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婚約と古文書が導く新たな迷宮7

「だから、とりあえず安静にしていろって申し上げましたのに、ルーファス様ったら……もう!」


 ルーファス様が朝っぱらから執務室で資料を読みふけっていたと聞き、わたくしは室内に突撃していきました。昨日まで高熱と戦っていた方が、どうしてこうも早々に復帰するんですの。どこかの強靭なモンスターかと思いましたわ。もっとも、その姿がちょっと格好いいのが悔しいところですけれど。


 「いや、セレスティア。大丈夫だ。医師も『あと少しだけ休んで』と申していたが、ここまで回復した以上、やるべき仕事を放ってはおけないだろう?」

 「やるべき仕事って、顔色がまだ良くないではありませんか。わたくしにビシッと喝を入れて欲しいなら遠慮なく仰って。喜んで罵倒の嵐をプレゼントいたしますわよ?」

 「ふふ、ありがたいが、君に罵倒されるとなんだか癖になりそうで怖い」


 いきなり何を言い出すのやら! 顔を赤くして笑われるとか、こちらが照れてしまうじゃありませんか。ルーファス様ったら時々ほんのり毒舌返しをしてくるから油断なりません。……なんだか嬉しいだけに複雑ですわ。


 ひとまず彼を執務机から引き剥がし、無理やり椅子に座らせます。真正面からその瞳を覗き込んだら、やっぱり少しだけ熱が残っているような気配。グレンフィールド公爵の誇りも大事でしょうけれど、健康あっての陰謀劇ですわよ。何かあってからでは手遅れですからね。


 「さて。わたくしがつきっきりで看病するのも悪くありませんが、今日は連日の客人対応が目白押し。リリアとシャルロットが張り切っておりますの。先ほど、やれ『新作のお菓子を用意しろ』だの『花飾りを増やせ』だのギャーギャー騒いでいて、使用人たちを総動員中よ」

 「ご苦労をかけるね。君も今朝から忙しそうだが……本当に手伝いは要らないか?」

 「要りません! あなたはさっさと寝室に戻って、せめて午前中くらいおとなしくしていてくださいましっ。ああもう、返事はあとで。”


 わたくしはいまだ根性で動き回ろうとする公爵を半ば強制的に執務室から退場させ、ロータス執事にバトンタッチしました。彼は無言で頷き、「奥様の仰せのままに」と言いながらルーファス様の腕を取っていきます。いかにも頼れる執事の風格ですわね。これでようやく一安心……と思いきや。


 「セレスティア様っ、ちょっと大変なんです! ディオン様が……!」

 部屋の外からバタバタ駆け寄ってきたのはカイ。その目は珍しく慌てふためいています。ディオンといえば、最近やたら不穏な匂いを放っている貴族青年。魔力がどうとかこうとか……嫌な予感しかしませんわ。


 「また魔力が暴走しそう、とか? はぁ、先日はルーファス様の熱騒ぎ、今度はディオンの魔力乱れ。まさにイベント乱打モードって感じね」

 「だろ? 僕も今回ばかりは嫌な胸騒ぎがしてさ。奴さん、庭で一人うずくまってるんだけど、近づいた瞬間、氷のような空気があたりを包んで……」

 「氷ですって? ディオンにそんな魔力があったかしら……!」


 なんとも奇妙きわまりない現象に、わたくしは庭へ急行しました。すると、目に飛び込んできたのは、芝生に片膝ついて苦しげに息をしているディオン。明らかに何かがおかしい。よく見ると彼の右手付近の草が白く凍ってるじゃありませんこと!


 「ねぇ、どこかで『無駄にかっこいいファンタジー展開』が始まってるような雰囲気なんだけれど……わたくし、そういうのはバトルマンガで間に合ってるのよ?」

 「セレスティア……近づくな。これ以上、僕の魔力に触れると危険だ」

 「あのね、あなたが『危険だから離れろ』って言えば余計に突っ込みたくなるのがわたくしですの。それが悪役令嬢の性とお思いなさい?」


 そう宣言してディオンのそばにかがむと、寒気というより痛いほどの冷気が肌に刺さります。彼の吐息も白い。春の空気が嘘のように凍てつき、周囲の花々がしんなり縮こまっていくのが見えました。これはあまりにも不自然。何らかの外部刺激か、あるいは彼自身の魔力制御が限界を超えているのか。


 けれど、わたくしはもう引き返すつもりはありませんわ。思い切ってディオンの腕に自分の手を重ねます。ヒヤッ! けれど何としてでも止めないと後々めんどうですし。


 「ディオン、落ち着きなさい! 大丈夫、こんなのファッション鑑賞会の冷ややかな視線に比べたら全然マシよ! ほら、深呼吸!」

 「ぷっ……何だ、それ」

 「わたくしだって必死なんですのよ、こんな場面でお馬鹿なこと言うしかないでしょうが! さあ深呼吸っ!」


 ディオンは笑いかけたのか、苦しそうな息の合間に「ふっ……」と声を漏らしました。そして数秒後、少しずつ彼の右手の冷気がやわらいでいくのがわかります。周囲の芝も、ゆっくり解凍されるように水滴が落ち始めました。


 「はぁ……すまない、セレスティア。いまのは……ほんの少し、感情が暴発して。魔力制御が危うかった」

 「何かきっかけがあったんでしょう? 後で詳しく聞くわ。とりあえず自室で休んでくださいませ。王宮の陰謀だの皇太子の思惑だの、全部まとめてわたくしが排除してさしあげるから」


 ディオンはわずかに笑顔を浮かべたまま頷き、カイとともに屋敷の中へ引き返してゆきました。はたから見れば尾ひれ背びれ付きまくりの事件ですけれど、実のところ、こういう騒ぎこそ面白い伏線だと思っている自分もいるのが正直なところ。何といいますか、悪役令嬢の宿命と申しますか……平穏無事な日常だけでは物足りないのですわ。


 「まったく、この公爵家、いろいろ起こりすぎじゃありませんの。おかげで退屈しないのはいいけれど……」

 と小声で呟いた瞬間、クルッと振り返っていたステラリアがいたのに気づき、思わず背筋を伸ばします。彼女はわたくしと目を合わせると、人差し指を口元に当ててニヤリ。な、何よその真似……。


 「奥様、あまりに騒々しいかもしれませんが、そのぶん得られるものも多いはずですよ。ここしばらくは、わたくしもあなたに協力を惜しみません。さっきみたいに“突発的な魔力”がまた出現しても、皇太子の手の者には渡さないようにしますから」

 「……それはまあ“ありがたい”と言っておくわ。けれど、油断はしないわよ?」

 「もちろん。わたしも適度に斜め目線で見続けてくださいませ」


 実に意味深な微笑をたたえながらステラリアが足早に去っていくと、残ったのは軽い疲労感と妙な胸の高鳴り。ふう、どいつもこいつも秘密を抱えているところが刺激的というか、何というか。


 さて、その後はリリアとシャルロットの指揮のもと、怒濤の社交イベントが一気に押し寄せてきました。午前のお茶会、午後の晩餐準備、夜は夜でディナー会に出席する予定者対応。挨拶やら情報のやり取りが絶えず、屋敷の廊下では常に人影が右往左往。その合間にもカイが「古文書に奇妙な手書きのマークが……!」なんて騒いでいるし、ロータス執事とルーファス様が「焼却すべきか否か」でひそひそ相談中。連日がスキャンダル満載の舞台裏よ。


 「ふふっ、いいわ、望むところです。公爵家の問題も、皇太子の暗躍も、ディオンの魔力問題も、一気にまとめてわたくしの黒い扇子で仰いであげますわ。悪役令嬢の意地、存分にご覧あれ!」


 そうやって内心で強がりながら、今日も華やかな客人たちに愛想を振りまく。時おりチクリと毒舌を織り交ぜては微笑む、わたくしセレスティア・イヴァンローズ。打ち寄せる波乱の予感に、心はもう踊りまくり。ルーファス様がそばについてくれるなら、きっと何が起きても乗り越えられるはずなのです。


 誰もが「大丈夫?」と尋ねたら、わたくしはこう答えてあげましょう。

 「ええ、大丈夫ですわ。だってわたくしの本領発揮は、ここからが本番ですもの!」


 ……そう。盗んだ古文書の謎が完全に解き明かされる前に、皇太子やその妹の皇女あたりが仕掛けてくるでしょう。そのとき、どんなざまぁ展開が花開くのか。わたくしとしては待ちきれないほど楽しみですの。婚約破棄だの悪評流布だのお望みならば、華麗に返り討ちにしてあげますわよ!


 ……さあ、読み手の皆さまも、わたくしの暴走にお付き合いくださいませ。どこまで転げ落ちるのか、あるいは這い上がるのか、その結末はわたくし自身も知りませんから! ジェットコースターは止まらない、次回も盛大にざまぁ!して差し上げますわよ。お見逃しなく!

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