婚約と古文書が導く新たな迷宮5
わたくし、本日も朝からそわそわしております。といいますのも、昨日のステラリアの怪しげムーブを見てしまってからというもの、公爵家の空気がやけにヒリついているのを肌で感じてしまうから。そう、漂うのは「まるで嵐の前の静けさ」オーラ。…ってこんなの、じっと待ってたらそのうち容赦なくドカーンと爆発する未来しか見えませんわ!
「セレスティア様、お加減はいかがですか?」
わたくしを心配してくれるリリアが、現在公爵家のサロンで書類を抱えつつ控えております。
「ええ、大丈夫ですわ。むしろ落ち着かなさすぎて、地団駄を踏む寸前ですの」
「ははっ、セレスティア様ってば大袈裟。でも実際、この空気は本当に奇妙ですよね。みんながやたら口を閉ざしてるっていうか……」
まさしくその通りなんですよね。最近、この屋敷の奥に忍び込むような足音や、深夜にロウソクの火がチラつくなんていう噂まで流れていますし。わたくしの好奇心が大爆発する前に真相を押さえなければ、胸がムズムズして夜も寝られませんわ。
そんなわたくしの前に、シャルロットがすごい勢いで駆け込んできました。
「セレスティア様、大変! さっきディオンが『魔力ってやっぱり厄介だ』って落ち込んでたの。何でも、どこかで研究資料が出てきて、勝手に名前が載ってたらしいわよ。もしかすると皇太子一派の“魔力コレクション計画”にでも巻き込まれそうな感じ?」
「げ、それはなかなか骨太な問題ですね。ディオンが心底嫌がってるのが目に浮かぶわ……」
どうやら各方面がきな臭い方向へ同時進行。これはもう、ひとりずつイチイチ励ましている余裕なんてありません。もっと大きなテンションで一網打尽にしないと、今にも破滅フラグが乱立しそうですもの。
「ええい、こうなったらわたくし、ディオンをひっぱたいてでも元気出させるわ! と同時に、“魔力研究資料”の正体も探るしかないですわね。皇太子が関わってるなら絶対ロクなもんじゃないし、次に馬車が来たときには『ざまぁみろ』ってぐらい華麗に迎え撃たないと!」
勢いよく席を立ったその瞬間、廊下の向こうからカイが小走りで近づいてきて――
「おーい、セレスティア様! 地下倉庫の棚にあった,“青い鉱石”が光ってるんだ。これ、もしかして前に拾ったアレ?」
「はぁ!? 急に光りだすとか、これまた不吉なサプライズ演出しちゃってるわね!」
どうやらあの鉱石の存在感、忘れた頃に牙をむく魂胆らしいです。まったく面倒くさいアイテムですわ。
「もしかして魔力とか古文書関連とか、そのへんにピターッと結びついちゃう可能性大だよな」
「ほぼ間違いなく怪しい要因フルコンボでしょ。…ああ、でも逆にテンション上がってきましたわ!」
「出た、セレスティア様の自称“悪役令嬢の血”ね。まあ俺も嫌いじゃないんだけどさ、これで無茶すると、またルーファス様にこっぴどく叱られんじゃない?」
カイが苦笑しながら言うものの、わたくしだって馬鹿じゃありません。ルーファス様には内緒で、こっそりと謎を暴いてみせるのが本懐なんですもの。
そうこうしていると、サロンドアが開いてロータス執事が姿を見せました。あ、あの厳格な眼差し、これは何か新たな事実を把握しているに違いありません。
「セレスティア様、ルーファス様がお呼びです。書斎へお越しください」
「書斎? それはもう、そそくさと参りますわ!」
わたくし、即答で椅子から立ち上がります。お呼び出しということは、きっと重大案件を手渡されるに違いない。いやあ、嫌な予感と高揚感が入り混じって胸が苦しいレベルです。この感じ、ひと昔前なら逃げ腰になりそうなものですが、いまは痛快なワクワクに変換中。悪役令嬢のアドレナリン恐るべし。
◆◆◆
書斎へ入ると、机に山積みの書簡とにらめっこしているルーファス様。顔色はいつもより少し青い気がしますが、その瞳にはしっかりとした意思の光が宿っています。
「セレスティア、忙しいところすまないね。どうやら、皇太子から何やら“調査命令”が出ているらしい。公爵家の蔵書を検分したいとか何とか……」
「皇太子が、わざわざ公爵家の書の中身を調べに? いやあ、それはもう、全力で却下して差し上げたいですわね」
わたくしがくすっと笑うと、ルーファス様は眉間にシワを寄せながらも唇の端が上がったような。なんだか疲れていても、ちょっと嬉しそうに見えます。
「君には無理をさせてばかりだが、正直なところ、こういうとき君の洞察力が頼りになるんだ。いま、僕は体の調子が万全じゃなくてね。すまないが、ひとまず時間を稼いで欲しいんだよ」
「ルーファス様がお困りなら、もはや全力で地獄の果てまでお供します。何せわたくし、悪役令嬢の本領を発揮するには陰謀の激突が最適な舞台でしてよ!」
言った瞬間、自分でもちょっとクスリと笑ってしまいそうになりました。陰謀大好き——自分で口にすると、いよいよ悪女感倍増ですもの。
「ありがとう。じゃあ…“もし皇太子側が踏み込んできても、堂々とあしらう”という方向で。ちゃんと報酬は用意する、君の好きな刺繍糸でも取り寄せさせようか?」
「それは素敵! もうそういうの大歓迎ですわ。…なんならカイやリリア、シャルロットも巻き込んで“おもてなし大作戦”をやりましょうよ。とびきり気まずーい空気になるよう演出して、皇太子一派にはグッタリ帰っていただくの!」
するとルーファス様は小さく吹き出しました。
「いや、やっぱり君は頼れるパートナーだ。…ありがとう、セレスティア」
パートナー! そう言っていただけるなんて、ちょっと胸がじんわり。わたくしってばその言葉だけで、早起き十回分くらいの元気を補充できちゃいます。きゃー! ——あ、いけないいけない、舞い上がりすぎて顔に出てないわよね?
◆◆◆
そうやっていろんな不安やトキメキで頭がぐるぐるしながら部屋を出たところ、またバッタリとステラリアに遭遇してしまいました。こちらを見るその瞳には、どこか決意の色が混じっているような……え、何よ、その真剣なまなざし。
「奥様、お話しできることがございます。もし少しでも、お時間をいただけませんか」
一瞬耳を疑いましたが、“奥様”呼びなんていつぶりでしょう。しかも神妙な表情? もしかして、このコが遂に白状するのかしら。
「いいわ。わたくしも、あなたに聞きたいことがあったの。書庫に来てくださる?」
わたくしは悪役令嬢の顔をバッチリキメながら頷きました。何が飛び出すか分からないけれど、これを逃せば次はないかもしれない。ド派手な悪意劇なら大歓迎。来るなら来いですわ!
カイたちが見つけた研究資料、ディオンの魔力問題、皇太子のおかしな動き、ステラリアの秘密、そして青い鉱石の怪しい光。こういった要素が一気に絡み合いそうな予感がします。
まさに“大嵐”が始まる前の騒然たる舞台裏、今こそ悪役令嬢セレスティアが全力を振るうとき! 誰が恋人を奪われるだの、家名を潰されるだの、婚約破棄で泣くなんて御免被ります。そんなの全部、まとめてざまぁして差し上げますわ!
さあ幕は上がったばかり。ドキドキとワクワクと、ちょっぴり毒舌がスパイス。わたくしはこの夜会を思い切りかき乱す覚悟ですわよ。次は誰が泣きを見るか、観客の皆さまお楽しみに――なんてね!




