疑惑の来訪者と愛の誓い11
ルーファス様に背を預けて目を閉じていたら、さっきまでの騒動が遠い夢みたいに感じましたわ。なんていうか……頭がずーんと重くて、いっそ寝落ちしたい気分。あ、だめだめ、わたくしが今ここで寝たら、モンクシュッド男爵(仮)とそのお嬢さんに返り討ちの“ざまぁ”をたたきつける快感が味わえなくなるじゃありませんの! と、半分意地で薄目を開ければ——
「奥様っ、もう少しお身体を横になさった方がよろしいのでは?」
焦った声で助言してくるのはダリア。軽く手を添えられて、わたくしは彼女に微笑み返しました。ええ、もちろん無理はしませんとも。っていうか、さっきまで結構フラフラだったのに、どうやらこの“事件のどさくさ”のおかげで変なアドレナリンが湧いてきてるらしいです。興奮状態ってすごいですね。ろくでもない相手に怒りを覚えると、意外と元気が出るという噂は本当かもしれませんわ。
とはいえ、めまいや吐き気はさっきから居座り続けていて、助走つきで飛んできた波が腹の奥をえぐります。イテテ、まさかわたくし、別の獲物(!)をお腹に飼っていたなんて。もしやこれは——と、脳裏をかすめる一連の可能性に、正直ちょっとワクワクもしています。いやしかし、公式見解を得るまでは確定させちゃだめですよね。
そのタイミングでリリアがパタパタ駆け寄ってきました。彼女の眼鏡が例のごとくキラリと怪しく光り、「お疲れさまです、奥様! あっち(応接室)で例の“詐欺師一族”が見事に白旗上げましたよ~。子どもを誘拐して勝手に『隠し子』に仕立て上げたこと、証拠つきでゲロってます。こっちは大勝利確定!」と、まるで見世物のように報告。ご苦労さま、リリア。あなたのスピード暴露劇が痛快で何よりですわ。
「それで? 子どもたちは無事に保護できたの?」
わたくしが言葉を絞り出すと、リリアは「もちろんディオンが魔力で捜索して、すぐ居場所を突き止めました。これからロータスが兵を送る手配を始めるそうです」と満面の笑み。ああ、よかった……ほんと、ざまぁを通り越して救出最優先だったから、きちんと全員無事でいてくれるといいのだけど。とりあえず胸をなで下ろしました。
「奥方様にこっぴどく振られた公爵様(笑)が、子どもなんて作れたはずがない!」とか抜かしていたモンクシュッド男爵(仮)の娘さんは、もう今頃どんな顔をしているんでしょうね。噂で聞いたくだらない台詞を思い出し、内心ニヤッとしてしまいます。ええ、今すぐあなたに見せてあげたいですよ、わたくしのお腹(かもしれない何か)をねぇ? まだ確定じゃありませんが、そう遠くない将来にこの家でほんとの“隠し子”をお披露目するかもしれないと思うと、痛快ったらありませんわ。
……なんて考えに浸っていたら、不意にルーファス様の腕がぎゅっとわたくしの肩を抱き寄せました。はっ、ちょ、こんな人目のある廊下で。顔を上げると、彼は珍しく眉間にしわを寄せて、
「セレスティア、まだフラついてるだろう。立ち続ける必要はない。部屋へ戻ろう」
と小声で促します。その声に混じる焦りというか心配の色がもう……胸がじんと熱くなってしまうんですけど。さっきまであのインチキ男爵娘の言葉にプチ怒りを燃やしていたのに、一瞬でしおらしくなってるわたくしってば、単純すぎでしょうか?
「はぁ……じゃあ、ちょっとだけ甘えさせていただきます」
そう言いつつ、ルーファス様の腕を借りてゆっくり歩き出せば、不安定だった足どりも落ち着いてきて、なんだか体がポカポカしてまいりました。これが噂に聞くホルモン的なあれそれの影響なんでしょうか? そっちはさすがにまだ実感沸きませんが、とりあえず……心強い支えがすぐ隣にいる幸せって、最高ですね。
部屋に戻ると、執事のロータスがそっと扉を閉めてくれました。どうやら応接室の方はすっかり片づけに入っているようです。同時に、詐欺師父娘は嫌でもしょっぴかれる運命が待っているらしく……あら、追い打ちで「二度と顔を出さないでちょうだい」という言葉も誰かが浴びせに行ったかしら? ちょっとそこにいたシャルロットあたりの毒舌が存分に炸裂している予感。ああ、聞きに行きたい。
けれど今は、わたくしの体を優先する時間。横になってしばらくすると、部屋の扉がコンコンとノックされ、お医者様が「失礼いたします……」と入ってきました。うん、予想通りですね。ルーファス様が大慌てで呼んでくださったのでしょう。簡単な聴診や触診のあと、何やら神妙なおもむきで問診が続きます。
そして、わたくしに向けられた小声での言葉は、
「おめでとうございます。どうやらご懐妊ではないかと……」
たったそれだけ。けれど、まるで鐘の音が脳内にガンガン響き渡る感じ。あまりに嬉しくて、そして唐突すぎて、心臓が踊りまくり。え、本当にわたくし、これ? いや、合ってる? 凄い……ほんとに現実?
「セレスティア……!」
傍らでルーファス様の瞳が見開かれ、呆然としているのが分かります。先程までやれ詐欺師だなんだと猛威を振るっていたこの公爵様、いまやすっかり目が泳ぎ、小鹿のようにプルプル状態。ちょっと、こんなに取り乱すなんて、あなたらしくありませんわよ? けれど、わたくしも人のこと言えません。ついさっきまで吐き気をこらえていたのが嘘みたいに、胸に熱がこみ上げてきて、もうどうしたらいいのか分からない……。
「まさか、本当に……お前と……」
絞り出すようなルーファス様の声に、わたくしは顔を覆って笑っちゃいました。だって、何を言ってるんです? あなたとわたくしの子ではなくて誰の子なんですの、まさかモンクシュッド男爵の隠し子とでも思ってます? このタイミングで疑われたら泣いて怒りますけど!——などと、小ネタをぶちかまそうとしましたが、どうにも言葉になりません。笑いと涙が同時にあふれて止まらないんですもん。
そのままぎゅっと抱きしめられて、わたくしは「ひゃっ」と声を上げました。……まあ、ルーファス様の体温をこうして感じられるなら、何も言うことはありません。詐欺師たちがどう処分されようと、王家がどんな陰謀を練っていようと、とにかくわたくしは今、自分の内側に確かな新しい気配を抱えている。それだけで十分に“勝利宣言”みたいなものじゃないかしら。
「セレスティア、しばらく安静にしてもらうからな。僕が仕事も特務もぜんぶ調整する。絶対に無理はさせない」
必死な口調で言い切るルーファス様を見て、思わずくすっと吹き出してしまいました。いやだ、なんですかその“子育て開始前にすでにパパ化”した顔は。でも嬉しい……ありがとう、ルーファス様。
——こうして、一連の“隠し子”詐欺騒動は華麗に幕を下ろし、公爵邸は予想外の“本当の次世代”を迎える準備で慌ただしくなりそうです。わたくし? 今はただ、このお腹の中の存在が確かなことを、毎分毎秒噛みしめたい気分。もちろん不安がないわけじゃありませんけど……それすら笑い飛ばせそうなくらい、幸せと興奮が入り混じったこの胸の高鳴り。まさにジェットコースターのような心境ですわ。
お披露目される新しい命、巻き起こるであろう次なる波乱、そして王家の黒い影……。すべてまとめて受け止める覚悟はできてます。だってわたくし、《転生悪役令嬢》にして公爵夫人(予定)のセレスティア・イヴァンローズなんですもの。必要とあらば、またどんなざまぁを仕掛けてやってもいいのですわよ! ほら、皆さま、次はどんな舞台が待ち構えているのかしら? 遠慮なくワクワクしていきましょうね。わたくしも、この子と一緒に最前列で喝采を浴びる準備は万全ですもの!




