疑惑の来訪者と愛の誓い5
翌朝。
わたしが庭に出ると、ちょうどルーファス様もやって来ました。まだ顔色は完璧ではないけれど、その瞳はしっかりと意志を宿していて、なんだか気合十二分といった感じ。
「……あ、お早うございます。体調、大丈夫そうですね?」
「ええ、おかげさまでね。ちょっと身体を動かしたいと思って」
クスッと穏やかに笑う姿はいつものおっとり公爵——かと思いきや、今日のルーファス様はどこかスイッチが入っている様子。そんな中、ロータスがスッと控えめに現れてこちらをちらり。
「おふたりが揃ったようなので、予定どおり魔法の稽古はいかがでしょうか」
そう、実はわたし最近、ちょっと魔力操作の練習なんぞをやっているんです。本人いわく“悪役令嬢は何かと特殊スキルが必要”とか言っちゃいたいだけなんですけど、わが家の執事ロータスがマジメに色々手配してくれまして。今日のメニューは「庭で気分リフレッシュついでに基礎訓練」だそう。
「では……いきますね?」
わたしが腰ほどの高さの雑草(おっと、これは意図的に残してある練習用モサモサ草)を的に定め、そっと集中。胸の奥、まるでひねり出すように魔力を呼び起こし、両手をくるりとひねり合わせて——エイッとやってみたところ。
「お……おおっ!」
鮮やかな風の刃がシャッと一閃し、雑草たちがスパパッと綺麗にカット! ついでに何本かの小枝までぽきりと切れて、一瞬、まるでヘアメイクサロンでカリスマ美容師が華麗に仕上げたかのような光景が……!
「セレスティア、すごい上達ぶりだね」
ルーファス様が驚き混じりに呟きます。そんなふうに褒められて、思わずわたし、鼻の穴がふがふがと膨らみそう。でも慣れない魔力の消費がドッと襲ってきて、足元がちょっとだけふらり。
「うわっ、キた……!」
「大丈夫か? ほら、深呼吸して」
ルーファス様が慌てて支えてくれて、わたしは素直に「すみません」とお礼を言います。するとロータスは、ほほ笑みながらもメモを片手にキビキビと言いました。
「やはりセレスティア様は吸収が早い。次回はさらに上級の訓練も視野に入れましょう。ただ、無理は厳禁ですので」
「ふふ、ひとまず十分頑張ったので、今は小休止にしましょうかね」
わたし、そう言って芝生にちょこっと腰をおろします。じんわり火照った身体を撫で下ろすように風が心地良い。すると、ルーファス様が隣に腰を下ろし、「ごめん、まだ一緒にいるとうつすかもしれないから、ちょっと離れた方が……」なんて言い出すから、思わず「いやいや、さすがにもう風邪菌は消えたでしょう」と笑ってしまいました。
ひと息ついて、そこからは雑談タイム。まずはミモザの出産がそろそろらしい、という話題になって、おめでたい空気がふわり。
「母になるって、想像以上に大変なんでしょうね。ミモザがちゃんと眠れてるか心配ですわ」
「でも彼女、なかなかタフだからなあ。もう『お腹が重すぎて踏ん張るのも一苦労よ!』なんて笑ってたよ」
サーシスの奥さんであるミモザは、なんだかんだで笑顔を絶やさないタイプ。わたしも見習いたい。そんなふうに話していると、ルーファス様が静かに目を伏せ、
「……命を迎えるって素晴らしいことだね。いつか、わたしたちにもそんな日が来るのかな」
なんて唐突に爆弾発言してくるものだからわたしの心臓がドキドキ大爆走! それ何気に凄い台詞ですけど大丈夫です? まだ婚約だけしかしてませんけど?
——とは思いつつも胸がじわりと熱くなる。もう、こういう不意打ちが最大の破壊力なんだから!
でも、はい、ここで話題転換。何せ庭の隅っこから妙な空気が漂ってくるんですもの。どう表現すればいいのか、なんとなくもやぁ〜っとした噂のにおい。
実のところ、最近わたしたちの周囲には“不可解な囁き”がちらほら耳に入ってくる。もちろん、内容はあまりよろしくない。どこか悪意の塊みたいな、あるいは茶番じみた陰謀じみた話がちらついているというか……。
ルーファス様は「根拠のない妄言に付き合うほど暇じゃないよ」と呆れ顔で笑ってくれるけど、どうにも騎士や侍従がザワついている感じがして落ち着かない。
「ルーファス様の隠し子説、またじわじわ残党が騒いでいるようですわね」
わたしがぽそりと口にすると、ロータスは渋い顔でメモをめくり、
「ええ。一度根っこを刈ったはずが、まだ別の芽が残っているようで。とりあえずリリア様とシャルロット様に調査協力をお願いしたところ、何か掴めそうな雰囲気です」
「まったく、しつこい連中だ。似た茶番をもう一度繰り返すつもりかね」
ご本人のルーファス様は苦笑まじりですけど、確かにあれだけ痛い目を見ても仕掛けてくる勢力がいるってことですよね? 懲りないというか何というか。バカは死ななきゃ治らないって言うけど、ここまできたらバカのフルコースじゃないですか!
……とはいえ、笑ってばかりもいられない。侍従たちが落ち着かないのは、やはり“婚約破棄”なんてセンセーショナルワードが飛び出る可能性があるからだとか。だって、公爵に不倫や隠し子がいたらどうなるか……事情を知らない人が聞いたら即「裏切りだ! 破棄だ!」と喚き立てるのが社交界の常ですもの。想像しただけでもめんどくさい。
「騎士団の一部にも、何やら動揺を隠せない人たちがいるようです。『もし公爵さまがそんなことをしていたら、尊敬に値しない』とか、いろいろ愚痴ってるとか……」
言いながらロータスが肩をすくめる。ああ、またゴシップのイガイガ種があちこちに飛び散ってる感じですね。
そのとき、ディオンが「すみません、少しいいでしょうか」と静かに庭に現れました。いつ見ても涼しげな表情なんだけど、わずかに眉間の皺が増えている気がする。
「実は、ぼくの耳にも少々不穏な話が入りまして。魔力を用いて‘ある人物’を探知してみようか迷っているところなんです」
「迷ってる? なんで?」
「……ぼく、例の件であまり無闇に魔力を使いたくなくて。けれど放っておくと、また誰かが被害を被る可能性がある。対処するなら早い方がいいのかなと……」
あのディオンがこんなに弱気な声音を出すなんてめずらしい。深刻になるのは分かるけど、わたしとしては「協力してほしいけど、あなたが潰れちゃ元も子もないわ」ですよね。
そんな微妙な空気を感じ取りながら、わたしが口を開こうとしたその瞬間。バタバタと小走りで現れた使いの侍女が勢いよく息を切らして叫びました。
「み、みなさま! 大変です! 公爵家宛にこんな手紙が……!」
ワナワナ震える彼女の手元を見ると、封筒がひどく汚れていて嫌な予感しかしない。一目で“あちこちを渡り歩いて、それでも最終的に無理やり届きました”的な雰囲気を放っているんですもの。滲んだ何らかの文字。「至急開封されたし」と読めるような読めないような。
「な、なにかしらこれ……また訳の分からない爆弾投下なんじゃ……」
わたしが思わず眉根を寄せると、ルーファス様も「もし真面目な依頼なら、こんなに怪しい状態で届くはずがない。けれど無視はできない……」と困惑気味。
ロータスは受け取った封筒をアラビアンナイトよろしく怪しむようにくるくる眺め、ディオンもわたしたちの肩越しに見守りながら、「これは……かなり独特な魔力反応がかすかに付着してる気がします」と低く呟きます。案の定ほんのり闇オーラ。
「万一のために、ここで開封しましょう。何か仕掛けがあった場合にもすぐ対応できるよう、みなさま離れて」
ロータスが静かにアナウンスし、わたしとルーファス様は少し距離を取って見守ります。こういうときのロータス、めちゃくちゃ頼もしい。逆に温厚そうな執事の裏に暗殺者レベルのスキルでも隠れてるんじゃ……とハラハラするほど。
手紙が開かれると同時に、どこからか微かな匂いが立ち上ってきた気がしました。ロータスがさっと仮面みたいなものを取り出して自衛しつつ書面を凝視。
五秒……十秒……彼の眉がぎゅっと寄り、やがて熔鉱炉の底を覗くような険しい顔で振り返ります。
「……これは……あまりに怪しさ満点です。 ‘公爵家にさらなる災厄が迫る。娘を守りたければ指定の場所へ来い’ と書かれています」
「娘……? わたしに娘なんていませんけど!」
わたし、思わず全力ツッコミ。ルーファス様も絶句。ディオンは苦い顔で何かを察したように口を歪めました。
「またしても似たような文言ですね。まるであの噂を利用しているかのようだ……」
……まったく、次から次へと飽きもせずによくまあ難癖を仕掛けてきてくれますこと。社交界の粘着ゴシップ集団か、別の勢力か、それとももっとヤバい何かか。いずれにせよ、放置しておけない気配だけはビシビシ伝わってきます。
わたしは気づけば両手をぎゅっと握りしめていました。裏で笑っている連中を黙らせるには、しっかりと証拠を掴んで“必殺ざまぁショー”の舞台に引きずり出すしかない!
「ルーファス様、少し強引でも先手を打つべきではありません?」
「……そうだね。けれど、君を危険な場所に巻き込みたくない」
「いや、こういうときこそタッグを組みましょう。だってわたしたち婚約者同士ですもの?」
わたしがそう言うと、ルーファス様は一瞬眉をひそめたあと、スッと息を整えてから微笑み返してくれました。その表情の奥には、はっきりと何か決意の光が見えます。
遠くで、再び風が雑草を揺らす音。空はどんどん晴れ渡っているというのに、不穏な暗雲が見えないところで渦巻いている気がしてならない。
——でもいいわ。どんな嵐が来ようが、返り討ちがわたしの十八番よ。さあ、次はどんな手を繰り出してくるのかしら? 楽しみに待ってあげる。
そう思いつつわたしはもう一度深呼吸し、心の中で決意を新たにする。絶対ぜんぶ薙ぎ倒してやるんだから。華麗にざまぁな結末へ、一直線ですわ!




