疑惑の来訪者と愛の誓い6
翌日の朝、わたくしは薄曇りの空の下、庭の花壇をさっと見回してから深呼吸をしました。昨晩届いたあの怪文書――「娘を守りたければ指定の場所へ来い」ですって? いえいえ、わたくしに娘なんかいませんことよ! とツッコミたいのは山々ですが、どうにも胸がざわざわして落ち着かない。そもそもルーファス様の“隠し子”疑惑は以前きれいさっぱりぶちのめした(ざまぁして差し上げた)はずなのに、まさか残りカスがまたムクムク再生中? ええい、しつこい連中め!
そんな微妙な気分を引きずったまま、ルーファス様と一緒に軽い魔法の稽古を始めたのです。とはいえ、ルーファス様はゆうべの高熱からしっかり回復したようで、頬の血色も戻っていました。わたくしが炸裂させる小さな風の刃を見ては「見事だね」と穏やかに笑うものだから、正直ドキドキが止まりません。…ああもう、こんな甘い雰囲気に浸りたいのに、頭の端には例の怪文書がこびりついて邪魔をする。うっとうしいったらありゃしない!
「おふたりとも、無茶はなさいませんように」
執事のロータスが心配そうに声をかけてくるので、わたくしは「誰に言ってるんです?」と苦笑い。すると彼は小声で、
「隠し子騒動を煽っている者たちの動向が掴めそうだ、とリリア様たちから連絡を受けました。どうやら今回も“婚約破棄”をちらつかせてくる可能性が高いとか」
とんでもないキーワードをサラリと放り込んでくれましたわね。ほんと、破棄破棄うるさい人たちは一生破棄されてろって話ですわ!
しかし、その殺伐としたニュースを吹き飛ばすように、まさかの朗報が到着。「ミモザが無事に女の子を出産した」との知らせが同時に飛び込んできたんです! わたくしは「よしきた!」とばかりに飛びあがり、ルーファス様とともに大急ぎで産院方面へ。こんなときにまで陰謀を考えてる連中なんか放っときなさい、母と子の健康を祝う方が百倍大事ですもの。
出迎えてくれた侍女さんによれば、ミモザはぎりぎりまで笑って乗り切ったそうで、その元気さにこっちが驚くレベル。「産声も元気いっぱいですよ~」なんて聞くと、わたくし思わず頰がゆるみました。母子の笑顔にふれただけで、嫌な予感やら陰謀の臭いが一瞬吹き飛ぶような気がする。長い陣痛を乗り越えたミモザはさすがに顔はやつれていましたけど、
「ふふっ、私のかわいいお姫様です~!」
とニコニコ。うう、こんな神々しい姿を見せられると、悪役令嬢(自称)のわたくしでもつい涙腺がゆるみそうです。このまま幸せに浸っていたい――でも世の中そんなに甘くないのがわたくしの人生ですわ。
というのも、赤ちゃんを囲んで「わあ可愛い」「将来はどんな子に?」と盛り上がる最中にも、ちらほらと「公爵様の“別のお子”は本当なのかしら」なんてふざけた視線がこちらに突き刺さるではありませんか。出産祝いの席でよくそんな話ができるものですわね! しかもわたくしの耳には「奥様ってどんな反応するのかしら、怖っ」みたいなヒソヒソ声まで届く始末。失礼にも程がありますわ! ほんと、他人の家庭問題を妄想実況するの、お好きですねえ!
腹を立てているわたくしの腕を、ルーファス様がそっと引き寄せます。目を合わせると、ふっと笑みをこぼしながら小さく首を振りました。そんな仕草ひとつで、「今は怒りよりも彼らを利用するほうが得策だ」と語りかけられているようで、逆にわたくしもニヤリと笑ってしまう。なるほど、この場は祝福ムード。下手に声を荒らげるのは逆効果かもしれない。ならば笑顔でこの場を乗り切って、あとで公式に叩きのめしてあげるのがよろしいでしょう。ええ、もちろん最大級のざまぁをプレゼントする予定ですとも!
再びミモザ母子を祝福してから屋敷に戻ると、タイミングを計ったようにシャルロットから新報が届いていました。「怪文書をばら撒いた輩らしき人々が、近々公爵邸に押しかける計画があるかもしれない」とのこと。まったく、噂をすれば影が伸びてくるとはこのことですね。しかも連中は「ルーファス公爵の隠し子を認知させるため」に堂々と乗り込むつもりらしく、むしろ割と強気。おまけに、「隠し子の母親は誰々だ」などと、真偽不明の名前が飛び交っているとか。
「いやもう、どいつもこいつも、頭の中が砂糖菓子か何かでできてるんじゃありません?」
わたくしが苛立ち半分に吐き捨てると、ロータスは「せめて塩味くらいにはしてほしいですね」と淡々と返してきて、思わず吹き出しそうに。こういうときの執事らしからぬ毒舌、地味に癖になります。
問題は、「連中がどんな手段で騒ぎを大きくするか」ですわ。前にいた詐欺師軍団は切り札を使い果たして大敗北したはずなのに、まだ懲りない奴らが残ってるなんて……。こんな面倒な輩を完全制圧するには、一発で言い逃れ不能な証拠を掴むしかありません。わたくしたちが膝を突き合わせて作戦会議していると、ルーファス様が微熱まじりの呻き声を漏らしました。彼も無理をして黙っていたのでしょう、さっきから明らかに顔色が悪い。「こんなことでまた倒れるのはごめんだ」と本人も悔しそうに言いますが、ちゃんと休まなくては逆効果。
「じゃあ、相手が来るのを逆手に取って、わざと乗ってあげるのはどうでしょう?」
わたくしがそう提案すると、ルーファス様が「それもありか……」と顔を上げます。ええ、せっかく訪ねてくるなら、堂々と歓迎してやりましょう。出る杭どころか、のこのこ現れた木っ端ゴシップ野郎どもを、華麗にざっくり伐採してあげるだけ。相手が虚偽を口にした瞬間、大勢の前でしっぽを掴んで――いえ、むしろしっぽどころか頭から爪先まで全身暴いて差し上げますわ。
……さて、そんなわけで。わたくしたちは嵐の前の静けさとでも言うべき短い時間を使って、周到に手を打たねばなりません。正直、あの祝福の温かな空気が名残惜しくてたまりませんけど……次に平穏を取り戻すためにも、一気にケリをつけるしかありませんものね。わくわくしてきましたわ。
「何がこようとも、全力で返り討ちにしてやりましょうね?」
わたくしが口角を上げて問いかけると、ルーファス様は少し照れくさそうに笑い、わずかに辛そうな声で“Yes”と答えました。風邪も陰謀もまとめてあとでお薬飲ませてあげますわよ、という気持ちで、わたくしはハンカチをキュッと握りしめます。さあ次はどんな舞台が待っているのか。婚約破棄だの隠し子だの戯言を言った分だけ、綺麗さっぱり返して差しあげますわ。
――こうして、祝福と呪縛が入り混じった空気のなか、わたくしたちは新たな戦場へと歩み始めたのです。次こそは決定的な“ざまぁ”フィナーレをお見舞いしてみせますわ。誰にも邪魔はさせません、絶対に!




