重税によって民の生活を脅かし、かつ長年スウルデニアの経済を支え後押ししてくれた国を武力を持って滅ぼそうというのだから。
もちろん意見したがあしらわれ、むしろ配下共々冷遇される始末。そして悟ってしまったんだ、いくらこちらが必死になっても人間の基本的な性格は変わらないのだと。そこでこの国に対する私の心はきっと燃え尽きたんだ」
「そうだったんですね・・・。」
内容のレベルが高すぎて、下手なことは言えなかった。
「心残りといえば家族のことだ。私には妻と君と同い年くらいの娘がいてな名前はアコというんだ。
私が再度スウルデニアに足を踏み入れるまでの期間知り合いに匿ってもらっているんだが、、、元気に送り出してくれたとはいえ、心配をかけさせているだろうし、親として家族を優先に動いていない時点で失格だと分かってはいるんだが・・・」
家族か、俺には父がいるが仲は良くも悪くもない、だが自分は父の様にはなりたくないと昔から思っている。
母は数年前に病死していない。母が生きていたら人生違ったのかなとたまにふと思う。
「アルダ、君は聞き上手だな余計なことまで話してしまったよ」
「いえ、とんでもないです」
しばらくしてカサド村へ到着した。駐屯兵達はフランらの対応にあたる様なので、俺ら王都組は本懐であるバレン砦への巡回を再開した。