疑惑の来訪者と愛の誓い12
「いやもう、朝から吐き気ってどういうことかしら! こんなところでいきなり洗礼が来るとは、まったく想定外ですわ……!」
そうブツブツ言いながら起き上がったわたくしですが、隣でスタンバイしていたダリアがサッと洗面具を差し出してくれて、「昨日も無理をなさったから、その分反動がきているのではないですか?」なんて言うものですから、思わず苦笑しか出ません。ああそうでした、昨日は大騒ぎでしたっけ。おかげで妙な達成感とともにベッドに崩れ落ちたおぼろげな記憶が甦ってきます。ただし、あの“詐欺師父娘”という胃もたれ級の出来事はすべて解決済み。代わりにやってきたのは、この“大切なお客さま”ってことですのね。
「セレスティア、大丈夫か?」
背後から声をかけられ、振り向けばそこには頭ボサボサで寝巻きのまま——といういつになく無防備なルーファス様。いつもはもう少しバシッと身なりを整えているのに、わたくしを心配するあまり飛んできた姿がそのままですって? うっかり目が合うと、こちらの方が赤面してしまいますわ。でも……ちょっと胸がキュンとしてしまうじゃありませんか。“萌え袖”的なものを感じる公爵様って何ごと?
「まあ、心配いりませんわ。ちょっと胃がごねてるだけですし」
そう言いつつも、さっきまで上下関係を乱した胃袋が急に休戦協定を破りそうな予感がして、慌てて口元を押さえます。ああ、頼むから朝のうちにスッキリして頂戴。わたくしにはこれから試される“いろんな初めて”があるんですから!
ふと、ベッド脇にはミモザから届いた小包が置かれていました。中にはとても愛らしい赤ちゃん用の靴下と、彼女からの短い手紙が。そこには「わたくしも出産後はそれなりに大変でしたけど、あなたならきっと大丈夫!」と頼もしいメッセージとともに、笑えるような産後エピソードがつらつら書いてあります。ふふ、ミモザったら、先輩面して好き放題語ってますわね。わたくしだって、気合いと愛情と皮肉で乗り切ってみせますとも!
さて、つわりだけではなく、ほかにも問題は山積み。例えば朝っぱらから舞い込んできた王宮からの手紙。「公爵家に奇妙な噂が流れているからぜひ説明を」とか、まともな内容なら普通の書状でもいいのに、なぜか異常なほど大仰な封蝋が押されていて、明らかに“事を荒立てたい感”が丸出しなんですけど? 読んでみれば「公爵家に“真新しい血筋”の疑惑あり」とか訳の分からない文言が並んでいて、カイが吹き出しました。「新しい血筋って、お前と公爵様の子どものことを勝手に騒いでるだけなんじゃないか?」——その通りですよ、ええ、そんなに興味津々なら逆に有料公開にしてあげましょうかしら。うちの子を見せてもらいたければ金貨百枚持ってきなさいませ! ……なんて物騒なことを言いそうになりますが、自粛自粛。
「まったく、王宮は暇なのかしらね。詐欺師の次はゆる~い嫌がらせの手紙だなんて」
わたくし、思わず呆れため息をついてしまいます。ルーファス様はどこか微妙な顔つきで手紙を丸め、「今後そういう怪文書は全部門前払いにしてやる。セレスティアに変なストレスを与えるなと厳命しておく」と怒りもあらわ。おやおや、公爵様ったらめっちゃ過保護に拍車がかかってますわよ。今にも“外出禁止令”を発動しそうな勢いで、わたくしの護衛を四六時中やりかねない勢い。どれだけ偏愛なんですか、喜んで甘えますけれど。
そしてその隣で、リリアがひと言、
「いっそ“妊婦最強説”を証明すべく、奥様ご自身が王宮に乗り込んで直々にざまぁを叩きつけるってのもアリですよね~。証拠書類ならわたくしがガッツリ固めますので」
などと笑顔で物騒な提案。あなた、本当に平民出身かしら? 死角のない肝っ玉っぷりが暴走していて、シャルロットが若干引いてるんですけど。でも嫌いじゃありません、その啖呵。お腹の子には教育に悪いかしら?
一方でディオンは、わたくしを見るたびにどことなく申し訳なさそうな顔。どうやら今回の誘拐捜査で魔力をフル活用したことが、また自身に負担をかけているらしく、少し疲労が残っているみたい。心配だわ……でも、その“暗さ”を救ってあげられるのなら、わたくしは喜んで動くつもりですよ。だってもう、腹の中にスーパープチ勇者を宿してる気分なんですもの。悪と陰謀はまとめて踏み潰して差し上げますわ!
「そういえば、モンクシュッド男爵父娘の処遇は決まったのでしょうか?」
わたくしがロータスに尋ねると、彼は眼鏡の奥で冷ややかな光を漂わせながら小さく笑って、「司法局の追及が入っておりますが、その前に各被害者による“ざまぁ返し”が止まらないようですよ」と返答。おやまあ、被害者たちのみならず世間からのバッシングも凄まじいのでしょうね。いい気味。残念ながらわたくし自身は産むのに忙しい予定ができてしまいましたから、そこまで手は裂けませんけれど、どこかで一輪の花でも贈ってあげようかしら? タイトルは「お疲れさま、さようなら」で決まり。
そんなこんなで、日常が再び騒々しくなりそうな予感がむんむんします。でも、わたくしは前向きですよ。昨日の地獄から一晩で天国コースへ急上昇——まさにジェットコースター的展開は病みつきになりそう。「オレは絶対にお前たちを守る」と静かに誓うルーファス様の真摯な瞳を見るたび、わたくしだって心拍数が跳ね上がります。叫びたいほどに有難いし、なんなら少々の陰謀劇なら笑いながら勝ち抜いてやりますわ……妊婦の底力、思い知れってものです。
さあ、この先どんな試練が襲いかかろうとも、わたくし達はホルモンパワーとざまぁ精神で切り抜けてみせましょう。王宮の後ろ暗い者たちと戦うもよし、社交界のよしなしごとをバッサリ斬るもよし。とりあえず今日の課題は身体を第一に、ゆるやかに過ごすこと——ってまた嗅覚が敏感になってきたみたい。朝ごはんの香りがああもう辛い……けど食べたい……!
こうしてわたくしの、新たなステージに突入した“悪役令嬢”生活は、すでに複雑多難(むしろ楽しさしかない)な幕開けを迎えます。愛の形はさまざまでも、わたくしとルーファス様が紡ぐこの物語、まだまだクライマックスには程遠い。なにしろ、このお腹で育っているのは次代の希望とざまぁの継承者(?)なんですもの。なにが起ころうが、負ける気がしませんわ。皆さまもぜひ、その展開を隣席で堪能していってくださいませね。さあ、爆速でページをめくる準備はできましたか? わたくし達親子(だなんて照れますけど)は、いつでもかかってきなさいと構えてますわよ!




