婚約と古文書が導く新たな迷宮2
「はーい、というわけで本日からわたくし、セレスティア・イヴァンローズはグレンフィールド公爵家に堂々参上いたしましたわよ! ……とか大きな声で宣言してみたいけれど、今は使用人さん達が総出でお茶会の準備中ですし、静かにしないと睨まれちゃうかしら?」
そんな独り言を呟きつつ、まずは客間の広さに仰天しておりました。このお屋敷ときたら、天井にはキラキラ輝くシャンデリア、廊下を歩けばこぼれそうな花々の香りが漂い、もうどこを見回しても「さすが公爵家」という怒涛の高級感。わたくし魔法でも掃除でも何でも仕込みたくなる衝動に駆られますわ。でもここは“悪役令嬢”らしからぬ地味な雑務よりも、優雅にお茶するのが似合うはず……なんて考えていた矢先、突如としてドアがバンッと開きました。
「お、お邪魔いたします、セレスティア様」
ひょっこり顔を出したのは幼馴染のカイ。あら、あの子ったら心配性が加速していません? わたくし、このお屋敷で昨日到着したばかりなのに、もう早速独身貴族の古株みたいにバタバタしてるんですもの。
「ちょっと、カイ? いったいどうしたのよ? 土足で廊下を走ったらルーファス様の執事が投げ飛ばしに来るかもしれませんわよ?」
「ご、ごめん! でもロータスさんなら余裕で投げられそうだから、先に謝っておく。あの執事さん、見た目は穏やかそうだけど隙がなさすぎて怖いんだよなあ……」
ははあ、わかりますとも。たとえばさっきロータスがひょいっと紅茶のポットを手にしたら、その瞬間、なぜか周囲の空気がシーンとなったんです。まるで「ここで注ぎ間違えたら末代までの恥」とでも言わんばかりの凄み。思わずわたくし、背筋がピーン。おかげでティーカップを落とさずに済みましたけど、あれは反則級のオーラですわ。
そんなこんなで、すっかり気が抜けない新生活。しかも本日はわたくしの学友リリアやシャルロットも見舞い(という名のおしゃべり)に来てくれるらしく、さらには公爵家に新たに雇われた侍女ステラリアという娘も登場するとか。名前だけでも華やかそうだけれど、どうにも匂うのよねえ。前世の記憶がチラつくたび、薄っすら「この娘、ただ者じゃないかも」という警鐘が鳴るわたくし。そもそもこの世界じたい、既視感バリバリの乙女ゲームベースですもの。当然、怪しいキャラがちょこちょこ混じっている事くらいお約束でしょうけどね。
そうこう言っていると、シャルロットが勢いよくカーテンを掴みながら颯爽登場。
「セレスティア! 新居はいかが? あら、想像以上にゴージャスじゃないの! すごーい、さっそくパーティーでも開こうかしら?」
「待ってちょうだい、シャルロット。パーティーはいいけれど、むやみに騒ぐ前に公爵閣下の体調を優先しないと」
そう、ルーファス様は表向き“病弱”と噂されているけれど、意外とアクティブな面もある。昨日も屋敷案内をするって張り切ってくださったのに、途中から少し唇が青くなったから焦りましたわ。
「あら、口元をおさえていたルーファス様、もはや貧血なのか仮病なのかわからなかったわよ?」
……いや、ルーファス様が仮病だなんて言いません。いえ、ほんのちょっと疑問を抱いたのは事実ですけど。でも彼、あまりに柔和な笑顔で「自分なら大丈夫だ」と言い張るから、わたくしも強く止められなくて。気付けばロータスが隣で冷や汗をかいていましたね。執事としては胃が痛むでしょうに、何せご当主の健康管理が全然“健康”寄りじゃないのですから。
そこへ、リリアがキラキラした眼差しでやって来る。
「セレスティア、図書室覗いてきたよ! びっくりするくらい昔の書物が揃ってて、あれ全部読破したら人生何周かかるんだろうってレベル。ねえねえ、もし許されるなら、わたし毎日でも入り浸って大丈夫?」
「ええ、構わないと思うけれど……ロータスの監視付きならね? 彼、珍しく“外部のお友達が勝手に触らないようご注意を”なんて言ってたから」
「そりゃまた、ちょっとドキドキするなあ。触ったら手元から熱線が飛んできたりして?」
「それはどうかしら? でも、あの冷静沈着執事が激怒したら怖そうよ?」
ふふ、何しろ古文書の管理も彼の担当ですし、まちがいの許されない重要書類とか、いろいろ隠されていそうですものね。感づいたリリアが盗み読みを狙う前に、きっちり阻止される未来が見えるわ。
さらに噂をすれば、ステラリアがおずおずと現れました。いい意味で目立たない雰囲気に加えて、わずかに感じる違和感。
「セレスティア様、お茶のご用意はいかがなさいますか? 先ほどルーファス様が少々お疲れのようなので、急きょ控えの部屋で休まれています。お茶会を続けるなら、わたくしが代理でお酌をいたしましょうか?」
「まあ、ありがたいわ。……けれどあなた、どこか言葉の端々に王宮仕込みの香りがするのよね。侍女の資格試験か何かを優秀な成績で通過した感じかしら?」
「まあ、わたくしなんてまだまだ未熟者ですけれど、少しは礼儀作法を叩き込まれましたので」
――ふうん、本当にそれだけかしら? などと皮肉っぽく笑いかけてみたら、ステラリアはふにゃりと柔らかく微笑んでみせました。その笑顔、いかにも「わたくし怪しくありませんよ~」と言わんばかり。でもゲームシナリオ的には、むしろ大いに疑うべきパターンが濃厚。それを意識しすぎて引っ掻かれるのもアレなので、ここは程々にお付き合いしときましょうか。
とはいえ、とりあえず派手な事件は起きていないものの、館のあちこちにピリッとした空気を感じるのも事実。足元には何かの伏線がゴロゴロ転がってそうな予感、嫌でも高まりますわ。
「セレスティア、どうした? 浮かない顔で深刻モード入っちゃってるぞ」
「えっ、そ、そんなことないわよ。カイ、あなたこそ余計な心配をしないでちょうだい。わたくし、ちょっとこのプライベートな王国(公爵家)の新生活に馴染むのに、一生懸命頑張っているだけですもの」
「……そっか。でも、もし裏で何かヤバい陰謀が動いてるなら、オレが手伝うからな?」
カイの言葉にクスッと笑ってしまいました。まったく、頼りになる幼馴染というのは便利ですね。いざとなったらその腕っぷしで敵を追い払ってもらいましょうか。
そんな風にして、わたくしの新生活初日は、妙な安定感と薄闇の気配が混在するスタートになりました。ルーファス様の体調が心配だけれど、今後いろいろ込み入った問題が顔を出しそうですし、わたくしとしては戦々恐々でもあり、ワクワクでもあり。だってこれこそ“悪役令嬢”の真骨頂、エンタメとして盛り上がる展開が来るかもしれませんもの!
……なんて、いまは楽しそうに言っていられますが、数時間後には「ざまぁ案件、まとめてかかってきなさい!」と毒づくわたくしの姿が目に浮かぶ気もします。けれど大丈夫。どんな陰謀や愛憎がやってきても、どーせわたくしの破滅フラグには引っかかりませんわ。ゲーム知識の強みをフル活用し、華麗に乗り切ってみせましょう。
――さあ、公爵家でのバタバタ大騒動は始まったばかり。よくも悪くも、この生活を16倍楽しんでやるくらいの気概でいくといたしましょうか!




