婚約と古文書が導く新たな迷宮14
翌朝、目が覚めた瞬間、わたくしの鼻腔をくすぐったのはほんのりと漂う甘い香り。何事かと思いましたら、リリアがわざわざ早起きして焼き菓子を作ってくれていたのだとか。けれど鼻の奥を刺す妙な焦げ臭さも混ざっているあたり、彼女が成功したのか失敗したのかは言わずもがな……。
「セレスティア先輩、おはようございます! 居残り練習の成果を見せようと頑張ったんですが……その……」
「ええ、まあ、お気持ちは嬉しいんですけれど、今後は火災に気をつけていただけると大変ありがたく……」
「ううっ、ごめんなさい!」
すでに朝から茶番全開。とはいえ、このわちゃわちゃ感が何だか心を和ませてくれるから不思議。昨夜までの不穏ムードが嘘みたいに見えるけど、まあ、いつ嵐が来てもおかしくないのは相変わらずですわ。むしろ、こうやって気を抜いたところを狙うのが御国の上層部の常套手段。わたくしは油断などしませんの。
さて、ルーファス様の執務室に向かえば、案の定ご本人は見事な青白い顔色。おまけに寝不足ギラギラ状態で書類の山を抱えていらっしゃいます。隣ではロータスが映り込むように控えていて、そこにカイとステラリアが寄ってきたところを見ると、どうやら夜通しで“ある資料”を調べていたようですね。
「おはようございますの。まさかとは思いますが、徹夜で頑張っちゃったりなんかしていませんわよね?」
「……ノーコメント。というより、見てのとおりだよ」
ルーファス様がお疲れまなこでうっすら笑みを浮かべる。大丈夫ですか、その目のクマ。悪役令嬢であるわたくしとペアを組んでいる以上、あなたまで暗黒面に落ちてしまうのは困りますわよ?
「お嬢様、少しよろしいでしょうか」
執事ロータスが、いかにも“重大な話”という声音でわたくしに声をかけてきました。聞けば、夜中の文献整理で手掛かりらしきものを見つけたのだけれど、明るみになるとまずい記述も含むらしい。どうやらディオンの魔力抑制に関わる一節と、皇太子陣営の過去の行いにまつわる何やら黒い噂が載っているとか。
「であれば尚のこと、わたくしも拝見させていただきますわ。そろそろちょっとばかし“手段は選びませんわよ”モードに入りたくてウズウズしていましたの」
リリアとシャルロットも首を突っ込みそうですが、一応ロータスの判断では「混乱を招く恐れがある」とのこと。ああ、みんなでワイワイ暴きたいところをあえて厳選メンバーにするというのですね? まあ、確かに社交界で余計な噂を撒く前に事実確認は必須。危うく“やっぱり公爵家は邪悪!”なんて札を貼られでもしたら、わたくしとしても気分がよろしくありませんもの。
結局、ルーファス様とわたくし、そしてロータスの三人は執務室の奥にある小部屋へと入り、茶色く黄ばんだ紙片を白日の下へ。とたんにルーファス様が「げほっ」とむせ返るほどの古物臭。おやおや、公爵様ともあろう者が紙の埃に負けてるなんて大丈夫かしら?
「これが……隠していた残りの古文書かしら? ずいぶん年季が入ってますわね」
「はい。ここには魔術を利用した“ある兵器”が記されておりました。過去に王宮が……と。これはどう見ても“公にはできない実験”をくわだてていた跡がありまして」
ロータスの瞳が冷ややかに輝きます。どうやら皇太子兄妹が躍起になって公爵家を抑え込もうとするのも、ここらへんの過去の悪行を隠蔽するため、という可能性が高そう。いや~、いいですね! あちらさんの弱みが表に出るなら、思いっきり逆襲の芽が育つではありませんの。
「しかも興味深いのは、魔力が強い者を“制御できる道具”として利用しようとしていた形跡があることです。ディオン様の魔力にも、あるいは何かしら関係が……」
「ふーん、まさに陰謀劇の温床といったところですわね。ちょうどいいですわ。わたくしも“悪役令嬢の真骨頂”を発揮して、新しく暴かれた黒幕に盛大なざまぁをお見舞いする準備を進めましょうか」
わたくしの内なる容赦ない笑いが浮かびかけたそのとき、ふとルーファス様が小さく口を開いて告げます。
「でも、僕が今度こそ倒れたら……セレスティア、一人で大暴れするのはやめてね? 後始末を考えると、いろんな人を巻き込みすぎる可能性がある」
「またそうやって、わたくしのテンションに水を差す! いいでしょう、あなたが病弱の身体を労わるならば、わたくしも自重という名の少しの手心くらいは加えますわ。……ええと、半分くらい、かしら?」
「半分って……」
ルーファス様が呆れた顔で苦笑いしているのを見ると、まだまだ余裕があるように見えて一安心。ふむ、これならわたくしだって容赦なく動けましょう。
部屋を出ると、カイが待ち構えていました。どうやら廊下の奥からシャルロットやリリアの声が聞こえるのだけれど、怪しい男の報告を受けたらしいのです。何ですって、見覚えのない貴族男性が屋敷周辺をうろうろしていると?
「さっき、ステラリアもそいつを気にしてたぜ。皇太子の差し金なのか、どっか第3の勢力か……。お嬢、どうする?」
「決まっていますわ。あちらから来るなら、こちらから華麗にあしらって差し上げるのが悪役令嬢の務め。ひとまず偵察情報をまとめてちょうだい。即、みんなで作戦を詰めましょう」
というわけで、手分け開始です。シャルロットとリリアが怪しい男の足取りを追えば、カイは使用人たちから身元を嗅ぎつつ警戒態勢。わたくしはルーファス様が倒れそうになったら困るので、あえて隣にぴったり張り付いて護衛兼お目付役を買って出ます。その様子を見て、ステラリアは「わたくしが仕えるべきはセレスティア様なのでは……」なんて呟いているけれど、彼女も王宮の指示とやらで板挟み状態なんでしょう。まあ、いずれ本当の気持ちを見せてもらいますからね?
夕刻が迫る頃、報告が入りました。どうやらあの男は“商人の振りをしたどこかの手先”らしいけれど、断定的な証拠は見つからず。想像通り皇太子なのか、はたまた皇女殿下が差し向けた別働隊か。いずれにせよ、じわじわ公爵家を囲い込みたい魂胆が見え見えでイライラしますわ。
しかし、ここでわたくしがやみくもに吠えても得策ではありません。前世の乙女ゲーム脳では、こういうときこそ冷静に情報を蓄えて、決定的な場面で一気に“ざまぁ”を決めるのが最高の快感……もとい、最大の被害回避に繋がる手段。
「これ以上好き勝手にやられては腹立たしいけれど、除夜の鐘みたいに一撃必殺を狙っていくのが醍醐味というもの。さあ、ルーファス様に余計なストレスをかけないうちに、ぱぱっと決着をつけましょうか!」
「除夜の鐘って、また変なたとえ出してきたなセレスティア……。でも、君が妙に楽しそうだと僕も元気が出てくるよ」
ルーファス様が苦笑する横で、わたくしは内心めいっぱい拳を握り締めております。
これで十分、形は整いました。この小出しの嫌がらせに対して、一発逆転の秘策を握りしめながら待つのが一番わくわくするじゃありませんの。……そう、悪役令嬢の真髄って、いつ仕掛けても“こっちが主人公ですから?”と笑える強みなのですよ。
ディオンの魔力抑制法や、皇家の過去の黒さ、謎の男の動向。色々と混ざり合って泥沼になりそうな気もするけれど、むしろそれが望むところ。絶好のチャンスですわ。
「さて、皆さま。そろそろ本格的に参りましょうか。結末はもちろん“破滅エンド踏み潰し、ざまぁ満載”と相場が決まっておりますわよ!」
息と気合いを合わせて、いざ次の波乱へ。わたくしは一歩も引きませんわ。恐れをなしたほうが負け——であるなら、勝利のために派手に踊ってさしあげますとも! 揺らがぬ決意と狙いだらけの周囲を押しのけ、華麗に大団円を目指すのみですわ。




