仮初めの婚礼と本当の想い9
「さあ、いよいよ“音楽会当日”がやって参りましたわ!」
朝っぱらからわたくし、開口一番そう叫んでしまいました。だってこれまで準備に準備を重ねてきたのですもの。にもかかわらず、周囲は依然として「皇太子殿下が企んでそう」「皇女殿下まで来ちゃうかも」という不穏な空気。更に最近は「ルーファス公爵が本当に病弱なのか問題」まで盛り上がっております。何これ、ドキドキが止まりませんわ。恋の予感とかそういう甘酸っぱいものじゃなくて、“胃痛が再発するかも”のほうですよ?
クイナちゃんは大きな花束を抱えながら、目を輝かせて小走りにやってきます。
「セレスティア様、飾り付けはほぼ完了しました! ゲストのみなさまも続々といらしてます!」
まだ朝なのに、皆さま準備万端のご様子。おお、ちゃんと時間ぴったり集合してくれるなんて、意外とマジメじゃないですか。特に貴族の方々は「いつ来ようが勝手だろ」的な気まぐれさんが多いというのに、今回は“公爵家の真相”やら“皇太子殿下が現れるかも”という緊張感があるせいでしょうか。わたくしとしては、早めに整列してくれるならありがたい限りですわ。
一方、ルーファス様は朝からどうしているかといえば、相も変わらず涼やかな面構えで、「みなさん、よろしくお願いしますね」と使用人たちに声をかけているのです。いやいや、公爵様っぽい感じを醸し出すのは大事ですが、ここで体力アピールでもぶちかますおつもりかしら? いやさすがにそんな芸当はしないか。なんて思っていると、隣にいたシャルロットがクスクス笑って、
「まるで花咲爺さんみたいにみんなに優しく声かけてるわね。セレスティアも、彼の“病弱オーラ”を台無しにするような悪戯は控えるのよ?」
とか言うんです。わたくしが何かしたら、“あら、うっかり私がルーファス様を強引に引っ張っちゃってベッドから落としちゃいました”みたいな事故が発生しそうで怖いのは事実。でも可愛い公爵様を存分にいじってみたい誘惑がむくむくと――いえいえ、さすがにわきまえますとも。
そして先ほどから、ちらちらと皇太子殿下の取り巻き連中がそわそわ落ち着かない様子で、屋敷のあちこちを覗き見しております。はあ、彼らが音楽会を楽しむために来たとは到底思えませんが、仕方ありませんわね。彼らが何かを仕掛けてくる前に、こちらから華麗に“おもてなし”をしてやるのが得策というものでしょう。シャルロットやリリアも「陽動作戦はお任せあれ」と笑みを浮かべてくれているので、わたくしも心強い限りです。
午前中は接待ラッシュで大わらわ。セレモニーが始まる前に、招待客と軽くご挨拶を交わすのですが、中には「あなた、本当にルーファス様と……? あらまあお元気そうな公爵様ですわね?」といちいち含み笑いをしてくる貴族夫人も。わたくしは鼻で笑い返そうかと思いましたが、彼女たちも別に悪気はないのか、ふたりきりになると「でも大丈夫なの? 皇太子殿下が狙ってるって噂よ?」とかパパッと暗黒ワードを投げてくるので油断できませんわ。危機感だけは存分に煽ってくれるのね。
やがて時は来て、学院の友人たちと使用人が一斉に動き出し、広間のドアをオープン。弦楽器やら鍵盤楽器やらの調律も万全、“さあ始まりですよ!”という合図が鳴り響きます。ルーファス様はわたくしの方を向き、柔らかな微笑みを浮かべて小声で囁きました。
「今日こそ、正真正銘の“ありがとう”を伝えたい。君のおかげで、ここまで準備できたよ」
……うわわわ、それ、ちょっと真顔で言われると心臓に悪いんですけど! わたくしの頬が熱くなっていくのを感じつつ、平静を装って切り返します。
「では、その成果をきっちり見せてくださいませ。盛大に“病弱っぽさ”を演出してくださってもいいのよ? 悶絶するファンが量産されるかもしれませんわ」
「はは、それはどうかな」
くすっと笑うルーファス様。その顔つき、完全に“病弱キャラどこ行った?”レベルの凛々しさなんですけど大丈夫なんでしょうか。わたくしがひやひやしているうちに、案の定――のっそり現れましたよ、皇太子殿下が。お付きの貴族たちを従え、館内をゆっくりと見回しながらドヤ顔で入場。
「おや、ずいぶんと華やかな場になっているようだね。病弱な公爵が企画したには盛大すぎないかね?」
大勢が聞いてるところで嫌味を言うとは、さすが殿下ですわ! わたくしは無表情を貫こうとしましたが、その場にいたリリアが先に突っ込んでくれて助かりました。
「うふふ、実はこの音楽会、セレスティアが中心になって企画したんですよ。公爵様は積極的に動けないぶん、影で支えてらっしゃるんです。病弱設定は皆さまおなじみですものね?」
設定とか言っちゃったよリリア! それでもあえて“うんうん、そうそう”と頷いておきます。皇太子殿下はリリアの洞察力を警戒してか、舌打ちしそうな顔を一瞬見せましたが、さすがに人前では自重なさるようです。何やら「こいつら…」的に睨んでから、一旦黙りました。
そして演奏がスタート。優雅な旋律がホールの空気を一挙にリラックスモードへと変えていきます。クイナちゃんが慌てて挨拶に出てきたり、新しくドレスを仕立てた貴族令嬢が「見てよこの衣装!」とアピールしたり、まあ色とりどりの人間模様。その間、ルーファス様はずっと静かに音楽に耳を傾けていて、“ああ、本当にお好きなんだな”と妙に納得してしまいました。
一曲、また一曲と進行していく中、ふと楽団が短い休憩に入りました。見ればルーファス様がすっと立ち上がり、ステージに足を向けています。どこへ? と思いきや、そのまま客席の真ん中へ向かって振り返り、よく通る声でこう言い放ったのです――
「皆さま、本日はお集まりくださりありがとうございます。実は今日、私から皆さんにお伝えしたいことがあります」
えっ、なになに? ここでまさか新曲披露でもするのですか? ――なんて甘い予想をしたところで、どう見てもそんな雰囲気じゃありません。わたくしの胸がざわついて仕方ない。その場にいたシャルロットやリリアも動揺を隠せず目を見開いています。あ、皇太子殿下はしかめっ面、一体これから何が始まるのかと気が気じゃないみたい。
そして息を整えたルーファス様は、わたくしをまっすぐ見つめ――
「セレスティア。形だけの婚約は、もう終わりにしよう。改めて、君と本当の結婚式を挙げたい」
……はい? え? ええええええっ!? っていうか、こんな場所で、こんな大勢の前で、そういう爆弾発言をなさるなんて聞いておりません! 周囲から「わぁあああ!」という歓声なのか悲鳴なのか、いろいろ入り混じった沈黙破りが起こる中、わたくしは頭が真っ白。それでも視線を外せずにいると、ルーファス様は続けざまに一息で告げます。
「君が公爵家を盛り立て、私の病弱という噂ごと上手に助けてくれたこと、感謝している。けれど私はもう、噂なんてどうでもいい。虚勢や仮面を取り払って、君と共に生きたいのだ」
おおお、そんなストレート告白ありですか! ちょっと、軽く心臓が爆発寸前。けれど、泣きそうなほど嬉しいのに、ここで下手にかしこまるのもわたくしの柄じゃありません。むしろツンケンして場を沸かしてやりますわ。
「……わたくしに隠していたこと、ぜーんぶ白状してからにしてくださいませ。まさか公爵家の方が筋骨隆々だなんて、世の中の方が信じてくださいましょうか? まあ、今のあなたの言葉を聞いてしまったら、この身でお確かめするしかないのかもしれませんけど」
と、半ばヤケの突っ込みを口走るわたくし。するとルーファス様がくしゃりとやわらかな笑みを浮かべて、目の前までスッと近づいてくるではありませんか。え、やばい、待って、これっていわゆる――
「――私の想いは、こうだ」
ぎゅっ、と手を握られ、そのままほんの一瞬だけ心地よい沈黙。そして驚くほど自然に、彼の唇がわたくしの頬――いえ、唇へと……はい、キスですわ、キス。
大歓声が巻き起こる広間の喧騒が一気に遠ざかったような、不思議な浮遊感。
……なにこれ、わたくし、本気で夢を見ているの?
激動の数秒が過ぎ去り、ようやく我に返ると、シャルロットやリリア、さらにクイナちゃんが「きゃーっ!」と手を叩いてはしゃいでいるのが目に入りました。貴族やら使用人やら、みな一様に拍手喝采。そしてただ一人、皇太子殿下が目を剥いて「あ……あり得ん……!」と呟いているのが面白すぎて、わたくしちょっと目頭を押さえて笑いをこらえきれません。
でも同時に、胸が熱くて熱くて仕方ない。嬉しい、照れる、そして“こいつら絶対ざまぁ!”という快感も全部ひっくるめて、一瞬でジェットコースターの頂点に引き上げられた気分ですわ。
だが、ここで終わるはずもありません。ルーファス様が貴族一同へ向けて「改めてよろしくお願いします」と頭を下げると、何人かが口を開きかけ――その視線がどこか探っているかのよう。きっと「病弱設定はどうなるの?」「皇太子殿下の出方は?」とモヤモヤしてますわね? そりゃそうです。わたくしだって先ほどから「さあ、殿下、どんなリアクションどうぞ?」とワクワクしてるところ。
ところが皇太子殿下は唸るような声を発したのち、
「ふん……。わたしはまだしぶとく追及を諦めんぞ。だが今日はこれ以上言うまい。また近いうちに会おうじゃないか、グレンフィールド公爵……そして、セレスティア嬢」
そう吐き捨てて、バッと背を向けて退席。お付きの者も慌てて追いかけて去っていきました。何ですか、やる気満々ですね。それならこちらとて望むところですわ。恋愛フラグも秘密の暴露も、大いに歓迎。どうせなら最高に痛快な“ざまぁ”劇へと繋いでみせますもの。
――こうして、音楽会は一気にハッピーエンドのような、しかし次なる波乱が待ち構えていそうな幕引きを迎えたのです。周囲には「お見事でした」という賛辞もあれば、「仮面夫婦だとか言われてたのに本気だったんだ!」という驚きも渦巻いている様子。クイナちゃんなど顔を真っ赤にしつつ、「わ、わたしもいつか、あんなドラマチックなキスを……」なんて呟いてますよ。可愛いったらありませんわ。
わたくしは、ルーファス様の存在を間近に感じながら、幸せと戸惑いとスリルが入り混じったジェットコースターに再び乗り込んだ気分です。それでも、これで本当の意味での“婚約”に踏み出したんだ、と嬉しさが止まりません。
――さあ、ここからが本番というわけですわ。皇太子殿下の陰謀、皇女殿下の動き、そしてわたくしとルーファス様の真の結婚式――全部まとめて“悪役令嬢”がエスコートして差し上げます。次はどんな騒ぎが待ち受けているのでしょうね? 周囲の度肝を抜くのだって得意分野ですもの。どうぞ皆さま、くれぐれも目を離さずにいてくださいませ。わたくしが愛と毒舌を武器に、盛大にざまぁを炸裂させる瞬間は、まだまだこれからなので!




