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婚約と古文書が導く新たな迷宮12

「――もう、騒ぎばっかりで心の休まる時がありませんわね!」

 思わずこう愚痴りながらも、わたくしの口元はひきつり気味の笑みに変わっております。隠し通路だの、皇女殿下の名前が出てくるメモだの、次々と襲いくる試練にすっかり慣れつつある自分が面白くて仕方ないのですもの。

 しかも今この公爵家は、一見いつもの平穏を取り戻したかのよう。使用人たちは淡々と仕事をこなし、シャルロットやリリアは社交界の噂をさりげなく調査しながらも、ちゃっかり午後のお茶会の準備を怠りません。

 ……が、その裏では古文書の保管場所についてロータスとルーファス様がひそひそ会議を開き、ステラリアが魔力抑制の方法を探っては「やっぱりこの屋敷、何かが起きそう」と日々ぼやいております。


 今日もわたくしが廊下を踏みしめるたび、どこからともなく「セレスティア様、お静かに……」と声が響きがちです。いいじゃないですか、ガツガツ足音立てながら歩く悪役令嬢だって。何なら音楽に合わせてステップを踏みたい気分ですわ。

「ねえセレスティア、踊る前にまずはこっち見てくれないか?」

 と手招きするのは、カイ。見れば彼の足元にはずらりと並んだ箱やら巻物やら。どうやら古文書の山をさらに整理しようとしているようですが……嫌な予感しかしません。

「また面倒臭そうなものを抱え込んでいますわね?」

「うん。でもこれ、何やら“魔力の痕跡”を示す記号があるんだよねー。ルーファス様が倒れられる原因と関係あるかもって、ロータスが分別しとけってさ」

「はあ……あなたたち、災難を進んで拾いにいく趣味でもおあり?」

 わたくしは呆れ半分で箱をのぞきこむ。確かに中には奇妙な紋章が散りばめられた羊皮紙がごろごろしていて、見るからに厄介そう。


 と、そこへぬっと現れたステラリアが箱をひょいと指先でつまみあげました。

「失礼いたしますわ、カイ様。これはわたくしが検分しておきます。いっそ皇太子様のご興味をそらす材料になるかもしれませんから」

「うえっ、クロード皇太子の興味をそらす? そういうの絶対にろくな展開にならな――」

「だーめ、愚痴言わない。これからは、わたくしも公爵家の一員として皆さまに協力いたしますもの。どんな材料だろうと、利用できるなら利用いたしましょう」

 ステラリアが一転して頼もしげに振る舞うので、カイが口を半開きにして固まっています。わたくしも少々驚きましたが……まあ、これまで何を隠そう疑惑の侍女として動いていた彼女が、こんな風にあっけらかんと歩み寄る姿勢を見せるのは大歓迎ですわ。


 そのとき、すっと扉のむこうから姿を見せたリリアが、意味深な微笑みを浮かべました。

「みなさん、お仕事中失礼。セレスティア、シャルロットと一緒に“巷の噂”を仕入れてきたんだけど、ちょっと聞いてもらえる?」

 巷の噂とは、すなわち社交界のあれこれ。リリアが得る情報はいつも鋭くて、それはもう助かりますの。早速わたくしは耳をそばだてました。

「ふふ、お察しのとおり皇太子殿下と皇女殿下の動きが盛んよ。どうやら“グレンフィールド公爵家が不穏な動きを見せている”と触れ回っているらしいわ」

 なるほど、被害者側のわたくしたちが“怪しい”扱いされているんですって? さすが王家、悪役っぷりならこちらも負けていられませんわね。いつか華麗にざまぁ返しをお見舞いしてさしあげたいところだけれど——。


「セレスティア様、そろそろルーファス様のお部屋へ行きませんか?」

 現れたのはシャルロット。柔らかな笑顔で問いかけてくれる彼女の視線の先には、やはりあの“体調いまいち公爵様”がおられるのですね。わたくし、ほんの少しだけ胸がチクリ。先日の隠し通路騒動や、深夜まで探し物をしていた後遺症もあって、ルーファス様はあれからずっと微妙にお疲れ気味。

「ええ、行きましょう。わたくしが手取り足取り……あら、妙な笑いは禁物ですわよ?」

 表情だけで余計なことを想像しそうなカイやリリアをぐいっと押しのけ、シャルロットとともにルーファス様のもとへ急ぎます。


 さて、ルーファス様は部屋の奥で書類を見ていたけれど、やはりなんだか顔色が悪い。そんな姿を見てしまうと、どうしても悪態が先に出るわたくし。

「倒れるタイミング、ちゃんと選んでくださいましね? こんな時にあなたが倒れると、わたくしが“公爵家を食い潰そうとした悪役令嬢”みたいな扱いになるのですから」

「はは……わかったよ。なるべくタイミングは計算する……って無理があるだろ?」

「じゃあ計算できなかったら、その時点でざまぁ確定ですわ」

「うっ、辛辣……」

 わたくしの毒舌に顔を引きつらせながらも、ルーファス様はどこか楽しげ。まったくもう、慣れって怖いですわね。


 と、そこにロータスが入室し、静かに頭を下げました。

「失礼いたします。少し古文書の保管強化策がまとまりましたので、ご報告を。これから王都に信頼できる保管庫を用意する手続きを……」

「それならわたくしも同行しますわ。あの皇太子がまた妙な手を回す前に、先手を打っておくのが得策でしょう?」

 ロータスが驚いたように目を見開きます。公爵家の書類に関わるとなると、本来なら婿入り以前のわたくしが立ち入るのは微妙ですが、ここまで来たら遠慮は無用ですわ。


 シャルロットが口を挟みました。

「そういうことなら、わたしも全力で準備するわ。リリアにも声をかけて、周囲に変な噂が広がらないようにフォローしておくから」

 ……まあ、いつもながら心強い。こうして“次の嵐に備えましょう”という共通認識で動けるのはありがたいですけれど、果たして皇太子サイドがのんびり待っていてくれるかしら?


 ディオンの魔力問題もまだくすぶったまま。あの隠し通路や呪術めいた図案だって、根本解決には程遠い。ステラリアが味方に回ったとはいえ、ソレーユ皇女の呼吸音までもすぐそばに感じるような、この嫌な空気。

 けれど、わたくしは胸の奥がなぜか高鳴っていますの。

「ふふ、せっかくの安息なんですし、次の嵐までは存分に甘い紅茶でも飲んでおきましょうか。どうせ嵐が来るなら、迎え撃ってやるだけですわ」

 誰に聞かせるともなくつぶやけば、ルーファス様がそっと手を伸ばし、わたくしの指先をかすめます。その視線には、ほんのかすかな決意の色。いいですわよ。その眼差し、変わらず見せてくださるのなら、何だって成し遂げられる気がいたしますもの。


 次々と上から降ってくる問題は暗雲のように見えますが、わたくしは“悪役令嬢”の名に懸けて、どれほど恐ろしい陰謀であろうと踏み潰してみせましょう。むろん、そこにざまぁ成分がタップリなら言うことなし!

 さあ、日常が落ち着くのは今のうちだけ。いずれ再び巻き起こる波乱の嵐を想像して、思わずゾクゾクしてしまうわたくしなのでした。


 ――というわけで、次の舞台はどんな展開をもたらすのかしら? 油断しているとあっという間に皇太子殿下あたりが背後から奇襲をかけてくるかも。でも、わたくし一人ならともかく、今は仲間がこんなにも揃っています。

 一時の安息といえど、息を潜めるわけではございません。逆に息を整えた分、絶好調の華麗なる悪役ムーブをお見せいたしますわ。万が一わたくしが躓いても、ルーファス様が側で受け止めてくださるでしょうし?

 ……もちろん、そのとき彼自身が倒れていたら笑い事ではありませんが。なにしろ婚約破棄のネタがスタンバイされておりますもの! “ざまぁ”と叫ぶ準備だけは、いつでも万全ですわよ。


 この胸の高鳴りとともに、わたくしは窓の外を見つめます。通路の先にあるだろう陰謀、皇女殿下や皇太子殿下の策略、ディオンの抱える魔力の秘密――全部まとめて楽しませていただきましょう。そう、破滅フラグなど、踏み潰してナンボですもの!

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