疑惑の来訪者と愛の誓い7
朝の肌寒さがちょっと和らいだ頃、わたくしが応接室に入った瞬間、どこからかヒステリックな赤ん坊の泣き声が響き渡りました。あの怪文書の“犯人候補”が堂々たる態度で訪ねてきた――と報告を受けてはいましたけれど、まさかこんな即物的に「赤ん坊アピール」をかましてくるとは。もはや呆れるやら、笑いが止まらないやら!
「ええと……グレンフィールド公爵閣下の隠し子ってヤツですか?」
と、わたくしは嫌味たっぷりに尋ねました。するとソファにふんぞり返っていた中年男性が「それ以外に何がありますか!」と芝居じみたジェスチャー。これが自称“モンクシュッド男爵”なる人物らしいのですが、その貴族らしからぬ安っぽい衣装からは漂うのは残念な香りばかり。付添いの娘さんはというと、こちらもどことなく小慣れていないオーラを隠せない。おまけに抱えられている赤ん坊は、あろうことか“ありとあらゆる匂い”を同時に放出中で……そりゃもう応接室の空気が限界突破ですわ!
「ルーファス公爵に申し上げたい! この子こそ、公爵の血を分けた息子で……」
男爵(仮)が大声をあげかけたところで、執事のロータスがどこからともなく現れ、スタッと一礼する。いつ見ても惚れ惚れする滑らかさですけれど、今回はさらに冷気を孕んだ笑顔で、
「そうですか。では、いかなる証拠をお持ちか、早速ご提示いただけますかな?」
と淡々と切り出しました。ああ、今日も鋭さ全開ですね。わたくし思わずにんまり。対して男爵(仮)は「え、ええと…」と明らかに動揺。娘のほうは無駄に視線が右往左往。めちゃくちゃわかりやすい怪しさですけど、大丈夫でしょうか?
「この子の、髪色が……ええ、皆さん見てください、この銀色っぽい感じが、公爵の家系を!」
「どちらかというと灰色に見えますけど?」
わたくしが間髪入れずにツッコむと、執事ロータスは「洗い落としが雑なのではないかと推測しますね」と続けざまに煽ります。すると娘が露骨に震え出して、「ちょ、ちょっと何言ってるのよ!」と声を荒らげた。おや、今の発言で図星でしたか?
ちなみに当の赤ん坊は我関せずとばかりに、きゃっきゃと奇声をあげたり、急にくしゃみを連発したり大忙し。生粋の役者根性を見せるなら、もう少し“隠し子っぽい”澄まし顔でもしていただきたいところなんですけど。実際は鼻水まで出して騒がしいだけです。可哀想に、こんな大人たちに振り回されて。
「こほん! とにかく、われわれが持参した書類を読めば、この赤ん坊が公爵の子供であることなど明白だ! 認知して養育費を払わないなら、後々スキャンダルになりますぞ?」
そう啖呵を切る男爵(仮)ですが、差し出してきた書類とやらは黄ばんだ紙に適当な文字が散らばっているだけで、一目見て「偽物で~す!」を叫んでいるようなもの。だいたい公爵の家系図になりすましているわりに、ルーファス様の名前すらつづりを間違えてる始末。これが詐欺じゃないなら何だっていうの?
わたくしが「そういえばルーファス様は前に“自分の名前をよく女性向け雑誌の占いコーナーで間違えられる”と嘆いていたわ」とボソリと漏らすと、ロータスが「よもやこの文書が女性誌の付録から切り抜かれている疑いは……?」なんて冗談めかして返してきました。思わず吹き出しそうになったところで、男爵(仮)はグシャッと書類を握りしめて血相を変えます。
「その口の利き方は何だ! 我が家は由緒正しいモンクシュッド男爵家であるぞ! 公爵家を裁きにかける覚悟はできている!」
ええ、裁いちゃってくださいまし。むしろわたくし、ぜひ大勢の前でその主張を堂々述べていただきたいですね。真実を白日の下にさらけ出す良い機会ですもの。どうせ捏造がバレたら、その場で「うっかり野良犬にかみつかれた」とか言い訳でも始めるのでしょう。肝心の赤ん坊まで引き合いに出して。せめて子供にはもうちょっと誇り高い舞台を用意してあげてよ、と突っ込みたいのは山々。
そんな応接室の空気を一瞬で凍らせたのは、今しがた姿を現したルーファス様でした。まだ体調万全とは言えない面差しだけれど、それでもあの“堂々とした険しさ”はしっかり健在。男爵(仮)が「ひいっ」と思わず後ずさるほどの貫禄ですが、ルーファス様本人は肩の力を抜こうとしているのか、静かに息をついています。
「その子が私の隠し子、だと。……面白い冗談はそこまでにしてほしいものだ」
低く響く声。それだけで男爵(仮)と娘は明らかに青ざめて見えます。ま、そりゃそうですわね。食えない性格で有名な、わたくしの公爵様ですもの。普段は優雅に微笑んでいらっしゃるけれど、いざというときのオーラは“崖から突き落とす予感”を漂わせてくる。わたくしだってちょっと鳥肌立つ。
「ふ、ふん…脅しで誤魔化すおつもりか? これは明らかに貴方のスキャンダルで――」
「ほう。だったら、私が戦地にいた期間とその子の生まれたタイミングを検証すれば話は早い。そんなことも調べずに押しかけたのか?」
ルーファス様が淡々と言い放つたび、男爵(仮)の顔から血の気が抜けていく様子は見ていてなかなか愉快。こういうときの追い詰め方、さすがです。どうやらデタラメな日付も適当に書いたのでしょうね。人生そろそろやり直したらいかがじゃなくて?
追い詰められた親子を横目に、わたくしは正直笑いを堪えるのに必死。こんな茶番、もう誰にでもバレバレですもの。隠し子大作戦は即破綻――めでたしめでたし、かと思いきや、ここで娘が唐突に子連れ脱走を図ったんです。ドタバタと立ち上がり、赤ん坊を抱えて逃げ出そうとするなど、往生際が悪いにも程がある!
「お嬢様方、出口はそちらではありませんが」
ロータスがサラリと扉前に立ちはだかり、エスコート……という名の封鎖。いやもうお見事。だが娘は焦りに焦ってるようで、「放してちょうだい! こっちは母親なのよ!」と泣き叫ぶ。赤ん坊は最高潮のボリュームでギャン泣き。応接室はカオスです。
「あなたが母親? 本当に?」
このとき、ルーファス様の瞳が一瞬鋭く光ったのを見逃しませんでした。すかさずわたくしはロータスと視線を交わし、ひそかに頷き合います。どうにも“母親”を名乗るには違和感のある応対が多すぎる。怪しすぎて逆に興味が湧くわ。
「いずれにせよ、まずは落ち着いて頂きたい。でないと、こちらとしても不本意ながら手荒な真似を否定できませんな」
ロータスが淡々と警告を発すると、娘は完全に怯えきった顔。男爵(仮)がオロオロしている間に、わたくしたちは示し合わせたように視線を交わし、密やかに次の策を決めました。この親子が本当になにを狙っているのか、まだ裏がありそうですものね。どうやら単純な「金目当ての虚偽」だけじゃ済まない雰囲気が漂います。
「ではまず、公爵当人の血を頂いて、そこにこの子の血液を……」
わたくしがさらっと冗談めいた調子で持ちかけると、当事者たちは一瞬にして固まった。すぐに娘が「ひぃっ、それは困る! そ、そんな危険な魔術は……!」などとわめき出して、理解しやすいほどの挙動不審。いやいや、別に血を混ぜて黒魔術を唱えるつもりなどありませんけど、もう少し演技力を磨いてこられません?
さて、こうなるとますます引き下がりませんわよ。ここで現行犯逮捕といきたいところですが、ルーファス様はその場で急に静かになって、何かを思案しておいでの様子。わたくしも一瞬、彼がどんな企みを抱いたのか気になってしまいます。まさか別の形で“隠し子詐欺”を逆手に取って利用するつもり? ああ、想像しただけでぞくぞくしますわ。
「……まずはお話を伺いましょう。あなた方の背景について、何から何まで」
ルーファス様の声はほんの少しだけ優しく響いた気がしました。それが甘い罠かもしれないと気づいていない男爵(仮)は、「よ、ようやく話を聞く気になったか」と胸を張りかける。娘もなぜだかほっとしたような顔。しかし、わたくしは内心「はいはい、ようこそ破滅エリアへ」と微笑むばかり。追い込みはむしろこれからが本番ですものね。
こうして、にわか仕立ての親子ごっこを主張する訪問者を迎え入れたグレンフィールド公爵家。応接室からは赤ん坊の泣き声に加え、薄っぺらい詭弁が飛び交い始め……外ではなんだか凄まじい嵐でも起こるんじゃないかってくらい不穏な雲行き。
もう、次はどんなカオスが待ち受けているのやら。わたくし、とっても楽しみにしておりますわよ? それ相応の“ざまぁ”をお見舞いする準備は万端。ここから先は、わたくしとルーファス様がどれほど容赦なく醜態を暴いてあげるか、それだけの話です。さあ、徹底的に暴れましょうか――その先に待つのが薔薇色の未来か、それとも修羅の墓場か。どう転んでも面白そうじゃありませんこと?




