表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/222

婚約と古文書が導く新たな迷宮1

「あーもう、なんだってこんなにドタバタしているのかしら?」


とぼけた声で言いながらも、わたくしはぎゅっとレティちゃんを抱き上げて、数時間前までの大騒ぎを思い返しておりました。ええ、ほんの少し前まで大人たちが右往左往していたのですわよ。しかも原因はただ一つ――「大事な娘を存分に愛でたいので、短時間でも離れたくない!」というサーシスの王様級わがまま。生まれたばかりの子を連れて隣の部屋に行くたびに「子どもだけ置いていくなんてやだ!」と寝巻きのまま追いかけてくる始末ですからね。おかげでミモザが呆れ顔でもう大変。


「旦那様、あなた様が夜中じゅう抱っこしててどうするんです。休んでくださらないと今後の公務に支障が出ますわよ」

「ミモザ、いいんだ! 僕はレティを守る騎士団長になるんだぞ! ほら、ベッドがあるなら俺が添い寝を……」

「騎士団長に復帰したいのなら、せめて下着姿はおやめくださいませ!」


そんな会話を参考書代わりにしてはいけませんわよ、レティちゃん。あなたのパパはまだ公にお見せできる状態ではないようです。おかげでわたくしまで睡眠不足になりかけてますが、まあ、一日くらい寝なくても平気でしょう。産後ハイというやつですか? ……え、ちょっとくらいは横になれって? それは確かにそうなんですけど、なにせミモザですらサーシスの制御で疲労困憊になってますし、使用人たちは朝から来客応対に忙殺されてますし。結局、母親たるわたくしが動き回るしかないんですよね。ほら、赤ちゃんの顔を見たいお貴族様やら、領内の使用人仲間やら、親戚筋までこぞって押しかけてくるわけです。


「奥様ぁ、次は王都からいらした商会のご令嬢らが面会を希望されております。どうなさいます?」

「え、もう来たの!? さっき隣街の騎士様が帰ったばかりじゃ……でも無視するわけにもいかないわね。ミモザ、サーシスの首根っこ引っ張って控え室に集合よ」

「はっ、承知しました。旦那様を拘束してでも連れてまいります!」


我が家にそんな物騒な単語は要らないのですが、ミモザが本気モードなので仕方ありません。わたくしも頭に布を巻き直して、つい先ほど授乳を終えたばかりのレティちゃんを抱えていざ出陣。

廊下を進むうち、窓ガラスに映る自分は目の下にクマがあってひどい顔……のわりには、えへへ、と嬉しそうに笑っているじゃないですか。そりゃそうですの。レティちゃんを誇りたくて仕方ありませんもの。


しかし、そういうバラ色ムードをぶち壊してくれる要素があるとしたら何か? はい、予想通り「うわさ」ですよ、うわさ。初耳のありがたくもない風評が、早くも領内を飛び回り始めているというのですから困ったもの。しかも、その中でもピックアップして訊かれたのがこちら。


「ところで奥様、こんなご時世に子どもをお産みになったとのことですが……まあ、その、あまりに緊急だったのでしょう? 御当主様も立ち会われなかったとか? 本当にご息女なのですわね? さぞや複雑なお気持ちではございませんこと?」


――ほう、つまり遠回しに「本当にサーシスとの子か」などという嫌味をぶっこんでらっしゃる? この商会令嬢は、一見丁寧な言葉を使いつつもしっかりと失礼をかましてくれました。その直後、たまたま扉を開けて入ってきたサーシスがピタリと固まる姿はちょっと面白かったですね。ええ、彼、虫でも踏んづけたかのような表情で凍ってます。そりゃそうでしょうよ、自分の娘だというのにそんな憶測を喰らったらショックが大きいですわ。


「へえ、今の言葉は聞き捨てならないですねえ。あの、わたくし達はこんなにも隠しごとせず堂々としているのに、何を根拠にそんな考えが出てくるのかしら?」

わたくし、可愛らしく首を傾げてみせたのですが、ここで相手は怯まずに畳みかけてくる。

「い、いえ、ふだん公爵閣下は忙しゅうございましょう? お屋敷を空けることで有名ですし、その……」

「要するに“サーシスはろくに帰宅しないし、他所で遊んでるんじゃ?”とか想像して、その余波が影響してるって言いたい? ――ご安心くださいませ。夫は仕事漬けではありますが、女遊びする暇なんて彼には皆無ですよ。そんな余裕があればとっくにわたくしが爆発させてます」

「ば、爆発……?」

「そう。アレやコレやと一瞬で崩壊しますわよ、わたくしの逆鱗に触れたら」


ああ失礼、思わず本音が漏れてしまいましたわ。ミモザが「あああ、奥様、その辺にしてください」と制止に来るまで上品な笑みをキープして耐えましたけれど。

その後、商会令嬢曰く、本当は純粋に心配だったとか何とか言い訳めいたことを言い直していました。逆に言えば、こういう遠回しの探りを入れてくる人たちが、今後まだまだ増える可能性大ですね。領地のあちこちから「奥様は早産だったのでは」「本当に正妻か」とかくだらない意地悪噂を持ち込む方が絶えない速報を、ロータスが流してきましたし。あの執事がわざわざ報告してくるということは、相当根深く広がりそうということ。

……まあ、そんな雑音なんて、まとめてざまぁ案件ですよね? わたくしの可愛いレティちゃんを侮辱するなんて、容赦しませんわよ!


「ミモザ、刺客が来たら容赦なく葬り去る準備よろしくね」

「ええ、わたくしのモットーは“赤子を守らぬ者に明日はない”でございますもの!」


なるほど、どこでそんなモットーを仕入れたの。顔は穏やかなのに、中身は毒舌と戦闘意欲を兼ね備えているミモザが頼もしすぎるわ。

そうこうしているうちに、先ほどの商会令嬢たちも大人しそうな顔で帰っていったのでひとまず一件落着。サーシスに「ごめんね、嫌なこと言われて」なんて申し訳なく気遣ってみたら、殊勝にも「いや、オレより君の方がイラッとしただろうから、逆にすまん」ときたものです。いい心がけだわ、夫よ。


「とにかく、オレは娘が自慢だし、君が自慢だ。それに尽きる」

「ふふ、そのわりには最初の衝撃で顔面蒼白になってたような?」

「……聞こえなーい」


そんなわたくし達の言い合いを後ろで聞いていたロータスが、血色のいい頬を緩めながら小声でつぶやきます。「いやはや、こうして仲睦まじいところを見せられる以前に、あの噂を撒き散らす人々こそ恥じるべきでしょうな」と。まったくもってその通りでございます。公爵家が穏健な家庭を築いていることは、これから段々と証明されていくことでしょう。何しろレティちゃんを愛でるサーシスの姿は、ちょっとばかり暑苦しいくらいに説得力がありますから。


「それより、旦那様。昼下がりの内覧会に合わせて領内外の貴族たちがまだ列をなしているそうですよ。さっそくお抱えの楽団を呼んで演奏付きガーデン見学ツアーにご案内なさるとか?」

「ちょっ、え、それオレが言ったの!?」

「ええ、先ほど半睡状態のときに“派手に祝おう”なんて仰ってました」

「で、でもそんなの……この姿で出るの? オレ、まばたきする暇もないよ」


ほら出ましたわ、いつもの無茶な宣言をしておいて後から後悔するパターン。わたくしは「自業自得よ」とにやり。仕方ありません。こうなったら、わたくしもレティちゃんをミモザに預けて、華やかな庭先でお披露目パレードに乗り込むまでです。サーシスが悲鳴をあげようが、わたくしの晴れ舞台でもありますもの。今さら引き返せるとでも?


「見てらっしゃいな、下世話な噂なんか消し飛ばすくらい、この家族は華々しくて無敵だってことを証明してみせますわ。わたくし達の“愛の大爆発”に震えるがいいのよ!」

「ま、待ってセレス! いろいろ順番が……うわあぁ! ミモザ、助けて!」

「無理です、旦那様。奥様はすでに完全武装されてますもの!」


屋敷の廊下に響く夫の情けない声。それを尻目に、わたくしは鼻歌交じりでドレスの裾を翻しました。そうよ、トラブルがなんぼのもの? こちとら、生まれたての娘を囲んでいくらでも笑顔になれるという最強の勝利条件を手に入れたんですもの。愛憎だって陰謀だって、まとめて全部「ざまぁ」と蹴散らしてやりますわ。

――さあ、ここからが本番ですわよ。わたくし達の“家族”という名の小さな王国を、誰にだって壊させはしませんからね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ